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花粉を水に変えるマスクに飛びついてはいけない【追記変更あり】

【2019/07/04追記】

 消費者庁の措置命令が出ました。宣伝が,景品表示法に違反する行為(5条第1号,優良誤認)にあたるというのが理由です。

大正製薬は法的措置を検討すると主張していますが,それならばどんな資料を提出したのか見てみたいところです。まともな試験がなされているか,それが実際の使用条件に即しているか,確認したい研究者はいっぱい居るはずです。

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話題が分かれたので別記事作りました→「花粉を水に変えるマスク」をめぐる追加の議論

 

花粉を水に変えるマスクが宣伝されている、というのがTwitterのTLに流れてきたので確認してみた。

花粉って、炭素や水素や酸素以外に窒素や硫黄も含まれているはずのものである。元素転換でもしないと水にはならんだろう。この意味で、花粉を水に変える、というキャッチコピーは明白な誤りである。

そうは言ってもキャッチコピーなんだから盛るのはよくあることだから表現がつい極端になったのだと善意に解釈することにして、なにがしかの効果はあるのか?ということを考えてみる。このとき、根拠になるのは、広告ではなく、実験結果を示した学術論文ということになる。探してみたら、 岡崎 成実「アレルギー性鼻炎及び花粉症に対するハイドロ銀チタンシート (HATS)の臨床的有用性の検討」社会医学研究.第 34 巻 1 号.p.55というのが見つかった。

やっていることは、新規に開発したハイドロ銀シート(酸化チタン、銀、ヒドロキシアパタイトで作った光触媒とされている)を含んだコヨリを鼻に挿入して、花粉症に効果があるかどうかを調べるという試験である。

この論文であるが、なんで雑誌に掲載されたのかが謎で、研究論文としてはお粗末この上ない。

論文には、図1,図2として、HATSの反応メカニズムが書いてある。ところが、この図の出典の記載がどこにも無い(普通は図のキャプションの所に書く。そうでないなら当該論文中の成果の場合なので,図のもとになった研究内容が論文の方に書かれているべき)。酸化チタンが光触媒になるという文献は引用されているが、この論文では酸化チタンではなく、新規に開発したHATSを使っていて、光無しでも触媒反応が起きることを前提にしている。そうであるなら、HATSが触媒反応をすること自体を確認した研究が存在しなければならず、その結果が書かれた文献が引用されているべきなのに、どこにも見当たらない。もっともらしい反応の図が描いてあっても、実際にその反応が起きることが確認されているかどうをかたどれない。つまり、この論文を根拠にする場合,花粉症対策の大前提となる、その材料とその条件で化学反応を触媒するか?がそもそも未確認であるということしか読み取れない。

学生のレポートだったら、図1と図2の根拠となった文献を記せ、という理由で再提出させるレベルである。

商品化するなら手順としては、

(1)HATSが試験管内で光なしで花粉を分解していることを確認

(2)HATSの量と分解できる花粉の量、つまり全体としての反応速度の確認

(3)マスクにして空気といっしょに花粉が来た場合に分解されることの確認、この試験は実際の使用状況と近い条件で行う。

(4)実際にマスクをヒトで試して確認

を順番にやらないといけない。今のところ(1)と(2)のソースに辿り着けないし、確認がコヨリというマスクとはかけ離れた条件なのに、いきなり(4)を主張してマスクを売る話になっている。これでは全く話にならない。

 なお,この材料が,バクテリアを不活性化するという論文はある→https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3173056/

