裁判記録を公開します。
提訴に至った経緯は訴状の通りです。ただ、原告が本業で多忙のため、甲号証の公開は少し先になります。第一回口頭弁論で被告が欠席したため、事実認定は訴状の通りとなりました。
訴状に書いた事実の主要な部分が発生したのは、今から3年前でした。htmlの技術に関する口論から性的嫌がらせのメールを受け取ったところまでのやりとりをウェブで公開していました(今も公開中です)。被告からは、示談金の請求があったり、大学(お茶の水大、山形大両方)にメールを送ってきたりということがありましたし、掲示板荒らし行為や私に対する嫌がらせメールの送信が行われました。その後、ほとんど何も言ってこなくなったので、そのまま放置していたら、昨年末にお茶の水大宛に、ウェブページの削除要求がありました。
刑事の名誉毀損の公訴時効の方が、民事の不法行為の時効より短いため、被告の名誉毀損につては先に刑事告訴を済ませました。昨年、処分があったとの連絡を受けています。被告は、最後に私に送った手紙の中で、「この先は代理人をたてて交渉する」と意思表示したので、私は告訴状を作って警察に持っていったりしながら、被告の代理人からの連絡を待っていました。しかし、代理人からの連絡は全く無く、被告本人からの削除要求が大学に届くようになりました。
削除要求の後の方は、プロバイダ責任制限法の通りに行われたときいています。しかし、この要求を大学に対して出すこと自体、今回は法の使い方を間違えた行為であると考えています。
プロバイダ責任制限法が成立した背景には、プロバイダとユーザーの責任の振り分けを調整しなければならなかったという問題があります。一般に、ネット上にコンテンツを公開した本人の情報(発信者情報)はプロバイダしか知らず、通信事業者としてはユーザーの情報開示をおいそれとはできません。コンテンツが他人の権利を侵害するものだとクレームがついた場合、プロバイダが自分で事実認定をして削除などを行った場合は、ユーザーから損害賠償を請求されるかもしれませんし、クレームを無視した場合はユーザーの巻き添えで提訴されるかもしれません。この部分を調整し、プロバイダの法的責任を制限するというのがプロバイダ責任制限法の主旨です。従って、発信者情報が既にわかっている場合には、まず当事者で直接争うべきで、プロバイダを巻き込んではいけないのです。
今回、既に被告とは内容証明その他のやりとりがあり、双方とも相手を提訴できるだけの情報を持っている状態でした。にもかかわらず、被告は大学に対してウェブページの削除要求をしました。これは明らかに相手を間違えています。どうしてもページの削除をしてほしかったならば、被告は、私(と、あとはせいぜい公式の責任者である冨永教授)を直接訴えるべきだったのです。
実のところ、訴状を書くときに不法行為に基づく損害賠償請求でいくか、債務不存在確認訴訟でいくか、かなり迷いました。後の方がコンテンツ削除要求に対する発信者側の防衛策としてはストレートでしょう。今回は、被告が、削除要求を諦めずに出してきていたし、他にもいろいろやってくれていたので、残りの責任についてもはっきりさせた上で、状況を見て次にどうするか決めることにしました。
被告が答弁書も提出せず、口頭弁論にも出てこなかったので、擬制自白が成立し、1度の口頭弁論で結審しました。
判決は、20万円の損害賠償を認め、その他は棄却されました。訴状の請求金額が300万円だったので、その他というのは、280万円分を棄却したという意味です。
そもそものきっかけが、口論がエスカレートしたものであるということも正直に訴状に書いておいたので、そのことも考慮した判決だと考えています。
第3の1に「原告主張に係る被告による表現行為等のうち一定の範囲のものについては,原告において自己の社会的評価を低下する危険を減殺する手段を既に講じていたものと認められ」とあるように、ネット上の表現においては、対抗言論の法理を認める方向で判断されるということのようです。これは、ネット利用者にとって望ましいものです。議論の途中で多少の名誉を毀損する表現があったとしても、その後の言論と表現のやりとりでもって回復すればいいし、その方が提訴するよりも安上がりだし、健全でしょう。
この提訴をしたとき、実は、一番認めて欲しかったのは大学に対する名誉毀損でした。これについては、「被告がお茶の水女子大学ホームページ運営委員会に対して電子メールを送信したものについては特定かつ少数人に対してされたものとして公然性の観点から名誉授損の成否が一応問題となり得るが,特に読者を限定としない形で私立大学内の委員会組織あてに送られた電子メールの内容は,他者に伝播する可能性は十分に存すると認められることから,名誉穀損が成立するものと認められる。」とされ、大学にクレームを出すにあたっても、デタラメな内容を送りつければ、クレームをつけた方がリスクを負うという判断となりました。何でもいいから大学に言えばいい、というやり方に一定の歯止めをかける内容であると私は理解しています。(お茶の水大は私立大学ではなく国立大学法人ですが、まあこの違いは考えなくても成り立つ話でしょう)
賠償金の金額は、ちょっと笑いました。もともと日本では名誉の値段は高くありません。「300万円で提訴しても、良くてその10分の1だよ」と、提訴の前に、請求金額の相場を問い合わせた弁護士から聞いていました。金額については、特に不満はありません。ただ、被告がやりとりの途中で示談金と称して要求してきた金額が20万円だったので、見事なブーメラン損害賠償金額認定となっており、何となく「話のわかる裁判官」という印象を持ってしまいました。