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「修士論文の代わりに退学願を提出してきた」より。
単位卒業がないから,僕のいたところみたいに大学院に行っても授業は 出席だけで済んでしまう様に,授業の価値が下がります.だって,結局 論文がほぼ全てなんだから.就職予備校の気分なのに,出席するだけの授業なんて なんの為に学費払ってるのか分からないし.わけのわからない論文を書かされるのも 苦痛です.逆に,学の府として卒業したい人にとって,論文が書けないなんてあり得ないので 論文が卒業に必須なのは当たり前です.文章が書けない人間は残念ながら「学」に 残ることはできないのですから.その人にとっても出席だけで終わる様な 授業はそりゃ出る意味がありません.
だから,卒業に必要な単位数は学生で一律にしつつ,卒業論文は「必修」から 外せばよいのです.卒業論文は現状でもかなり大きな単位数(10単位とか)を 持っているので,それを取るならば授業での単位は必要最低限取得すればいいし, 逆に卒業論文を取らない人にとっては,授業を必死で受けないと卒業できない ことになります.
文章が書けない人間は、残念ながら企業でも残ることはできないので、在学中に卒業論文を書く経験をすることに意味はある。但し、学問の業績として専門誌にのるような論文ということではなく、やったことをきちんとレポートにして他人に分かるように書き残せる、ということなのだけど。
理系の学部の多くで必修とされている学生実験では、やるべき内容が書かれたテキストがあり、機材や試薬も全部揃った状態で実験をしてレポートを書く。レポートの書き方も、実験の目的、使用した試薬や装置、実験方法、結果、考察、といった一定のフォーマットが要求される。この場合は、説明の部分はほとんどテキスト通りに書けば仕上がるので、「型にはめる」効果はあっても、他人を意識して書くというところにはなかなか到達しづらい(それを知ってしまう学生もいるが、一部だろう)。
卒業研究になると、テーマが個別に与えられ、必要なものが最初から揃っているわけでもないし、決まり切ったテキストがあるわけでもない。大抵は、指導教員や先輩に訊いたりしながら進めていく。
卒業研究のテーマを出す側としては、4年生にとって敷居が高すぎず、即投稿論文になるほどのオリジナリティまでは要求しない(追試+αでもよい)が、1年でできて、本人が中身を理解できて、それなりのレポートが書けるようなテーマを毎年考えている。1年終わると、既製のテキスト通りでない手順と方法で何かをやった結果が学生の手元に残ることになる。そこで卒業論文を書くことになる。
多くの学生にとって、既に分かりやすく説明してある本などが無い状態で自分が何をどうしたかについてまとまったものを書くという最初の訓練をするのが、卒業論文ということになる。そこで、私がいつも学生(実は博士前期の院生も含む)に言っていることは、「学部の勉強をしてきただけの今の3年生が、来年ここにきて、あなたの実験の追試をしようとしたときに、あなたが書いたものをみて、実験の意味がわかってちゃんと操作などができるように書け」ということである。推敲の時も、「学部の勉強しかしてなくて、これを読んで実験しろと言われたらあなたはできるか?何をどうしていいかわからないというのなら、それは説明が不足している」と言っている。
学問的な意義とか価値とかにこだわる前に、他人が読んで使えるものでないと意味がない。オリジナリティ溢れるテーマを卒研でやらせる先生もいるかもしれないし、4年生で既にレベルの高い研究をやってしまう優秀な学生も居るかもしれない。しかし、多くの学生は極端に学問に秀でているわけではなく、普通に知識を身に付け、普通に企業に就職して、そこでやっていく。それに合わせた指導ということになると、泥臭いことでもいいから現場がわかるように、かっこよくなくてもいいから何も知らない人が後から来てたどれるように書け、ということになる。プロ向けの投稿論文では通常は省略されるコツやノウハウも、卒論や修論にはどんどん盛り込んでかまわない。
会社に就職して技術系の仕事をすることになったら、どんな仕事をしてどんな結果になったかを残していくことになる。たとえ、自分が「こんなちゃちな簡単な仕事、他の出来る人達は当然わかっているはずだから残さなくてもいいだろう」と主観的に思ったとしても、レポートにして残さなければならない。会社では、部署が変わったりして、自分がやっていた仕事を全く別の人が続けることもある。その時に、使えるレポートをきちんと残してあって新しく来た人がそのレポートを元にして仕事を進めていけるようになっているか、ろくにまとめてなくて新しく来た人がまた同じ手間をかけないと状況が把握できなくなっているかで、前任者に対する会社の中の評価だって分かれる。学問的に価値のあるものでないとダメとか、レベルが高いものしか書きたくないといった、変なプライドはむしろ邪魔である。日々の仕事の区切りごとの、ちょっとずつ進んでいる部分を確実に残す方が、後の誰かの役に立つ。
教員が4年生の研究内容を十分把握しているのは当たり前だから、教員に対しては省略した説明でも通じてしまう。しかし、それでは他の人には伝わらない。だから、4年生と大差ない知識を持っているはずの、これから卒研を始めようとする3年生を対象読者として、知っている範囲の知識やらコツやらを文章で伝達せよ、というのが、卒業論文の真の課題だと私は考えている。これができれば、会社に行って、どこかの部署で仕事をし、レポートを残し、社内の別の人に仕事を引き継ぐということもうまくできると思うからである。
社会とのつながりに関する問題点としては、卒研や修士論文を仕上げる過程では、チームワークを教えづらいということがある。これは、大学や大学院の評価が、あくまでも学生個人に対する評価であり、研究テーマは1人1テーマで、基本的に個人で仕上げることが要求されるからである。大学は、単位認定の制度上、学生が個人で問題を解決するように仕向けているのだけど、社会では、他人の助けを借りてはいけないというルールはないということを心に留めておいてほしい。
