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大真実裁判(「平成一〇年(ワ)第一五五号発売禁止等請求事件」)

この判例の意義

 「トンデモ大予言の後始末」にて紹介された、『飛鳥昭雄の大真実!?』裁判の、判決文のミラーである。この裁判は、古関氏が、飛鳥昭雄氏の著作を引用して批判するというスタイルで出版した『飛鳥昭雄の大真実!?』に対し、飛鳥昭雄氏が古関氏を訴えたというものである。元ファイルは、古関氏のウェブページにある。

 当ページで行っている、水商売ウォッチングその他の、「公開されている怪しい記述を批判する」というスタイルで文章を書くと、常に「名誉毀損」だの「著作権法違反」だのという理由で、告訴するぞと言われることを考えておかなければならない。この判決は、批判する側の自由をある程度まで保証するもので、非常に重要であると考えられる。批判を圧殺するために法律を悪用するなどもっての他である。

 快くミラー許可をくださった古関様に、この場でお礼申し上げます。(ミラーと書いたが、正確にいうと、当ページのレイアウトに合わせて、少し配置などを変更させていただいた)

判決

※注意
 この判決文は巻末資料を除くオリジナルの判決文書を正確に引用したものですが、Webの性質上、いくつかの修正がなされています。オリジナルの縦書を横書きにした他、レイアウト上の修正をしています。読み易くするため、改行を加えてあります。数字記号の丸1、丸2、丸3は<1>,<2>,<3>と表記しています。また、関係者の本名及び住所は伏せています(筆者の名前を例外とする)。

 平成一一年五月一七日判決言渡 同日原本交付

 裁判所書記官

 

 平成一○年(ワ)第一五五号発売禁止等請求事件

 

 平成一一年三月二六日口頭弁論終結

判 決

原告 飛鳥昭雄

右訴訟代理人弁護士 H.S

 

被告 古関智也

被告 株式会社文化創作出版

右代表者代表取締役 M.G

右両名訴訟代理人弁護士 K.Y

          同  M.S

          同  Y.M

          同  A.I

          同  N.K

主 文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  被告らは、被告古関智也著・被告株式会社文化創作出版発行、新書判、二二五頁の「飛鳥昭雄の大真実!?」と題する書籍の印刷、製本、発売又は頒布をしてはならない。

 

二  被告らは、既に印刷、製本、発売又は頒布がなされた、被告古関智也著・被 告株式会社文化創作出版発行、新書判、二二五頁の「飛烏昭雄の大真実!?」と題する書籍の廃棄をせよ。

 

三  被告らは、読売新開、朝日新間、毎目新聞及びサンケイ新間の各全国版に、 別紙記載の謝罪広告を別紙記載の条件で各一回、並びに被告株式会社文化創作 出版の出版物に析り込まれる出版案内に、別紙記載の条件で三回各掲載せよ。

 

四  被告らは原告に対し、五九九万円及びこれに対する平成一○年八月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

 

第二  事案の概要
 一 事案の骨子

 本件は、被告古関智也(以下「被告古関」という。)が執筆し、被告抹式会社文化創作出版(以下「被告会社」という。)が発行及ぴ販売した「飛鳥昭雄の大真実」と題する書籍が原告の著作権、著作者人格権、人格権等を侵害するものであるなどとして、原告が被告らに対し、右書籍の発売等の禁止、廃棄、謝罪広告及ぴ損害賠償(著作権侵害による損害三九九万円、慰謝料一○○万円、弁護士費用一○○万円)を求める事案である。

 二 前提事実

1 当事者(争いがない。)

 

(一) 原告は、「飛鳥昭雄」というペンネームを用い、サイエンスエンターテナーと称して著述などを行っている者である。

(二) 被告古関は、「飛鳥昭雄解明研究家」を標榜して著述等を行っている者 であり、被告会社は、書籍の企画、出版、並びに販売等を目的とする株式会社である。

2 原告の著作等

 

 原告は、原告のペンネーム「飛鳥昭雄」ないし「あすかあきお」の名で著作し、各出版社から出版された別紙原告の著作物記載の著作物(以下「原告 の著作物」という。)の著作権者である。

3 被告古関の著作と被告会社の出版等

 

 被告古関は、「飛鳥昭雄の大真実」と題する書籍(以下「本件書籍」という。)を執筆し、被告会社は、これを新書判、二二五頁、定価金九五○円 として、平成一○年(一九九八年)五月ころから発行及ぴ販売を始めた。

