Feed

弁護士に仕事を頼むということは……

Posted on 9月 3rd, 2007 in 倉庫 by apj

「福袋を買う」が如し。ただし、まわりを見渡しても弁護士に仕事を頼んだ友達すらあまり見当たらないという、「普通の人々」にとっては。
 商品の中身(=この先生はどんな弁論をしてくれるか)という情報を知ることができないまま、30分5000円の法律相談などをきっかけにして仕事を頼むことになる。
 ややこしいことになっててんやわんやの状態の相談者が、たった30分、しかも時間制限を気にしながら弁護士と面談して、「どんな弁論をしてくれる人か」が的確に見抜けるというなら、そりゃ超優秀な採用担当の即戦力として仕事ができると思うぞ。

 今回、予め弁論1セットをじっくり眺めて納得の上で仕事を頼むことができた私は、はっきり言ってレアケースだ。ただ、この「福袋販売」状態を解消しないと、司法改革をして、弁護士の就職難が起きるほど増えても、弁護士が一般人にとって身近な存在にはならないように思うのだけど。

夏休みの宿題に意味があるのか?

Posted on 9月 1st, 2007 in 倉庫 by apj

 Yahooニュース産経新聞の記事より。

親も子供も宿題丸投げ いま代行業者繁盛
9月1日18時36分配信 産経新聞

 ■読書感想文2万円、工作5万円
 「読書感想文」から「自由研究」まで、夏休みの宿題を片づける「宿題代行業者」が登場し、賛否を呼んでいる。メールなどで届いた依頼に、アルバイトの学生らが有料で応える。多くの小中学校で夏休み最後となる今週末は“駆け込み客”が殺到しているというが、「家庭学習の習慣を身につけるという本来の趣旨に反している」と、教育関係者は批判的だ。

                   ◇

 インターネット上で宿題代行サイトを主宰するのは大阪市内の20代の男性。このサイトには東大や京大、阪大、関関同立など全国の有名大学生らが多数、登録している。

 算数の文章問題は1問500円、読書感想文は2万円で引き受けるほか、大学生のリポート(2万円~)や卒業論文(30万円程度)まで幅広く手がけている。

 そのほか、夏休みの宿題の定番である工作(5万円)や自由研究(2万円)なども請け負っており、これまで実際に「アリの研究」や「河川敷の水質調査」などを提供したという。

 依頼は主に親からで、「子供の宿題が期限に間に合わないから」という理由がほとんど。中には小学生本人から注文が来たこともあるという。メールやFAXで受けた依頼を、業者を介して登録学生に発注。高額バイトとして一部の学生に人気があり、中には月20万円以上稼ぐ学生もいるという。

 夏休みには問い合わせが通常の約3倍になるといい、今年はこれまでに、小学生の夏休みの宿題だけで約40件の注文があったという。代行業者は「夏休みが終わる今週末は全国からの駆け込み客が増えている」と話す。

 こうした状況に文部科学省は「家庭学習の習慣を身につけるのが宿題の本来のねらい。その趣旨からも、宿題を丸投げするのはおかしい」。大阪府教育委員会も「宿題をお金で解決するという保護者の考えが気になる。それをビジネスにしてしまう業者もどうか。子供の成長を一番に考えればゆゆしき事態だ」と異議を唱える。

 一方、代行業者は「読書感想文などは、あくまで参考用に渡しており、そのまま提出することは禁止している」というが、実際は目が届かないのが現状だ。

 インターネット上では、ほかにも大学生の卒業論文を代行する業者が増えており、韓国では500サイト以上が乱立。すでに出来上がっている論文などを提供するサイトもあり、日本よりも一足早く問題になっているという。

 三重大学の奥村晴彦教授(情報教育)は「宿題や課題は結果より努力した跡が大切。お金で買ったものでは意味がない。保護者や業者も『何でも金で解決できる』という考え方を子供の心に植え付けるのは良くない」と話している。