posted at 2009/03/01 15:01:12
lastupdate at 2009/03/01 23:15:04
はっきり告げればよいのでは。暗黙じゃわからん、という場合だって多そうですし。
「卒業論文を書く能力は、まさに、企業に就職した後で求められる能力である。その能力が無ければ企業でずっとうだつが上がらないまま終わる。また、就職活動において企業が採用するかどうかを決める時には、その訓練がなされるであろうことを見込んでいる面もあるはずだ。内定を出した後、即座に大学なんか辞めて働きに来い、と会社が言わないのは何故か考えてみてはどうか」とか……。
まあ、変に学問とか研究とかを強調する先生が居ると、わけわかんないことになりそうですけど。
その後言いつけどおり、先人の卒論を見ながら書き上げましたが、
これはこれで大変でした。
基礎がないうちに、応用をやろうとすると大変と言うことがよく分かった一年でした。
理学部の場合ですが、
4年生……何がやりたいかを自分で決めるのは無理。漠然とこんなこと、というのを思い描いている人も居る。教員から選択肢を示したりすることもある。細かい進め方は教員の方で決める。4年生が自分で何をどこまでやると成果になるのかを判断するのは難しいことがほとんど。
博士前期……何をやりたいかをそれなりに自分で決められる。ただ、決めたことが2年で実現可能かはわからないので、一応教員が最後までレールを引く。ある意味修士の学位は努力賞である。
博士後期……テーマの設定から期限内に実現可能かまで自分で判断して決める。研究の見通しが立てられないなら、博士の学位に値しない。論文も基本的に自分で出せ。教員はディスカッション役というか突っ込み役に徹する。また、環境を整えるといった手助けもする。
といった感じです。要求水準はそれぞれ違うと思います。
今は、その辺って変わっているんでしょうか?
素粒子理論だと、卒論を書こうにも4年生では研究の入り口にもたどり着けないという理由で、ゼミだけやって終わりのところもあったような。
実験を伴う学科で卒論が無いところというのはあまりきかないですね。
はっきり言って中堅以下の多くの大学生の多くはまともな論文を書く能力を有していません。たとえば以下のような学生は決して珍しい部類に入りません。
ttp://makkuri.exblog.jp/7816916/
ttp://makkuri.exblog.jp/7872526/
特に私大の理系学科には一研究室に20人以上平気で配属した上に、外の大学や研究所に外研に出すような無責任さが横行しています。実際そんな人数の4年生を押し付けられたら、当の4年生はもちろん、教員や大学院生の研究にも多大な負担を生ずるのは火を見るよりあきらかです。
むしろ卒業研究に費やす時間を学生実験やテクニカルライティングの授業に振り替え、その中でみっちり論文書きのトレーニングをしたほうが余程学生と教員双方にとって有意義だと思います。上のブログのような学生は卒論以前に授業や学生実験のレポートもまともに書けないタイプでしょう。
もちろん能力・意欲を兼ね備えた学生は4年からとはいわず、2年生でも3年生からでも研究室に出入りさせて研究・学問のトレーニングを積ませるべきでしょう(課外活動、もしくは選択科目単位として)。ただ、研究職に就くでもなく、大学院に進学するでもない多数の学生を全員形ばかりの卒業研究を押し付けるのは無駄だと思います。
>特に私大の理系学科には一研究室に20人以上平気で配属した上に、外の大学や研究所に外研に出すような無責任さが横行しています。実際そんな人数の4年生を押し付けられたら、当の4年生はもちろん、教員や大学院生の研究にも多大な負担を生ずるのは火を見るよりあきらかです。
その外研を引き受ける側の研究室に居ましたが、私学の学生さん、全員卒論を書いていました。
>上のブログのような学生は卒論以前に授業や学生実験のレポートもまともに書けないタイプでしょう。
だとすると、そういう学生は必修の学生実験のレポートが通らず、進級できないのが必然です。それを進級させている大学が悪い。
テクニカルライティングの授業が、暗黙のうちに学生実験とセットになっているのが、理工系の現実なんですが……。
卒業研究が一応あって研究室配属はするのだけど、理工系なのに微分方程式の意味もわかっていない、何故卒研配属されるところまで進級できたのかが大いなる謎、という学生が混じっているのだそうで。すると、作文以前に研究のまねごとすら不可能。そこで、肉体労働が待っている。指示通りにアンテナをいくつか作ると合格とかそんな感じらしいです。もちろん、技術者ではない職種に就職していくわけで。
制度として用意されてないと、出来る方を拾い上げるのも無理だけど、とことん出来ないのがやってきたときはそれなりに現場の対処法があるという……。
#そこまでどうにもならないなら、留年させて期限が来て退学、が正しい対処法だとは思うのだけど……。
ただし、卒論代わりとして実験ノートを提出させるとのことでした。
もっとも、これも大多数が大学院に進学する大学(阪大)だから出来たことだと思いますが。。。
ちなみに私(とある地方大学の出身)は先達の追試をする時に、卒論では詳細(ノウハウ)が分からず実験ノートを当たったことが何度かあります。
ノートを見た印象は、「これは表現しにくいよなあ」というものでした。
(修論・博論でこれをやられたら「今まで何をしてきた!」と思いますが)















ただ、その上でそのような技術文書作成技術や発表技術、文献調査法などを卒業研究を通して暗黙に教えている場合が多いというのが一部の学生にとって、「卒業研究は就職に役に立たないのでなくても良い」と言わせる原因なのかなと思っています。