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民事訴訟における科学コミュニケーション ニセ科学商法被害回復のために

2013年12月1日の日本科学者会議 ニセ科学問題分科会で発表した内容です。他の方々の発表は、当日会場からtwitterで実況したものが、http://togetter.com/li/597312でまとめられています。自分の発表分は実況不可能でしたので、こちらで改めてまとめることにします。

民事訴訟とは何か

私人間の法的紛争を解決する手段で、強制的かつ終局的なもの(つまり一度訴訟になったことについては争いを蒸し返すことはできない)である。民事訴訟の「民事」というのは、刑事や行政事件ではないということで、法律上の争訟つまり法律問題に限って扱うというものである。私人の間の権利関係や身分関係も民事訴訟で取り扱うが、ざっくり言うと揉め事を最終的に金に換算して決着させるシステムである。

法律上の争訟とは

裁判所は法律問題を取り扱うところなので、科学の問題を直接は取り扱わない。裁判所は科学的正しさについて決着を付ける場ではないし、イデオロギーの正しさについて決着をつける場でもない。科学の法則ではなく、条文を適用して個別の問題を解決する場である。

どんな条文を適用するのか

一般法としては「民法」があって、これは対等な私人間のルールを定めている。これ以外に、特別法がある。特別法とは、たとえば、消費者契約法、特定商取引に関する法律、労働法などで、現実の力関係による補正を入れて、公平さを実現するようにしている。特別法に規定があればそちらも適用できるし、なければ民法で処理する。なお、民法はそれなりの財産を持っている人を想定して書かれている。

人の間の権利義務関係

債権と債務のこと。債権とは何かをしてもらう権利、債権者とはその権利を持つ人のこと。借金取りだけを意味するわけではない。債務とは何かをしなければいけない義務、債務者とはその義務を負っている人のこと。内容は幅広く、ほとんど何でも債権や債務になり得る。

たとえば、AがBに絵を描いてもらう約束で金を払った場合。Aは債権者で、Bに絵を描けと要求できる。Bは債務者でAのために絵を描かなければならない。

民法で扱う権利としては物件というのもあるが、こちらは物に対する権利で法定されていて、何でも物件になることはない。

契約

意思表示の合致で成立する。条文上は契約書のような形式を必ずしも必要としない。しかし、契約の当人達が、「契約は契約書を交わした後で成立する」と思っている場合は、それも意思表示の合致に含まれるため、書類を交わすまで契約が成立しないことになる。

契約によって、債権債務関係が発生する。

当事者達が申込と承諾について「真に納得」していなければならない。

例:申込=「この壺を100万円で買って」承諾=「わかった」

真に納得していない場合

  • 強迫による意思表示(刑法の脅迫でないことに注意)
    例:この壺を買わないと大変なことが起きるぞ、と言われてつい買ってしまった。買わなければ痛い目に合わせるぞ、だと刑法の脅迫になるけれど、買わなければ(売り主の行為とは無関係に自然に)悪いことが起きるぞ、だけだと、危害を加える意思を示していないので、脅迫にならない。
  • 詐欺による意思表示
    例:(実際には二束三文なのに)この壺は現代の名工の手によるもので大変な値打ちがある、と実例を交えて巧みに勧められたので、つい買ってしまった。
  • 他、錯誤(思い違い)、虚偽表示(示し合わせて外見を作った)、心裡留保(実はそんな気は無かった)など

人が勘違いしたり思い込んだり本心と違うことを言ってしまったりするということを前提にして民法は作られている。

取消

納得してないのに表面上意思表示が合致してしまったときどうするか、も民法は定めている。そういう契約は「なかったこと」にできる。たとえば、悪霊退散の壺を返して、払った代金を返金してもらうなど。詐欺、脅迫による意思表示は取り消すことができる(民96条)。

