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典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

Posted on 10月 15th, 2008 in 倉庫 by apj

 『「わかる」ことと「わからない」こと』で見かけた話題について私も書いておく。

 フナイオープンワールドを取材した方のblogより。

科学的根拠が権力になることにヘキヘキしている私などは、日本物理学会やマスコミに総反撃されている「水からの伝言」の著者江本勝さんには同情してしまう。

 科学的根拠が権力になったことなどない。権力の側が科学的根拠を謳ったことはあったかもしれないし、検証の「程度」を無視して都合の良いように使おうとしたことならあったかもしれない。
 科学(とりあえず自然科学に限定)は、自然を記述するものなので、むしろ、記述した結果が権力者の意に沿わないということの方がずっと起こりうることである。

「水は言葉がわかるという事実を私は言ってるだけ。このファンタスティクな事実を通して、水の大切さ、言葉の大切さを世界に広めている言ってみれば、アーティスト。なぜかを考えるのが、学者でしょ」と憤懣やるかたない表情で話した。

 江本氏自身が、著書の中で、水を凍らせて写真を撮るといろんな形の結晶ができるので、水のイメージに合うものを選んでいる、と述べている。だから、水は言葉がわかるというのは江本氏の思い込みに過ぎない。この場合、ファンタスティクなのは「事実」ではなく、江本氏がこしらえあげた「創作」の方である。 江本氏のやっていることは「創作」としてもデキが悪いというかむしろ手抜きだろうというのが私の意見である。「水が言葉を理解する」という世界をフィクションの中で作ったとしたら、もっといろんな「お話」が書けるはずだ。犯罪捜査のやり方からインタビューの仕方、人と人とのコミュニケーションのあり方まで世界の全てが変わる。放送禁止用語を決めるのに水が使われ、文芸賞の選考は選考委員の席の他に水の席が設けられ、検察官は水結晶の写真を付けた起訴状を裁判所に持ち込むはずだ。広辞苑の次の改訂では、すべての言葉に水の結晶写真が附されるに違いない。まあ、ディテールを書き込んでファンタジーの世界を作るのであれば、それなりにいろんなことが書けるはずである。そのシミュレーションをさぼって、世界を書くことを手抜きしておいて、一体どこがアーティストやねん。

 なお、学者は、他人の「創作」を事実にすりかえて検証することは仕事ではない。当たり前のことだが。

テレビも公平さを欠いた報道で、波動=エセ科学という魔女狩に加担している。この世には、わからないこともまだまだたくさんあるのだ。

 批判派と一緒にテレビに出ることから逃げているのは江本氏の方である。この間放映されたミヤネ屋でも、江本氏の方が逃げた。 実は、だいぶ前に、韓国のテレビ局が取材を試みて、江本氏と、批判派として私を出したいと電話してきたことがあったけど、その時も江本氏は逃げて、話は立ち消えたんじゃなかったかな。
 自説を主張する場を用意してもらったのに勝手に逃げたのだから、江本氏を支持するにしても、一方的な批判というのは間違い。批判するならふがいない教祖を批判すべき。

ところで、本の読み聞かせをしているボランテイアの知人が、「水からの伝言」を学校で読みたいといったら、教師にやんわり断られたそうだ。彼女は、とてもよい本なのにと残念がっていた。江本さんの話では、大分県である教師がこの本を読んだら、教育委員会から「だめ」だというお達しがきたそうである。まさか、小田原市の教育委員会がそのような動きをしているとは思えないが。「水からの伝言」は科学書ではない。世界に通用するすぐれた読み物であり、教育書だと思う。

 教師も教育委員会もグッジョブ。 「水からの伝言」は科学としてダメなだけではなく、道徳としてはさらにダメである。ちょっと前のエントリーにも書いたけど、水からの伝言を受け入れるというのなら、友達の名前を水に見せて付き合うかどうかを決めることができるということになる。水伝では、結晶がうまくできないような言葉を発することがいけないというのだから、うまく結晶にならなかった友達の名前を声に出して呼んではいけないことになる。それは、使ってはいけない単語だと水に判定されたのだから。
 水からの伝言を受け入れてしまったら、友達の名前を水に見せて結晶の出来具合で付き合うかどうか決める、ということを止めさせることはできない。一方、常識的な教育としては、「誰とでもまずは仲良くしなさい」と教えるのだから、これでは全く駄目である。

