本の紹介と書評など

タイトル アトピービジネス (文春新書111)
著者/訳者 竹原和彦
出版社 文藝春秋
出版年 2000年
定価 660円+税
ISBN 4-14-660111-3

 当サイトの読者から、この本があることを教えていただいて読んでみたのだが、非常にわかりやすく、また水商売との共通性が大いに感じられるものだった。著者は、金沢大学医学部皮膚科教授。アトピーの患者でない人も、アトピーを例として世の中の怪しい治療法がどうやって広められていくかを知ることは、他の分野で同じ手でだまされないためにも必要なことだと思うので、患者以外にもお薦めできる本である。

 どういう経緯で、皮膚科ではありふれた疾患であったアトピー性皮膚炎が難病に仕立て上げられていったのかが書かれている。また、その過程で、脱ステロイド療法の宣伝がどう行われたかもまとめられている。

 要するに、アトピー性皮膚炎を「難病」に仕立てておいた方が、怪しげな民間療法で商売できるチャンスが拡がるということだ(事実はそうではなく、ステロイドを適切に使うことで皮膚炎は管理可能であり、どうやって使うかについても皮膚科では既に確立している)。それに加えて、マスコミがステロイド被害をあおった上に、標準的でない治療法を宣伝したので、それにのってアトピービジネスで儲ける人たちが増えたということらしい。それを後押しした皮膚科の医者というのもいて、以下のように書かれている。

 そればかりではない。この時期、ゲリラ的にメディアに大きな影響を与えたのが、一部皮膚科医内より提唱された脱ステロイド療法であった。ここで「ゲリラ的」と書いたのはほかでもない。われわれ医学者が新しい病因論や治療法を発表する際には、学会発表のみならず、最初に原著論文をしかるべき医学雑誌に掲載し、その論文が多くの研究者の評価を受けるというプロセスを経ることが要求されている。ところが、わずか数人の皮膚科医によって提唱されたこの脱ステロイド療法なるものは、明確なデータをともなう原著論文としての報告がなく、つまり十分な医学的議論を経ずしてメディアに華々しく登場したのである。 (p.66)

 医学に限らず科学の分野で、ゲリラ的に行われた発表の中身がまともだったことはほとんどない。常温核融合の騒ぎだって、原著論文の発表を待たずにマスコミに話がでて、しかも特許を理由に詳細が伏せられた。関連分野の普通の研究者にまともな追試をさせないまま、宣伝だけが大々的に行われたのだ。水の研究の側から言わせてもらうと、アトピーに効果があるというフレコミの電解還元水が今まさにこの状況で、活性水素説の白畑教授(九州大農学部)に溶液や分析の学会に来て納得できる測定結果を出してくださいと頼んでも断られ、しかし製品の宣伝やマスコミへの露出だけはしっかり先行している。正式な科学の手続きを踏まずにマスコミ発表を先行させて、まだ確立していない科学的な話を振りまく人は分野を問わずに存在するようである(注意:これについては分析化学の分野で皆を納得させるだけの結果が出るまで、信じるべきではない)。

 これだけの人数の医師(や研究者)がいるのだから、中には変なことを言い出す人だって出てきてもおかしくはない。専門家(?)由来の怪しい話を判定するには、やはり原著論文の有無や、唱えられている説がどの程度まで認められているのかということや、他の結果との整合性を確認するべきだろう。幸いにして、今のところ、多数派は十分慎重で、どこまでが確立した話なのかという共通認識をちゃんと持っているから、標準的な学術団体からたどれば、まともな説にたどり着くことができるだろう。間違っても、大学名・肩書き・博士号などを盲信してはならない。

 ステロイドについては、以下のように書かれている。

 ステロイド外用薬は、じつはアトピー性皮膚炎のみならず、尋常性乾癬、主婦湿疹、皮脂欠乏性皮膚炎などの炎症性皮膚疾患にも広く使用されている。
 不思議なことに、ステロイド外用剤が広く長年にわたって使用され、アトピー性皮膚炎の患者さんよりも高頻度に皮膚萎縮などの副作用を生じている尋常性乾癬では、ほとんどステロイド外用剤の是非が話題となることはない。患者さん自身もそれほど悩むことなくステロイド外用剤を使用しているのが実情である。なぜアトピー性皮膚炎においてのみ副作用が話題とされるのか?
(中略)
全身的副作用を回避するための局所投与が行われるさまざまなアレルギー性疾患の中で、アトピー性皮膚炎においてのみ疑義が唱えられているのは奇妙な現象である。
(中略)
 世界中の皮膚科医がアトピー性皮膚炎の標準治療としてステロイド外用薬を中心とすることを認めており、ステロイド外用薬を使用したためにアトピー性皮膚炎の炎症そのものが悪化するなどという理論がまかり通るのはわが国特有の現象である。 (p.94-95)

