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「水道水にまつわる怪しい人々」へのコメント(2002/12/09)

【注意】このページの内容は商品の説明ではありません。商品説明中に出てくる水の科学の話について、水・液体の研究者の立場から議論しているものです。製品説明は、議論の最後にある、販売会社のページを見てください。

書名 水道水にまつわる怪しい人々
著者名 湯坐博子   ※正しくは坐の左上の「人」が「口」になった字
出版社 三五館
価格 1500円
ISBM 4-88320-253-4

 著者は弁護士で、支持していた「夢の浄水器」が国民生活センターの商品テストの対象となったが、そのテスト方法に疑問があったためクレームを出して訴訟を行った。その話をまとめたのがこの本である。しかし、主張したいことはまあわかるのだが、細かく読むと、随所にそれは違うんじゃないかという記載があるので、ここではその点について指摘し議論する。

 まず、20ページに

水のクラスター(分子集団)は水道水より15%小さく、身体に吸収されやすい、のどごしのいい水となる。分子集団の小さい水とは、大量に飲んですぐ走っても水道水のように胃の中でゴボゴボとならないものである。これは水の分子集団が小さいために細胞に吸収されやすいからである。クラスターの小さい水は細胞の中に入りやすいため、玄米も軟らかく炊けるし、煮干や鰹節などのだしも引き出しやすい。

とある。多くの水商売業者がやっているのとまったく同じ誤りを堂々と書いている。「水のクラスター 伝搬する誤解」で既に説明したように、この記述には何の根拠もない。液体の水クラスターの大きさを決める実験方法はない。巻末の引用文献で松下和弘氏の「命にいい水悪い水」を引用しているが、松下氏はNMR測定の誤用で水のクラスター説を広めた真犯人であり、こんなものを信用していてはダメである。また、細胞内への水とりこみは細胞の都合で調整されているので、「吸収のよい水」とは細胞に負担をかける水であることを意味する。

 国民生活センターは「ミネラル類のうちカルシウムは水道水とまったく変わらず、そのほかのミネラル分も水道水と同じで不当表示である」と発表し、そのことについて著者がクレームを出したわけだがが、私に言わせれば、こんなことを理由に不当表示だというヒマがあったら、「クラスターの小さい水」と主張している業者を軒並み不当表示で告発すればいいのにと思うのだが...。

 48ページでは、細胞を用いて行われた塩素の毒性試験の結果を引用し、

 以上をもう少しわかりやすいういうと、水道水の塩素1ppmで免疫力に関するリンパ球の再生を妨げ、死滅させるなどの影響を与え、血液の代謝(再生)を低下させ、細胞を破壊させるということである。

 とまとめている。この部分の読み方にも注意が必要である。実験結果が事実であったとしても、試験管の中で培養している細胞のまわりの環境で1ppmということだから、実際にそういう水を飲んだときの効果とは直ちに結びつかないからだ。コップの中の水で1ppmだったとしても、一度に飲める量はどんなに多くても1l程度だろうから、体内で塩素が1ppmになることは考えられない。くみ置きしたり沸かしたりすると無くなるから、お茶を飲むときには気にしなくてもよくなる。また、50ページには、塩素が汚水を殺菌しながら消費されていくという引用がある。料理に使ったりすると、塩素は食物の成分とと反応して無くなるのではないか。結局のところ、水道水を飲んだ後の血中次亜塩素酸濃度でも測って上昇を確認しないかぎり、細胞実験での結果をヒトに直接あてはめることはできないのである。もちろん、飲んだ段階で胃の中で別の化学反応がおきて、最終的に何らかの害を及ぼすという可能性はあるが、それは、細胞を使った実験とはまた別の話である。確かに、本文中には、細胞実験の結果をそのままヒトに適用すべしとは書いてないが、この試験結果の紹介の直後に塩素の害について記述しているので、読者に誤った印象を与えるかもしれない。

