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ドライバーセット

Posted on 2月 3rd, 2008 in 倉庫 by apj

 精密ドライバーセットを買ってあったのが届いた。5角(大)、5角(小)、Y型、星形、6角型、(ー)のセットを1つ。これに加えて携帯のアンテナ外し用の二股になってるのと、(+)(ー)が追加されたセットを1つ。通販でそれらしいのを選んで買ったため、特殊ドライバーはダブってしまった。まあ、2本あっても困るものじゃないし。
 PDAの内蔵の電池を交換しようと思ったら、ネジが特殊なやつだったので、ドライバーを捜すことになった。結局秋葉原のお店の通販を利用した。1セット2000円前後で売っている。

分け方やら対立の深刻さやら

Posted on 2月 2nd, 2008 in 倉庫 by apj

 Genさんの、擬似科学批判者は「何を批判しているか」自覚せよ、というエントリー、及びその追記より。

科学者が疑似科学信仰者を批判するとき、二つの水準(レイヤー)が混在しています。

1.事実のみに関わる純科学的な批判
2.道徳的・政治的な批判

1の純科学的な批判については、科学の領域で、実証的に白黒つけることができる。つまり、事実について科学者が疑似科学信仰者を批判するときには、実証的データという(さしあたり)疑いようのない批判根拠が存在している。だから、感情的になる必要はありません。
 ところが、2の道徳的・政治的な批判については、白黒(批判が正当かどうか)をはっきりつけられる根拠が存在していない。この部分は、人文学的な「解釈」の領域です。あるいは、どちらの方が社会の支持をより集めることができるのかという、政治的パフォーマンス(言説バトル)の領域です。だから、感情的になりやすい。「疑似科学(を主張すること)によって多くの先人や現在科学に携わっている人々の人生が否定されてしまうこともある」(参照)と憤る気持ちや、「怪しげな話をして人を惑わしてはいかんのではないのか」「法的にも道徳的にもどうなの」(参照)と感じる気持ちはわかりますが、これらは科学そのもの(事実の領域)とは無関係であることを確認してください。

 擬似科学と書いておられるけれども、今のところ私が積極的に批判しているニセ科学についていえば、定義が「科学を装うが科学でない」である。すると、定義に当てはまるかどうかを考える段階で、「装う」の判定が入っているため、科学「のみ」では議論が閉じない。
 次に、道徳的・政治的な批判が現実に行われる場合の例としては、不実証広告規制で既に言及したような基準が使われることになっている。公正取引委員会による景品表示法4条2項の運用例だが、経済産業省による特定商取引法6条2項の運用例もほぼ同じ内容となっている。簡単にまとめると、法規制する場合には通常の意味での科学的実証をダイレクトに求める、という趣旨となっている。つまり、法の側が「科学のモノサシ」を求めるということになっている。
 人文学的な解釈の問題を論じるなら、たとえば景表法4条2項や特商法6条2項の運用基準が妥当かどうか、といったことになるのではないか。また、このような法律は、それこそ市井の普通の人達の間で頻発するトラブルを防ぐ目的で作られたわけだから、運用基準に基づいての市井の人によるニセ科学批判は、やはりそれなりの合理的意味を持つことになる。「自分たちが絶対に正しい」とまではいかないが、「社会で合意された内容」程度の正しさは担保されている。

自分の主張は、疑似科学批判側と疑似科学信仰者のあいだに芽生えている相互不信というかディスコミュニケーションを改善するために、「2.道徳的・政治的な批判」において、疑似科学批判者側が「自分たちは絶対に正しく、有能だ」と思う気持ちを封印して、より対話的な態度を取ろうではないか、ということでした。あるいは、「2.道徳的・政治的な批判」のトーンを下げることによって、「1.事実のみに関わる純科学的な批判」を通しやすくなるのではないか、ということでした。

 現実にはそんなものでは済まない。擬似科学を広める側の理由が、不実証広告でもって商品を売るためだったりすると、単に科学的批判を加えただけで「業務妨害」を主張して争ってくる。まあ、メシの種がかかっているから仕方がない面もある。でもって、景表法4条2項が適用されて排除命令が出ると、今度はそれを逆恨みして、自費出版本を作ってまで批判者に対する誹謗中傷を行い、2年にわたってウェブでも同様のことを行い、挙げ句に批判と関係のない言葉尻を捉えて大学だけを訴えてきたりする。おかげで批判した側(つまり私やらお茶の水大の冨永教授やら)が訴訟参加して裁判所で紛争の真っ最中、ということになっている。この状況で、ディスコミュニケーションが改善できるなどという主張をされると、一体それはどこの世界の話なのかと思ってしまう。

磁気活水器について相談をうけた

Posted on 2月 1st, 2008 in 倉庫 by apj

 某電力会社の人が遠方から見えて、社内に売り込みが続いている磁気活水器についてどう考えるべきかという質問を受けたので、午前中に2時間ほど面談した。「私は活水器の開発や試験はしていない、水の物理化学に基づいた話でよければ」と言ったところ「製品開発に関わってしまっているちょっぴり怪しい人に訊くのとそうでない人に訊くのでは答えが違うだろう」ということで、この話を一体誰に訊くと良いか調べて、溶液化学の某先生経由で私のところに来られた。
 事前に、永久磁石を使うものやコイルで変動磁場をかけるものなど、何種類かの製品について資料をいただいていたので、すぐに話を始めることができた。
 まともな知識を持った現場の技術者の方々であったので、活水器の販売側の一見科学的な説明が、科学として完全に間違っていたり有り得ないもののオンパレードであることは認識しておられた。その上で、そういうものにまどわされずに実際に防錆に使える装置を拾い出すには何に気を付ければよいかという話になった。
 まとめると、こんなことを話した。
・磁場によって水自体が変わることはまず期待できない。
・特定の磁気活水器が防錆効果を示すということはあり得る。
・「材料と環境」に掲載された報文のように、装置の実装によっては犠牲陽極を設置したのと同じことになっている場合がある。
・試験片の表面の元素分析や、水の中に何が溶けたかという成分の分析が基本で、それを元に、本当に起きているのはどんな現象なのか調べていくしかない。
・その結果、既に知られている犠牲陽極を設置する方法等に分類されてしまうかもしれない。それでも、たまたま安価で効果的な防錆方法が偶然実現してしまっているものを見つけ出すこともあるかもしれない。
・要は、物質の種類と移動で現象を説明することで、それを十分に尽くしてなお説明不可能な現象に当たってしまった時にはじめて物理的変化について考えることになる。

 「本来なら、装置の効果がどうして出るのかを突き止めるのは販売側の仕事のはずなのに、売り込まれる側が試験して確定しなければならないのは納得いかない」とぼやいておられた。「磁場で水そのものが変わるというデマが広まった結果、装置を実装してたまたま効果があれば磁場の効果だと間違った納得をして、誰もその先を調べなくなってしまった。このため、いつまでも本当の問題が解明されないままに残ってしまっている。善意で信じているあたりがもうどうにも救いようがなく、科学技術のレベルという点だけを考えるならば、まだ、詐欺っててくれる方が、技術は押さえている分マシかもしれない」などと答えた。

 磁場で水そのものが変わるという「ニセ科学」のおかげで、消費者だけではなく、事業者側まで混乱して損害を被っているのが現状である。