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「日常の物理」のレポートについて

はじめに

放送大学文京学習センターで行っている面接授業「日常の物理」を担当したのだけど、レポート提出状況が気になりました。「日常の物理」の内容は学生実験で、熱心に出席して実験に参加してくれた学生さんで、レポートを出していない人が何人かいました。忙しくて出来なかったというのならそれは仕方がないのですけど、もしかしたら、学生実験のレポートを書くということのハードルが、私が想像しているよりもずっと高かったんじゃないか、いざまとめようとして途方に暮れた人が居たんじゃないかとも思ったので、今後のために書いておきます。

学生実験とレポート

実験、と言われたときに、経験からすぐにイメージできるものは、小中高の理科の実験ですね。すでによく分かっている自然の性質について、実際に確認して学ぶための実験です。教科書には何をつかってどうするか書いてあるし、教科書の説明を読めばやる前からどんな結果になるかも見当がついたりします。ただ、私の経験では、小中高の実験では、実験の結果や報告をきちんとレポートにまとめるということは少なくて、やった後でグループごとに結果を発表したり、先生がそれを黒板に個条書きするなどしていました(今はもっとレポートを書かせているかもしれません)。まとめるための書き込み式のプリントをもらったこともありました。あるいは、夏休みの自由研究で調べたり観察したりしたことをまとめる、という経験をした人もそこそこの割合でいるのではないでしょうか。

それでも、理科の授業を受けてから随分時間が経って、何をどうしてたかすっかり忘れた頃に放送大学で実験の面接授業を選んだりすると、実験のあと、何をすればレポートを書いたことになるのかと身構えたり悩んだりするのではないかと、ちょっと気がかりです。

大学でやる学生実験も、科学の新しいことを知るための実験ではなく、既にわかっていることを確認するための教育用の実験です。実験レポートを書くにあたっては、何も身構えることはありませんし、難しく考えることもありません。実は、料理の仕方を1つ覚えてそれを友達に教える、というのとほとんど変わらないのです。

具体的にどんなことをすればいいのか

ということで、たとえばこんなのを読んで料理を作ってみて、それを友達に伝えるためにはどんな作業をすることになるか、を考えてみましょう。

とり肉のクリーム煮

レシピは、女子栄養大学が出している「栄養と料理」という雑誌のバックナンバーで、pdfファイルが無料で公開されているものです。説明のために例として使わせていただくことにします。

まず、この「とり肉のクリーム煮」ですが、どんな材料や道具を使ってどうすれば完成するのか、ということが既にわかっていて、それがレシピとしてまとめられています。学生実験も同じで、どんな器具や試薬を使い、どんな手順で操作すれば結果が得られるのか、ということがわかっていて、テキストに書いてあります。

自分の家でクリーム煮を作って終わり、というのなら適当にやればいいですし、失敗してもどうということはありません。が、必ず成功する方法を友達に教えようと思ったら、少しは準備が必要です。

まず、料理の仕方や注意を良く読まなければなりません。170ページから174ページ目くらいまでに書いてある注意事項や、材料の選び方、作るための手順といったことを、あらかじめよく読んで、自分の料理ノートに箇条書きでもいいので写しておくと、自分が作る時も次に何をすればいいかわかっているのでやりやすくなりますし、後で人に説明もしやすくなるでしょう。実験も同じです。まずは、テキストの操作手順をよく読んで、できれば実験前にノートに写しておくと、実験が始まってから迷わずに進めることができます。放送大学では、テキストをあらかじめ配ってはおらず、当日、資料をお渡しして説明していましたので、予習の部分は省略されています。

次に、材料を準備しなければなりません。おうちで作る場合は、170ページの「材料(4人前)」の通りにスーパーで買ってくることになります。もし、料理教室で作るなら、材料や器具は教室の方であらかじめ買いそろえてあるものを使うことになるでしょう。学生実験では、道具も材料もすべて教員が準備していますから、料理教室でとり肉のクリーム煮を作るようなものだと思って下さい。

材料が揃ったら、「下準備」から始まる、実際に手を動かす作業を始めます。初心者ですから、書いてあるとおりにまずはやってみるしかありません。でも、書いてある通りにやってもすべてうまくいくとは限りません。とり肉の皮に穴を開けるときに力の入れ加減がまずくて串が折れたとか、均一に塩コショウしたつもりでもやっぱりまだむらがあったとか、いろいろ小さな失敗があるかもしれません。テキストの通りにやってその通りに出来たところもたくさんあるでしょう。この、上手くいった、失敗した、という結果をノートにメモしておくと、後で友達にコツを伝えるときに、より確実にできるはずです。実験も同じで、操作の途中でどうなったかを記録しながら進めていきます。何か気づいた場合は、それもメモしておきます。料理であれば、途中の経過を写真にとって残す部分が、実験では、数値を読み取って記録する、といった作業に対応します。

