0-1 科学知識の情報源について考える

教科書

 科学を使って何かを考える場合は、まずは教科書の内容から出発するのでかまわない。教科書が手に入りにくければ、中学や高校の学習参考書でもよい。「こんなことが起きます」という科学っぽい主張があって、その真偽を知りたいと思ったとしよう。教科書は紙面に限りがあって、指導要領の制約もあるので、その主張そのものが載っていることは少ないだろう。だから直ちに教科書に書いてあるかどうかというチェックができないことが多い。このような場合は、その内容が教科書の内容に矛盾するかどうかをチェックし、矛盾するなら間違いと判定すればよい。これで大抵は大丈夫である。矛盾する点がなければ、教科書の範囲外の話なので、追加情報をもうちょっと進んだ本で調べればいい。

 こう書いたからといって、別に教科書をあがめているわけではない。教科書は宗教の教義ではない。今の教科書は、過去に実証された知識をまとめてあるものであり、経験に支えられているから、内容がそれだけ確かだというだけの話だ。

学会発表

 学会発表をしただけでは内容の正しさは保証されない。学会や研究会の場合は発表に事前審査が無いことがほとんどである。参加人数が多いので、とてもチェックなどやっていられないのだ。だから、どんな派手な間違いをやらかしていても、学会での発表は可能である。ただし会場でさんざんやっつけられることにはなるだろうし、それが学会の健全な姿でもある。「学会発表しました」というだけでは、すごい説を出したとか既に認められたとかいうことを意味しない。学会の役割は、何か参考になるコメントをお互いに出し合ったり、大きな間違いを修正したり、自分のテーマと関わりの深い情報を得て次の実験の参考にしたり、という点にある。あとは、ウチの院生がやってるところだから、と同業の研究者に対して「ツバつけたぞ」という宣言をする意味が出てくることもある。

特許

 宣伝文句の中に、これ見よがしに特許番号を出している場合があるが、あれは単に同業他社に対して「真似すんな!」と言ってるだけである。特許番号が宣伝に書いてあるからといって、宣伝内容の科学的正しさとは無関係である。どうも、意図的に、一般に流布している、「特許が出ている=正しい科学知識に基づいて開発した、優れた独自技術を持っているに違いない」という先入観を利用しようとしている節があるので注意が必要だ。

 特許はアイデアを保護するためのものである。特許庁の審査を通ったものは「特許公報」に掲載され、審査前のものは「公開公報」に掲載される。どちらに出ているかは、特許電子図書館のウェブページで調べればわかる。審査を通ったものの方が信頼度は高いが、それでも科学的に正しいという保証はない。特許庁では、特許の内容に書かれている装置などを実際に作って確かめることは行わず、書類上の審査だけなので、トンデモない話が紛れ込む可能性は避けられない。ましてや、書類の形式さえちゃんと整っていれば出願をすることはできるし、出願から1年半たつと、ほぼ自動的に公開されるのだから、単に「公報に掲載されている」と言うだけでは、その内容の科学的正しさが保証されていることにはならないことは、当然である。

 なお、ひどい会社になると、掲載されている特許番号自体があり得ないものだったり、特許に書かれている内容と宣伝文句がひどく違っている場合がある。確かに、特許内容を書くときに、後での実施やそれに伴う設計変更にまで対応できるように書く、というのは難しいことがあるのだろう。それでも、宣伝内容中の「トンデモ理論」のまさにその箇所に、その理論に基づいた独自技術で特許を持っているかのような形で特許番号が書いてあることもあるから、特許内容で主張されている独自技術と宣伝中の科学モドキ理論との関連を個別に確認する方がよい。まあ、特許自体も大間違い混入で、宣伝内容も同じ間違いが書いてあって、結果的に両方の内容に矛盾なし、という場合もありうるが、それでもチェックポイントの1つにはなるだろう。公開された特許はすべて、特許電子図書館で見ることができる。

【練習問題?】

特許電子図書館

 上記のウェブサイトを見に行く。「特許・実用検索へ」の横のプルダウンメニューから、「公報テキスト検索」を選んで、「OK」ボタンをクリックする。検索画面が表示されるので、公報種別のところで、「公開特許公報」を選ぶ。その下の「検索項目選択」で、「要約+請求の範囲」を選び、キーワード欄に「水のクラスター」と入力し、検索ボタンをクリックして、どんなものが表示されるか確認する。次に、公開種別に「特許公報」を選んで、同じように検索して、違いを確認する。(ただし、特許電子図書館は、平日のオフィスアワーはめちゃくちゃに混んでいて重くなかなかつながらないので、会社の営業時間外にアクセスした方がいい)