 夏休みの宿題に意味があるのかどうかから考えなおした方がいいのでは。
 まず、定番の読書感想文について。
 要約や紹介を書けというなら方法がはっきりしている分だけ実現するのが簡単だが、それなりの内容の感想を持つには、読書以外の経験が要る。思春期以降ならともかく、小学生に経験を求めるのは最初から無理があるのではないか。
 自由研究にどれだけ意味があるのか。
 テーマの設定は、興味を持ったことを列挙するだけならできても、どうやって調べたらいいか、その方法が自分に実行できるかどうかがそんなに簡単にわかるのか。また、やってみた結果をどう読むかといった部分を深められるのか。よほど腕のいい指導者が居れば別だが、普通の教師にそれは不可能ではないか。たとえば、教育ポータルとして最大のTOSSのいろんなサイトに書いてある文章を見れば、あれ以上のものを書かせる指導ができるとは思えない。
 工作について。
 一律に全員がやる必要があるのか。普段より時間があるから、工作が好きな人はやればいいが、そうでない人にまで強制する意味があるのか。
 家庭学習の習慣を身に付けるといっても、それは授業のある日に宿題が出たりして、嫌でも習慣づけられている。わざわざ夏休みを狙ってやる必要はないし、習慣がそんなに大事なら夏休みの方を短くするか無くせばよい。勉強させたいのなら、ワークブックでも配っておいて、休み明けにテストをすればいい。わざわざ提出させてやってあるかどうかを確認する方に力を入れたりするから、代行業者で済ませようという話になるのではないか。代行が効かないのは本人の体験なり頭の中身なのだが、こういった課題をすることで身に付くものに対する価値が見当たらないから代行業者が流行ることになるのでは。
 一方酔うぞさんのところで話題になっているのが全小学生に農業・漁業体験をさせるという話で、こちらは、ほとんどの人が普通のサラリーマンになる状態ではどんな意味があるのかと指摘されている。どうせなら、夏休みの課題として「普通のサラリーマンがどうしているか」をうまく見せる方法でも考えた方が、代行を使う必要はないし、将来のキャリア教育を考えてもよっぽど現実的ではないかと思うのだが。

質疑応答公開

Posted on 9月 1st, 2007 in 倉庫 by apj

 前期共通教育科目の「科学とニセ科学について考える」の質疑応答部分を公開。今回はwikiに入れてみた。

簡単な画像処理

Posted on 8月 30th, 2007 in 倉庫 by apj

 画像の一部のエリアを指定して、面積を求めたりといった作業が必要になったので、ソフトを探したらImageJというのを見つけた。NIH imageの後継らしい。昔お世話になったなあ、と思いつつマニュアルを読んでいる。

コメント整理中

Posted on 8月 29th, 2007 in 倉庫 by apj

 前期の、「科学とニセ科学について考える(総合)」の最後の講義で学生さんからもらった出席カード裏のコメントの整理にとりかかった。これが終われば、学生さんとの約束通り、質疑応答の部分のウェブ公開ができる。
 ところがだ……こんなのが出てきたので、一足先に公開する。

この前のうけた英語の授業で教授が水からの伝言もご飯の話もしていました!!教授は自分でも実験したらしく、その結果を農学部の教授に報告してあっさり否定されたのにも関わらず、あきらめきれないようです……。私はあきれてしまい笑ってました。でもこの講義をうけていなかったら私も信じていたかもしれません。

 つまり、ウチの大学の英語担当の教授のどなたかが、素で「水伝」を信じて実験までしたと。で、農学部に報告して否定されて(当たり前だろ!ってか農学部お疲れ様)、まだ信じたがっていると……。それを学生の前で喋ったと……orz。私が「総合」のコマで「水からの伝言はオカルト」とやってるそばから、英語の講義では「水からの伝言はホント」って内容が語られているということかいな。英語の教授に科学は期待しないが、言語学的に見ても水伝はダメダメだってことは見抜いてほしいな。
 まあ、思想信条は自由だし、もう面倒臭いから誰がやってくれたかまで追求はしないが……学内でもかよ…orz。

