第8章:本審査

 審査委員は、微小循環(毛細血管の生理学)の神谷教授が主査、つい最近九州大学から移ってきた生体磁気の上野教授が副査で、残る3人は藤正教授を筆頭とする人工心臓の研究者だった。

 審査の前に論文を持って、各先生のところに行って、よろしくお願いしますと挨拶に行った。そのとき、水や結合水の話に、上野教授が非常に興味を持ってくださったことがわかり、心強かった。審査委員の興味を引いて面白い研究だと評価されたら、審査を通りやすくなるだろうと思った。

 医学系研究科は本審査1回のみで、審査委員5人の前で発表し、発表者が退出したあとで審査委員が議論し合否判定をする。なぜか、審査のときにイチゴショートケーキとコーヒーが出たのだが、私は発表していたから食べる時間はなかった。発表と議論は40分程度で終わり、私は部屋を出て、審査を待っていた。15分ほどで主査が来て、合格ということだった。ただし、論文の書き方として良くない点があるから、審査委員のコメントに従って修正すること、修正のチェックは上野教授に一任されるということになった。

 私は何回か、本郷の医用電子研究施設の上野教授のもとに通って、論文や書類の修正を行い、最終的に通してもらった。

 何でも上野教授の話では、審査の前に軽部教授が連絡してきていて「今度俺の言うことをちっともきかなかった奴が審査を受けるからよろしく頼む」と言ってたそうな。おかげで、私は審査委員に「あの軽部教授に逆らうなんて一体どんな豪傑か?」と思われていたことが判明した。

 工学部は予備審査と本審査があり、予備審査でかなりきつい批判をされるが、それにちゃんと対応すれば本審査で落ちることはまずない。しかし、医学部の審査は1回きりで、落ちる人は本当に落ちている。私が「テーマ変更でスケジュール的にきびしいのですが、何とかがんばります」と言ったので、主査の神谷教授は「実は去年3人落ちて....」とか言い出せなかったらしい。その3人は、論文の体をなしていないものを提出したらしいのだが。審査が終わってから、「いや、黙ってたけど実は去年落ちた人がいたので....。君のはちゃんと論文の形になってたから良かったけど...。」とぼそっと言われた。

 上野教授には、その後何回か食事をごちそうして貰ったし、神谷教授には、神谷研の学位取得お祝いのパーティーに呼んでもらったりした。あれこれお世話になり、大変にありがたかった。

 こんな騒ぎになったので、学位はとったが業績がなくて、どこにも応募できない状態になっていた。そのとき一番勇気づけられたのは、上野教授が「助手のポストがあったらウチに来ないか」と声をかけてくれたことだった。結局ポストがなくてこの話は流れたが、認めてくれる人がいたということが実感できる、とても励まされた一言だった。


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