 この前半部分から、皮膚科の治療法のごく一部分だけを取り上げてアトピービジネスが立ち上がったかがわかる。もし、ステロイドが他にどういう使われ方をしていて、そちらの状況はどうかということにまで目を向けていれば、アトピーでのみステロイドが悪者にされていることに気付いたはずだ。これは、ちょうど水商売で宣伝される怪しげな理論が、我々がこれまでに蓄積してきた水の性質に関する知識の全体像とは無関係に、その場限りの測定結果だけをみて作られていることと共通性がある。また、アトピー治療においてステロイドが悪者にされているのは日本だけということだが、実は「水クラスター」が磁気活水器で理論として登場するのも日本だけである。こんなところまでよく似ている。

 この本の中には、アトピーの治療法の1つとして、「水治療」もあがっている。が、その前に、怪しげな治療法になぜ効果があるののか(あるとされるのか)ということが述べられているので紹介しておく。

といより、治療法によっては、洗浄効果、転地療法、休養によるストレス軽減、効いたと思いたいという心理的効果、信ずるものは救われる式の暗示効果など、さまざまな要素が加わって何らかの効果があり得ることは、医学的にも完全には否定しきれないところである。また、それ以前に行われていた治療が悪化因子となっていた場合には、その治療の中止によって改善することは十分ありうることである。
(中略)
まず考えられるのが誇大広告である。厳密なコントロール試験(対照群を用いた薬剤の試験)が要求される医薬品と異なり、健康食品や化粧品などは、厳密な試験に基づくデータが提示されることはまずない。
(中略)
また主治医によって「他の患者さんも、この治療を初めてから調子がいいと言っていますが、あなたはどうですか?」と誘導尋問が行われ、過大な評価が下されていることも多い。
(中略)
多くのアトピービジネス療法の効果については、先にふれた病状の消長、とくに自然寛解によるものを過大評価していると考えられる。その際に、「アトピー性皮膚炎は一生治らない病気」という前提が患者に対して奇跡の治癒という錯覚を与えるのでる。
(中略)
症状の悪化に対する言い訳が確保されているのもアトピービジネスの特徴である。
(中略)
ある療法で症状が悪化したとしても、過去のステロイド外用薬使用のリバウンド現象、体の中から毒が出ており、体の中に貯めるより出し切ったほうがよい、一見悪化したように見えるが、実は良くなる前の好転現象だといった言い訳が用意されている。
(中略)
悪化例については、ほぼすべての例で、過去に使用していたステロイド外用薬によるものと都合よく解釈されている。自らの治療による悪化は判定から除外され、そもそも「有効」または「不変」のみで判定される前提があるので、必ず「アトピー性皮膚炎に効く治療」となるわけである。 (p.109-113)

 このようなことは、臨床試験での評価のときは、医者の先入観も排除して行うことを知っていれば、まともな試験をやっているのか似非試験をやっているのかを判断できるのではないだろうか。また、放って置いても一時的に良くなる場合と薬の効果を区別するために試験を行うのだから、それなし宣伝されている効果と称するものは、そもそも当てにならない。引用部分最後の方は、水関係でもありそうだ。奇跡の効果をうたうナントカ水を飲んでも良くならなかった場合、「これまで飲んでいた水が悪かったからだ」なんて言われたら、まずは言った奴を疑った方がいい。

 教訓的なのが、NHKで取り上げたK医師の例(p.137)で、電解水を使ったアトピー治療である。K医師は、学会に出てきて、テレビで紹介された例は免疫抑制剤を使っていたものであったことを認め、謝罪したが、その後3つのクリニックを作り、アトピーへの水療法やアトピーエステを行っているとのことだ。これからわかるのは、NHKでも、ゲリラ的に行われている治療の方を紹介することがあるので、信用してはいけないということだろう。たとえ、出てきて話をしているのが医師であってもである。

 本文中に、アトピーがビジネスとして成り立っている背景には、アトピー単独では致命的な病気でないということもあると指摘されていた。確かに、治療法を誤ると患者が死ぬのでは、金儲けの手段にするにはリスクが大きすぎるのだろう。それでは、そういう基準で水関係で宣伝されている中身はと考えると、「健康にいい」「おいしい」「肌にいい」「洗濯物の汚れがよく落ちる」「アトピーに効く」とまあ、命にかかわるような話とはほど遠いものばかりが並んでいる。ともかく、この本を読んで、効果があると宣伝されていることが本当なのか、効果の中身が、もし効果が無かった場合でも場合企業がリスクを負わなくてもいいような内容にうまく設定されていないかどうか、もう一度見直した方がいいだろう。アトピーに限らず、TV番組や一般の書籍で宣伝されている内容そのものについてもだ。



top pageへ戻る 
本の紹介の目次に戻る

Y.Amo /
当サーバ上のページに関する問い合わせや苦情のメールは公開することがあります。