パーソナルツール
現在位置: その他の情報 / 私が加害者とされているキャンパスハラスメントについて

私が加害者とされているキャンパスハラスメントについて

【2012/06/20追記】

 これとは全く別件で、学生の刑事事件にかかる大学の懲戒処分が教授会の議事に上がってきた。関係資料は回収されたが、懲戒の量刑を決めるにあたって、過去に起きた本学学生の刑事事件と刑事手続き上の処分と本学での懲戒処分の一覧が配られた。量刑を検討するための資料であるから、昭和の時代の事件まで一覧表になっており、行為の内容に応じて大学側の処分も厳重注意から退学まで幅広いものとなっていた。そのリストの中に本件が含まれていなかった。

 本件も、告訴を行い学生は書類送検され、起訴猶予となった刑事事件である。一旦は委員会で取り上げ、どうするかを検討するのが筋だろう。昨日の会議の議題を見る限り、学部に所属する学生の刑事事件については教授会でどうするか審議するということらしいが、私が出席している限りにおいて、私が告訴した学生の件が議題になったことは無かった。昨日配付された書類からは、全く取り上げず無視していたとしか解釈できない。このことは、刑事事件に関する大学側の扱いが恣意的であり、刑事事件が起きた際の大学の対応について手続上の公平さを著しく欠いている可能性を示唆している。教員が被害者だったり、学生がハラスメントだと言い張れば、刑事事件でもスルーするというのが大学のやり方なのかと勘ぐりたくなる。

ハラスメント事件は何だったのか

 現在、ネット上で、私がキャンパスハラスメントの加害者で、職場にも迷惑をかけたといった書き込みが出回っています。しかし、事実は全く逆で、ほとんど何もしていないのに職場の同僚教員によって加害者に仕立てられそうになった、というものです。以下、順を追って、何が起きたか書いておきます。

 関連の講義は学部の実験で、教員3人とTA数人で担当していた。2連の大部屋で行い、学生に呼ばれたら説明に行ったり物品の補充をしたりする、つまり常に同僚教員&グループの院生&他人の目がある状況で行われていた。事が起きたのは最終日で、学生はもう半分以上作業終わりかけ、作業にも慣れてどんどん勝手にやってて教員が呼ばれることもなく、終わったところから機材を片付けることになっていたので、私は入り口のところでTAの院生と軽く雑談していた。問題の学生はその日遅刻してきた。出席チェックは私の仕事だったので、来たことを確認して学生に一言「行って」と言った(早く実験場所に行って始めないと終わらないから)。学生が行った後、多分5分以内くらいに出席簿を開いて軽微な遅刻としてチェックした。その学生とは、これまでも個人的な関わりはほとんど無かった。後は、続々終了するグループが出てくるので、そこに行っては装置を箱詰めして棚に収納していた。

 なお、全出席、遅刻は認めないのが実験の建前だが、軽微な遅刻で留年した例はこれまでに1つもない。無断欠席何回もやってたり、レポート出さなかったりしたら落ちるけど。

 部屋の片付けが終わって帰ってきたら、当時学内でやってたブログのコメント欄に「今日あなたから不当な扱いを受けた」とコメントが書かれていた。その日は出席チェックと片付けと掃除しかしてなかったから、一体何のことかさっぱりわからない。で、そこで適当に反論して帰宅(やりとりの内容はこちら)。後にこれは削除したけど、削除前に敢えてウェブ魚拓には残しておいたから、今でも探せば出てくるはず。

 翌日、学生に反論したのはけしからん、と学科教員からクレーム。ブログ削除しろと言われた上、「学生に反論するのはハラスメントだ」という理由で、私を含む実験担当者教員三人を部屋の外に追い出しての学科会議。学生の言い分は「行って、といのはあっち行けということだ、これでもう単位はもらえなくて留年確定だ」というものだったらしい。さらに「学生に反論するのはけしからん」、これは教員が言いだしたのを学生がまねしたのだと記憶している。

 それで、教員が「調査」なるものを行い、報告書を作ってハラスメント事件だといって報告した。その書類は委員会に持ち込まれたらしい。ところが、ハラスメントは本人があらかじめ任命された相談員に相談し、そこで所定の用紙に記入したものを受け付けることになっていた。書類は差し戻され、相談に応じた教員が学生にヒントを与えたか、改めて学生の申し出が用紙に書かれて委員会に上がり、私が加害者の事件が発生。

