本の紹介と書評など

タイトル 電気化学 (基礎化学コース)
著者/訳者 渡辺正・金村聖志・益田秀樹・渡辺正義
出版社 丸善
出版年 2001年
定価 2300円+税
ISBN 4-621-04889-9

 電気化学の入門書。直前にとりあげた「高校化学とっておき勉強法」の次に読む本。高校化学の記憶が残っている人は、いきなりこれを読んでもわかると思う。

 まず、電気化学系とは何か、という説明から始まり、電極表面のヘルムホルツ層(水分子3個分程度)のところにかかっている電場と電荷の動きが大事だという話が出てくる。次に化学平衡について、反応がどちらの向きに進むかを、ギブスエネルギーを導入することで計算して求める方法が示される。電子授受反応の標準生成ギブスエネルギーを用いると、酸化還元電位を計算することができる。本の巻末には、電子授受反応の標準生成ギブスエネルギーの表が付録となっている。

 実は、私は博士課程に進学した当初、電気化学センサーの制作と応用を研究していた。専門が物理学で、電気化学は初めてだったので、技報堂出版の「電気化学測定法」をテキストとしたのだが、このとき、本を読んでも解決しなかった曖昧な部分、もやもやした部分が、今回この「電気化学」を読んで、かなりすっきりした。測定中心の本は、体を動かして実験をするにはいいのだが、化学の基礎的なところの理解につなげていこうとすると、シロウトには敷居が高い。あのときこの本があれば、としみじみ思った。初学者にやさしい、すばらしいテキストだと思う。

 水の電解による水素と酸素の発生については、7章にまとめられている。

 まず、電極表面にやってきたH3O+が電子を1個もらい、吸着水素原子Hadができる。
 H3O+ + e- -> Had + H2O    (7.1)
このあと水素H2ができる経路は少なくとも二つ考えられる(図7.1)。もう1つのH3O+が一電子還元を受けるのに同期してH-H結合が生じる経路(b)と、それぞれ個別にできていた2個のHadが電極表面でぶつかり、合体してH2になる経路(b')である。どちらの経路になるかは、電解の条件(電極材料、電流密度、電解液組成・・・・・)で変わる。(104ページ)

 7.2.2節の、「電極材料と反応速度」には、以下のように書かれている。

 どういう電解条件でも、水素が発生するにはまず吸着水素原子Hadができなければいけない。電極が金属Mなら、このとき一種の水素化物MHが生成すると考えてよい。そして、M-H結合の強さと水素発生公立の関係は、次のように予想できる。
 M-H結合があまりにも弱いと、肝心のHadができにくい、つまり最初の反応(7.1)が起こりにくくて、水素発生の効率も低いだろう。そのいっぽう、M-H結合が強すぎれば、経路(b)ではHadが表面から離れにくく、経路(b')ならHadが表面を拡散しにくいので、どちらにしても水素分子H2はできにくい。そうすると水素発生は、M-H結合がほどよい強さのとき、いちばん効率よく進むにちがいない。
 2章の話から推測できるように、M-H結合は、金属水素化物MHの生成ギブスエネルギーΔfG°が負で絶対値が大きいほど強い。また、水素発生の起こりやすさは、交換電流密度i0(p.64)の大きさが語る。
 そこで、水素化物MHの−ΔfG°を横軸、i0を縦軸にしてグラフを描いてみると、両者にきれいな関係が見つかる(図7.2)。i0値は−ΔfG°が(つまりM-H結合の強さが)中間的な金属の上で最大となり、しかも最大値(Pt電極上)と最小値(Pb電極上)では6桁(百万倍)もちがう。以上の結果は、原子間結合の強さというミクロな量が、反応の進みを大きく左右するという現象のわかりやすい一例だといえる。

 図の引用まではここではしないが、どうだろうか。水素原子ができるときは、まず、電極表面に吸着した形でできて、液体の中に原子のまま漂い出てくることはないというのが、今の電気化学の教えるところだとわかる。また、水素分子発生と結合の強さの関係まで、定量的に得られている。もし、勝手に原子状の水素が発生するのであれば、MH結合の強さと水素発生の関係は、本に書かれたようなものにならないはずである。原子状で出てきて水の中でゆっくり水素分子になればいいから、MH結合が弱いほど発生が進むのではないだろうか。現実には、−ΔfG°と、i0値の間に関係が見いだせるということ、−ΔfG°は他の一般の化学反応とも整合性よく決まっている(つまり、場当たり的に決めた量ではなく、ちゃんと根拠がある)ことが、電子を受け取った水素原子が、そのまま液体の中に出てくることがないことを意味している。



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Y.Amo /
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