他の方法で取り消す

債務不履行を主張する。買ったがまるで効果が無かった場合、この主張ができる。触れ込み通りの効果があるものを引き渡す債務を履行しなかった、という形になる。

また、別の被害が発生した場合は不法行為を主張して、取り消しだけではなく、生じた被害の賠償も請求できる。

ただ、これらは一般法である民法の条文による判断になるので手間がかかる。もし、特別法の条文にずばり当てはまるものがあるなら、そちらを使う方がずっと楽である。

消費者契約法

民法の特別法。民法が、対等な私人を前提にしていたのに対し、こちらは力の差があることを前提にしている。

  • 消費者と事業者との間の情報の質及び量並びに交渉力の格差にかんがみ、事業者の一定の行為により消費者が誤認し、または困惑した場合において契約の申込み又はその承諾の意思表示を取り消すことができる……(第一条)
  • 事業者の損害賠償の責任を免除する条項その他の消費者の利益を不当に害することになる条項の全部または一部を無効とするほか……(第一条)

事業者と消費者では事業者の方に力があるから、無茶な売り込みをされた場合、後から消費者は取引を無かったことにできるし、事業者にとって一方的に有利な条件をつけてもダメ、ということ。

消費者契約法での取消

  • 重要事項について事実と異なることを告げた場合(第4条)
    • 契約の目的となるものの質、用途、その他の内容
    • 取引条件
  • しつこい勧誘(帰れと言っても帰らなかった、立ち去ると言っても引き留めた、など)

質、の部分を偽るためにニセ科学が利用される場合がある。

特定商取引に関する法律

特に消費者が惑わされやすい販売方法に規制をかけた。

  • 訪問販売
  • 通信販売、電話勧誘販売
  • 連鎖販売取引(いわゆるマルチ商法)
  • 特定継続的役務取引(エステ、塾、家庭教師など)
  • 業務提携誘因販売取引(内職商法)
  • 訪問購入

特に規制が厳しい理由は、これらの取引が消費者にとって「不意打ち」になるから。何を買うか決めて事前にチラシ等を見て比較するなどしている消費者は、心の準備ができているし、どんなものをいくらで買うかについても十分検討する余裕がある。訪問販売や電話勧誘は、予期していない時にやってくるので、心の準備ができていない。

訪問販売の規制内容

  • 書面の交付
    法人代表者の氏名、担当者の氏名、契約締結の日、商品の数量、型番など
  • クーリング・オフ(書面をもらってから8日間)
  • 不実告知の禁止
    商品の値段、性能、提供時期など(6条)

後で消費者が「この取り引きに問題がある」と思った時に、どこの誰に連絡したらいいかわからない状態にしない。つまり売り逃げを許さない。不意打ちで販売された場合、後で落ち着いて考えたら「やっぱり要らない」となることもある。その時の連絡先がはっきりしていなければならないということ。

不実告知の禁止、は、告げること自体の禁止だから、消費者が買おうが買うまいが告げた時点で法に抵触する。

訪問販売で買った場合に、後から「やっぱりやめとくわ」とやるには、特定商取引法を使うと「クーリングオフします」の一言で契約解除できる。これを使わずに民法の条文で契約解除しようとすると相当手間がかかって面倒なことになる。

合理的な根拠

科学の判断と同じやり方が適用される部分である。根拠条文は特定商取引法6条の2。

「主務大臣は、前条第1項第1号に掲げる事項につき不実のことを告げる行為をしたか否かを判断するため必要があると認めるときは、当該販売業者又は当該役務供事業者に対し、期間を定めて、当該告げた事項の裏付けとなる合理的な根拠を示す資料の提出を求めることができる。この場合において、当該販売業者又は当該役務提供事業者が当該資料を提出しないときは、次条及び第8条第1項の規定の適用については、当該販売業者又は当該役務提供事業者は、同号に掲げる事項につき不実のことを告げる行為をしたものとみなす。」

6条の2は行政処分に関する規定だから、この条文を使ってそのまま直ちに契約取消、というわけにはいかない。取り消しを求めて揉めた場合、資料を要求して出てこなければ、不実告知をみなせる状態になっているのだから取り消す、といった主張をしていくことになる。科学者が何かアドバイスできるとしたら、資料を出させた後で、合理的な根拠のもとになった実験が存在しないとか、科学の手続きを満たしてないといった指摘になる。

資料提出までの期間は15日間。つまり、資料を出せと言われてから実験しているようでは絶対間に合わない。販売開始時に宣伝内容の合理的根拠を備えていることを求めている。