 実は手続きに入る前に、報告書をまとめた教員から「学生に謝罪してくれ」と言われたので、まあもめ事を大きくすることもないかなと思って学生に謝罪した。いざハラスメント処理の手続きが始まってみたら、学生の主張は「大人が一旦謝罪したんだから慰謝料払え」だった。要求された金額は三百万円。教員は、学生が金を要求しやすくするために知っていて私に謝罪させたのか、学生の本音が金の要求なのを見抜けずにかつがれたのか、一体どっちだったのか未だに判断が付きかねている。この余計な仲裁もどきは学生を煽る効果しかもたらさず、口頭の謝罪=賠償金をとれる(しかも学科教員の後押し&保証付きだから確実なはず)、と、学生が完全に思い込むことになった。このため、手続きが始まってからの対立が逆に激化したことは確かである。さらに、学生は、私に対して仕事をやめろとも主張した。当然そのような主張は全て却下し、主張を通したければ学内ハラスメント手続きではなく裁判所で行うべきだと伝えた。

 委員の聞き取り調査の頃に、たまたま「「心の傷」は言ったもん勝ち」という新書を買って読んだので、その紹介と感想を移転先の学外ブログに書いたら、わざわざ探してまでそれを読んだその学生がクレームをつけてきた。もちろん、ただの本の感想なので特定個人を連想させるようなことは何一つ書いてない。だから、削除には応じない、と突っぱねた。学生が気にするからという理由で(特定個人には一切言及していない)本の紹介も自由に書けないのはどう考えてもおかしい。そんな前例をつくるわけにはいかない。あとは、秋葉原の大量殺人事件にブログで言及したのも問題とされた。たまたま事件の前日上京していて、友達が大勢事件当日に秋葉原に居るであろう状態だったから書いただけだった。

 つまり私が学生に対してやったことは、
(1)遅刻してきた学生に対して「行って」と一言言った後、その学生に見える場所で出席簿に印をつけなかったこと
(2)(1)について「不当な扱いを受けた」反論したら「今度会ったら殴る」等と、公開されていて誰でも読めるブログのコメント欄に書かれたことに対して(身に覚えが全くないので)反論を続けたこと
学生に対してしたわけではないが、学生から気に障ると主張されたことは、
(3)「「心の傷」は言ったもん勝ち」という新書を移転先の学外ブログで紹介したこと
(4)秋葉原の大量殺人事件を学外ブログで話題にしたこと
これだけである。

 だから、自称被害者に向かって私に何をされたか訊いたとしても、答えられる筈がない(生放送をやってたときも、私に何をされたか質問が出ていたが、まともに回答できていなかった)。当たり前である。(1)では学生には何の不利益も被害も発生していなかった。(2)は学生の一方的な勘違いから始まったもので、ハラスメントどころか脅迫事件発生、加害者が学生で被害者は私である。(3)(4)はそもそも学生の利害とは何の関係もない。つまり、ハラスメントの実態といえるものは何もなかったのである。

 なお、ハラスメント処理の面談手続きには守秘義務が課される。そのことは、面談の時に委員から双方に対して確認が行われた。ところが、学生は、面談が続けられている期間に、私が管理している学外掲示板に、面談の内容を書き込んだ。これは、自らが守秘義務違反をしただけではなく、同時に私にまで守秘義務違反をさせるという行為で、著しく不誠実な態度である。私は書き込みを印刷し、ログを保存した後削除し、学生が使っていたプロバイダのIPアドレスからの掲示板へのアクセスをフィルターで禁止し、学生のこの行為を文書にして当時の学部長と事務長に提出し、交渉打ち切りを通告した。

 実験が終わったのが6月上旬で、対学生の手続きは9月下旬に終了した。その後、学生は、2ちゃんねるで、私に加害されたと中傷を書きまくり、守秘義務違反を行った。ただ、書き方があまりにもめちゃくちゃだったので、私の社会的評価は変動しそうになかったから放置し、学生に対する告訴状を作る作業を優先した。告訴の結果、捜査が行われ、学生は書類送検され、「脅迫罪で不起訴(起訴猶予)」となった。これは、学生が加害者で私が被害者の脅迫事件が存在したことが刑事手続で確定したことを意味している(事件そのものの存在があやふやなら、不起訴の理由は「起訴猶予」ではなく「嫌疑不十分」となる)。