 もうそろそろ「水伝」は間違いだってことが広まっただろうし、ネタから外そうかとも思っていたけど、こりゃこの先も当分続けるしかないがな。

不老長寿とはこれまた……

Posted on 8月 28th, 2007 in 倉庫 by apj

 仕事してたら、事務から電話で、外線が入ってますというから出てみた。
「○○県の××と申しますが、水からの伝言についてお話を伺いたいのですが。地元の大学の準教授に訊いたらそちらを紹介されまして」
「はあ、どういったお話でしょう?」
「ありがとうと書いて水に見せると綺麗な結晶になるという話ですが、不老長寿と書いて貼ったらそういう水ができるんでしょうか?飲んだら不老長寿になるってことは……」
「できません。それはオカルトで、おまじないのレベルです」(きっぱり)
 とりあえず断言しつつ、脱力感から受話器を落としそうになった。
 オカルトだとしても、あまりにも安直すぎませんかそれは?不老長寿などという「大技」を使う手順としては。
 不老長寿なんて、中国の皇帝が人を使って方々探して追い求めたけどできなかったわけで。東洋でそんなの実現したことになってるのは仙人クラスだけで、尋常でない才能と修行が必要な上本物の仙人に逢った人は誰もいなかったり、探しても見つからないような材料を要求されたりする。あるいは、不老長寿にはなったけど太陽に当たるとダメでニンニクと十字架がダメで胸に杭を打たれると死ぬってパターンも有名だ。そういう願いを書いただけで叶うお札は、手に入れるためには、超えるのが不可能なハードルを越えるとか、とんでもない修行と下準備が必要だということになってるのが普通では。たまに、何でも願いが叶うお札を簡単に手に入れた話もあるが、そういう場合はほぼ100%の確率で、そいつを使うと破滅への道だわな。
 まあ、勤務時間中だし、科学者に分類される身としては、
・中谷宇吉郎の仕事を説明
・水からの伝言の写真のからくり(沢山作ってイメージに合うのを選んでいる)
・そもそも科学ではない。紛らわしいことをしているだけ
という、いつもの内容を丁寧に説明した。
 しかし、「不老長寿」が「そのへんの紙に不老長寿と書いて貼り付けたボトルの水を飲む」などという安易な方法で実現したら、中国の歴代皇帝の立場が無いような……。それはオカルトとしてもぜんっぜんダメですが、と言ってみたいのを堪えるのに苦労したぞ、今日は。

 いやまあ、不老長寿なるものが仮に実現したとして、それはシアワセなことなのかというのは、カテゴリーの違う問題だが……。とりあえず「銀河鉄道999」でも見て考えればぁ……。

【追記】
 文字通りの「不老長寿」だと、「地球へ…」のミュウだよなぁ。
まあ、「長寿」の方は程度によっては多少は何とかなるかもしれないが、「不老」は難易度高い。

「水からの伝言」は授業だけでは済まなかった

Posted on 8月 27th, 2007 in 倉庫 by apj

 停電があったりで、少し遅れたのだが、信濃毎日新聞の2月24日の記事より。既に酔うぞさんのところでも取り上げられている。

科学者から批判の「ニセ科学」 先生が紹介する事例
8月24日(金)

 科学者から「ニセ科学」との批判が相次いでいる「『ありがとう』という文字を見せた水の結晶は、美しい形になる」との内容を、先生が子どもたちに紹介する事例が教育現場で出ている。長野市内の小学校でも校長が全校児童を前に講話する事例があった。これに対し、専門家は「科学的にあり得ない内容。科学的知識の十分でない子どもたちに、事実であるかのように教えるべきではない」と指摘している。

 長野市内の小学校では今年2月、当時の校長が全校児童を前に、「ありがとう」「ばかやろう」などの文字を水に「見せて」凍らせたとされる結晶の写真をスライドで紹介した。「ありがとう」を見せた結晶は形が整い、「ばかやろう」の場合はバラバラだった-とし、「きれいな言葉を使っていると体も心もきれいになるが、汚い言葉を使っていると醜くなってしまう」と述べたという。

 この問題を「ニセ科学」と批判する著書がある左巻健男・同志社女子大教授(理科教育)によると、こうした事例は、同様の話を扱った書籍の出版や一部教育団体の紹介をきっかけに、全国各地の小学校の道徳の授業などで散見されているという。講話で紹介した校長も書店から購入した写真集を参考にしていた。

 菊池誠・大阪大サイバーメディアセンター教授(物理学)は「言葉の意味や内容が水に影響を与えるというのはあり得ない話」と断言。「(整った)雪のような結晶の形になるかどうかを決める要素は、温度と水蒸気の量だと明らかになっている」と話す。

 校長は「内容は半信半疑ではあったが、言葉遣いが荒れていることを子どもたちに気づかせ、きれいな言葉を使おうという趣旨だった」と説明。科学者による批判は「知らなかった」とし、「知っていれば講話では扱わなかった。不適切だった」としている。

 この校長は、講話の内容を各家庭に配布した「校長室だより」でも紹介。校長や学校によると、講話後に教諭の1人が校長に「(話は)本当かね」と尋ねた以外、内容に対する疑問や批判の声は寄せられていないという。