同様の条文は景表法にもあり、運用指針もほぼ同じ。

対象となる勧誘、広告の例

「医学的な原理に基づいて、近視矯正のため苦心研究のすえ完成されたもので、近視が治ったなどたくさんの報告がある。」 (近視眼矯正器) 近視を矯正する効果 
「毎日服用しているだけでガンが治る」 (健康食品)  病気治療効果
「81㎏の体重をダイエットで66㎏まで減量。しかし、それ以上は何をしても無理だったという…そんな彼女も○○での58日間でなんと10 ㎏の減量に成功。3度の食事を欠かさずにこの変化」 (美容サービス) 食事制限を伴わない痩身効果 

 

宣伝に用いられているメカニズムの説明ではなく、効果の有無が問題となる。 

運用指針

http://www.meti.go.jp/policy/consumer/press/0005731/0/041025torihiki.pdf

「当該勧誘に際して告げられた内容又は当該広告において表示された内容が消費者等にとって、当該商品・役務の選択に際しての重要な判断基準となっていると考えられ、さらに、これらの 勧誘に際して告げられた内容又は広告において表示された内容において具体的かつ著しい便益が、社会一般に許容される程度を超えて主張されている(暗示されている場合も含む。)などの場合」

合理的な根拠とは

  • 提出資料が客観的に実証された内容のものであること
  • 勧誘に際して告げられた、又は広告において表示された性能、効果、利益等と提出資料によって実証された内容が適切に対応していること

客観的に実証

  • 試験・調査によって得られた結果 
  • 専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献

ここで科学を参照している。

試験・調査

  • 当該試験・調査の方法は、勧誘に際して告げられた、又は広告において表示された商品の性能、役務の効果、取引により得られる利益等に関連する学術界又は産業界において一般的に認められた方法
  • 関連分野の専門家多数が認める方法
  • 学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法が存在しない場合には、当該試験・調査は、社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法
  • 実施主体は第三者機関でも事業者でもよい

見解・学術文献

  • 専門家等が、専門的知見に基づいて当該商品・役務の勧誘において告げられた、又は広告において表示された性能、効果、利益等について客観的に評価した見解又は学術文献であって、当該専門分野において一般的に認められているもの
  • 専門家等が、当該商品・役務とは関わりなく、勧誘に際して告げられた、又は広告において表示された性能、効果、利益等について客観的に評価した見解又は学術文献であって、当該専門分野において一般的に認められているもの
  • 特定の専門家等による特異な見解で……(表示された内容)……に関連する専門分野において一般的には認められていない場合には、その専門家等の見解又は学術文献は客観的に実証されたものとは認められない。
  • (古来からの言い伝えや経験則も)専門家等の見解又は学術文献によってその存在が確認されている必要がある。 

体験談を並べただけではだめ

「これら消費者等の体験談やモニターの意見等の実例を収集した調査結果を勧誘に際して告げられた内容又は広告において表示された内容の裏付けとなる根拠として提出する場合には、無作為抽出法で相当数のサンプルを選定し、作為が生じないように考慮して行うなど、統計的に客観性が十分に確保されている必要がある。」

適切な対応がなかった例

行った試験と、表示している効果が対応していなければダメ。よくあるパターンとしては、消費者が実際に使うのとはかけ離れた条件で試験して出た結果を使って「効果があります」と宣伝する、というものがある。以下、運用指針に書かれた例を紹介する。

  • 「家屋内の害虫を有効に駆除する」→試験用のアクリルケース内で虫が回避行動をとるだけ、通常の居住環境で確認していなかった
  • 「あらゆる種類のエンジンオイルに対して10%の燃費向上」→特定の高級エンジンオイルの場合のみ
  • 「99%の紫外線をカットする」→当該紫外線遮断素材が紫外線を50%遮断することしか確認されていない
  • 「食べるだけで一か月に5kg痩せます」「○○大学△△医学博士の試験で効果は実証済み」→専門家の見解は、当該食品に含まれる主成分の含有量、一般的な摂取方法及び適度の運動によって脂肪燃焼を促進する効果が期待できることについて確認しただけ、5kgの体重減少は未確認