 【追記 2018/03/17】

 これについて,開発に関わった方からメールをいただいた。それによると,

  • 酸化チタンから産生される活性酸素ラジカルによる分解作用は、基質が酸化チタン表面に接触するとその効果が高まることから、ハイドロキシアパタイトを配合し、また、強い光を当てなくても、酸化チタンが励起される様に、銀を配合。
  • ”水に変える”というのは、あくまで、製品の名前
  • 製品のパッケージには、注意書きで、花粉のタンパクを分解するということであると書かれている
  • これらのネーミングおよび注釈については、東京都薬務課および消費者庁との協議の上でのこと(事業者の主張)
  • タンパクを分解するので当然、C. N. Sなども出てくる訳ですが、工学系のテキストでは、酸化チタンは各種有機物を分解して、最終的にH2OとCO2に分解すると表現されていることが多く、ネーミングに際しては、メーカーがこの影響を受けたもの(メールを送った人の解釈)
  • また本件は、アカデミア発のものではなく、臨床医療の現場から見つかり、そのあと臨床治験が行われ、それらの結果を踏まえてから、逆に後からアカデミアが研究に参入したという経緯ですので、今公表されている情報だけではその信用度が高くないのは致し方のないところではあります。

  • 非医薬品のマスクとしての展開であるため、そこまでの臨床治験の精度を行政側から要求されている訳ではない

  • 製品の信頼性を高めるために、CRO(臨床治験機関)最王手のクインタイルズにおいて花粉症を対象とした臨床治験を終了し、統計解析も、専門機関で行っています。最近、花粉症への応用について、特許も査定されています。これとは別に、今後さらにnを増やしての臨床治験も計画中

  • 厚労省のPMDA(医薬品医療機器総合機構)の指導の下行われ、近く、医療機器として認可される見込み

  • 今後この技術の展開にあたっては、国立感染症研究所、理化学研究所、北海道大学、札幌医科大学、信州大学などが、アカデミアの立場か、共同研究体制を取ることが決まっています。この辺りの情報も、近いうちに公表されると思います。

  • 近日中にメーカーのページは,水にする,といった表現ではなく,正しい表現に改められる見込み。

といった情報提供に加えて,「天羽先生は、五本木クリニックの1月15日の桑満先生のブログを御覧になったものと思います。 桑満先生には直接連絡をさせて頂き、インチキ、疑似科学、トンデモといった言葉を削除いただきました。」「こういう事情なので限られた情報の中で本日のような表現は控えて頂けないか」,という内容だった。

  事情はわかったのでこのページに追記した。裏付けとなる研究が進むのは良いことだと私も思うし,よりよい使い方が確立して行くのであれば,消費者にとっても事業者にとっても喜ばしいことである。が,今回のやり方は,宣伝の方法としてはやっぱり良くないと考える。

 情報提供はありがたいのだけど,メールを下さったかたのご意見「こういう事情なので限られた情報の中で本日のような表現は控えて頂けないか」という主張に引っかかった。それなら,その限られた情報しか与えられない状態で宣伝された商品を選ばなくてはならない立場に消費者をおいたことについてはどう考えているのか。製品開発としてまっとうな方向に進んでいるけど今はまだ十分な情報が無いから批判はしないでね,でも消費者には大々的に宣伝するよ,って主張に見えるわけで,消費者をバカにするなふざけるなという感想しか出て来ない。

 医薬品ではないマスクとして売るから厳しい臨床治験は求められていない,というのはわかる。しかし,(1)(2)は臨床治験とは関係なく,ただの化学実験でわかる話である。最初に臨床で効果が見つかったので,今後もっと詳しく研究しようとしているところです,というのなら,反応メカニズムまでさもわかったかのように図を出してはいけないだろう。しかも図の出典も根拠も論文中には出ていない。

 新しい材料なので組成が企業秘密だというなら,そこは秘密のままでも全く差し支え無い。しかし,モノの入りと出(=花粉を反応させたら,どれくらいの時間で,どう分解されたか)くらいは,大々的に宣伝する前にはっきりさせておいてほしい。まだ反応論がわかっていなというのであれば,さもわかったかのようにそれらしい図を出すのはやめてほしい。まっとうに研究を進めて商品開発をしているときに,わかっていないことをわかったかのように言う宣伝が混じってしまったら,怪しい雰囲気を醸し出してしまって逆効果にしかならない。宣伝する側で調整して変な勇み足をしないようにしてほしい。

