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ニセ科学判定ガイドライン試案

はじめに

 科学とは何か、という問いに対しては、残念ながら誰もが満足できるような答えはない。一般的な回答としては、例えば、客観性があるとか、実験で再現できるとか、自然法則を書き表して予測が立てられるようにする、といった特徴を挙げることになるだろう。

 ところが、目の前にある言説について、科学かそうでないかを判定しようとした場合、列挙された科学の特徴だけでは直ちに判別しがたい場合が出てくる。もちろん、専門家であれば、言説の内容からどこがどう間違っているか指摘することができるだろうが、そうでない人が少しばかりの調査をして結論を出すことは容易ではない。場合によっては、科学哲学まで動員して考えることになる。このままでは、専門家以外に判定は不可能ということになってしまう。

 そこで、非専門家が、少しの調査と手続きを踏むことで、これは科学ではない、と判定できるような手続きを定めることを考えた。

 景品表示法4条2項や、特定商取引法6条の2では、商品の宣伝内容について「合理的な根拠」を持つことを事業者に求めている。法規制であるから、違反すればペナルティを科される。規制のための判定をするので、これらの条文のガイドラインはそれなりに具体的である。このガイドラインに倣って、ニセ科学判定のガイドラインを試作した。

 説や実験結果が科学的に妥当かどうかを判定するには、追試や、間接的な他の方法によって確認するしかない。これは、専門家の領域であり、科学の方法論についての検討も合わせて確定させることになる。そうやって得られた結果が社会で使われる場合には、一定の手続きを踏んで確定したものであるということを以て、「事実である」と認定することになる。ここでは、社会の中で手続的に事実を定めるというやり方にのっとって、科学ではないことを判定するためのガイドラインを提案する。「そもそも科学として正しいか」といった検討は、科学の領域で事実が確定する過程に含まれているため、既にある知識を活用する場合においては、科学であることを社会的手続きとしてどうやって確定するかということが主要な問題となる。

 なお、このガイドラインは試案であり、随時改訂する。

このガイドラインのユーザー

 このガイドラインのユーザーは、科学っぽい言説を信じるかどうか迷っている人である。特に、信じて物を買うかどうか迷っている人には役立つ。あるいは、信じかけている友人知人を説得しなければならなくなった人には参考になるだろう。まだニセ科学にぶつかったことがない人が予備知識を得るのにも使える。ニセ科学情報を受け取る側が防衛するためのマニュアルという位置付けである。

 このガイドラインで、ビリーバーを説得することはできない。一般的にいって、他のどんな方法を使っても、ビリーバーの説得に成功することはほとんど不可能である。他人に被害をもたらすビリーバーは、被害の程度が大きい場合には法的制裁を受けることになるだろう。

 なお、このガイドラインで判定をやったあと、どの程度そのニセ科学を非難すべきかは、どの程度どんな種類の被害を発生させるかによっても変わってくるだろう。

「科学である」ということ:「科学でない」の判定のために

 「ニセ科学」であるかどうかの判定基準の1つである「科学でない」を定めるために、「科学である」との主張が可能となるための裏付けを具体的に定める。

「科学である」とは

 言説の内容が最近の知見によって客観的に実証されていること、であるとする。

【注】古い知見が新しい知見で書き換えられることによって、科学の内容はより精度の高いものになっていくので、現状で人類が入手できる最も良い精度のものを用いることにする。とはいえ、最新の科学は研究途上でまだ十分確からしくないことが多いため、やや古いものの方を証拠とする方が確かな場合もあるし、進歩が極端に激しい分野だとキャッチアップが追いつかずにやや古いものに基づいた主張をしてしまってもやむを得ない場合もある。「最近の」とは、科学の進歩の状況を考慮に入れて判断することになる。

