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「還元水」と呼ぶのはもう止めにしないか(2005/02/02)

 2005/01/20ー2005/01/21に東京で行われた、日本化学会コロイドおよび界面化学部会第22回コロイド・界面技術シンポジウムに参加してきた。水関係の収穫は、東京大学大学院新領域創成科学研究科の宮本有正教授の講演を聴いたことである。宮本教授の発表内容をまとめる。結論を先に言っておくと、宮本教授の研究そのものは、きわめてまっとうな科学として進んでいるということがわかった。

 宮本教授が研究を始めたきっかけは、「万病に効く奇跡の水」の話と、その原因物質が「活性水素」であるという話をきいたことによる。その後、九州大農学部の白畑教授の、微小な金属クラスターが原子状態の水素を吸蔵しており、これが活性酸素消去の原因物質である、という説を検討し、実際に粒径2 nmの白金ナノ粒子を作って、活性酸素消去能を試してみたというものである。
  宮本教授は、まず、ESRを用いて、活性酸素の信号を直接観測した。
  活性酸素の発生は、ヒポキサンチン/キサンチンオキシターゼ酵素系と、PMS/NADPHの化学反応系の両方を用いた。スピントラップ剤はDMPOで、DMPO−OOHの信号を見ることで活性酸素のクエンチングを観測した。白金以外金属についても同様に調べた結果、活性酸素のクエンチング活性は、Pt>Au>Pd>Rh>Ruとなることがわかった。白金イオンではこの効果がみられず、金属原子の集まりであることが必要であった。さらに、白金ナノ粒子を分散させた溶液に、一晩水素ガスを吹き込んでも、活性酸素のクエンチング能力は上昇しなかった。白金ナノ粒子による活性酸素のクエンチングは、化学系と酵素系の両方で同じように観測されたので、白金ナノ粒子が、活性酸素発生の酵素反応を阻害している可能性は無いことが確認された。NADPHを分けて添加した実験から、白金ナノ粒子は、NADPHが枯渇するまで活性酸素を消去し、その後も活性酸素消去機能を保持していることがわかった。このことは、白金ナノ粒子が触媒的に活性酸素をクエンチングしている可能性を示している。
 そこで、酵素系で活性酸素を発生させ、白金ナノ粒子とビタミンCとSODによる、活性酸素のクエンチング効果を比較した。その結果、自身が酸化されると効果を失うビタミンCとは異なり、白金ナノ粒子はSODと同様に、クエンチング能力を保持していることがわかった。白金ナノ粒子は、活性酸素のクエンチングに関して、触媒的に働いていることが示された。
 さらに、白金ナノ粒子には、過酸化水素やヒドロキシラジカルに対するクエンチング効果があることもわかった。
 動物実験への応用は、実験用マウスを用いて行われた。
 筋萎縮性側索硬化症のトランスジェニックマウスに対し、白金ナノ粒子を投与すると、運動性ニューロンの保存に効果があることがわかった。投与量を一定量以上に増やしても、効果に違いが無くなることも確認された。さらに、脳梗塞マウスに対して投与した場合、脳梗塞縮小効果をもたらすことがわかった。
 なお、日本で、白金属の金属が算出するのは北海道に限られており、他の地域の「奇跡の水」の原因物質が白金ナノ粒子であるとは考えがたいという指摘もあった。

 このように、宮本教授の実験は、主に白金を材料とする金属ナノ粒子の活性酸素消去効果と、薬理的効果の基礎研究を目指して行われているものであり、まっとうな科学であると言ってよい。といっても、物質を特定し、投与量と効果の関係を実験によって調べるという当たり前のことをしているだけであり、これまでの「奇跡の水」の(主に宣伝に使われた)調査が軒並みまともではなかったというだけのことなのだが。ただし、金属ナノ粒子の応用研究は、始まったばかりであり、薬剤としての効能や使用法が確立するまでには、まだ相当の研究が必要である。