 なお,私は,桑満先生のブログで情報を得たわけではなく,facebookに上記論文があるということが確か別の方によって紹介されていたので,そちらを見に行ったら,臨床治験のnの数以前に必要な情報が出ていない(つまり(1),(2)の内容の文献が引用されていない)のに出典無しに図1と図2が出ていたことに驚いたので,ちょっと待て,ということでこの記事を書いた。その後で桑満先生のブログを見たら,向こうは臨床試験について書いてあった。この記事自体はニセ科学についての議論のところに入れたが,記事中では私はニセ科学とは書かず,有るべき情報がみあたらないと書いた。

 なお,しばしば問題になる宣伝のパターンは,(1)(2)の結果がある場合に,(3)で,実際に使う条件とは大きく異なった条件で試験をしただけだった,というものである。表示の優良誤認判定が出るケースである。メールによると,宣伝内容について,これからより穏当で適切な内容に変更されるようなので,見守っておくことにしよう。

  医療機器申請中に実験結果をウェブサイトに出すと,広告にあたるのでPMDA違反とされるということで,良い結果があっても出せない事情もあるということも,追加のメールで指摘があった。やはり,申請中という不確かな状態での宣伝には歯止めをかけたいというのが,認可する側の立場なのだろう。しかし,論文は宣伝とは別だし,その気になればデータベース検索をしてたどり着ける人が居るのだから,そちらには結果を書いても構わないはずである。

  現状での私の結論は,宣伝のタイミングが早すぎて勇み足,というものである。だから,やっぱり消費者はまだ慌てて飛びつかなくてもいいと思う。大きなチームを組んで進める予定になっているようなので,わりと早く研究が進んで,よりよい使い方なり製品なりが出てきて,選択のための情報も十分提供されるようになると予想されるので,その後でよく考えて選べばよい。

 

【追記 2018/03/18】 

 この件について,消費者問題に詳しい川村哲二弁護士の解説が出た。「花粉を水に変える?

 不実証広告規制のガイドラインを考慮すると,私も川村弁護士の意見に同意する。しっかり研究した後で宣伝するのは良いが,その前に宣伝していたら,あとで宣伝通りだったとしても,宣伝していた期間は不実証広告を行っていたことになる。

 東京都薬務課と消費者庁がこの商品名にOKを出したというのはちょっと信じられない(メール中でも伝聞ではあるが)。本当にそういう結論を出したのであれば,担当者は大丈夫か。普段の規制の基準と違い過ぎるのではないか。

 なお,私にメールで情報提供したのは,信州大学大学院医学系研究科循環病態学講座の新藤隆行教授です。私のところに来たメールは,ただ単に情報提供するものだったし,現状がわかる説明だったので,昨日その内容をここに追記しました。ところが,今日になって, 桑満氏から「訴訟するぞってきています」という連絡を貰いました。これについては、改めて新藤教授より「悪質な誹謗中傷に対しては、DR. C医薬およびコラボ企業40社による集団訴訟を検討中であると、桑満氏に伝えました。」であったと連絡がありました。こういうのは権利者が直接主張するべきことであって、新藤教授が伝えるのは余計なことでしょう。また、個人に対して40社で訴訟するぞってのは、SLAPP訴訟ではないでしょうか。その予告をして黙らせようというのであれば、商品のネーミング云々とは別に、社会的非難を受けるのは企業の方です。ぜひともその40社の名前を明らかにしていただきたいものです。そういうことに名前を連ねるような会社だということは、科学云々とは別に、社会に周知されるべきです。

 これ↑については、40社の名前を出すように改めて新藤教授に求めたところ、「訴訟の件を伝えたのは、私も時期尚早だったと反省しております。 40社は具体的な企業名を知らされた訳ではありません。 私が、心配してメーカーに相談したところ、 あまりにひどい誹謗中傷への対応は、コラボ企業40社と弁護士を交えて、こちらで検討していますので、心配しないで下さい。 と、伝えられたのが事実です。」との返事をいただきました。ということで、勇み足だったということのようです。

