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井本剛司氏は大学に何をやらせたのか

Posted on 9月 3rd, 2013 in 事件,大学の周辺など by apj

 井本剛司氏によるクレーム続報。
 井本氏が、プライバシー侵害を口実にしながら、私とのメールの全やりとりを誰でもダウンロードできるサイトに置いた上、そのURLを記載したメールを私の職場の関係ない学部の関係ない先生多数にばらまき、その後も同様の方法でクレームを出した結果、研究室の全サイトが現在学外に移転しています。井本氏の行動は、とてもプライバシーを守りたいものであるとは思えませんが、その話はまた別途するとして。

 さて、移転前かつエントリーを1つ削除する前のこのブログには、井本氏から削除要求があったこととその理由を説明した記事を載せていました。それを削除しろと井本氏が自分からプライバシーを丸見えにして多数にクレームを出しまくったわけですが、その時、このブログの印刷物も資料の中に入っていました。その資料の最初の記事は、
クレームにより記事訂正
でした。タイトルだけ見ると井本氏と関係ありそうに見えますが、内容は全く関係がありません。浄水器・活水器などの水処理装置の非科学宣伝を取り上げた「水商売ウォッチング」の記事に対し、事実と異なることが書かれているという指摘があり、その指摘に対応して過去の記事を修正したという記録です。

 ところが、学部長経由で本部の判断として私に口頭で伝えられたのは、「クレームにより記事訂正のページを学内に置くな。学内の他のページからもリンクをするな」というものでした。
 井本氏からのクレームへの対応のはずなので、井本氏がファイルを公開した件や、ファイル公開の件の続きをどうにかしろと言われるのなら予想の範囲です。しかし、リンクするなと言われたのは水商売ウォッチングへの訂正記事でした。さすがに信じられず、「これ井本氏とは関係ないですよね」と念押ししたのですが、関係なくてもダメだ、ということでした。
 その根拠になっているのが、山形大学通信・情報ネットワーク管理運用に関する規定の第9条

YUnetは、教育、研究及びそれらを支援する業務並びに事務用以外の目的で利用してはならない。

だそうです。
 さて、「クレームにより記事訂正」の内容は、これまで作って来た「水商売ウォッチング」に対する訂正情報ですから、「水商売ウォッチング」の一部です。V2logに書いたのと同じ内容は「水商売ウォッチング」の方にも載せておくべきものです。
 つまり、規則第9条に基づいて公開どころかリンクもするなと言われた内容は、「水商売ウォッチング」の内容の一部そのものということになります。情報というものは中身が大事なのであって、レイアウトは関係ないでしょうから、大学本部の判断は「水商売ウォッチング」の内容そのものの一部を公開もリンクもするなと決めたことになります。
 さすがにこの判断では、危なくて学内にコンテンツを置いておけません。いつアクセスを切られるかわからないからです。情報は読んで使ってもらえてナンボであって、どこに置くかというのは二次的な問題に過ぎません。ですから、早々に、以前から準備していた避難所に全部移動させたわけです。

 「水商売ウォッチング」がこれまでどのように教育・研究に関わってきたかを以下に述べます。まず、学術雑誌への掲載。

  • 水商売ウォッチングLIVE! 天羽優子 物性研究 76 5(2001) 644-683.
  • 水に関する誤解 天羽優子 化学と教育 49 11(2001) 692-695.
  • 「水のクラスター」の誤解と真実 天羽優子 うちゅう 18 9(2001) 4-9.(大阪市立科学館友の会の会誌)
  • 「水商売ウォッチング」から見えたもの 天羽優子 物理教育 54, No.3, (2006)225-229
  • 水を取り巻く事象を考える 天羽優子 化学 62, No.4, (2007)27-29
  • 水の製品の説明にはニセ科学がいっぱい 天羽優子 RikaTan 理科の探検, 2007年8月号 47-50
  • 「怪しい水・怪しい水製造器の見破り方」、「”水商売”にだまされない!」(対談)、RikaTan 理科の探検2013年夏号