 49ページの記述は、読者をミスリードするものである。藤田紘一郎教授の記述を引用しつつ、

「花粉症やアトピー性皮膚炎、ぜんそくなどの病気はige抗体が関与するI型アレルギー反応によって引き起こされます。これらの病気は昭和四〇(一九六五)年ごろから日本で発生し始めました。
 三五年ほど前の日本には、これらアレルギー性疾患で苦しむ人はほとんどいなかったのです。」
 東京の淀橋浄水場が廃しされ、水道水の塩素による浄化が始まったのは昭和四〇年である。アレルギー性疾患が出始めた年と水道水の塩素による浄水が始まった年とがピッタリ一致する。

 藤田紘一郎教授といえば、「笑うカイチュウ」を始めとする寄生虫の研究と解説で有名な研究者である。藤田教授は、花粉症の増加と回虫やサナダ虫などの寄生虫に寄生された人の減少が相関すること、寄生されることでアレルギー性疾患の症状が軽減したり消失したりすることを指摘している。確かに、寄生虫の被害の減少と日本人の清潔志向が重なっていることは間違いがない。ただし、指摘された時期は戦後の復興から高度経済成長へと、国民の生活も産業構造も激変していた時期であり、水道の殺菌の方法が変わったこと、し尿処理の方法の変化、寄生虫の減少、アレルギー性疾患の増加などが時期を同じくして起きているのではないか。このような場合、単なる統計処理だけでは、どの現象を選んでも相関があるように見える可能性があるので、見かけの相関だけでは因果関係があると判断できない。別の方法で検証する必要がある。藤田教授の「空飛ぶ寄生虫」を参考文献リストに挙げているのだから、「アレルギー性疾患の増加と因果関係があるのは、寄生虫に感染する人の減少である」ことはわかっていると思うのだが...。

 58ページの記述もどうかと思う。

 すべての生物の身体は細胞から成り立っており、すべての生命体の最小単位は細胞である。人の細胞も金魚の細胞も同じ器官を比較すれば、細胞の大きさは同じである。人と金魚とは、人間、金魚という生命体を形づくる細胞の数が違うにすぎない。人の細胞も、金魚の細胞も身体から取り出して試験管で培養することができる、すなわち細胞として独自に生きることができる。これはのちに述べるが、生物の細胞は細菌から進化したものだからである。また細胞内細胞で栄養を細胞活動に必要なエネルギーに合成するミトコンドリアは、細胞の中に好気性細菌が変化した細胞ともいえる独立の生命体である。
 したがって、生命の最小単位としての細胞のレベルで考えると、人間と金魚は区別できない。金魚が生きられなかったら人間にも安全ではないはずである。

 ヒトと金魚の細胞はどちらも培養可能であることは確かだが、培養の条件は当然異なる。細胞の数が同じだったり培養可能だということだけで同じだというのは、いくら何でも乱暴すぎる議論である。ついでにいうと、お薦めの「夢の浄水器」を使ったって細胞培養がうまくいくとは思えない。一般に、正常細胞の培養は菌の培養に比べてかなり難しく、培養液は特別に調整して完全に滅菌する必要がある。

 なお、最後の文について反論するには、酸素を除去した水を考えればいい。もともと金魚が生きられる水であっても脱気すると金魚は窒息するから死ぬだろう。ヒトがその脱気後の水を飲んでも、毒物や有害な細菌が含まれていない限り何の害もない。従って、金魚が生きられなかったら人間にも安全でない、とはいえない。

 64ページの記述も間違っている。

  アルカリイオン整水器は医療用に開発されたもので、それなりの目的があるかもしれない。しかし人間の胃の中の環境は強酸性である。また大場内の環境が弱酸性の時に腸内細菌のいわゆる善玉菌が繁殖し、大腸内が弱アルカリ性になると悪玉菌が繁殖する。そのため、私は、アルカリイオン水を飲料水として使用することに疑問を持っている。
 しかもアルカリイオン水も、やはり金魚が生きられない水である。
 アルカリイオン水は電気分解により水の分子が小さくなっており、身体に吸収されやすいが、水がおいしくなるわけではない。まして吸収後は中和されてしまうので、ことさらアルカリ度の高いことを強調する意味はない。