ニセ科学宣伝によって発生しうる被害

ニセ科学に基づいた宣伝により、商品が実際より良く見せかけられると、払った金額と実際の効果が釣り合わなくなる。

病気が治るなどの効果効能が謳われ、それを信じた結果、適切な治療を受ける機会を失って健康被害や生命の危険が発生する。

使って被害が発生した場合は賠償を求めることができる。

科学者ができること

ニセ科学宣伝が原因のそれなりの部分を占めている状態で紛争に至った場合、科学者のできることは主に二つである。

  • 何が科学的に正しいか、あるいは間違っているかについて意見書を出す。
  • 必要な実験の計画、実行(あるいは第三者機関への依頼)、結果を踏まえてのレポートを出す。

これらのことを、民事訴訟の枠組みにおさまる形で提示する。

民事訴訟のルール

民事訴訟のルールは、科学者が普段馴染んでいる学会発表や論文投稿・審査のルールとは全く違っている。以下、民事訴訟のルールを列挙する。

  • 何を事実であるとし、どのように法律を適用するか、は裁判所の仕事
  • 当事者が主張しなかったことは裁判の基礎にできない(弁論主義)
  • 原則として、自己に有利な法律効果を基礎付ける主要事実について、主張する責任を追う
  • 裁判の基礎にできるのは、口頭弁論の主張のみ 証拠調べや尋問の中でたまたま現れた主要事実に基づいては、裁判できない。

  • 当事者間に争いのない事実はそのまま判決の基礎としなければならない。争いがある場合は裁判所が判断する。

  • 職権探知は、事件に公益性があって影響範囲が大きい場合のみ

つまり、裁判所で積極的に言わない限り、裁判官が、確定している科学の内容に基づいた判断をすることはない。また、積極的に言ったとしても、何を事実と認めるかの判断は裁判所に委ねられるので、取り入れられるとは限らない。

不親切に見えるが、当事者が主張していない事実を裁判所が勝手に持ち出して裁判すれば、当事者にとって不意打ちになるため、このようなルールになっている。

認定しなくても使える事実

  • 経験則:常識の範囲内なら証拠として認定しなくてもよい。専門的なものは専門家による鑑定などの証明が必要。
  • 法規
  • 誰でも知っていること(歴史的な事件など)

科学は認定しなくても使える事実には含まれていないことに注意。小学校理科の内容であっても、裁判所ではきちんと弁論の中に入れて主張する方が安全である。

証明の負担の軽減

科学では、新規な事柄を主張する側が、その事柄を裏付ける事実を示さなければならないルールになっている。民事訴訟では、権利の存在を主張する側が証拠を出して証明するのが原則だが、証明の負担が不公平になりすぎて現実の被害の救済が遠のく場合には、証明の負担を適切に振り分ける。

  • 証明責任の転換
    明文で証明責任を一方に課す
  • 法律上の推定
    証明困難な事実の代わりに証明容易な前提事実を証明することで法律効果を認める
  • 間接反証
    主要事実が立証困難な場合に、間接事実が立証されたら、それを否定する立証を情報を独占している側に課す。

既に起きてしまった事について判断するので、あらかじめ十分に証明の準備がしてあることは期待できない。

例: 徳島地方裁判所 平成12年(ワ)第73号 損害賠償請求事件

  •  ヒラメ養殖を業とする原告が,被告が製造販売する磁気活水器を養殖池の給水管に設置したところ,同池の養殖魚が全滅した
  • 判決の中に「磁場に水道水を通過させることによって,水の物性を変化させて活性化した磁気水を造る装置である磁気活水器」
  • 原告は、水質検査を行い、活水器を取り付けた生け簀で亜硝酸態窒素が基準値以上に増加していることを確認した。

  • 「本件装置を給水管に取り付けた結果,その磁力の作用によって水質に変化が生じ,それがヒラメの生態に強く影響して,本件生け簀で養殖されていた全てのヒラメを死に至らしめたという因果関係を事実上推認することができ,これを覆すに足りる証拠はない。したがって,本件装置と本件事故との間には因果関係の存在が認められる。」

原告と被告が、問題の装置について「磁場で水を変化させるものだ」と裁判所で述べれば、科学的事実とは異なっていても、裁判所はそれを事実と認めてそれに基づいて裁判する。裁判所の認めた事実と、科学的な事実が必然的にずれることがある例である。