 しかして、本件書籍には原告の著作物の記載と一致する部分として別紙一覧表 1記載の箇所があり、本件書籍と原告の著作物の各記載を対比すると別紙一覧表2記載の箇所がある(以下、別紙一覧表1、2記載のうち原告の記載部分を「原告の著作部分」と、被告古関の著作部分を「被告古関の引用部分」 という。)ほか、別紙一覧表〔漫画作品(絵)表〕記載の箇所(以下、右表 うち原告の作成図絵を「原告の図絵」といい、被告古関の作成した図絵を 「被告古関の図絵」という。)がある。

 三 争点

1  本件書籍は原告の著作権を侵害しているか。

2  本件書籍は原告の著作者人格権を侵害しているか。

3  本件書籍は原告の名誉感情を侵害しているか。

4  本件書籍は原告の信教の自由を侵害しているか。

5  本件書籍は原告のエンターテナーとしての人格権を侵害しているか。

 四 当事者の主張

  1 争点1(著作権侵害の有無)について

 

  (一) 原告の主張

 

 

本件書籍における被告古関の引用部分は、次のとおり著作権法第三二条 に定める、いわゆる適法引用に当たらない。

(1) 本件書籍における被告古関の引用部分の大半は、明確に原告の著作部 分と被告古関の創作部分とに区分されていない。

(2) 本件書籍は原告の著作部分を主とするもので、被告古関の創作部分は 原告の著作部分を骨格として肉付けした従たる関係にあるにすぎない。

(3) 被告古間の引用部分は原告の著作物からの出所が明らかにされていな い。  なお、被告らは、本件書籍の巻末に「参考文献」として原告の著作物を列挙しているが、本文中にある被告古関の引用部分が、どの原告の 著作物のどの箇所に該当するのか、それだけでは明らかではない。

(4) 本件書籍には原告の著作部分を引用する必然性、引用目的の社会的正 当性がない。  すなわち、本件書籍の目的は原告の仮説を「科学的に検証」することにあるとされているが、「科学的検証」の対象が後記5(一) のエンターテインメントであるから被告古関は全く的外れなことを行っているものである。
 また、被告古関は「検証」を行うと述べているが、 その実、本件書籍の内容は、推測の形で結論を述べている箇所も多々あり(飛鳥昭雄の大予言年表〔二一二、二一三頁〕など)、「検証」の名に値しないものである。

 そもそも、本件書籍の意図は、原告の著作物の 売れ行きと名声の上に立っての安易な利潤の追求と、原告を誹謗中傷する個人攻撃とにあるというべきである。

(5) 被告古関の図絵は原告が『地球大壊滅の恐怖!!』というマンガ作品に 描いた地球の構造図である原告の図絵を引用するものであるが、出典である原告の著作物名は書いてあっても、その具体的な箇所の指摘がないし、本件書籍の内容との対比上引用の必然性がない図版の引用をするものであり、また、マンガ作品は全体が一つの著作物を構成するとともに、 一こま一こまがそれ自体完結した図画という著作物であるから、被告古 関の図絵は原告のマンガ作品の一頁まるごとをそのまま複写して一つの著作物の丸ごと全部を引用したもので主従関係がないなど、到底適法引用に当たらない。

 

 

 

  (二) 被告らの主張

 

 

(1) 本件書籍においては引用に係る原告の著作部分と被告古関の創作部分 は一読して明確に区分されている。

(2) 本件書籍は原告がその著作物で主張してきた原告の仮説(飛鳥説)を 科学的論理的に検証しようとしたものであるから、本件書籍の主たる部分は被告古関の創作に係る原告の仮説の検証及ぴ批評部分であり、右部分が原告主張のように従たる関係にあるものではない。

(3) 本件書籍は原告の著作部分について原告の著作物を本件書籍巻末に記載する方法により出所を明示している。
 なお、日本文芸家協会作成の 「引用の仕方について」(1978年)によれば、出所明示は単行本の場合、やむを得ない場合には巻末でも可とされている。

(4) 本件書籍は原告がその著作物で主張してきた原告の仮説(飛鳥説)を科学的論理的に検証しようとしたものであるから、原告の著作物中、本件書籍における検証の対象となる部分については引用する必然性があり、 本件書籍における原告の著作部分の引用は引用の公正な慣行に合致しているといえる。
 そして、右のとおり本件書籍の主たる部分は被告古関の創作に係る原告の仮説の検証及ぴ批評部分であり、引用される原告の著作部分は従たる存在である以上、本件書籍における原告の著作部分の引用は、引用の目的上正当な範囲内で行われているものである。

