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分子状水素臨床工学研究会のクレームに反論する(2016/06/08)

発端

先日、水素水に関して東京新聞の電話取材を受けた。批判的な立場で書かれた記事で、その中に取り上げられた私のコメントは次の通り。

伊藤園など大手メーカー の広告について「慎重な宣伝文句にとどまっている。医薬品でもないし、健康への積極的な効能をうたえない程度の水だということ。治療目的などでの水素の抗酸化作用については研究途上で、一般の人を対象とした有効な実証データはなく、商品化は勇み足」
「水は原価も安いし、無害だから事故も起こさない。それをいいことに、企業側もお金をもうけようと、電解水や活性水素水など名前を変えて、水素を含む似たような水を出してきた経緯がある。病気が治る魔法の水なんてない。消費者が水への過剰な期待を捨てない限り、今後も同じような水は出回り続ける」

この記事が掲載された後、分子状水素臨床工学研究会というところから配達記録で次のようなクレームが送られて来た。

 高解像度のものはこちらからpdfでどうぞ

 研究の現状を知った上での批判である

まず、水素水に限らず、何かが健康にいいとか病気を治すといったことを主張するには、一定の手続きに沿った試験と、行政の認可の両方が必要である。

一定の手続きに沿った試験とは次のようなものをいう。

 

 このフローチャートは「食べ物とがん予防 健康情報をどう読むか」坪野吉孝著、文春新書の17ページに掲載されているものである。

水素水(と水素ガス)を治療等に応用する研究が、現在進行形で多数行われていることは把握している。しかしその大部分は動物実験や培養細胞を使った実験である。このチャートに沿った検討を、松永和紀氏が記事にしている。それによると、

医薬品や特定保健用食品、機能性表示食品でその効果効能、機能性が認められるには、二重盲検の介入試験が必要です。そこで、水素水を摂取する二重盲検の試験を調べると、わずか9報しかないのです。

これは少ない。そのうち、統計的に有意な差が出ているのは8報。見出されている効果は、LDLコレステロールや耐糖能改善、筋疲労の改善、抗酸化ストレスの低減、パーキンソン病の症状改善等、悪性肝腫瘍で放射線治療を受けている患者のQOLスコアの改善等、多岐にわたります。残念ながら、どれも参加者が数十人のごく小規模で信頼性が著しく低い試験結果でしかありません。

 総説1は、2015年6月までにUMINに登録されている臨床試験も表にしています。19あり、既に終了しているのが6。論文発表されているのは3。そのうち統計的に有意な効果を示したのは2です。

 結果が発表されていない3試験は、一番新しいものでも2014年2月には終了しているのですが、不明のままです。こうした臨床試験は往々にして、芳しい結果が出ないと論文にならず結果が公表されません。
 結局、終わった6つの臨床試験のうち、論文発表され有効なのは2つというのが、判断の目安となります。

 臨床試験進行中は3、準備中1、参加者募集中が9です。

つまり、科学的根拠をもって「効果があるから使って良い」とするにはまだまだ情報不足である。この状態で、効果効能を謳うのは、不確定なことを確定したかのように装う嘘、ということになる。私が批判しているのは、まだ根拠がはっきりしないのに健康効果を謳って水素水や水素サプリが販売されていることに対するものである。

さらに、産経ニュースで、「日本医科大の太田成男教授の主張には明らかな誤認がある 公益財団法人食の安全・安心財団理事長・唐木英明(東大名誉教授)」という記事が取り上げられた。

唐木氏による重要な指摘は、

健康食品を使うのは病人ではなく健康な成人であり、その目的は病気の治療ではなく、健康の維持・増進である。だから、健康食品の機能を表示するためには 「健康な成人での臨床試験」が必要である。間違ってはいけないのは、病人を使った治療の研究を健康食品の健康維持機能の根拠にすることが認められていない点である。もし科学的根拠が得られれば、その製品は特定保健用食品(トクホ)あるいは機能性表示食品として、その健康維持機能を合法的に表示することがで きる。これが国による「食薬区分」の規制である。