 一方、桑満先生から教えてもらった文面では、新藤→桑満「未だに検討して頂いたはずのブログの方の修正を頂いておりませんが、すでにツイッターやネットニュースを通じて、多くの人に先生を震源とする風評が拡散されてしまいました。弁護士との協議の結果、DR.C医薬およびコラボ企業40社より、五本木クリニックに対する集団訴訟を行わせて頂く様に進行中です。よろしくお願い致します。」だいぶ印象が違うような……。

 なお、(1)(2)についての試験は行っていて結果を得ていたとしても、厚生省のPMDA申請中は結果を公にはできないということのようです。

 一方、不実証広告規制(景表法と特商法、一般売りだから適用されるとしたら景表法の方)の運用では、商品販売時に合理的な根拠を備えていることを求めています。合理的な根拠の提出を求められたらすぐ出せる状態にしておけというのが、法の求めているところです。今回のケースは、不実証広告規制と、PMDA申請中は結果を出せないというルールがぶつかってしまっているように見えます。もうちょっと、消費者が情報を得られ、事業者が余分な突っ込みまで受けなくていい運用方法があってもよさそうに思います。消費者庁と厚労省ですりあわせておけ案件かなあ。医薬品としてではなく販売を開始した(けど医薬品としての認可を求める程度には試験はやっている)ものについて、不実証広告規制への対応の方を優先させた場合、なにか不具合とか抜け道が発生するか、というのは調べておく必要がありそうです。


 申請中に効果効能を謳ってしまうと薬機法には触れそう。今回のようなタイミングで販売を始めると、景表法と薬機法の食い違いにぶつかるという話なのか。だとしたら厚労省に申し入れたところで、条文変えないとなんともならないことになる。一般の商品としての販売が先行して、後から医薬品医療機器の認可をとるというルートを制度が想定していなかったということなのか?消費者は欲しい情報が得られず、企業は必要以上に不便なことになっていて、どっちも不満な状態が実現してるような……。要検討。


取材される方への注意喚起

 PMDA申請中は、企業から、実験結果などを宣伝に出すことができない(医薬品医療機器等法(承認前の医薬品、医療機器及び再生医療等製品の広告の禁止) 第68条 何人も、第14条第1項又は、第23条の2の5第1項若しくは第23条の2の23第1項に規定する医薬品若しくは医療機器又は再生医療等製品であつて、まだ第14条第1項、第19条の2第1項、第23条の2の5第1項、第23条の2の17第1項、第23条の25第1項若しくは第23条の37第1項の承認又は第23条の2の23第1項の認証を受けていないものについて、その名称、製造方法、効能、効果又は性能に関する広告をしてはならない。)。

 しかし、取材があったり、行政から求められた場合は出すことができる。

 話題になっているので、これを今後取材するマスコミの方もいらっしゃるかもしれない。その方のための注意喚起。

 企業が実験データとして出してきたものがあった場合、実験条件をよく確認する必要がある。ハイドロ銀チタンシートそのものに触媒機能があるという試験結果を示された場合であっても、水蒸気とともに空気を通過させるといった実際の使用条件で、使う意味のある時間内に花粉が分解される、という結果が出てこなければ、花粉を分解するという内容の宣伝は、景表法の基準で不実証広告にあたる可能性が高いということである。つまりは、試験の条件と使用条件と広告の内容に乖離があってはいけないということになる。

 申請が通ってしまえば企業も実験結果を出すことができるようになるとは思うが、それまでの間、不実証広告を広めることに加担しないように注意していただきたい。

 PMDAの申請というのが、これまでのところ、新藤教授からの伝聞情報のみで、具体的にどんな医療機器として申請されているかは不明です。ハイドロ銀チタンシートを使った、マスクじゃない別のものを申請している可能性も残っていますので、確認が必要です。