 高校の化学資料集への記載。

  • ニセ科学に惑わされない! 天羽優子 改訂版スクエア最新図説化学, 第一学習社、2008年44-45

 第一学習社さんからは、この次の版の改訂でも原稿依頼を戴きまして、最新版は水から離れて身近なニセ科学の話題に変えました。
 さらに、

    日本物理学会 第61回年次大会 物理と社会シンポジウム 「ニセ科学」とどう向きあっていくか?
    水商売ウォッチング」から見えたもの

で発表しています。
 本務校の基盤教育「科学リテラシー(化学A)」の講義資料の一部にも、「水商売ウォッチング」と、掲示板の過去ログを使用しています。放送大学の面接授業でも一部を使っています。学生がレポートを書く参考にするため見に来たりもしています。
 社会貢献活動の一つとしては、怪しい浄水器を売りつけられた被害者の方の救済のため、弁護士からの依頼で、宣伝のどこが非科学かを指摘する意見書を書いて裁判所に提出したりしています。
 このように「水商売ウォッチング」を元にした記事は、理科教育関係の雑誌に何回も掲載され、物理学会でも発表し、現に学内でも教材としても使っていて、学外では社会貢献もしているのです。この内容を、規則第9条を根拠として、教育にも研究にも関係無いから大学に置くな学内からのリンクもするな、というのが、今回、井本氏のクレームによって出てきた本部の判断ということになります。本部には是非とも、山形大学で教員が行う教育と研究の定義についてきちんと説明してもらいたいところです。

 一応本部の名誉のために書いておくと、これは初見での判断だということです。こんな判断で本当に良いのか疑問なので、現在、ウェブの内容を検討してもらうため学部長に提出する資料を準備しています。読めるフォントの大きさで印刷を始めたところ、A4で2500枚ほど印刷してもまだ終わらず、規則第9条を運用するのも大変だなあと、A4コピー用紙1箱を埋め尽くした印刷物を前に溜息をついていますが。

 問題の所在は、規則第9条のような、主観でどうとでもとれる条文をそのままにしていることにあります。
 かつて、お茶の水大がウェブ規則を決める事になったとき、この手の曖昧な規則は排除すべきだと、師匠に伝えたことがあります。理由は簡単で、人が変われば判断基準がぶれるような規則はトラブルの元だからです。国立大学法人ですから、例えばエロサイトを作ったり、金儲けの為のショッピングサイトを作ったりするのは論外でしょう。そういったものを例示列挙し、かつ、条例と法で禁止されている行為も禁止、と学外の規律に接続し、人が変わっても判断がぶれないようにすることが絶対に必要だ、というのが、当時の私の主張です。そうでなければ規則の安定した運用は不可能だろう、と予想しました。これが2003年頃のことでした。
 今回、見事に十年前の予想が的中したことになります。
 現に、上に列挙したような教育活動の中心となっているコンテンツを、規則9条を理由に教育とも研究とも関係がない、と本部が判断してしまったわけですから、運用の失敗は明らかだと私は考えます。勿論、山形大学が、上記に書いたような雑誌に書くことや学会発表することや講義資料の一部に入れる資料をウェブコンテンツから作ることを教育でも研究でもないと言い張るならば話は別ですが。

 こうなるのは、立場を少し変えてみれば想像がつくことです。私は政治や歴史についてはずぶの素人です。一方、学内には、政治や歴史を専門とする人文の先生がいます。仮に、人文の先生のどなたかが今のセンシティブな話題、たとえば尖閣や竹島の問題について意見表明をして、学外からクレームが来て、私が規則第9条の判断をしなければならなくなったとしましょう。どこまでがその先生の個人的な趣味の範囲の意見表明でどこからが研究・教育かを正しく線引きできるか、というと、甚だ疑問です。正直な話、できる自信は全くありません。
 規則第9条のようなものは、どこの大学にでもありそうな規則です。管理する側が何でもできるように入れたくなる規則であることは確かですが、実際に運用しようとしたら、管理する側にとってはむしろ地雷です。容易に判断を間違えうる上に、間違った判断をしたら大学における教育研究とは何ぞやという価値判断が問題視され、学内コンテンツが気に入らないクレーマーに対しては条文の曖昧さに乗じて際限なくクレームをつけることの根拠を与えるからです。何も考えずにこの条文を作ることを決めたのだとしたら無自覚に過ぎますし、正しく判断できると思っているなら思い上がりでしょうし、現場が運用できると思っているのなら買いかぶりすぎです。まずは、そのことを自覚すべきと考えます。

 さて、現実の解決策ですが、いくつかありそうです。
 規則第9条を変えて判断がぶれないようにした上で、これまで通りyamagata-u.ac.jpに教員個人のサイトも抱えるやり方がありそうです。逆に、yamagata-u.ac.jpは本部や各種委員会が完全管理することにして研究室のサイトは置かない、というのも1つのやり方です。この場合、ドメインを2系統にして、 yamagata-u.netのようなものを1つ作って本部と委員会以外は全部こちら、という棲み分けをしたり、研究室毎に外部サーバにコンテンツを置くが管理費用を校費で支払うかわりに純然たる私的なコンテンツは置かない、という緩い管理方法もとれそうです。でも、ドメイン2系統案は人が集まらないと難しいでしょうね。どうするのが良いかは私にもわかりません。