 これで終了したかと思ったのだが、その後、学生が、ニコニコ動画の生放送で、私のことを「クソ教授」と罵り、研究室の電話番号を公開し「電凸する」というパフォーマンスを行った(無言電話が1回か2回あったのだが、あれだったのだろうか?)。

 ハラスメントの報告書をこしらえた教員は、学生が私に対して何を書いたかも調べていたので、学生が私に対して行った脅迫も知っていた。学生が脅迫を理由に告訴されて被告人になるかもしれないリスクを負うことを承知の上で、親切な態度で悩みを聞き出し、ハラスメントの申し出を書かせ、学内手続きに載せたことになる。 最初が「殴るぞ」、次が「常識的に見て理由のないハラスメント申し出」、引き続き金銭の要求、この一連の行為を学生にさせた場合、それが警察や検察にどう見えるか、教員は想像しなかったのだろうか。(元)学生が私を「クソ教授」などと罵っていたところをみると、未だに(元)学生は、申し出を出すように誘導され、後戻りできない処理手続を始めることになったことに気づいてもいないのだろう。

 学生が学外で行った掲示板への書き込みや動画のネット配信という行為によって、私がハラスメントの加害者として第三者から中傷されるに至ったので、事実関係をここに公開した次第である。 この文書は、私の、「反論によって名誉を回復する権利」に基づいて公開する。

 

 まあこういった次第なので、私がハラスメントの加害者だとか、周りに迷惑をかけたなどということを書いて印象操作しようとしても無駄だとはっきり言っておくし、そういう情報を流す方が名誉毀損だとも警告しておく。私としては身に降りかかった火の粉を払っただけなので。

 

 

今後同様の事件に巻き込まれるかもしれない人向けの対応のポイント

 ハラスメント処理の間、私は、私を嵌めた教員全員をまとめて被告の席に座らせるにはどういう手順で証拠を集めれば良いか、ということだけを考えながら対処した。さまざまなハラスメント事件の後の裁判を見ると、大学によるハラスメント認定を後の裁判でひっくり返せる可能性はかなり低い。このため、大学に用心させるとともに、最終的な解決は裁判所で行うことを想定し、民事訴訟に耐えられるだけの証拠をそろえながら対応することが重要になってくる。これをやったからといって必ず提訴する必要はないが、少なくとも、この心構えで後で切れるカードを手元に揃えるのが、最も確実に身を守る方法であると考えている。私が行ったのは次のような手続きであった。

 まず、教員に対してハラスメントの申し出をすることで一連の経緯についての調査を始めさせ、手続違反について、外に出せる証拠にすることを狙った。ハラスメントの存在は認められなかったが、手続違反が公式書類に残り、しかもそれが学生による申し出の前であることが記録されたので、これは狙い通りだった。

 対学生については、後で報告書が裁判所に出た時、いかにおかしなクレームであるかが分かるような報告書になっていることを目指して手続き通りに交渉した。学生が行われた守秘義務違反を文書で提出し、交渉打ち切りを通告したのもこのためである。これに対する委員の対応を記録しておけば、学生に対してことさら有利な扱いをしていたかどうかについて、後で客観的な証拠とすることができると考えた。(3)(4)に対する学生の反応は、その意味では使えるかもしれないと判断した。学生のクレームが記録に残れば「当該学生はわざわざ教員の書いたものを探してまで自分のことに結びつけてクレームをつける人物である」という証拠になる。委員がハラスメントとして報告書に載せるようであれば、「ハラスメントで無いものまでハラスメントとして扱った調査の基準に疑問のある報告書」ということを第三者に向かって示すことができる。ただし、これは結果が相手の行動に依存するので、確実性に欠けるから、トラブルへの対処に際して狙ってやるべきことではないし、実際、私も狙ってはいなかった。

 学内手続きを100%信用するわけにはいかないので、法務省の人権擁護局と、ハラスメント問題に詳しい地元の弁護士にも相談を行い、学外に記録を残した。

 学生の脅迫をごまかすために教員がハラスメント事件をでっち上げた、という主張も可能とするために、学生に対する告訴状を提出した。脅しととられるとまずいので、学生との交渉の間は告訴の準備をしていることなどおくびにも出さず、黙って告訴したことは言うまでもない。私を嵌めた教員も警察に呼び出されて事情を訊かれたらしいが、お互い様だろう。起訴されるとは思っていなかったが、不起訴の理由を書いた書類は、検察官に言えば出してもらえるので、もらっておいた。