 こうした事態に、菊池教授は「そもそも道徳は物質から教わるものではなく、別の教え方があるはずだ」と強調。左巻教授も「以前であれば授業に取り上げることなど考えられなかった。教員は、科学的な物の見方の背景にある批判的な見方を、もっと鍛える必要がある」と話している。

 問題になりそうな部分は酔うぞさんの指摘とほぼ同じになってしまった。既に酔うぞさんは、

わたしがこの校長の説明で問題と感じるのは
・内容は半信半疑ではあった
・知っていれば講話では扱わなかった
この部分で、まとめると「自分じゃ何も考えてませ~ン」宣言ではないか、それを学校内で問題にしなかった、

と指摘していて、それはその通りだと思う。
 ただ、最大の問題は、きくちさんの指摘(で、ここでもさんざん議論してきたことでもあるのだが)「道徳を物質に教わる話」を平気でしたという所にある。つまり、マナーあるいは道徳を教えるつもりで、最もマナーや道徳を蔑ろにすることをやってしまった。それがまさに「自分じゃ何も考えてませ~ン」ということなのだろうけど、だったら人に道徳なんか教えちゃいけないわけで。
 一部の政治家やら審議会のエラい人が学校で道徳を教えさせたがっているけれど、やったところで期待通りの事は起きないだろう。道徳とは何か、を言葉で説明できない人ばっかりだと、見当外れな内容が教えられる結果になるだけではないか。

ニセ科学批判はレッテル貼りではなくレッテル剥がし

Posted on 8月 27th, 2007 in 倉庫 by apj

 技術系サラリーマンの交差点:「ニセ科学」関連・最終記事より。ニセ科学批判をすることは、批判した相手に「ニセ科学」というレッテルを貼ることではないかという議論があった(まあ、他でも時々あるが)。
 で、多分それは違う。ニセ科学については「科学を装うが、科学でないもの」をそう呼んでいる。ということは、まず先に「科学でない」あるいは「まだ科学に入っていない」モノに対して、誰かが先に「科学である」というレッテルを貼ったという現実があるわけで、これがニセ科学批判の大前提である。もし、「科学でない」あるいは「まだ科学に入っていない」モノが、「科学である」レッテルを貼られずにそのまま置いてあるなら、わざわざしゃしゃり出てニセ科学だと指摘する意味はない。ニセ科学を批判するという行為は、既に貼ってある間違った「科学である」レッテルを剥がす行為か、あるいは「このレッテルは間違い」というレッテルを上に貼り付ける行為か、いずれかでしかない。
 いずれにしても、「先に間違ったレッテルが貼ってある」ところが出発点になる。

モヒカン族か……

Posted on 8月 25th, 2007 in 倉庫 by apj

 はてなダイアリーキーワードより。「モヒカン族」だそうで。おもしろいので引用しておく。黒影さんのところで知った
 水商売ウォッチングを作り始めた時から、内容についてのクレームを言う人は居た。そういう人達とやりとりしていて、こりゃ利害対立もあるかもしれないが本当の原因は文化摩擦だろうと感じていたのだが、この説明を読んで腑に落ちた。広告出す業者は、インターネットで手軽に宣伝、などという当時の雑誌記事を読み、ネットが双方向だということがおそらく頭には無く「消費者は一方的に広告を受け取るもんだ」ということを前提にしているのに、こっちは「ネタ発見」と思っているわけで。クレームのやりとりでは、業者は「態度を問題」にし、私は「内容を問題」にするというすれ違いが起きていた。
 当時はこのズレをどう呼ぶべきかわからなかったが、モヒカン対ムラ社会の文化摩擦だったんだ、とちょっと納得した。
 まあ、この場合も二分法で線が引けるわけでもないから、モヒカンとムラ社会は連続分布だろうし、一人の人間が場面ごとにモヒカン的になったりムラ社会的になったりすることもあるだろうけど。ただ、今後ムラ社会的な部分は減ることはあっても増えることはないだろうと思う。
 大学は、既に一部モヒカン的になっている。既に知り合いの勤めているところでは、教員が学生を叱ったら30分以内に、学生が2ちゃんねるでそのことを暴露してる(これが2年前の話)。教員の言動は、ほとんどネット直結でバレるということを前提にした方がよいし、前提にしないとやっていけない。しかも、何がどこに流れているかを全部把握するのは、おそらく不可能だろう。情報を流すことを止めさせるのは不可能なのだから、対応策としては徹底的な情報開示を先にやって風評を断つ以外にない。
 モヒカン的であることのメリットは実はかなり大きい。主張したことに対して訂正追加情報をいろんな人からもらえるし、議論で主張の内容を叩いてよりブラッシュアップすることもできる。訂正やら疑問やらをぶつけられたことを人格攻撃とか恥などと思う人は、情報を受け取れないから損をする。
 ところで、過去を振り返ってみると、既に小学校に行ってた時からトラブルは絶えなかった。今になって考えると、学級運営がムラ社会的だったり、周りの人達がムラ社会文化に浸かっている度合いが強かったりということが本当の原因だったような。多分、モヒカン的スタンスで行動すると、ムラ社会にはどうやっても相容れないということなんだろう。所属している文化圏が違うと思わないとどうにもならないんだが、そんな認識、小学生には多分無理だわな。