完成したら、盛りつけて、食べてみて、どの程度成功か失敗かを判断することになります。

ここまでを自分でやると、生まれて一度もとり肉のクリーム煮を作ったことが無かった人でも、それがどんなもので、どうやって作るかがわかるはずです。

自分だけがおいしいクリーム煮の作り方を知っていてもつまらないので、友達に教えることにします。口で言っただけでは間違いが起きそうですから、きちんと書いた料理メモを渡すことにしましょう。この、書いたものを作る、というのが、学生実験のレポートを書く、ということに対応します。

人に伝えるわけですから、まず、何について伝えるかを書きます。「とり肉のクリーム煮」と書けばそれでいいですね。実験レポートの場合は、実験テーマの名前を書きましょう。日付や気温も書いておくと、後で参考になります。

材料に何がどれだけ必要か、とか、混ぜたり焼いたりする道具にどんなものが必要か、ということを全部書かなければなりません。これを書いておかないと、お友達は、何を準備すれば料理を始められるのかがわかりませんよね。学生実験では、テキストに書いてある器具リストの部分を書く、ということになります。

次に、実際どんなことをしたか、の部分を書きます。料理の手順をまとめたものとほぼ同じ内容になるはずです。実験では、テキストに書いてある操作を抜粋したような内容を書くことになります。「なべを火にかけて油を熱し、皮が下になるようにとり肉を入れる。とり肉は皮の面を先に焼く」と書くのも、「1リットルのビーカーに水を6分目まで入れて、試料の入った試験管を半ばまで入れ、ヒーターで加熱する」と書くのも、複雑さにおいては大して変わりませんよね。

調理の各段階で写真を撮って記録するなどしている場合は、それを料理メモに貼り付けると、どうなったかがわかりやすいです。実験では、測定をしながらメモした数値やグラフを作って、説明を書いたレポートと一緒にする、という作業になります。

盛りつけて食べてみてどうだったかも書くとよいでしょう。テキスト通りとはいかないでしょうが、狙い通りとり肉のクリーム煮が完成しているはずです。料理の途中でわかったコツや、失敗したところもまとめましょう。味付けにまだむらがあったので、もっと少しずつ調味料を振るべき、といったことも、料理メモに書き込んでおくと、次から失敗しないで済みます。実験レポートでも、これこれがわかった、データがばらついたのはこの部分がうまくいってなかったからではないか、などと、次にやるときに気をつければうまくいきそうなことをまとめたりします。

これで友達に渡す料理メモは完成ですが、余裕があればもうちょっと調べておくと喜ばれますね。たとえば、ダイエット中の友達のためにとり肉のカロリーを参考書で調べて書いておく、といったことができそうです。実験の場合は、使った材料についてのもう少し突っ込んだ解説を見つけて、簡単にまとめて書いておく、といったことになるでしょう。

教員にみてもらっていい評価をもらおう、などと考えていると、はて良いレポートとは一体?と立ち止まってしまうことになるかもしれません。でも、これまで作ったことのなかった料理を料理教室で勉強したから仲の良い友達にやり方を説明するためのメモを作るんだ、というつもりで書けば、書かなければならないこともちゃんと盛り込めて、それなりに形の整った実験レポートができますよ。

 おわりに

実は、10年ほど前に、文京学習センターで「日常の物理」を何回か担当していました。今の職場に移った時、遠方になるので、私の師匠に担当を引き継いでもらうようにお願いして一旦離れました。今回は、例の、非常勤を5年以上続けられない、という制約に師匠が引っかかったので、1回だけ急遽私が担当することになりました。私が講師で師匠がTAという、何だか役割逆転した感のある状態でしたが……。

以前に比べて、実験のテキストや内容も良くなっていて、目視で見ていたものをデジカメで撮影するなど、道具も進歩しています。一応、印刷製本した実験のテキストもありますが、それよりは内容をしぼって解説もわかりやすくなって、よりいっそう初心者安全な内容になっています。なぜか今回は古いテキストが受講登録した人に送られてしまい、かなり厳しい内容だったので断念した人もいたかもしれませんが、実際はもうちょっと易しくなっています。

来年からまた別の先生が引き継いで実施することになっていますし、東京は大学の先生が多いのでこれを担当出来る人もたくさんいて、私は遠方からの出動になってしまいますので、今後私が「日常の物理」を担当することはまず無いだろうと思います。でも、この面接授業自体は今後も改良しながら続いていくでしょうし、不慣れな人も受講されるでしょう。実験レポートは身構えず気楽に書いても大丈夫ですよ、と言いたくて、これを書きました。