(5) 本件書籍の被告古関の図絵に近接した部分には「『地球大壊滅の恐怖』(講談社刊)より」と出典が明示されているし、本件書籍における原告の図絵の引用は公表された原告の著作物を原告の仮説を検証する必要上引用したものであり、また、読者の閲覧に供することを主たる目的 としたものではない。

 

 

 

   2 争点2(著作者人格権侵害の有無)について

 

 

  (一) 原告の主張

 

 

(1) 本件書籍において被告古関の図絵は原告の図絵を、<1>熱転写コピー機 にかけて微妙に縦方向に引き延ばした、<2>「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」と書いた文言を入れた四角形から出ている三角形を構成する直線を消して、代わりに消した部分の一部に、消した部分の両側の図ど繋げるように点線を書き加えている、<3>「大陸」と示され た部分のアウトラインを、原告作成図の上に描画した、などの改変を加 えているにもかかわらず、原告の図絵からそのまま引用しているかのよ うに表示しており、原告の同一性保持権としての著作者人格権(著作権法二○条)を侵害している。

(2) 本件書籍は原告の仮説の科学的攻撃に止まらず人格に対する嘲笑を含 む上、原告はその著作物において特定の事象の発生するであろう日時を特定したことがないのに、本件書籍中には「木星から第一三番惑星が生 まれる」日を二○二六年五月一○日であると「ノストラダムスの飛鳥流 解釈」として特定している(二○四頁)のを始め、二一二、二一三頁に は出所不明の年代を「飛鳥昭雄の大予言年表」として掲載して原告の思想、著述内容を歪曲して公表しているが、これは著作者である原告の名誉及ぴ声望を侵害するような方法で原告の著作物の利用を行っているという点において、原告の著作者人格権(著作権法一一三条三項)を侵害するものである。

 

 

 

 (二) 被告らの主張

 

 

(1) 原告の図絵における原告の創作部分はその作製図の部分であるが、被 告古関の図絵は原告の創作に係る作製図部分には何らの加工も加えずそのまま引用しているので、原告の同一性保持権としての著作者人格権を侵害していない。

(2) 原告が、被告古関により特定の事象の発生するであろう日時を特定して原告の名誉及ぴ声望を侵害する方法により利用されたと指摘する部分は、原告の著作物を引用したものではなく、単に、原告の著作物において発表された原告の仮説に基づいて被告古関が推論した内容を記述したにすぎない。

 

 

 

  3 争点3(名誉毀損、名誉感情侵害の有無)について

 

 

 (一) 原告の主張

 

 

 本件書籍には「飛鳥氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」 (五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはい かがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹誘中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」など、原告に対して侮辱的な発言が各所に見られる。このような表現は、原告の名誉及ぴ名誉感情を著しく侵害するものであって、原告は、多大の精神的苦痛を受けている。

 

 

 

 (二) 被告らの主張

 

 

 本件書籍に原告主張の表現が各指摘の頁等に存することは認めるが、そ れが原告に対する侮辱的な発言であり、原告の名誉及ぴ名誉感情を著しく侵害するとの主張は争う。
 すなわち、「飛鳥氏の信用も一九九八年八月ま でとなってしまった」との記述は、原告の一九九八年八月に第三次世界大 戦が起こるとの説を発表したことを受けての記述であるが、一九九八年一二月現在においても幸いにして第三次世界大戦は起きていない以上、右記述は事実に合致し、何ら原告の名誉を毀損するものとはいえない。
 また、 「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろう か?」との記述及び「恩知らず」との表現は、単に被告古関の評価、意見 を示したものにすぎず、かかる事実摘示ではない単なる意見表明が原告の 「名誉」すなわち社会的評価を低下させるものとは考えられない。

 また、仮に、右の各記述が原告の主観的な名誉感情を侵害したとしても、名誉感情の毀損が慰籍料請求の事由となるためには、「社会通念上許される限度 を超える侮辱行為」であることが必要であるところ、右の各記述が「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」に該当するとは到底考えられない。

 

 

 

  4 争点4(信教の自由の侵害の有無)について

 

 

 (一) 原告の主張

 

 