科学の立場としては、磁力のみで海水の水質は変化しない(おそらく装置表面から何か溶け出したのが原因ではないか)と考えるが、裁判所は学会ではないので、因果関係の認め方が科学とは異なっている。 亜硝酸態窒素が本当にヒラメに有害か、の確認までは求めていない。「覆すに足りる証拠はない」というところから、被告が間接反証できなかったことがわかる。

おそらく、この商品に欠陥があったことは確かで、商品によって原告が受けた被害は救済された。妥当な判断といえる。

契約解除を目指す場合

科学者が援助できる典型的なケースとしては次のような場合だろう。

例:ニセ科学に基づく宣伝を山ほどされて、最新の技術を使った製品だと思い込んでつい買ってしまったが、宣伝通りの効果が無いので解約して返金したい。

書類チェックが先、科学は後

科学者が援助できるケースであっても、まずは購入時の書類をチェックし、クーリングオフできるならそちらを適用した方が楽。クーリングオフ期間は購入して8日間だが、書類が不備だとクーリングオフの期間が始まらないので、間抜けな業者ならクーリングオフで簡単に対処できたりする。

クーリングオフが適用されない場合は、禁止されている販売方法が行われたかどうか、不実告知が行われたかどうかといいったことを検討して解除に持ち込むことになる。が、裁判官は科学については素人なので、主張の仕方によってはじゅうぶん認められないことも考えられるので、科学に突っ込まずに済むならその方が良い。

効果が無いことの証明

効果効能系「アトピーが治る」「がんが治る」 といった宣伝によって商品を購入した場合は、まだ医者に通ってる、薬が手放せない、入院した、といった購入者の状況を説明すれば効果が無いことの証明になる。

浄水器で、「水が良くなる」「赤錆が減る」「スケールがつかない」は、使用前の状況が精度良く測定されていないことがあるため、効果の無いことの主張はかなり面倒である。

効果効能系で結果が生じない、という場合は、ニセ科学かどうかの議論はあまり必要ない。事実として購入した人にとって結果がなかったことをいえればそれでいいので。

ニセ科学の指摘が役に立つ場合

「科学っぽい理屈が山ほどなければ買わなかった」「説明が実はウソで間違いだとわかっていれば買わなかった」という主張と一緒に、ニセ科学であることを指摘した意見書を出す、といった形で被害者救済に役立てる。

この方法をとる場合、実験を伴わないので費用が安い。

過去に受けた依頼のうち3件は浄水器に関するもので、意見書提出で協力した。

依頼主

代理人弁護士からの場合と本人からの場合の2通りがある。本人から意見書を求められた場合は、代理人弁護士が居れば、話を通してもらて必ず連絡する。

弁護士からの相談の場合は、私と代理人弁護士とのやりとりの途中経過を全て本人に伝えるように念を押している。

連絡不行き届きから、代理人と本人の思惑がずれてしまうと、勝てる訴訟も落とすことになる。

意見書に書いたニセ科学宣伝の指摘例

宣伝内容意見
化学薬品を一切使わず水のpHを変える 何も添加せずに水のpHを変えることはできない
使っている材料に触媒効果がある 当該材料が触媒効果を示すには紫外線が必要だが装置の構造はそうなっていない
水中に電子を放出させ…… 水はイオン伝導体で、電子が動き回ることはない
塩素臭気が軽減 塩素濃度の減少を示す測定結果が無い
マイナスイオンの抗酸化作用で…… マイナスイオンの化学物質としての実体が書かれていない
鉱石の遠赤外線放射エネルギーを水に与えて雑菌の繁殖を抑制 殺菌効果は紫外線以上のエネルギーが必要、遠赤外では無理
水の赤外吸収が大きいので細胞内の結合水を励起する 生き物の表面でほぼ吸収されてしまって細胞内まで届かない
エチレンガスを分解して腐敗を押さえる 鮮度保持試験の測定にエチレンガスの濃度が無い

訴訟資料に出てくる宣伝パンフレットを確認しながら、宣伝の文言を1つ1つ確認して、何がおかしいか列挙しつつ意見書を作る。

宣伝資料の穴をチェック

2種類のろ材を用いた異なる型番の浄水器についてカタログに記載されていた食品分析センターの試験の番号が同じ→分析センターに確認し、異なった資料で試験番号同じはあり得ないことを確認、データがコピペである可能性を弁護士に連絡。