【Mohican】

一言で言えば「技術原理主義者」(モヒカン族グループのキーワード「モヒカン族」より)。

ネット世界の「原住民」であるが、その思想は極めて近代的。これはコンピュータ・インターネットに早くから触れた人たちに、ソクラテスの時代から続く合理主義などの近代的思想を持つ人たちが多かったことが原因として考えられる。(鶏が先か卵が先か、コンピュータやインターネットの仕様の多くは合理的にできている)

近年インターネットが一般層へ急速に普及し出したことにより、近代的思想を持たない一般人(モヒカン族曰く「ムラ社会」のひと)との間で文化衝突が起きている。

■こういう人はモヒカン族
(注1:モヒカン族の中にも様々なタイプがあるため、モヒカン族はこれらの要素が全て当てはまる、ということはない)
(注2:一部誤解が含まれているかもしれないが、モヒカン族の思想に倣い、躊躇なく修正して欲しい)

・会話中の言い間違いや相手の誤解は指摘するほうが良いと考える
・一般人から「理系的」と呼ばれやすい
特に、Webに関する考え方では、以下のような思想を持つモヒカン族がいる。
・W3Cの勧告に正しく従うことが合理的であると考える
  補注:これを強く主張する人たちは特に「W3C原理主義者」と呼ばれる。
・いわゆる「意味と見栄えの分離」を尊重する。
  補注:これを強く主張する人たちは特に「CSS原理主義者」と呼ばれることがある。
W3Cの勧告通りの表示をしないブラウザは非合理的だと考える
・いわゆる1バイト系カタカナ・2バイト系英数字・機種依存文字に疑問を持つ
・「無断リンク禁止」という考えに疑問を持つ
・「モヒカン族の解説はこちら」の「こちら」にリンクをつけるようなやり方に疑問を持つ
「教えて君」の態度に疑問を持つ

■モヒカン族の思想
・原則として発言者の社会的地位を考慮せず、意見の内容だけに注目する
・馴れ合いよりはむしろ殺伐とした議論を求める
・誤字脱字等の間違いはただ単に「間違い」と考え、他人の間違いは他意なく指摘し、自分の間違いは素直に認める

■モヒカン宣言

1. どんな努力をしても絶対に覆せない事柄を根拠にするな。「差別」という外道に堕ちる。
宣言
1. 発言者の社会的地位を気にせず、言説だけに注目する*1
2. 事実のやりとりに、余計な装飾語はいらない
3. 間違いは、きちんと認めて修正すればいい

モヒカン族5つの価値
校正
  間違いを訂正してくれる人を我々は尊敬して評価します。よけいな裏読みをして「人格攻撃している」とは思いません。
共有
  アイディアに校正の機会を与えることが生みの親の義務です。「理由が無いけど、これはこれでいいんだ」というエレガントではない開き直りはくだらない。
ツッコミビリティ
  校正、反論しやすいエレガントな言説が価値ある言説です。その為には、冗長にならない範囲で、ソースと推論過程を明確化し他へ示します。
全体最適化
  たくさんの人がハッピーになれるエレガントな方法を見つけた時、我々は最もハッピーになります。
差異
  お互いの違いを確認することで、我々はつながります。「自分らにとって良いから他の人にも良いはずだ」とは思いません。

■ムラ社会とは
・反モヒカン族が属しているコミュニティそのもの
・反モヒカン族が信奉している「前世代の思想」は「ムラ社会文化」と表現する
ムラ社会の特徴
・論理的に正しいかどうかよりも、周囲にいる仲間であるかどうかを優先して擁護する
・個人の思考法の違いを抑圧することで均質化して連帯感を盲目的に持つ
・ただ単純に自分の周辺に存在しているというだけの無意味な条件だけで「仲間」と認識する
・他人との関係を「嫌っている・好んでいる」という基準でしか判断しない
・他人から単なる事務的な指摘や事実確認をされたときでも「自分のことを挑発しているのか? 嫌っているのか?」と受け取ってしまう