(1) 本件書籍二一二頁及ぴ二一三頁記載の《飛鳥昭雄の大予言年表》には キリスト再臨の目付が記載されている。しかし、原告は、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者であり、その信仰する宗教の教義上、イエスの再降臨の日は隠されているということになっているため、絶対にその日時を知ることができないということを固く信じているものであって、右再臨の日を特定したことはない。  したがって、本件書籍は、原告の信仰 を冒涜して信教の自由を侵害するものである。

(2) 本件書籍には別紙「原告主張の信教の自由を冒涜する記述」があり、 この記載は原告の信教の自由を侵害するものである。

 

 

 

 (二) 被告らの主張

 

 

 一般読者が通常の注意を払って本件書籍を読んだ場合には、本件書籍二一二頁及ぴ二一三頁記載の《飛鳥昭雄の大予言年表》にキリスト再降臨の日として特定された日付は、被告古関の推論に基づくものであると感得できることが明らかである。

 

 

 

  5 争点5(エンターテナーとしての人格権侵害有無)について

 

 

 (一) 原告の主張

 

 

 原告は、サイエンスエンターテナーを職業とする者であるが、サイエンスエンターテナーとは科学者ではなく一種のエンターテナーであり、科学的なアプローチにより科学的に未解明の様々な分野について仮説を提唱し、人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的として、原告の著作物などの著作を行ってきた。
 しかるに、本件書籍は、原告のそのような意図を無視し、全く原告の意図とはかけ離れた観点から、原告の著作物に対して誹誇中傷を加えたものである。
 そのような誹誇中傷は、原告をして、これまでのように、エンターテインメントとしてそのような著作を行うことを困難にならしめるものであり、原告のエンターテナーとしての人格権ともいうべき、エンターテインメントに対する権利を侵害するものである。

  なお、エンターテナーとしての人格権ともいうべきエンターテインメン トに対する権利とは、言い換えれば、エンターテナーが持つ、自己固有のエンターテインメントの流儀・味わいを不当に侵害されない権利である。
  この権利はエンターテナーを職業とするものが社会のなかでその職業を生活の糧として生きていく上での中核を形成するものであり、憲法一一条、 一三条、二二条一項にその根拠を有するものといえる。

 

 

 

 (二) 被告らの主張

 

 

 原告の主張するエンターテインメントに対する権利は憲法上に明文で規定された権利でないばかりか、人権として認め得る程度の普遍性もなく到底憲法上人権として認められ得るものでもない。

  仮に、エンターテインメントに対する権利が憲法上の法的利益として認められることがあっても、かかる権利が被告らの表現の自由(憲法二一条)に優越するものではなく、原告の著作物に対する論評、批判も表現の自由の保護を受けるのである。

第三 当裁判所の判断

 

 

 

一   前提事実に証拠(甲第三号証、乙第一号証)及び弁論の全趣旨を併せると次の事実が認められる。

 

 

1. 原告は、「飛鳥昭雄」ないし「あすかあきお」というペンネームを用い、 自らサイエンスエンターテナーと称して、科学的なアプローチにより科学的 に未解明の様々な分野について仮説を提唱し、人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的とするとして著作などを行っている者であり、右目的に係る著作物であるとする原告の著作物について著作権を有する者である。

 なお、原告は、末日聖徒イエス・キリスト教会の信者であり、その信仰する宗教の教義においてはイエスの再降臨の日は隠されているということになっている。

2. 被告古関は、「飛鳥昭雄解明研究家」を標傍して、原告がその著作物において提唱する仮説を科学的論理的に検証し批評するものとして本件書籍を執筆した者であり、被告会社は、本件書籍を平成一○年(一九九八年)五月ころから発行及び販売を始めた。

 本件書籍は、新書判で本文二一六頁(目次を含む。)、あとがき三頁、参考文献六頁の合計二二五頁から成っている。本文の構成及び内容は五章に分けられ、更に各章が六ないし一二の項目に分けられて、各章項において原告の著作物に述べられた原告の仮説を一つ一つ取り上げて被告古関が次の参考文献欄前半の参考文献等を検討した結果現在の科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評している。

 参考文献欄六頁のうち前半三頁(本件書籍二三〇頁から二二二頁まで)には〔参考文献〕の表題のもとに原告以外の著者による四七の書籍が表題、著者名、出版社名、発行年 等の全部ないし一部を記載して列挙され、後半三頁(本件書籍二二三頁から二二五頁まで)には《参考文献・飛鳥昭雄作品リスト》の表題のもとに四七の書籍が表題、出版社名、発行年を記載して列挙されている。