表で出してきた塩素減少の経時データをグラフにして宣伝文句と付き合わせて、宣伝の元になったデータが確かにその表であることを確認、弁護士に送る。

実験データがどのように管理されているかに科学者は気を配っているのでインチキがあれば気付きやすい。数値データをグラフにして全体を把握するといったことは、科学者は日常的にやっているので直ぐにできる。こういった、弁護士が慣れていない部分について文書にして渡すことで、訴訟で使ってもらうようにする。

いい加減なことをしている事業者だという指摘をきちんとしておく。いい加減な試験しかできていない=行政処分の対象になったとき出すべき合理的根拠を備えずに商売している、ということになる。裁判官の心証形成に役立つはず。

書類は複数回のやりとり

弁護士は大抵の場合は科学には素人の文系なので、文系の弁護士が読んで理解して他人に説明できる内容にしなければならない。専門用語をそのまま出すのではなく、解説をつけるとか、必要なら科学事典など一般向けの解説の出ているもののコピーを添付するなどする。

意見書の1回目は案で、弁護士に読んでもらってわかりにくいところを指摘してもらい、書き直したり書式を変えたりといった作業をする。意見書の科学的内容をねじ曲げることはできないが、わかりやすい説明にすることはいくらでもできる、ということを最初に伝えて、弁護士さんが書き方について意見を出しやすいようにしておくことも重要。専門家だからと距離をおかれてしまったら、折角書いた意見書の効果が減ってしまう。

意見書にどこまで書いて、どこからを準備書面に入れるかは弁護士が決めることである。だから、意見書そのものと、「こんな使い方もできるかもしれません」という提案の文書を分けて弁護士に渡すこともある。科学的事実の持つ意味をどこまで説明すべき(どこまで弁論の流れと関連づけて書くべき)かは、弁護士との相談になる。

重要なことだが、出したら依頼人の不利になりそうなことは先に伝えておく。また、相手が出しそうなことについても、予測できそうなら伝えておく。

弁護士が理解した上で最終的に裁判官を説得できなければ役立たない。

科学コミュニケ—ションとしては、やりとりが主に書類で使われる場所が裁判所という、特殊ケースだけれども、裁判の流れにどう嵌るかを考える面白さがある。

最近のケース

事業者間の取引で、会社甲から会社Aが水処理装置を購入。Aから経営を引き継いだ会社乙が、商品のうさんくささに気付いてメンテナンス料を払わず、解約返金を求めたところ、甲はメンテナンス料の支払いを求めて乙を提訴した。

装置の効果はサビ防止やスケール除去、処理材と共に菌を培養したときの殺菌効果など。パンフレットに実験結果と称するものがいくつか出ていた。

乙は、効果がない上必要もなかったし装置の説明が非科学だ、と弁論。

甲は、非科学は中傷だとして大学に依頼した試験結果などを提出。大学が出した試験結果や引用文献についての反論をするため、私のところに相談がきた。

大学の出したレポートが実験レポートとしてまともな内容でなかったので、全部指摘し、宣伝パンフや引用文献の間違いも全て指摘した意見書を提出。文系の弁護士・裁判官にわかってもらうため、測定法の解説から、日本語の教科書などを引用し、全部書いてコピーを提出した。実際、相手の出してきたレポートはひどいものであった。装置の型番がない、結論部分に書かれた実験のグラフがどこにもない、逆にグラフはあるのに結論で何も触れられていないのが、鉄辺を入れた実験(さび防止を謳うなら業者にとって興味のある内容のはず)。トルマリンの効果を謳う装置なのに、加工後はトルマリンの結晶構造が無いことが大学で行ったX線回折実験からは明かで、にもかかわらず大学から出た結論はトルマリンの効果で水が変わったという業者側の理屈を追認するという、矛盾した内容が書かれていた。

ところが、最初に乙が「効果無し」を弁論で強調してしまったため、効果がないことを証明しろ、という流れになってしまった(主張する側が証明しろ、の原則が適用されてしまった)。