・自分の趣味の対象に否定的な言葉をかけられると、何の趣味を持っているのかということとその人の評価は無関係なのに「そんな趣味を持っている人はダメだ」という風にバッシングされたと曲解して怒る
ムラ社会の例
・手作業と苦労が感じられるほど評価する
・既存の手作業処理をプログラムで効率化して一瞬で出来るようにしたら「そんな楽をしたらダメだ。心が入っていない」
・修正書類を早々に翌日に持っていったから、誠意?が無いと言われた
・トラブルの根本的な原因に気が付いたので報告したら「その担当者に角が立つから……」と黙殺された
・興味があるので色々と調べて考えて「もっとこうしたほうがいいのではないか」という意見を提出したら、なぜか「君は私に対する尊敬や誠意が無いね」と解釈された
・「○○って映画を見たけど面白かったよぉ」「それって宣伝先行のクソ映画でしょ。しかもパクりだし」「ねぇ、どうして私にケチをつけるの?」「えっ? 映画にケチはつけたけど、君にケチはつけていないよ」「ひどい。バカにしているのね」

■ムラ社会宣言
宣言
1. 発言者の社会的地位を考慮する。偉い人の失言は大目に見る
2. 内容の前に礼節を知るべし。敬語、修飾語が適切に使われていない文は見るに値しない
3. 間違いを指摘することはその人の人格を攻撃することである。また、真に誤りを犯した場合、どんな謝罪を行っても許されるものではない

ムラ社会5つの掟
校正
  間違いを訂正する人は内心人格を攻撃しています。人として尊敬できることではありません。よけいな訂正は慎みましょう。
共有
  あなたのものはあなたのもの。わたしのものはわたしのもの。人のものに口を出すのは恐ろしい人です。
マターリティティ
  周囲の人を最大限配慮?し、理論よりも何となく心を打つのが価値ある言説です。その為には、過程やソースを表に出さず、優しい言葉のオブラートでくるんで示します。
最適化の放棄
  例え非効率であっても、揉め事が起きない方法が一番ハッピーです。
差異
  お互いの差異は努力で埋めることが出来ます。自分が良いと思ったことを積極的に人に対して行いましょう。
■起源
「void GraphicWizardsLair( void ); //」の作者otsune氏が、2005年6月に使ったのが始まり。

今のネットはシステムとかプログラムに強い方面の人が跳梁跋扈しているサザンクロスシティみたいなもんだから。
普通の新聞記者さんがネットにふらふらと入ってくるとギャップで悲劇が起こっちゃう。彼らは大関東地獄地震が起こったことを知らずに目立つ行動をしてしまって、駆けつけたモヒカンで手斧を持ったプロテクター姿のシステム管理者やプログラマやネットジャンキーたちに原理主義攻撃でボロボロにされちゃう。
「この世界はネットお宅が支配する修羅場なんだぜぇ。平民は消毒だぁぁ」という感じで丸焼き炎上。
んで逃げる時に発せられる捨て台詞が「ネットお宅の理屈なんて関係有りません」という遮断宣言。
やっぱりモヒカンで手斧を持った連中がウロウロしているってのはちゃんと啓蒙したほうがいいような気がする。
http://www.otsune.com/diary/2005/06/14/4.html#200506144

やっぱりウソだわなぁ……

Posted on 8月 25th, 2007 in 倉庫 by apj

 あっちの掲示板に投稿されたもの。Q&Aネタかな。「G(ゲルマ)のパワーでやせる」に業務停止命令。報道発表によると

経済産業省は、著しいそう身効果を謳った「ダイエットGプレート」,「ドクターGスリム」と
  称するサンダルやクッション、枕等を販売している通信販売業者である
  ?有限会社ビューティー・アートセンター(東京都文京区)
  ?有限会社通販エクスプレス(東京都渋谷区)(以下、「2社」という。)
  に対し、特定商取引法の違反行為を認定し、同法第15条の規定に基づき、
  平成19年8月25日から平成19年11月24日までの3か月間、
  2社の通信販売に係る広告、申込み受付及び契約締結の各業務を停止するよう命じました。
  認定した違反行為は、虚偽・誇大広告、広告表示義務違反です。