 水を電気分解したからといって、分子の小さな水ができるわけではない。水を電気分解すると酸素ガスと水素ガスが発生するだけで、残った水分子は相変わらず水分子のままである。アルカリイオン水で金魚が生きられないというが、電気分解の際に水素が生じるので、アルカリ性の水では水素濃度が上がり、酸素が減っている可能性がある。また、pHが変わったためであるかもしれない。アルカリイオン水に酸素を吹き込んでも金魚は死にますか?というのが次に確認するべきことだろう。なお、ヒトの胃は胃液に塩酸が含まれているので強酸性である。アルカリイオン水でpHを変える元になっているイオン濃度は、胃液の塩酸に比べるとずっと薄い。アルカリイオン水を飲んだとしても、アルカリに効いているイオンが胃液の塩酸と当量反応すると中和されてなくなってしまう。吸収後に中和されるのではなく、飲むなり胃の中で中和される。従って、飲料水として使用してもほとんど何の影響もないのではないか。

 80ページの記述。

 酸化防止剤や鮮度保持剤はものを腐りにくくし、見た目をよくするために添加されるが、痛みにくくするということは殺菌剤と同じ効果がある。殺菌剤がいかに私たちの身体にダメージを与えていることか。
 ビタミンCという鮮度保持剤はアジやイワシの干物類に使用されている。私たちはビタミンCという鮮度保持剤の名前にだまされ栄養剤のように思うが、これは人間が吸収できないビタミンCである。

 酸化防止剤と殺菌剤は全く別物だし、対象としているものも異なる。酸化は化学変化であるが、腐敗は菌が介在する。酸化しない条件でも菌が繁殖してヒトに有害な物質を作り出せばそれが腐敗ということだし、酸化が起きても菌が居なければ腐敗はしない。

 ビタミンC(アスコルビン酸)の添加は、干物のもっている脂肪の酸化を防ぐために添加していると考えられる。アスコルビン酸(AsA)には、光学異性体(D,L)と構造異性体(xyloとarabo、C-5位につく水酸基の立体配置が異なる)があるので、同じ化学式で形の違うものが4種類存在する。

  • L-xylo-AsA(ビタミンC)
  • D-xylo-AsA
  • L-arabo-AsA
  • D-arabo-AsA(エリソルビン酸、アスコルビン酸と同程度の抗酸化性を示す。生理活性はアスコルビン酸の1/20程度)

 4つのうち生理活性が最もあるものを通常アスコルビン酸・ビタミンCと呼び、生理活性が20分の1程度のものをエリソルビン酸と呼んでいる。私がこれまでに見た食品添加物の表示では「酸化防止剤(ビタミンC)」「酸化防止剤(エリソルビン酸)」などと書いてあった。もちろん、単にビタミンC、アスコルビン酸、エリソルビン酸としか書いてない場合もあった。おそらく、ビタミンCと書いてある場合はアスコルビン酸で、異性体の方を使っている場合はエリトルビン酸と書いているのではないか。なお、人間が吸収できないということは、人間が摂取しても何の害もない(吸収できなきゃ素通りで排泄されるから)ということを意味するので、前半の「ダメージを与えている」という記述は、後半の「人間が吸収できないビタミンC」にはまったく当てはまらない。アスコルビン酸とエリソルビン酸は天然に存在する。L-arabo-AsA、D-xylo-AsAは自然界には存在しないので合成して作る必要がある。作るのが難しいらしく試薬としては高価で、気軽に工業用に使える値段ではない。酸化防止剤には、天然に存在するアスコルビン酸かエリソルビン酸が使われている。

 91ページ。

しかし一般細菌と雑菌では明らかに意味が違う。ふつう雑菌という場合は有害菌を含んでいる。

 雑菌とは、その場所にいてもらっては困る菌を人間の都合でそう呼んでいるだけなので、有害菌が含まれていることは必ずしも前提となっていない。例えば、ヨーグルトを作りたい人にとっては混入した大腸菌は雑菌であるが、容器を洗う人にとっては容器に付着して残ったヨーグルト菌が雑菌となる。