よくよく乙の話をきくと、そもそも配管にサビもスケールも出そうにない状態であったから、そこに防錆効果をうたった製品を設置しても何も変わるはずがなく、業者も設置前検査をしておらず、効果が無かった証拠が出せない。一体何のために買ったのかが今となっては謎な状態。事前に効果の確認をする計画なら、それに沿った検査をしておけるのだけど、事後なので、効果なしの証明の決定打になる実験の提案のしようがない状態であり、このことは早めに弁護士と依頼人に伝えた。

乙もいろいろ情報を調べ、私もどうすれば乙の望みがかなうか考えた。その中で、他の企業などに設置した後の水質検査で水溶性ケイ素の濃度が高いことがわかった。一方、売り込みの時の宣伝パンフでは「水は何も変化しない、水そのもののままだ」「化学薬品を全く加えない」などと謳っていた。測定事実からは、製品から何かが溶出していることは確実のようである。ということは、宣伝とは異なり溶出の起きる欠陥製品である、ということを立証すれば乙が有利になるのではないか。そこで、溶出試験をして結果を突きつけることにした。やってくれる分析会社を探し、依頼人と一緒に打ち合わせに行き、実験方法や必要な感度についても全面的にサポートした。このような分析に持ち込む場合、依頼する側にも科学の知識が必要なので、専門家が援助できる場面となる。

まず、ICPで処理装置材料の材料の元素分析 Si, Al, K. F, Mg, Na, Agなどが見つかった。次に材料から水に何が溶出するか、ICPやイオンクロマトで追跡し、Si,Na,Mg,Caなどの溶出を確認した。

溶出が起きているので、宣伝パンフが謳う「水そのもの」のままでないことがはっきりした。また、処理装置材料を入れて菌を培養した時の殺菌効果は材料に含まれた微量の銀由来の可能性があることもわかった。

分析会社は結果を示した一覧表のレポートを出してきたので、測定装置の型番や試料の準備については改めて質問して教えてもらい、書かれて居る単位についても意味を解説する文書を作って弁護士に送った。

何も溶け出さないと偽って溶け出す装置を売ったのだから、今回の訴訟で負けても次にこちらから提訴すれば勝てるはず。そのことが分かれば相手は契約解除で和解に応じるのではないかとも思われるので、弁護士さんにこの状況とデータの使い方を伝えて「存分にプレッシャー掛けてやってください先生」という話に。依頼人としては判決がもらえなくても、返金されてクソな水処理装置と縁が切れればそれで良いはずなので。 

やってみて気付いたこと

神は細部に宿る、をそのまま実践することになる。

訴訟の場では書面のやりとりが主なので、宣伝内容の文言を1つ1つ全部抜き出して、何号証何ページのこの部分、と特定して引用し、科学としての間違いを描いていく作業が必要になる。

ニセ科学宣伝をやった業者を論破する必要はないが、裁判官にわかってもらえないのは致命的である。残念なことに、裁判官も弁護士も文系なので、文系の人にもわかるように解説を書き、測定方法を書いた教科書のコピーなども添付することになる。

 特に弁護士とのやりとりは欠かせない。弁護士が裁判所で説得力ある主張ができなければ不利になるので、実感を持って主張してもらえるように、疑問は何でも訊いてもらい、解説をしていくことになる。

意見書は1通で決まるとは限らない。相手も反論してくるので、必要なら2通目、3通目を出すつもりで心の準備をしておくこと。

科学では効果無しの証明は面倒な場合がある。科学で何とかなるだろう、という見通しで弁論がそちらに行くと、費用がバカ高くなったり有効な方法が無かったりする。一方、ニセ科学宣伝文句の羅列がなければ買わなかった、という方向だとニセであることの意見書は活かしやすい。弁護士さんには、むしろ早めに相談を持ってきてもらって、弁論の筋と科学的立証の難易の関連を掴んでもらえると依頼人がハッピーになるのではないかと思う。

もし実験が可能で必要なら、具体的なところまでアドバイスはできる。

以前、「ニセ科学批判批判」が話題になったことがある。ニセ科学であるということの指摘は法廷で役に立つ道があることがはっきりした。一方、所謂批判批判は、原告被告双方にとって何の役にも立ちそうにないこともわかった。