そろそろ、目に見えないものを信じる時代がきているのに。

 きてません(きっぱり)。自分の目に見えるものだけ信じるのは個人の自由だけど、勝手に一般化してもらっては困るし、他人にそれを薦められても困る。 実際、物質は原子からできている、という考え方が確立してくる過程において、目に見えないものをどう認識するかということは徹底的に考えられている。だから、目に見えないものでも実験の手順を踏むことで認識する、ということであれば、そんな時代は「そろそろくる」のではなく、とっくの昔に終わっている。 目に見えない上に、実験でも確認できないものを信じたいというのは勝手だけど、そんなあやふやなものを信じることを他人に勧められても困る。

 サンガの森の「魔女狩り!」はもっと違う。

 科学的根拠というひとつの「権力」がマスコミも取り込んでの「魔女狩り」を行っているかのような図。

 この際だからもう一回繰り返しておく。科学的根拠を抜きにしても、「水からの伝言」は、道徳としても全くダメだし、文芸としても手抜きで粗悪な作品だから、子供に勧める理由が無い。 なお、魔女狩りで最近面白い話を聞いた。刑事裁判で証拠を積み上げて有罪を立証しようという発想が出てきたのは、もともと魔女裁判から来ているという話である。「黒山羊使ってサバトをやった」というのが容疑の内容であったとして、黒山羊を法廷に連れてきても「サバトをやってました」という証言はとれないから、有罪にするには別途証拠を用意しなければならなくなったのだそうで。

この稚拙な「科学的根拠」というものが、一体どれだけの価値や効力があるというのだろう・・・?

 科学の知識無しで生活してみてから言ってもらいたい。身の回りの品すべて、科学の知識に基づかずに準備できるものだけにして暮らしてみて、なお同じことが言えるのであれば、その主張を認める。

小指の先ほども解明していない、この世界の成り立ち。小指の先ほどの「科学的根拠」をふりかざして、数値にあらわれない、見えない世界を全て切って捨てようとするその主旨にまだまだ先は遠いのか・・・とちょっとげんなり。

 先に「科学を騙った」のは「水からの伝言」の方である。ついでに言うなら、「水からの伝言」の方が、既に実験でも確立された科学の内容を否定するものになっている。だから、次のように書き直してお返しする。
  小指の先ほども(知識を得る努力を怠ったために)理解していない、この世界の成り立ち。
  小指の先ほどの「科学の詐称」をふりかざして
  すでに実験で確立された、見えている世界を切って捨てようとするのは
  全く無意味です。

 とにかく、科学的根拠を振りかざされるのが嫌ならば、最初から科学を騙るな。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 鐚鰹竺鐚 at 2008-10-39 03:00:39
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

「私のおむすび日記」のブログ主は、「学習塾の先生と環境雑誌の編集者」なんですね。
学習塾では、さぞや子供達に素ん晴らしい「教育」をしてるんでしょう(恐ろしや

http://d.hatena.ne.jp/newmoonakiko/20081010#p1
>EMの開発者比嘉輝夫先生からバナナが届いた。

だめだこりゃ


by tune at 2008-10-52 07:35:52
なんなんだこの人の思考は

ブログの最後の方に
「人体生理にふさわしい砂糖」なんてあるけど
この人の論理では科学的根拠は否定した上で
人体生理にふさわしいのだと肯定しなければならないが
その根拠は何なのだろか


by いろものさんの近所 at 2008-10-44 07:45:44
一応ツッコミを

apj さん

>>そろそろ、目に見えないものを信じる時代がきているのに。
>きてません(きっぱり)。

私は電子を見た事もないし、見えるとも思いませんが、存在は信じてます。

個人的には、高等教育の使命は、目に見えないものでもできる限り正確に把握する能力を養う事だと考えています。(自然科学に限らず社会科学等でも)

昨今、高等教育が受けた人達が他者に「説明責任」なるものを過剰に要求するように見えますので、高等教育に失敗しているとは思いますが。


by apj at 2008-10-11 07:51:11
ああ、確かに不正確でしたね

いろものさんの近所さん、

>>そろそろ、目に見えないものを信じる時代がきているのに。
>きてません(きっぱり)。

 とっくの昔にそんな時代は終わってます、と追加すべきでした。

 「だれが原子をみたか」(江沢洋著、岩波書店)を読むと、原子論が確立してくる歴史が、目に見えないものを捉える格闘の歴史でしたので。


by m at 2008-10-31 09:09:31
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

