雑記帳

コーヒーの後始末(1999/03/01)

 冨永研には、コーヒーメーカーがある。私とM1の学生は、他のメンバーに比べてコーヒーが好きなので、この二人が実験のため長く研究室に滞在するときは、コーヒーが切れることはない。

 去年のいつ頃だったか、コーヒーメーカーに、以下のように書いた紙が貼り付けられた。

後から使う人が迷惑します。必ず片づけること。

 自慢じゃないが、私はずぼらな方である。泊まって実験したり論文を書いたりしているときは、深夜コーヒーを入れて、飲んでしまってから後片づけを忘れて寝てしまい、そのまま寝坊して翌日最初にコーヒーをいれる誰かに片づけをさせてしまったという心当たりがあった。確かにこれは大変申し訳ないことである。

 コーヒーをいれる頻度は多分私が一番多い。ということは、他の人がいれて、たまたま片づけられない状態でコーヒーがなくなっていた場合でも、私だと思われる可能性が一番高い。しかも、私のずぼらなのはみんな知っている。だからといって、人がいれたコーヒーの後片づけだけをするのは、私も嫌だ。しかし貼り紙の内容に抵触するのはもっとまずい。「片づけらて当然の状態であるのに片づけがなされていない」ことにならないようにするためには、「片づけられて当然の状態(サーバーが空であるのに、サーバーがそのまま洗われずコーヒー豆の滓がのこった状態)」にならないようにすればよい。すなわち、サーバーにコーヒーがあれば、まだ「片づけられて当然の状態」ではないし、次に使う人に後片づけを押しつける状態でもない。これなら、私が誰かの後片づけだけをする状態にはならないし、次の誰かに私が後片づけを押しつける状態でもない。妥協点はこれしかない。

 この紙が貼られてからというもの、私はコーヒーを作り続けた。多少の無駄は仕方がないと思った。夜寝るときには、コーヒーの量を毎回確認し、朝来た人がコーヒーを入れなくてもよいように必ず作ってから寝るようにした。私は明け方寝付いて寝坊することもよくあるので、朝最初に来た誰かに迷惑をかけないことが特に重要である。また、昼間も、コーヒーメーカーのサーバーの中に半分以上コーヒーがある状態を保つ努力を、ずぼらな私なりに必死でやった。

 私の使っているカップは大きめのマグカップなので、サーバーにコーヒーがそれなりにあるときは、少なくとも他の人たちのカップを基準にして1杯分以上残してとり、それが無理なときは、多少多くなっても全部私のカップに注いだ後、直ちに次の4、5杯分を作るようにした。毎日気をつけてこれを実行した。

 従って、コーヒーメーカーには、常にフィルターの上には抽出し終わったコーヒー豆があり、下のサーバーには半分以上、少なくとも標準的なカップ1杯分以上のコーヒーがある状態のことが多くなった。とにかく私は、この1年近くの間、勤勉に最大限努力したのだ。

 そのためにお茶代は多少かさんだかもしれない。つくりおきのコーヒーが煮詰まってしまうこともあったからだ。しかしそんな細かいことは全く気にしなかった。とにかく私は居候であり、貼り紙をしたのは学生の誰かだが、学生は授業料を払っており、当然快適に研究室で過ごす権利があるので、私はそれに従わなければならないのである。

 私は上記のように行動することで、後から使う人に迷惑をかけないようにできたので、貼り紙の内容に抵触しなくなったことを確信した。そして、私なりに快適に過ごしていた。

 しかし、貼り紙の本当の意図は違っていた。貼り紙をしたのは、今年外資系の会社に就職して、3月から仕事を始めたM2の学生だった。彼女は、生ゴミであるコーヒー豆の滓が一晩コーヒーメーカーの中にあることに気分を害しており、それを私に直接注意しづらかったらしく、上記の婉曲な貼り紙を出したらしいのだ。

 このことを、私は別の院生から、彼女が会社に初出勤の日にきいて初めて知った。

 私と同じ行動(コーヒーメーカーに常にコーヒーと豆の滓がある状態を保つ)をしていたM1の学生は、貼り紙の本当の意図を知っていたが、貼り紙の文面をそのまま解釈するという行動を確信犯でとっていたことを私に告白した。

 私はこの1年近くの間、コーヒー豆の滓とコーヒーが常に同時にコーヒーメーカーに存在するという状態を維持することに努力を集中したので、彼女の望み(のはず)の「コーヒー豆の滓が片づいている状態」になることは逆にきわめて希になってしまっていた。

後日談:
この話をしたら、貼り紙を出した院生の同級生(4年で同じテーマを一緒にやり、修士2年間は席が隣だった。ちなみに反対側の隣は確信犯でコーヒーを残していたM1の学生だ)は

「私は、朝来てコーヒーがあったらとりあえず捨てて片づけていた」
と言ったのだった。

後日談その2:
 貼り紙をした院生に直接聞いたら、彼女は「生ゴミである豆の滓が長時間コーヒーメーカーの中にあることは気になるが、私やM1の学生ほどコーヒーの消費量が多いと、すぐいれなおすことになるので、逆に長時間放置されることはないでしょう」と言った。

 自分で注をつけるのも野暮だが、ここまで見事に各自の解釈ととった行動がばらばらのまま1年が過ぎたというのは、ある意味であっぱれだと思う。しかも、私以外の院生3人は席が隣同士で1列に並ぶ配置で過ごしていたのに、このディスコミュニケーションは一体何なんだろう。

 もう過ぎたことだが、私の考えは、「後から使う人が迷惑します」というフレーズをつけたのが誤解のもとだということだ。かといって、「必ず片づけること」だけではどの段階で片づけが行われるか保証がない。やってほしいことを正確に表現した貼り紙は、たとえば次のようになると考えられる:「豆の滓を長時間コーヒーメーカーの中に放置すると衛生上問題があるので、速やかに捨てること」

 これなら、どれ位の時間なら許容できるかという点で合意できれば、とるべき行動は1つに決まる。



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