それでは、水素水が健康食品としての効能を示すことを示した「健康な成人での臨床試験」はあるのだろうか? 現在のところ、予備的な研究はあるものの、健 康食品としての効能を示すような確実な研究結果はない。だから、トクホあるいは機能性表示食品としての水素水は存在しない。科学的根拠なしに効能があるよ うな宣伝を行えばこれは明らかなニセ科学であるだけでなく、処罰の対象になる。これが水素水ビジネスの実態であることを伝えたのが、産経ニュースである。

健康維持効果を謳ったり、その他の効果効能を謳うには、謳いたい効果効能そのものについての臨床試験が必要だというのが、このサイトで私が指摘したことである。太田氏は、研究が多数あることをもって宣伝に根拠があると主張したいようだが(←この部分について太田氏から、そのようなことは主張していないという指摘と、掲載希望の内容をメールでいただいたので、この次のエントリーに掲載しました。ただ、私がこう書いたのは、この1つ前の太田氏から掲載を希望された内容を見てそのように受け取ったからです。なぜそう受け取ったかについては後でまとめを書きます。)、効果効能を謳うのであれば、謳いたい効果効能ごとに試験をやって有効であることをしめさなければならないのである。(なお、太田氏によると、水素サプリを販売しているのは太田氏の次男の会社ではなく「機能性医学研究所」だとのことです。)

松永氏の記事でも取り上げられている総説論文の引用文献の多くはフローチャートのステップ2を通過できず、ステップ2をクリアしてもせいぜいステップ4どまりで、水素水や水素関連グッズは、治療法としてもサプリとしても、一般に売ってはいけない段階の代物ということになる。

抗議文を送ってきた分子状水素臨床工学研究会に名前を連ねているのは、医学の研究の専門家のようである。が、この専門家の方々は、健康情報を評価するフローチャートにあてはめて水素水研究の現状を把握するということすらしていないらしい。宣伝の根拠となった試験があるなら、その論文の別刷りでも送りつけてよく読め、と言えばよいだけの話だが、それができずに抗議文を送っている時点でお察し案件ということになる。

そもそも、今の段階で水素水や水素サプリを一般売りしている業者が大勢いることについて、試験の根拠が乏しい段階で商品化して売るなという意見を出さなければならないのは、治療法として真面目に研究しているこの研究会の方々のはずである。抗議する相手を間違えているとしか思えない。この理事の方々は、インチキがはびこらないように専門家としての役割を果たしてもらいたい。それができないなら、あるいはする気がないのなら、消費者サイドに立って行っている批判の邪魔はしないでもらいたい。

現状では、いかなる団体・個人であれ、水素サプリ販売はダメ、とはっきり言わずに個別問い合わせを容認している時点で騙す意図ありと判断してもかまわない。消費者にとってはそうする方が安全である。

もう一つ気になったのは、抗議文に名前を連ねている人々の所属である。誰が見ても、名だたる大学の医学部の教授である。新聞記事は、研究に対する批判ではなく一般消費者に対して商品が売られていることに対する注意喚起であることは明らかである。こんな錚々たるメンバーがいて、新聞記事の背景も文脈も読み取れていない抗議文を送ってくるのは一体どういうことなのか。また、この理事たちは、新しい治療法や疫学調査をするにあたって、どんなふうにやらなければならないかを知っている専門家のはずである。実際にこれまで治験を行ってきた人たちだと推察できる。試験の方法から倫理委員会での審査、どこまで臨床試験が出れば治療法として認可にこぎつけられるのかということを十分知っているはずの人たちである。そういう人たちが、現状では商売するには情報不足、という指摘を読み誤った抗議文を送ってくるというのでは、本業でやっていることを信じていいのかどうかが不安になってくる。この抗議文って、こんな錚々たるメンバーが名前を連ねて送るような内容ではないと思うのだが。大体、私がこの人達に向かって、臨床試験が足りてませんなどとこうやって説明しなければならないことが釈迦に説法も甚だしいわけで。