postheadericon 訴えの取り下げの打診があったが……

2021年3月1日になって、株式会社ウルフアンドカンパニーの代表取締役の大竹氏から、山形地裁の提訴を取り下げるならさいたま地裁の提訴も取り下げるがどうか、という旨のメールがあった。他の事でいろいろと多忙なのと、次亜塩素酸水関連の営業ができていないので争っても不毛だということが書いてあった。

私の方からは、山形の分は取り下げるつもりはないし、さいたま地裁の分の取り下げにも同意しないと回答した。

まず、山形地裁で私が提訴した分は、大竹氏がまともに反論の書面を出さなかったため既に結審していて、双方ともにやることはもうない。取り下げの書類を書くだけ余計な手間が掛かる上に、もっと手間をかけて準備した訴状や書証が無駄になってしまう。また、山形の訴訟は、そもそも、大竹氏が訴訟予告をしてまで行った、専門家に対するコメントの撤回や特定企業の製品を安全だと言わせるといったことに何ら法的裏付けがないことを確定させるために始めたので、取り下げると確定させたかったことが確定しないままになってしまう。従って、私にとっては取り下げるデメリットはあってもメリットが無い。

また、私は、訴訟を回避する機会をきちんと大竹氏に提供していた。2020年7月1日付けの内容証明で、訴訟の予告を取り消すかどうかの意思確認をしている。この時、大竹氏は訴訟の予告を取り消さず「貴殿が待てないのであれば、どうぞご自由に訴訟の提起をしてください。」と回答した。訴訟の予告をそのままにすることを選んだのは大竹氏なので、事が終わりに近づいてから取り下げを言い出すのは随分と虫の良い主張といえる。

訴えの取下げについては、民事訴訟法に、

(訴えの取下げ)
第二百六十一条 訴えは、判決が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができる。
2 訴えの取下げは、相手方が本案について準備書面を提出し、弁論準備手続において申述をし、又は口頭弁論をした後にあっては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じない。ただし、本訴の取下げがあった場合における反訴の取下げについては、この限りでない。

のように定められている。さいたま地裁の方は、答弁書も出した上に、第一回期日に私が出頭し弁論しているので、取り下げるには私の同意が必要である。取り下げの書面が来ても、私が異議を出せばそのまま続行となる。

さいたま地裁の分についても、私は大竹氏に取り下げを提案しその機会を与えた。第一回期日は2021年1月27日、書面提出〆切が2021年1月20日であったところ、2020年12月7日にさいたま地裁宛に答弁書を提出し、その中で、取り下げを勧告する旨書いた。7日は月曜日なので、この週のうちか、遅くともその次の週には、大竹氏は私の答弁書を受け取っていたはずである。大竹氏には、訴えを取り下げるかどうか検討する期間が、年末年始も含めて1ヶ月以上あったのである。そして第1回期日の前までであれば、被告の同意は不要で、大竹氏はいつでも自由に訴えの取り下げが可能であった。しかし、第一回期日に法廷で顔を合わせたところ、大竹氏は訴えを取り下げるつもりがなさそうなだけではなく、右翼を呼ぶぞの表現について警察が証拠を持っているから裁判所が職権で取りよせろと強く主張していた。

私はすでに浦和まで出向いて一泊し弁論するという労力もかけているし(しかもその日は大学院の講義でホテルからZoom配信する羽目になった)、判例を調べたり資料となる著作権法の書籍も買ったりしているので、取り下げに同意するつもりはない。