3. (一)  本件書籍には原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的から 原告の著作部分と一致する部分(別紙一覧表1記載の箇所)や原告の著作部分の内容を引用して紹介する部分(別紙一覧表2記載の箇所)である被告古関の引用部分があるが、被告古関の引用部分は別紙一覧表1記載の箇所については当該引用部分の末尾に原告の著作物名を特定して掲記するか、 かぎ括弧で囲んで引用されており、また、別紙一覧表2記載の箇所については被告古関の検証ないし批評の前提して読者が通常原告の仮説の内答で あることが理解できるような表現で引用紹介しており、右一部を除き当該引用部分の末尾等に原告の著作物名及ぴ該当箇所を引用の都度逐一指摘して掲記していないが、2のとおり巻末の参考文献欄後半三頁には《参考文 献・飛鳥昭雄作品リスト》が記載されている。

 なお、目本文芸家協会作成 の「引用の仕方について」(1978年)によれば、出所明示は単行本の場合、やむを得ない場合には、巻末でも可としている。

(二)  本件書籍二一二、二一三頁には《飛烏昭雄の大予言年表》の表題のもとに、年月日(又は年、年月)を上欄に、事項を下欄に記載して、飛鳥昭雄が二○二六年五月一○日に木星から第一三番惑星が生まれるとか、二○二六年五月一〇日にイエス・キリストが再臨するとか、特定の年月日に特定の事項が生じるとの予言をしているとの内容の年表を掲載していろところ、 木星から第一三番惑星が生まれる日については本件書籍二○四頁に「その日時は隠されているというが、ノストラダムスの飛鳥流解釈から推論する事ができる。それは二○二六年五月十日である。」と、イエス・キリストが再臨する日については本件書籍二○七頁に「飛鳥氏は止められているようなので、筆者が代わりに答えよう。」と記載されているほか、他の年表記載事項も一般読者が通常の注意を払って本件書籍の他の部分と併せ読めぱ、右年表は、原告の著作物には右予言事項が起こる年月日が特定して記載されているわけではないが、被告古関が原告の著作物を読んでその内容から推論した結果を記載したものであることが理解でき記載がされている。

(三)  本件書籍には原告の仮説を検証ないし批評する内容の本文に挿入して原告の図絵を紹介するものとして被告古関の図絵を一頁全面(本件書籍四三 頁)に掲載しているところ、その上欄には〔飛鳥氏による地球の構造〕と、下欄には「『地球大壊滅の恐怖!!』(講談社刊)より」と記載され、被告古関の図絵が原告の著作物である右著作からの出典であることを明記している。

4. 本件書籍には「飛鳥氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」 (五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹誇中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」の記載がある。

 

 

 

二   争点1(著作権侵害の有無)について

 

 

1. 著作権法三二条一項は「公表された著作物は、引用して、利用することができる。この場合において、その引用は、公正な慣行に合致するものであり、 かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」と定めているところ、ここでいう引用とは、報道、批評、研究その他の目的で自己の著作物中に他人の著作物の原則として一部を採録することをいうと解するのが相当であるから、右引用に当たるというためには、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物と、 引用されて利用される側の著作物とを明瞭に区別して識別することができ、 かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる場合でなければならないというべきである(最高裁昭和五一年(オ)第九二三号同昭 和五五年三月二八日第三小法廷判決・民集三四巻三号二四四頁参照)。

 また、同法四八条の規定によれば、著作物を引用して利用する場合には、その著作物の出所を、その複製又は利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により明示しなければならない。

2. これを本件についてみると、次のとおりである。

(一)  一3認定の事実によれば、本件書籍は原告の仮説を科学的論理的に検証 ないし批評する目的のものであるから、原告の著作部分を引用する必要がある上、現に引用しているが、被告古関の引用部分は当該引用部分の末尾に原告の著作物名を特定して掲記するか、かぎ括弧で囲んで引用するか、 あるいは読者が通常原告の仮説の内容であることが理解できるような表現で引用紹介しているから、引用を含む著作物の表現形式上、引用して利用する側の著作物である被告古関の創作部分と、引用されて利用される側の著作物である原告の著作部分とを明瞭に区別して識別することができ、かつ、右両著作物の間に前者が主、後者が従の関係があると認められる。