書籍

 一般の書籍の内容が正しい保証はない。言論と出版は自由だから、思いこみでも間違った理論でも何でも書ける。学術論文と違って、もちろん誰もチェックしない。でたらめでも売れれば出版社は儲かるし、本は読者が選ぶものだから、どんなひどい内容の本であっても出版社は責任を問われないのだ。水や健康法についての本に、科学の中身と乖離した内容のものが多い。もっとも、文系の方でもプロが見たら何だかなあと思うような歴史や哲学の本が出ているかもしれないが。さすがに、大学で使う教科書になると、とんでもない間違いはぐっと減って信頼度が上がる。一般向けの科学の本でまあ信頼できるのは、講談社のブルーバックス位である。反対に危ないのは、ビジネス向けの新書とかオカルトっぽい内容の本などを出している同じシリーズで、健康法や水の本が出た場合だ。

マスコミ(TV番組、新聞・雑誌の内容など)

 マスコミは当てにならない。TV番組の内容は、おもしろおかしく見る分にはかまわないが、内容を信じるとバカを見ることが多い。TVが本当に見せたいのは、番組の間に含まれているコマーシャルだということを忘れてはならない。たかだか15秒から30秒の宣伝部分を見せるために、残りの番組が作られるのだ。できるだけ多くの人に見てもらえるなら、番組の内容や質はどうだっていいのだ。だから、不確かな一般向け書籍に基づいて番組を作ったりするし、「奇蹟の**」などといった意図的にセンセーショナルな取り上げ方をすることも多い。また、スポンサーの意向というバイアスが掛かっているので、本当に視聴者にとって必要な情報でもスポンサーに不利益になることは隠されていると考えた方がよい。健康関係の番組でも、その中に時々登場する水をネタにしたものでも、「**は効果がない」「**の効果は実は確認されていない」という正直な話が出てくることはまずない。こんなことを言って、問題の**を扱っている企業に訴えられる危険は絶対に冒さない。そのかわり、まだ科学の側が未確認なのを良いことに「**に効果があることが期待される」という話を堂々と作ることならあるのだ。未確認なものに対して「期待される」と言うのは、別に嘘じゃないからだ。「**は効果がない」「**の効果は実は確認されていない」という話がTVに出るのは、その宣伝を信じて大金をはたいた人達が、効果が無いことを確認して損害を訴えてから、つまり被害が発生したあとである。番組を選ばず安易にTVをつける人がいる限り、好んで健康番組を見る人がいる限り、この状況が良くなることはないだろう。TVと書いたがラジオだって状況は同じだ。

 新聞や雑誌も、こと科学技術関係の記事に関する限り、変なものが載る確率が高い。一番ひどいのは、いかにも編集部がちゃんと取材しました、という雰囲気を醸し出しているが実は単なる広告で、内容がデタラメだというものである。対談形式になっていたりするのだが、そういう体裁の広告だという・・・・。誰にでもわかる広告欄に出ている分には、読者もそれと判断できるのだが、これをやられると、注意深く読まない限り、「あの大新聞/有名雑誌の編集部も認めた確かな話」と思いこんでしまうだろう。このような、大新聞や著名な雑誌の権威を商売に利用するという方法は常に行われていると思ってよい。水関係で目に付いた限りでは、どんな広告を載せるかという審査はまともに行われていないと思わざるを得ない。

 マスコミに出ている情報関しては、勝手に想像してフォローをしてはいけない。「こんな有名な新聞・雑誌・TVに出ているのだから、きっと専門家がよく調べた結果に違いない」と思いこんだら最後、そのまま番組や宣伝のペースにはまる。健康番組では特に要注意だ。専門家のインタビューが出ていても、良く読むと当たり障りのないことしか言っておらず、それが宣伝と一緒に掲載されて権威付けに利用される場合がある。大学名が出ているが、自称専門家で本来の研究分野は全く別だったり、水の場合だと溶液・液体関係の学会や研究会で一度も見たことがない人が出ていて、間違いを堂々と述べていたりする。

 ということで、怪しい話にだまされないようにするには、教科書の知識をどうやって正しく使うかを考えるのが、最も確実な道ではないかと思う。


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