「客観的に実証」の意味

  1. 試験・調査によって得られた結果
  2. 専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献

が存在すること、とする。

試験・調査によって得られた結果

  1.  試験・調査によって得られた結果があることをもって、言説の内容が科学であると主張する場合、その試験・調査の方法は、学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法によって実施されたものであることを要する。
  2. 学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法が存在しない場合には、当該試験・調査は、社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法で実施する必要がある。社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法が具体的にどのようなものかについては、言説の内容に関連する分野の専門家が妥当と判断するか否か等を総合的に勘案して判断する。
  3. 試験・調査が、言説を主張する者とは異なる第三者(例えば、国公立の試験研究機関等の公的機関、中立的な立場で調査・研究を行う民間機関等)である場合には、一般的に、その試験・調査は、客観的なものであると考えられるが、1又は2の方法で実施されていれば、言説を主張する者による調査であっても、科学であることの根拠とすることができる。
  4. 体験談やモニターの結果をもって、言説の内容が科学であることの根拠とする場合は、無作為抽出法で相当数のサンプルを選定し、作為が生じないように考慮して行うなど、統計的に客観性が十分に確保されている必要がある。

専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献

  1. 言説の内容に関連する関連する分野を専門として実務、研究、調査等を行う専門家、専門家団体若しくは専門機関(以下「専門家等」という。)による見解又は学術文献を、言説の内容が科学であることの根拠とする場合には、その見解又は学術文献は、次のいずれかであれば、客観的に実証されたものと認められる。
    1. 専門家等が、専門的知見に基づいて、その特定の言説の内容について客観的に評価した見解又は学術文献であって、当該専門分野において一般的に認められているもの
    2. 専門家等が、その言説が示す内容について、一般論として言説を特定せずに、客観的に評価した見解又は学術文献であって、当該専門分野において一般的に認められているもの
  2. 特定の専門家等による特異な見解である場合、又は言説の内容が全く新規なために専門家等が存在しない場合等、関連する専門分野において一般的には認められていない場合には、その専門家等の見解又は学術文献は客観的に実証されたものとは認められない。
  3. 生薬の効果など、古来からの言い伝え等、長期に亘る多数の人々の経験則によって性能、効果等の存在が一般的に認められているものについても、専門家等の見解又は学術文献によってその存在が確認されている必要がある。

「科学でない」とは

 ここに示した基準に基づいて、言説の内容が客観的に実証されていなかった場合に、その言説に対して「科学でない」と判定する。

「科学を装う」ということ

 ニセ科学かどうかを考える際の「科学を装う」とは、通常人が科学である(科学的根拠がある)と誤認する態様であれば足りる。

 例えば、次のような特徴がある場合に「科学を装う」と判断する。

実験・観察をしたと称する場合

 測定器具などを用いて、観察・測定を行っている様子やその結果を提示する。専門家の目で見て、測定器具の選び方や使い方が不適切であったり、主張したいことを示すための実験になっていない場合であっても、通常人が「実験がおこなわれている」と誤認する程度であればよい。

 バラエティ番組で多用される「数人の被験者で何日かやってみました」のようなもの、体験談をいくつか提示するものも、これに該当する。

 測定データと称して数値を示す場合もこれにあたる。

【demonstrationとexperiment】

 通常人が受けた理科教育における実験では、demonstraton(演示実験)が行われる。演示実験とは、既に確定した科学の成果を、初学者向けにわかりやすく示す実験である。確実に結果が出る実験が単独で行われることが多い。科学の説明の方は、他の実験結果と矛盾しないようにつながっているが、初学者向けの演示実験では、特に見せたいものだけが選ばれる。一方、experimentは、未知のことがらを確定させるための実験である。バラエティ番組の「実験」はdemonstrationの形をとっているので、通常人は科学の実験である或いは科学的根拠があると誤認する可能性が高いが、実際には、その「見せたいこと」を確定させた研究が存在しなかったりする。このような背景があるので、demonsrationを装っただけで、通常人に対して「科学を装った」と見做してよい。

科学の理論に基づいていると称する場合

 説明にあたって科学で使われている用語を使用する。科学の研究分野の成果を引用して自説の補強とする。あるいは、既存の研究分野に含まれる内容であることを装う。

 論文の引用の仕方が不適切だったり、教科書等の記述のまとめが客観的にみて間違っていたりしても、通常人から科学の成果を利用しているように見えるならば、これにあてはまる。