 また、本件書籍においては右一部を除き当該引用部分の末尾等に原告の著作物名及ぴ該当箇所を引用の都度逐一指摘して掲記していないけれども、本文の構成及び内容を五章に分け、更に各章を六ないし一二の項目に分けて、各章項において原告の著作物に述べられた原告の仮説を一つ一つ取り上げていること、巻末の参考文献欄六頁のうち末尾三頁には《参考文献・飛烏 昭雄作品リスト》の表題のもとに四七の書籍が表題、出版社名、発行年を記載して列挙していることを併せると、被告古関の引用部分がどの原告の著作物のどの箇所に該当するのかは容易に特定することが可能といえる (実際に原告は本訴において逐一特定して主張している。)し、このことに日本文芸家協会においては出所明示は単行本の場合やむを得ない場合には巻末でも可としていて現にそのような単行本が多数出版されているという公知の事実をも考慮すると、著作物を引用して利用する場合におけるその著作物の出所を、その利用の態様に応じて合理的と認められる方法及ぴ程度により明示しているといえる。

 なお、原告は、本件書籍が検証の対象とした原告の著作物の仮説は、原告が人々の心の中のロマンに訴えかけることを目的として科学的なアプローチにより科学的に未解明の様々な分野について提唱した仮説であって、 このような仮説を科学的に検証することや検証の名のもとに推測を述べることは無意味であるとか、許されないとか主張するもののようであるが、 憲法が二一条において言論、出版その他一切の表現の自由を、二二条一項 において職業選択の自由を保障していることなどに照らすと、他者の言論、 営業その他の社会的活動も尊重されるべきであって、これをみだりに制限すべきではないから、原告の目的いかんにかかわらずその公表した右のような仮説が他人によってその科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評されたり推測を述べられることは甘受しなければならないというべきであり、原告の主張は採用できない。

 さらに、原告は、本件書籍の意図は、原告の著作物の売れ行きと名声の上に立っての安易な利潤の追求と、原告を誹誇中傷する個人攻撃とにある旨主張するが、 本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。

(二)  被告古関の図絵と原告の図絵とを対比すると、地球の内部構造を示した図の部分はほぼ同一のものであるから、披告古関の図絵は原告の図絵を引用するものといえるが、前記認定説示のとおり、本件書籍は原告の仮説を 科学的論理的に検証ないし批評する目的のものであるから、原告の著作部分を引用する必要がある上、被告古関の図絵には出典である原告の著作物名が明記しているのであるから、著作物を引用して利用する場合におけるその著作物の出所を、その利用の態様に応じて合理的と認められる方法及ぴ程度により明示しているといえ、また、被告古関の図絵は原告のマンガ作品の一頁まるごとをそのまま複写したことは原告の主張するとおりであるが、本件書籍の主たる部分は原告の仮説を科学的論理的に検証ないし批評する目的のもとに創作して著述した被告古関の検証ないし批評部分にあるのであるから、原告の図絵は右目的のために引用した従たる部分にすぎないことが明らかであるといえる。

3. そうすると、原告の著作権侵害の主張は理由がない。

 

 

 

三   争点2(著作権人格権侵害の有無)について

 

 

1. 原告は、被告古関の図絵は原告の図絵を複写して改変を加えている旨主張するところ、両者を対比すると、確かに被告古関の図絵は原告の図絵にある 「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」と書いた文言を入れた四角形から出ている三角形を構成する直線を消して、代わりに消した部分の一部に、消した部分の両側の図と繋げるように点線を書き加えていること、 「大陸」と示された部分のアウトラインを原告の図絵の上に描画したことにおいて異なるものである。

 しかし、そもそも著作権は創作的表現についてのみ発生するものであるところ、原告の図絵は、地球の内部構造を示した図の部分にのみ創作性が認められるが、吹き出しにより「コールド・プリューム」「ホット・プリューム」としてその各部の名称を示した部分は原告の創作的表現は認められないから、原告には地球の内部構造を示した図の部分に著作権が認められるにすぎない。

 そして、被告古関の図絵は、原告の図絵の地球の内部構造を示した部分については何らの加工をしていないといえるから、原告の同一性保持権としての著作者人格権(著作権法二○条)を侵害しているとはいえない。

2. 原告は、本件書籍は原告の人格に対する嘲笑を含む旨主張する。確かに、本件書籍には「飛鳥氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹誇中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」があり、原告からみると人格を嘲笑されたと受け止めたとしてもやむを得ないところではある。