 128ページから129ページの記述について。国民生活センターが調べた水道水と「夢の浄水器」の成分比較の表を掲載し、次のように述べている。

 カタログではカルシウムやミネラルが増えるなんて言っていなかったにもかかわらず、天然のミネラルが10%も増えていたとは。あらためて、「夢の浄水器」に誇りをもった。
 センターの出したテストデータによれば、「夢の浄水器」のミネラルは水道水より10%も増加しており、カルシウムについてもセンターのテスト原水のカルシウムが15.9018のとき、浄水器のカルシウムは15.9172と、微量ながら増加していることがわかった。微量ながら増加している以上、天然成分が付加して水がおいしくなるというカタログ記載の通りで間違いがない。
(中略)
 ミネラルは微量成分であり、水道水より天然のミネラルが10%増加していることによる水のおいしさへの影響ははかりしれない。

 まず、引用された表から単位が抜け落ちている。センター側がICPで分析したと主張したらしいが、このような分析では濃度の単位を示すのが当たり前である。本に載せるときに削除したのか、センター側が情報を出してきたときから削除されていたのか、どちらだろうか。センターが出してこなかったのだとすると、訴訟までやってるわけだから、そのときにセンターに言って出させるべきである。単位がないと、他のミネラルウォーターなどとは成分を直接比べることができないのだが、意図的にやっているのだろうか?

 次に、割合でミネラル分が10%増加したと記述しているが、これも数字のマジックである可能性がある。つまり、日本の水道水は軟水で、ミネラル分は少ないことが通常なので、もともと少ないものの10%増であれば、増加は微々たるものということになる。元の測定結果の単位が書いてないので、この点の評価も本に書かれている情報だけではできない状態である。売れ筋のミネラルウォーターとの成分の定量比較を行い、ミネラルウォーターに近づいたと言える量なのかどうかを評価すべきだと思う。これをやってはじめて、増加の程度とおいしさへの寄与の可能性が議論できるようになる。

 「天然成分が付加して水がおいしく」をどういう方法で確認したのかが省略されている。2重盲検のようなやり方で、官能検査をしたのであれば、そのことを主張した方がずっと説得力がある。しかし、そういう検査を行ったという話は本には書かれていない。そうである以上、もともと少ないミネラルが10%増加しても通常の人の味覚では区別できない、という結論が出る可能性だってある。ここはぜひとも、感能検査の結果をだすべきだろう。「夢の浄水器」弁護&国セン・浄水器協議会批判本としては。

 「夢の浄水器」に使用している天然石は、イオン交換作用によってミネラルのバランスがとれている。そのため、原水となる水道水にカルシウムなどが多く、ミネラルバランスが悪い場合、逆にカルシウムを除去して、他のミネラルとのバランスをとり、おいしい水にする。

 このことはどうやって確認したのだろうか。カルシウム分の多い水を作って浄水器に通水し、通水後にカルシウムが減っていることを見ないとわからないはずだが、根拠は本の中には示されていなかった。宣伝パンフレットには書いてあるのだろうか。なお、この説明には疑問がある。水からカルシウム分を取り除いたとしても、元素が消滅するわけではないから、水から除かれたカルシウム分は析出して、浄水器内部に付着すると考えるしかない(固体の状態で付着するのでなければ、水と一緒に流れ出てくるはずである)。そうすると、鉱石表面や内部にカルシウム分がたまり、そのうち内部を掃除するとか鉱石を新しいものに変えるとかしないと、浄水器の機能が落ちてくるはずである。このことについて正確に記載されていなかった場合は、そっちの方が不当表示になりうると思うのだが。

 法律上の争いの立証は、因果関係があるだろうと推定できるだけの証拠を出せば足りる。現実の争いで、もう一回同じことをやってみせるのは不可能だからである。自然科学の立証は、何度でも実験できるから、主観を排除し、かつ再現性を示すところまでやらないとだめなのだ。自然科学は実験的証拠の積み重ねで作られていくので、1回限りの現象は排除されるし、直接証明がなされないことがらは作業仮説(ただし確実性の程度はことがらによって大きく違う)である。

 弁護士が書いた本ということもあって、この本はまともな内容であるという前提で読まれやすいと考えられるが、上記のような科学的におかしい記述が随所に混じっているので、ツッコミポイントを探しながら気を付けて読んでほしい。批判のないところに健全な社会は無いから、著者が浄水器協会や国民生活センターへを批判していることについては評価する。テスト条件がおかしいという批判も建設的なものだ。しかし、そのことを主張する本の中で、初歩的な間違いや、誤解を招く記述が続出するのはどうかと思う。