 学内手続きの終了後、事件の当事者として保有個人情報の開示を大学に対して求め、一部墨塗りではあったが、ハラスメントの調査報告書を入手した。私が当事者となったハラスメントの調査報告書は、大学が持つ私の個人情報にあたるので、手続きを踏めば、相手方の情報を墨塗りにした状態で手に入れることができる。開示の範囲は、第三者が情報公開法による開示手続きで手に入れられるものよりもだいぶ広い。

 ここまでやっておけば、争う場合には、教員と大学を被告とし、裁判所に墨塗り報告書をまず出し、その後で大学に対して文書提出命令を裁判所経由でかけてもらえば、墨塗り無しのものを法廷に出させることができるはずである。また、今回のようにネットで中傷されたことに対して反論する場合、どこまでなら内容を述べても守秘義務違反にならないかの目安にもなる。大学が、私の個人情報であるとしたものを、私がどのように扱うかは、私の自由だからである。

 この一連の話は、ハラスメントに対する対策事例として既に講演のネタにしている。グローバルCOEで院生向けの、学位とったあとどうしたか&教員というお仕事についての講演を頼まれた時にこの話をし、「大学を職場に選ぶならハラスメントをネタにした攻撃は普通にありうる(文献では2000年頃から問題になっていた)上に、対学生の場合は学生を有利にするようなバイアスもかかるので、徹底的に反撃しないと職も全うできないから、そのつもりで防衛戦をすべき」などと伝えた。

 ハラスメントの処理手続きというのは、もともと裁判所まで道がつながっているものなので、最初から訴訟を想定して動かないと手遅れになる。なぜ自分にこんなことが起きるのかなどと悩むのは愚の骨頂で、相手の行動が裁判所で何を立証するために利用できるかについて思考を集中すべきである。自分が行う予定の行為については、時期がくるまでは伏せておき、どういう意図でやっているかについても語らない方が良い。情報は与えた分だけ裏をかかれると考えた方がよい。

 反訴にあたる「立場を変えたハラスメント申し出」を出しておくというのは定石である。とことん争う姿勢を最初にはっきりさせることで、調査担当の委員に、いい加減な調査や判断はできないという注意を喚起することができる。また、後に書いたように、委員が判断を投げ出した場合、雇用主を提訴する法律構成まで自動的にたどりつけることもある。対教員の場合は、処理の仕方次第で雇用主の責任発生までいくので、そちらから追求することも同時に考えておくと良い。

 また、教員対学生の場合は、学内における力関係の差から、学内調査では学生を有利にしようとするバイアスが働く。しかし、告訴や提訴といった法的手続きに入ってしまえば、その限りではない。また、告訴や提訴は後からいくら行っても、学内でハラスメントとして扱われることが無いので、教員にとっては逆に安全で、安心して実行できる対応策である。一旦ハラスメント処理の手続きに載った以上、うっかり説教などしたら、再度ハラスメントだと申し出をされるのが関の山である。これを防ぐには、法的手続きに突っ込んで、申し出の余地を無くしてしまえばよい。同時に、他の教員からの介入も完全に防げる。もちろん、虚偽告訴は罪だし、理由のない提訴は濫訴として逆に損害賠償を請求されることがありうるので、証拠と理由を備えていることが前提である。ただし、教員対学生の場合、名誉毀損のハードルは高くなっている可能性は考えておく必要がある。学生が教員の悪口を言うのはありふれた出来事であるので、よほどひどくて受忍限度を越える内容でない限り、裁判官の判断も一般と同じではないだろう。一方、危害を加える旨の発言については、一般と同じに判断されることが予想される。私のケースでは、学生を告訴するとき、名誉毀損と脅迫の両方があり得たが、ハードルの高さの差を考慮し、脅迫のみで告訴状を作った。

 