 動物実験で結果が出ていることは確かだとしても、副作用が生じないかといったことは、これからの研究を待たなければならない。なお、筋萎縮性側索硬化症や脳梗塞は、それなりにクリティカルな病気であり、これらに対して治療効果が期待できることを以て、健康飲料や健康食品に白金ナノ粒子を使おうと考えるのは、やはり現段階では勇み足と言うべきだろう。一応はそれなりに健康な人に対して効果が出るほど使うのは、副作用が未確認である以上危険だし、効果が無いほど微量なら、今度は使う意味がない。せっかくまともな薬理作用の研究が始まっているのだから、この流れをゆがめるような製品開発をすべきではないと思う。

 以前から、私は、「金属粒子がからんでいるなら触媒反応の可能性があり、仮に水素が関与する反応が起きるなら、反応の中間状態としてごく短期間、金属に結合した形で原子状水素ができるかもしれない。しかし、中間状態にすぎないものに「活性水素」と名前を付けて広めるのは、誤解を招くだけだ」と主張してきた。残念なことに、これを直接確認する実験手段を私は持っていなかった。今回、宮本教授の発表をきいて、私の見通しが誤っていなかったことがわかり、少しほっとした。

 なお、別に紹介する予定の、杏林大学の平岡氏の研究では、日田天領水の抗酸化作用の原因物質はバナジウムイオン(2価、3価)の可能性があることがわかってきている。

 活性酸素消去効果の原因物質は水そのものではない。もう、「還元水」という呼び方を止めるべき時にきているのではないだろうか。この呼び名を使う限り、「水に機能を持たせる」という幻想から脱却できないように思う。そういう幻想に振り回される限り、本当に有用な物質を探し当てるまでの回り道が長くなるだけではないか。水は溶媒か分散媒体であり、化学反応の種類によっては反応物質にもなるかもしれないが、水そのものが何か新規な機能を持つことはないのだ。

 これで、私は、白畑教授と宮本教授の発表を両方ともきいたことになる。科学として、よりシンプルな道を緻密に進んでいるのは、宮本教授の方ではないかというのが、私の感想である。「還元水」「活性水素」ということにこだわったがために、白畑教授は、先に研究を始めていたにも関わらず、途中で迷ってしまったように見える。
 白畑教授、宮本教授は双方とも、産学連携の中で研究を進めている。白畑教授は、電解水製造業者の日本トリムや、ひょっとすると日田天領水の販売元と組んでいるのに対し、宮本教授の方はナノ材料を売ろうという企業と組んでいるという違いがある。白畑教授の方は、原因物質の異なる水商売業者と同時に関わったために、「還元水」「活性水素」というキーワードを外せなかったのではないかと思えて仕方がない。
 産学連携の動きは、私の職場でもあるし、私自身も企業からの受託研究を行っている。こういうウェブぺージを作っているおかげで、幸か不幸か、おかしな水商売業者からの研究委託は今のところない。会社と組む場合には、充分話し合って、研究の自然な流れを曲げないような形で、かつお互いの利益になるように組まなければならないなあ、と思ったりしている。

【2007/05/10】
 この件についてメールで問い合わせがあったので追記しておく。

 現在、白金ナノコロイドを使った水やら化粧品やらが発売されているが、売るには時期が早いのではないか。特に、ナノ粒子に暴露した場合のリスク評価はまだほとんど進んでいない。産総研では情報を集めており、やっと最近始まったようだが、炭素系ナノ粒子が対象で、金属系ナノ粒子については手つかずである。実は、産総研に、金属系についても調べて欲しいと頼んでみたのだが、研究資金も人手も足りず、炭素系を調べるので手一杯だと言われてしまった。

 研究が継続されていても、医薬品としての開発が進む代わりに化粧品やら飲料水やらになっているということは、はっきりした結果が出ていないということなのではないか。

 飲んだ場合に被害が発生する可能性は少ないとしても、吸引する可能性のある使い方をするのであれば、リスク評価が済むまでは使用を避けた方が無難である。分解できない微粒子が肺から入るというのは、多くの場合危険を伴うからである。

 なお、ナノ粒子のリスクに関する情報は産総研に集中している。環境ホルモン濫訴事件の傍聴に行った時、終了後のディスカッションで中西準子氏が1990年半ばから海外文献調査を継続して行っている旨述べておられた。