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この先どこに最適化されるか

Posted on 11月 6th, 2009 in 倉庫 by apj

 YOMIURI ONLINEより

中退率など大学公表を…文科省が義務化狙う

 文部科学省は5日、国公私立大学に公表を義務づける教育情報の項目を盛り込んだリスト案を中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)大学分科会の部会に示した。

 5分野、計17項目からなり、大学側が積極公表してこなかった「中途退学(中退)率」や「在学者数」などが含まれる。受験生らの指標にしたい考えで、さらに項目を精査し、年度内の大学設置基準の改正を目指す。

 リストで示されたのは、教育の質を向上させるため、大学が積極的に公表すべき情報で、「教育」「学生」「組織」「経済的枠組み」「学習環境」の5分野。

 例えば、「学生」の分野で示された「中退率」は、入学後の進級の厳しさを示す一方、不本意入学の多さなどにもつながるデータで、経営に直結するため大学が出したがらないのが実情だ。

 このほか、収容定員との差し引きで定員割れの実態が分かる「在学者数」、推薦入試やAO入試での入学者数が分かる「入試方法別の入学者数」など、リストには大学側が公表に消極的だった情報が含まれた。

 教育情報の公表は大学設置基準などで規定されているが、具体的な公表項目は各大学の判断に委ねられているのが実態。大学運営の基礎となる学則を公表している大学は41%(文科省調べ)に過ぎず、「説明責任を果たしていない」との批判もあった。

(2009年11月6日08時05分 読売新聞)

 これをやるなら、卒業した大学生がどれだけの知識を身に付けたかチェックする統一卒業資格試験のようなものを課さない限り、社会の側が困る。中退率で大学を競わせれば、どこの大学だって進級を甘くする方向に進むに違いない。そうなると、卒業生の学力の保証はまず不可能になる。
 ところが、文科省は出口での絶対評価を小中高とまったくしてこず、一種の粉飾決算を続けさせているのだから、大学でそれができることは期待できない。統一卒業資格試験のようなものを課せば一定数の不合格者は出るわけで、文科省が学校制度をいじっても効果が無かったことだってあからさまにばれることにもなるから、やりたがらないんじゃないかな。
 結局、高校までの出口評価に相当するのが、ある程度偏差値で分布を見ながら判断できる、「学力試験を課す大学入試」しかないということになりそうである。

 中退の原因は、経済的事情や学生本人が心を病んで、というものが普通にある。経済的事情の方は支援で何とかなるとしても、心を病んでいる場合には、無理に学業を継続させずに中退して一区切りつけた方が良い場合だってある。中退させるなというのが必ずしも良いとは限らない。中退率で大学を競わせて、大学が中退に対して目一杯引き留める行動に出るようになったら、別の被害が発生するだろう。
 あるいは「中退しなさそうな学生を選別する入試」(できるかどうかは疑問だが)に工夫を凝らすようになるかも知れないが、それはそれで本末転倒なことになりそう。

 結局、文科省が、コースだけ用意すればそれで良いと思っていることが問題なんだろう。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 酔うぞ at 2009-11-25 00:33:25
最適化問題

まあ、多少最適化問題を考えたり経験がある人にとっては全体がうまく行く事が必要だ、と理解するでしょうけど、文科省がやっていることは「文科省がどうやって文句をいわれ無いようにするのか」でしょうからねぇ、それが最適化になるとは思えないんですよね。

この10年は最適化の反対のつまみ食いだったと思っていますが、文科省などはいまだに同じこと続けているのだと感じます。


by T.Kouya at 2009-11-49 04:06:49
公表するのが自然

 国から税金を貰っている以上,客観的数値の公表は自然な流れだと思ってます。既に読売新聞では毎年8月に独自アンケート結果に基づいて「大学の実力」を公表し,殆どの大学の退学率も公知の事実になってますから,個人的には「何を今更」とも感じます。退学率引き下げ競争が学力低下に繋がる可能性はあるとは思いますが,若年者人口に比して大学が多すぎるってのが根本原因ですから,当分は学力(潜在的なものを含めて)の高い学生を集める努力を大学や教員個人が努力するほかないんじゃないでしょうか。


by apj at 2009-11-29 04:38:29
Re:この先どこに最適化されるか

T.Kouyaさん、

>退学率引き下げ競争が学力低下に繋がる可能性はあるとは思いますが,若年者人口に比して大学が多すぎるってのが根本原因ですから,当分は学力(潜在的なものを含めて)の高い学生を集める努力を大学や教員個人が努力するほかないんじゃないでしょうか。