 しかし、著作権法一一三条三項の規定は、著作者の名誉又は声望を害する方法により引用 される側の著作物の著作者人格権を侵害する態様でする引用が許されないことを定めるものであり(前掲最高裁昭和五五年三月二八日第三小法廷判決参照)、これに対し右の箇所は被告古関が原告の仮説を検証した結果に基づいて原告ないし原告の仮説に対し批評的意見を述べたものであって原告の著作物を引用しているものとはいえないから、原告の著作者人格権(著作権法一一三条三項)を侵害するものとは認められない。

3. 原告は、原告がその著作物において特定したことのない特定の事象の発生するであろう日時を特定した旨主張する。

 しかし、一3(二)に認定したとおり、被告古関は原告主張の特定をしているところ、これは原告の著作物において発表された原告の仮説に基づいて被告古関が推論した結果を記載したものであり、二2(一)説示のとおり、他者の言論、営業その他の社会的活動も尊重されるべきであって、これをみだりに制限すべきではないから、原告の目的いかんにかかわらずその公表した右のような仮説が他人によってその科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証し批評されるたり推測を述べられることも甘受しなければならないというべきであり、原告の主張は採用できない。

4. そうすると、原告の著作者人格権侵害の主張は理由がない。

 

 

 

四   争点3(名誉毀損、名誉感情侵害の有無)について

 

 

 本件書籍には「飛鳥氏の信用も一九九八年八月までとなってしまった」(五 頁)、「サイエンス・エンターテイナーという肩書きを返上してはいかがだろうか?」(一七頁)、「恩知らず」(六一頁)のほか、別紙「原告主張の誹誘中傷、愚弄ないし侮辱する記述箇所」があるところ、これにより原告がいささか内心の静穏を害されその名誉及び名誉感情を侵害されたと感じることも有り得るところである。

 しかし、右の箇所は被告古関が原告の仮説を検証した結果に基づいて、被告古関の原告ないし原告の仮説に対する評価、意見を示したもので、事実を摘示するものではないから、原告の社会的評価としての名誉を低下させて侵害するものでないことは明らかである。

 また、右の箇所が原告の主観的な名誉感情を侵害したとしても、前記のとおり、本件書籍は被告古関が原告の仮説を参考文献(前半のもの)を検討するなどして科学的知見と考える観点に基づき論理的と考えるところから検証した上、原告ないし原告の仮説を批評した内容を新書判の書籍として出版されたものであること、右箇所の表現内容のほか、原告の著作物の内容、性格及などに照らすと、原告が右の箇所により内心の静穏を害された程度は、社会通念上受忍すべき限度を超えたとまで評価することはできない。

 そうすると、原告の名誉毀損、名誉感情侵害の主張は理由がない。

 

 

 

五   争点4(信教の自由の侵害の有無)について

 

 

 本件書籍中には、原告の指摘するキリスト再臨の日付の記載や別紙「原告主張の信教の自由を冒涜する記述」があるところ、この記載自体が原告の信仰するところと相容れない面があるとしても、右指摘部分も前記のとおり被告古関の自由な言論活動に属するものであり、被告古関が原告の信教の自由を侵害する意図・目的で記載したとの事情は本件全証拠によっても認められないことからすると、原告の信教の自由を侵害するものとはいえない。

 そうすると、原告の信教の自由を侵害されたとの主張は理由がない。

 

 

 

六   争点5(エンターテナーとしての人格権侵害有無)について

 

 

 原告は、憲法一一条、一三条、二二条一項にその根拠を有するエンターテナーが持つ自己固有のエンターテインメントの流儀・味わいを不当に侵害されない権利を有することを前提に、本件書籍は右権利を侵害する旨主張する。
 しかし、右権利は憲法上に明文で規定された権利でないばかりか、本件全証拠によっても、憲法上人権として認め得る程度の普遍性があり保護されるものといえる事情はうかがわれない。

 そうすると、原告の主張は前提において失当である。

 なお、仮に、エンターテインメントに対する権利が憲法上の法的利益として認められることがあっても、かかる権利が被告らの表現の自由(憲法二一条) に優越するものではなく、原告の著作物に対する論評、批判も表現の自由の保護を受けるのである。

 

 

 

七   結語

 

 

 よって、原告の請求は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき、 民訴法六一条に従い、主文のとおり判決する。

 

 

 

水戸地方裁判所龍ケ崎支部

裁判官   H.N

(1998年8月21日開始、1999年5月17日、判決下される)

判例タイムズNo.1031(2000.8.1)

(以下、P235、236より)