追記:本当の学内関係者ならこのハラスメントについては学外でもネットでもまず話題にしないだろうという理由

 学生の分と教員の分の両方のハラスメントの調査報告書のうち、私の個人情報に関する部分は、保有個人情報の開示手続きによって私の手元に届いている。この中には、相談後、委員立ち会いのもとでの面談の記録が日付とともに残されている。学生が私に対して申し出た分の面談は頻繁に行われ、守秘義務が課された面談の内容を学生が私の管理する掲示板に書き込む(つまり私にも守秘義務違反をさせるように仕向けた)といった違反をしたことを理由として交渉打ち切りの通告を学部長に書面で証拠とともに出しているのに、まだしつこく面談させようとしたことも示すことができる。一方、私が申し出た分は、1、2回は面談があったと思うが、その後半年ほど放置された。また、当該年度の他学部のハラスメント調査報告書は、情報公開法による開示請求をかけてとりよせてあって、面談の状況などを他事件と比較できる状態である。私が開示可能な部分(つまりおおっぴらにしても守秘義務違反にならないもの)を公表したり、紛争開始後に墨塗り無しの文書が表に出たりしたら、不公平な取り扱いも公表される結果になる。その上、私の申し出について、委員会が「当事者で話し合え」と差し戻した結果も記録にのこっているが、これは、ハラスメント処理の枠組みを有名無実化するもので、かなり重大なミスだろう。当事者で話し合って解決しない問題についてハラスメントの申し出が行われるのが通常であるところ、当事者に差し戻すというのは、事実上、学内ハラスメント処理の手続きが全く機能しなかったことを意味している。敵対的な労働環境の改善は雇用主の義務であるところ、それを怠ったことになる。私をこの件で挑発した結果、報告書を公開しての責任追及という展開になったら、困るのは大学本部と、手続違反をしてまでハラスメントをこしらえようとした人たちである。私以外の「関係者」は、おそらく書面が公表される事態は避けたいと思っているはずなので、今頃になって私がハラスメントの加害者であると言い立てて、私が名誉回復の反論のために書面を開示せざるを得なくなるようなことはしたくないはずである。関係者であるかのような仄めかしをネットで行っている人物が学内関係者ではあり得ないだろうというのは、このような理由による。

 

検事に話したことなど

 告訴し、学生は書類送検され、その結論が出た後、山形地検に呼び出されたので、検事の前で、なぜ告訴という方法をとったかについて説明した。

 今回の問題に限った話でいえば、脅迫(と名誉毀損)について学生に何か言おうにも、学科ぐるみでハラスメントの加害者にされそうになっていた上、ハラスメント処理の手続きに入り、学生の要望を訊く形で話が進められたため、学生の行動のうち問題のあった部分を指摘しはっきりさせるにあたって「説教する」という穏当な学校的手段をとる機会が全く失われ、告訴以外の方法がとれなかったということである。この事情は検事にも説明した。

 ただ、それ以外に、少し一般的な問題を含んでいると考えたので、そのことについてもまとめておく。以下の内容も、検事にはかいつまんで説明した。

 学校においては、教育のために生徒の権利の一部を侵害することが普通に行われている。侵害の程度は、年齢によっても、小中高大の区分けよっても異なっている。権利制限の根拠については、教育学の方でいろいろ考えられていて、親による委任といった考え方もあるようだが、そのあたりの事情を私は詳しく知らない。とにかく、現実に、生徒あるいは学生の権利の制限が行われていることは事実である。

 一方、学校で起きたトラブルについては、学校外の社会におけるトラブルの処理基準がそのまま適用されない場合がある。成人同士であれば法律問題発生になる場合でも、生徒間であれば教師の権限でもって、法的手続きではなく別のルールで解決するという場面がかなりある。もちろん、重大な権利侵害であれば法の出番となる。

 学校は、教師のパターナリズムを認めるかわりに、法の適用については社会から切り離す、という形で秩序の維持を行っている。これは、一種の村社会ともいえるし、いわゆる「徒弟制度」といったものが現れる場面であるかもしれない。教師のパターナリズムを認めるということは、教師に対して「教師らしくせよ」「教育者として振る舞え」と要求することと一体のものである。