 で「江本勝」と書いた紙を張ったらどんな結晶ができるんでせうかね?w


by barc at 2008-10-02 10:21:02
飲み水

>サンガの森

この人の理屈で行くと、水伝で「汚い結晶」認定されて、しかも水質分析という「科学的根拠」で品質保証されている水道水は即刻飲用を中止して、それこそ近所の水溜りなどから汲んできた泥水に「ありがとう」を見せて浄化したものを飲用した方が良い、ということになりますよね。

そうか、水伝のすばらしさを伝えるために、上記のような実験を行ってそれを「スーパーサイズミー」のようなビデオにしてみたらいかがでしょう>ビリーバーの皆様。
※良い子のみんなは真似しないでね。

…って書いて致命的な間違いに気づいた。ビデオのような科学的根拠のある機械は使えないですよね。
波動で伝えるのかな。それとも…かぜの便り(笑)?


by bonta at 2008-10-15 17:16:15
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

>典型的に反論

 うんざりされることなくきちんと反論を掲示されているapjさんお疲れ様です。
転落の危険がある場所に「危険注意!」という看板を立てておかれた印象で、安心します。
ほんとにこのような方を何度見たことか。そしてその崖に落っこちる人も何度見たことか。

>身の回りの品すべて、科学の知識に基づかずに準備できるものだけにして暮らしてみて、
なお同じことが言えるのであれば、その主張を認める。

 まあこのような方は、自分の思い込んだことと背反する情報はシャットアウト(確証バイアスでしたっけ)しがちなので、自分が今していること(=「科学的根拠」を否定する発言)すら、当の否定している「科学的根拠」の成果物であるもの(=パソコンやインターネット)を使ってやっているという事実に気付くことは無いのでしょうなあ。
以前から私は、現代科学の常識を覆す脅威の証拠!を見せる為に「航空機」に乗って来日する超能力者を面白がって眺めていました。


by mira at 2008-10-17 19:02:17
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

何を言っても無駄だと思う
水伝は体裁として「様々なデータをとって科学的に分析した結果、水には意思がある」的なつくりになっている
これを科学的分析だと思えないんだから、科学に興味ないんでしょう
シュレディンガーの猫の説明を見て「主観で結果が変わる!つまり考え方一つで世界は変わるんだ!」とか考えちゃう人なんですよ
波動がどうこう言ってるし


by ひろのぶ at 2008-10-05 23:54:05
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

ウソが科学的根拠を元にあばかれて開き直っている姿は実におぞましいですが、人間観察の場として考えるとなかなかおもしろいですね。


by すとんぴぃ at 2008-10-06 03:02:06
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

昔『奇妙な論理/だまされやすさの研究』『奇妙な論理/なぜニセ科学に惹かれるのか』を読んだんですけどエセ科学を謳う人がいるところなんか見ると、人間社会って全く進化していないのか~なんて思ってしまう。


by apj at 2008-10-30 10:44:30
というより人間が進化していないのでは

すとんぴぃさん、

 人体の構造って3万年前から変化が無いわけで……。
 因果関係っぽいものを認識してしまうとついつい信じる、という性質は、ハードウェアが変わらないから変わりようがないのでは。だからこそ教育でうまく対応しないといけないと思うんですけど。


by 酔うぞ at 2008-10-24 17:57:24
Re:典型的にダメな議論が出たので、典型的に反論しておく

金曜日にわたしの属しているNPOの月例会があって、学校での授業の企画を議論したのですが、題材として「性格と職業選択」というのが出てきたので「水伝問題というのがあって」と前振りして「これしかない、と誤認識するような、授業は出来ない」と述べました。

>人間社会って全く進化していないのか~なんて思ってしまう。

短期的にも見ると悪化しているように思います。

例えば「勝ち組・負け組」なんて言葉は子どもでも使いますが、普通に考えると生活とか人生と言ったものを二分法で語れるわけがないのであって、元々は一種のシャレでしょう。
それが、かなり多くの人が「二分法で行くべき」と主張していますね。

二分して説明するのは良くやることで、それ自体が悪いことではないですが、前提として「アナログな状態があることを理解している」としているはずなのに、そこをすっ飛ばしているのが現状でしょう。
つまりここの部分が以前に比べて悪化というか劣化だと思うのです。