 一 書籍における他の著作物の記載の引用が、いわゆる適法引用に当たり著作権を侵害しないとされた事例

 二 書籍における他の著作物の記載の引用について、出所の明示がされているとされた事例

 三 書籍における図絵の引用が著作者人格権を侵害していないとされた事例

 四 著作者の名誉及び声望を侵害するような方法で著作物の利用を行ったとはいえないとされた事例

〔水戸地裁龍ヶ崎支部平一〇(ワ)第一五五号、発売禁止等 請求事件、平11・5・17判決、請求棄却・確定〕

【参照条文】

(一につき) 著作権法三二条一項、

(二につき) 著作権法四八条一項・二項、

(三につき) 著作権法二〇条、

(四につき) 著作権法一一三条三項

 

 

 ≪解説≫

 一 本件判決は、Yが執筆し、Zが発行及び販売した書籍がXの著作権、著作者人格権、人格権等を侵害するなどとして、XがY及びZに対し、右書籍の発売等の禁止、廃棄、謝罪広告及び損害賠償を求めたのに対し、これを棄却した事例判例である。本件の争点は多岐にわたるが、ここでは、判示事項の著作権法に係る争点部分を取り上げて紹介する。

 二 Xは、「とんでも本」といわれるような漫画本など多数の書籍を執筆し、右著作物について著作権を有するものであるが、YがXの著作物中の多数の記載や図絵を引用するなどしながら右著作物の内容を検証し批評した内容の著作物を執筆し、これを出版社であるZが新書版の本件書籍として発行及び販売した。そこで、Xは、本訴を提起し、(1)Xの著作権の侵害の有無に関して、本件書籍におけるXの著作物中の記載や図絵の引用は、著作権法三二条に定める、いわゆる適法引用に当たるか、また、Xの著作物中の記載の引用は、著作権法四八条に定める、著作物からの出所の明示がされているか、(2)Xの著作者人格権の侵害の有無に関して、Yの図絵はXの図絵を改変していて、Xの著作物の同一性保持権(著作権法二〇条)を侵害しているか、また、本件書籍は著作者であるXの名誉及び声望を侵害するような方法でXの著作物の利用を行っている部分があるか(著作権法一一三条三項)などが争われた。

 これに対し、本判決は、Xの請求を棄却し、右争点について次のとおり判断した。すなわち、(1)Xの著作権の侵害に関しては、本件書籍におけるXの著作物中の記載や図絵の引用は、本件書籍はXの仮説を検証ないし批評する目的のもので、引用される部分が従であるなどから著作権法三二条の適法引用の要件を満たすし、また、本件書籍においては必ずしも引用の都度逐一指摘していないけれども、利用の態様に応じて合理的と認められる方法及び程度により出所を明示しているといえる、(2)Xの著作者人格権の侵害の有無に関しては、Yの図絵は、Xの図絵のうち創作性が認められる部分については何らの加工をしていないといえるから、Xの著作物の同一性保持権を侵害しているとはいえないし、また、本件書籍にはXから見ると人格を嘲笑されたと受け止めたとしてもやむを得ない箇所やXがその著作物において特定したことのない特定の事象の発生するであろう日時を特定した箇所があるが、前者はYがXないしXの仮説に対し批評的意見を述べたものであり、後者はYがXの仮説に基づいて推論した結果を記載したものであって、著作権法一一三条三項が禁止する著作者人格権を侵害する態様で引用したものではないとした。

 三 本件におけるような「とんでも本」に限らず他の著作物の内容を検証し批評した内容の著作物が少なからず執筆出版されているようであり、そこでの引用に際しての出所の明示方法については、新書版書籍においては、本件書籍におけるような方法を採るものも相当多いのが実状のようである。

 また、右批評等に係る著作物を巡っては各種の著作権法等の違反の有無が争点となり得るが、本判決が参照掲記する最三小判昭55・3・28民集三四巻三号二四四頁、本誌四一五号一〇〇頁(パロディ写真事件)は、旧著作権法の規定の解釈ではあるものの、引用の意義、適法引用の要件を明らかにしたほか、さらに著作者人格権を侵害する態様の引用が許されないことを確認しており、これらは現著作権法の解釈等を巡っても参考になるものである。

 本判決は、右のような実状や判例を踏まえたものといえよう。


以下、判決文と、別紙記載・著作権侵害とされた箇所の一覧表1の一部、誹謗中傷とされた箇所の一部が続きますが、省略します。