 ハラスメントは、まずはセクシャル・ハラスメントとして、1970年代からアメリカで問題になり始めた。女性の社会進出に伴って、男性上司が女性の部下に性的関係を迫り、拒否すると解雇するといったことが社会問題となった。ハラスメントという概念は、職場における性差別にもとづく嫌がらせから出てきたものである。セクシャル・ハラスメントが問題とされ、解決する方法が確立していったとき、前提になっていたのは、契約で規律される雇傭関係であった。契約による雇傭関係には、学校におけるパターナリズムのようなものはそもそも存在していなかった。その後、ハラスメントという概念が拡張されて学校にも持ち込まれることになった。

 学校では、もともと、教師のパターナリズムによる秩序維持が行われていた。個人の資質や個性に依存するため不安定であったかもしれないが、教師の側にも「教育者として振る舞う」ということを求めることで、パターナリズムの暴走に一定の歯止めをかけていた。そこに、学校外の社会と同じ基準で権利主張を認める「ハラスメント処理」の手続きが入ってきた。ハラスメント処理の手続きは、組織内でしくじったらそのまま裁判所に持ち込まれる種類のもので、ADRの一種と位置づけるべきものだろう。

 教師に対して「教育者として振る舞う」ことを要求しつつ、生徒あるいは学生に対しては学校外の社会と同じ基準での権利主張を認めることにしたら、学校内の秩序の維持は不可能である。だから、教師に対して「教育者として」という制限を外した上で、他のすべてを法的ルールに従って規律する以外に秩序を維持する方法はない。

 法的手続きに基づく制裁のかわりに「村社会的に人間関係に基づいて何らかの圧力をかける」方法で秩序の維持をしていたものが、圧力をかけることそのものがハラスメントであり違法とされるようになったのであるから、圧力などかけず、すべてを法的手続きにのせて適切な制裁を行うしかない。

 パターナリズムと人間関係を使って規律することと、法に基づいて規律するということは、両立しない。どちらか一方を選んだら、一方は棄てるしかない。そして、大学も含め、学校は、ハラスメント処理の手続きを取り入れるという形で、法的な規律を行う道を十年以上前に選んでしまった。

 おそらく、今はまだ過渡期なのだろう。裁判に偏見を持つ人が居たり、村社会の方を好む人が居る間は、なぜこれが裁判に、といったことが続くかもしれない。だが、そのうち、法化社会型信頼関係とでもいうものを築くことで、規律のありかたもシンプルなものになるのではないかと予想している。

 それはともかくとして、ハラスメントの申し出と処理の手続きは、ADR(Alternative Dispute Resolution, 裁判外紛争解決)の一種としての性質が強く、当事者に不満が残った場合、その先の問題解決は裁判所で行う事になるという認識をもっと持った方が良い。つまり、組織にとっては、訴訟になったらどうなるかを意識し論点を整理しながら問題解決をしなければならないということである。当事者でも任命された委員でもない学科教員が手続きに関わろうとすることがどれほど危険であり、かつ、後々まで紛争をこじらせるか、もっと意識してもらいたい。ハラスメントの処理手続きが、村社会的センスで運用できると思ったら大間違いである。むしろ、民事訴訟の一歩手前だと考えておかないとやけどするだけだろう。

 「教育者として」などという、あいまいであやふやな規範では、いざ紛争になった時にこじれるだけである。教師が、生徒や学生に対して行う権利制限がどうしても必要なら、その範囲を法定することによって、この規範から教師を解放しない限り、学校も教師も訴訟に耐えられないだろう。

  ハラスメントの処理の間、しばしば、私は、報告書を作った教員から「教育者としてどう考えているのか」と訊かれた。私にとっては非常に違和感があり、奇妙な気分になる問いかけであり、答えようがなかったので特に答えなかった。教師による権利制限を否定する手続きを推し進めている張本人が、権利制限と表裏一体の「教育者として」という基準を持ち出したので、私は、すぐに言葉にできない違和感を持ったということなのだろう。村社会の気分で法的手続きをもてあそんでいることに対する座りの悪さ、と言い換えても良いかもしれない。

 この問いに対する答えも出たので書いておく。「事がADRの一種であるハラスメント処理の手続きに載ったということは、教師のパターナリズムによる学生への権利制限は、学外社会と同じ基準で行われる権利主張のもとに否定されるということである。この状況で、教師に対して教育者という縛りをかけることにはまったく意味がない。そのような縛りをかけたいのなら、ハラスメントの処理手続など使うべきではない。そして、一旦手続きに入った以上は、すべてを法の規律のもとに置く以外に問題解決の方法はない」以上。