判定ガイドラインをこの形にしておくことの利点

  1. 「科学である」「科学でない」というstatementに対して、「そもそも科学とは何か」といった議論がなされることによって、具体性を欠いた利用しづらい意味づけがなされることを防止することができる。現実になにがしかの被害を発生させるニセ科学を拾い上げるために使える道具を出してしまった方が良い。このため、「(ニセ科学判定の場合における)科学とは何か」を、思い切って定義し、不具合が出たら手直しすることで徐々に良くしていく。
  2. 基準がこの程度具体的になると、おそらく、(科学非科学の)「グレーゾーン問題」というのが直接効いてこなくなる。
  3. 他人の言説に対して「ニセ科学」であるとの指摘を行うことは、場合によっては他人の利益に反することになり、法的トラブルに発展するリスクがある。例えば、名誉毀損は、他人の社会的評価の変動を引き起こす内容を書けばそれだけで成立するが、そのうちで、「公共の利害に係る事実」であり、かつ真実性や真実相当性があれば免責される。免責要件を満たしていることを立証するのは、ニセ科学であるとの指摘を行った側であるところ、「そもそも科学とは何か」といったところから出発してニセ科学かどうかを議論してもその内容が立証に使えるかどうかがはっきりしない。現実の法規制に近い基準で考えておく方が安全である。
  4. 「ニセ科学」一派とか、「ニセ科学批判」一派といった莫迦げた括りに反論できる。「一派も何も、現実に行われている法規制の基準とほぼ同じものを採用してますが何か?」
  5. この先どういうガイドラインを考えるにせよ、これまでに消費者被害を発生させてきたニセ科学言説を撃てるものでないと使えない。そのためのたたき台として、最低必要なものを含んだ内容を出しておくと話が進むことが期待できる。

これまでに「ニセ科学」とされたものへのあてはめの例

  1. 水からの伝言
    「試験・調査」の1.、2.を満たさない。「見解または学術文献」の2.を満たさない。
  2. マイナスイオン
    「試験・調査」の1.、2.が不十分な上、「見解または学術文献」の1.、3.も満たさない。
  3. ゲーム脳
    「試験・調査」の1.が無く、「見解または学術文献」の1.、2.も満たさない。

問題点

  1. 文言の整理が必要。特商法や景表法のガイドラインをそのままなぞったのだが、これらの法律は、具体的な製品の表示と効果というものを前提にしているため、もう少し広い「言説」を対象とするには、重複部分や不足する部分があるかもしれない。
  2. グレーなものを白と言い張るとか、グレー同志で違いをみる、といったものまでこの基準で処理できるか。科学哲学がグレーだと言っているものを偽った場合は、「見解または学術文献」の基準の方で引っかけることができるか。「専門家」であって「科学者」とは言ってないので、「科学哲学の研究者」も「専門家」に含まれることになる。が、この場合は「ニセ科学」じゃなくて「ニセ科学哲学」の問題になるのかも……。
  3. プロが見抜けないレベルになるとどうしたらいいのか。例えば「嘘を嘘と見抜ける人でないと学術専門誌を読むのは難しい? 米科学雑誌が警告」と、科学雑誌The Scientistの記事"Merck published fake journal"(読むには無料登録が必要)。非専門家にとってのニセ科学の問題でも、科学哲学云々の問題でもなくて、科学の側の制度上の問題として、紛らわしいことを防ぐ防止策を考えないといけないのだろう。まあ、提示された論文の掲載誌がニセだ、などという立証が必要になるとしたら、既に裁判所に話が行ってからじゃないかとも思うのだけど。
  4. ニセ科学のうち、被害発生が甚大な悪質なものについては、ニセ科学としてではなく消費者被害対策などの面から法規制の対象になるだろう。一方、軽微な被害しか出さないニセ科学を規制すべきかというと、そんなものまで事細かに規制する社会が果たして健全か、という疑問が出てくる。ニセ科学提供側のうち悪質なものが法規制に引っ掛かる状態にした上で、ニセ科学の潜在被害者にはこの判定ガイドラインを参考にして気を付けて自衛せよ、とすることで、軽微な被害に止まるニセ科学や取り締まりにひかかる前のニセ科学に対応する。ニセ科学はゼロにもならないが大流行もしない、といったあたりでバランスを取る形に持っていければ良いのだが……。

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