大竹氏がどこまで考えて著作権法違反を主張するつもりになったのかは知らないが、結果として割と面白い裁判になっていることは確かである。訴訟をちらつかせて他人を脅す(大竹氏としては脅したつもりはないだろうが)ようなメールは、これまでも届いたし今後も届くことがあるだろう。手っ取り早い対応としては、メールを引用しそういう脅しがあったことを公表して批判を加えるといったものになるのだが、確かに著作権法的にはグレーかもしれない。要は、脅迫文書のようなものに著作権を認めて保護し批判や告発を妨げることが妥当かどうか、という問題で、判例データベースを調べたところ、下級審も含めて正面から争った例が見つからなかった。マスコミが何かの脅迫事件を報道するにあたって脅迫状の全文を引用し公表する場合は,時事の事件の報道として引用が認められている。それ以外の場合については、争われていないためはっきりしない部分があるので,一度、裁判所の判断を知る機会があった方が良さそうだと考えている。大竹氏の提訴が、知りたかった裁判所の判断を引き出せそうなものになっているので、取り下げに応じる理由はない。というか,判決がどうなるか知りたいという好奇心に逆らえないw。

また,本人訴訟が得意と自慢している大竹氏謹製の準備書面をまだ見ていないので(山形では提出がなかった),どれほどのものか見たいという好奇心もある。弁護士はへなちょこばかりと断言した人物の書面,同じく本人訴訟で書面書いてる身としては読んでみたいに決まっている。

なお,判例検索しても裁判例が出てこない理由もなんとなく見当はつく。まず,脅迫もどきをマスコミでない一般の人が気軽に公開できるようになったのはネットの普及以降である。また,訴えてやる,という内容を送るような人は,自分が正しいことを主張しているとの確信があるだろう。すると,その内容が広く読まれる状態になったとして,自分の正しい主張が広まるのだからむしろ望むところであって,著作権を持ち出して公表を制限する動機には乏しいだろう。だから,こういった争いがこれまでほとんど無かったのではないだろうか。

ところで,山形地裁に来ない理由の説明として,大竹氏は答弁書で「暇な学者と違い、会社の代表取締役社長兼営業マンとして売り上げの上昇もあり多忙」と書いていた。大竹氏の理解では,私は暇な学者だから裁判所に通っているのだ,ということになっている。じゃあ,その暇だから裁判所に来ている,つまり応訴を負担と感じていない相手に向かって,ほぼ確実に請求が通りそうな山形地裁の訴えの取り下げとバーターでさいたま地裁の訴えの取り下げを持ちかけたって,交渉になるはずがないとは思わなかったのだろうか。大竹氏の考えていることはよくわからない。

取り下げを言い出したのが3月1日だというのも解せない。さいたま地裁の方は、書面による準備手続になっていて、ウルフアンドカンパニーの書面提出〆切が3月1日、それを見た上で私の書面提出〆切が3月31日である。もし、取り下げるということになったら書面の準備はしなくてよくなる。3月1日に取り下げの打診をするということは、拒否されたらすぐに裁判所に行かないと間に合わないので、書面の準備は済ませていなければならない。取り下げの打診を2月半ばぐらいまでに行っていれば、取り下げがOKなら書面の準備が不用になるし、拒否の場合は書面の準備をする時間的余裕がある。労力的に得しないタイミングでの取り下げの打診である。

1つ前のエントリー「「提訴します」は口先だけ?ウルフアンドカンパニーが裁判所でまともに反論しなかった件」で個別に指摘したように、大竹氏がメールで書いてきたことと、大竹氏の実際の行動に食い違いが多すぎる。やりとりを初めてまだ1年経っておらず、取り交わしたメールもウェブページ1箇所におさまる程度だったにしては、食い違いが発生している割合が随分多い。このため、大竹氏がメールで何を連絡してきても、その通りの行動を大竹氏がとる保証が全くないと考えざるを得ない。こんな状況だから、取り下げを言い出されても真に受けるわけにもいかないのである。

いずれにしても,どういう主張をするかも含めて本気で争う意志や計画がないのなら,他人に向かって気軽に訴訟を持ち出すべきではない。また,訴訟は一旦始まったら勝手な都合で途中で止めることはできないので,本当に最後まで争う覚悟があるか,他のことで忙しくなったり事情が生じたりしてもやるつもりか,訴状を出す前によく考えるべきだろう。国が用意している,強制力を伴う紛争解決制度というのは,被告だけでなく原告も拘束する制度なのだから。

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