 それぞれの大学にとって意味があったとしても、全体として見た場合、無意味な努力だと思います。大学と進学者の母集団があんまり変わらない以上は、どこかがそれに成功すればどこかが失敗することになるだけなので……。つまりゼロサムゲームでしかないのでは。
 少子化はこの先も進む一方なのだから、大混乱を防ぎながら規模を縮小するにはどうするかを真面目に考えるべき時期だと思うんですけどね。


by 酔うぞ at 2009-11-12 05:05:12
進学率の推移

が、ここにあります。
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04073001/pdf/sanzu07.pdf

これで見ると、結局は18歳人口の減少の裏返しで大学進学率が増加しています。

簡単に言ってしまえば、大学を減らさないから18歳人口が減ると進学率が上昇する、というだけのことになってしまいます。

こうなると、文科省がやるべき事は「大学生を何割にするか」といった国家戦略を作るべきなのに、それをしないと言えます。

これは、文科省が教育サービスを考えているのではなくて、学校という機関の維持管理に向いている、と見るべきです。

実のことを言えば、ほとんどの役所は同じように供給側だけ見てきました。
農水省は農業・漁業の生産者の方を見ていました。
厚労省は、医療機関を見ているわけです。
国土交通省は道路などを作ることだけを見ている。

このような手法で問題がなかったのは、無限の需要がある場合であって、モノ不足インフレの時代に有効な手法でした。
極端な言い方をすると、物不足社会での役所の使命である、配給掛かりをやっていたわけです。

実は民間企業でも同じような事であって、規模はずっと小さくなりますが、モノが足りないマーケットを見つけさえすれば、後は配達するだけでビジネスであり辣腕営業の称号を得ることが出来ました。

それが、マーケット側の縮小で、うまく回転しなくなったわけです。

基本的に、配達という供給側にあった役所の立場を、マーケットの要求するモノを掘り出してくる、という姿勢に変えるべきですね。
そのためには、マーケットのニーズに応えていない供給側を潰すのが役所の本来の仕事となる、といった事かもしれません。


by apj at 2009-11-46 05:47:46
マーケット違い

酔うぞさん、

 大学の場合、マーケットを、これから入学してくれる高校生だと考えるか、卒業生を受け入れる社会と考えるかで、随分戦略が違ってきます。出口ということであれば、社会の側の要求に応えるべきなんですけど、少子化のせいで、学生確保に汲々とすると、社会はどこかのすっ飛んで、「お客さん」である学生にどうアピールするかということばっかり考えることになります。

 いっそ社会の側で、こういう人材以外は不要だから出すな、と、大学と受験生双方に向かってやってくれた方がすっきりします。文科省は、学生にサービス良くしろという圧力をかけるばっかりなんだけど、サービス良く育てられた学生が、社会に出るときそれでOKとなるかというと、むしろ逆かもしれない。社会の方は、自分で動ける人材を求めていて、その力は、ある程度不自由な環境を自分で何とかした、という経験によってしか養成されないんじゃないでしょうか。


by Atlantis.sawamura at 2009-11-43 14:14:43
教育機関って減らせるの?? 自力で。

大学、人口比に準じて、少し減らしたほうがいい、という内容は多分あると思います。議論として。でも、減らすんだろうか…。

特に私立大とかは下手をすると、方向の変遷とかしても残そうとするのでは、と単純に思います。市場原則って、学校にどの程度成り立つんでしょうかね。


by Atlantis.sawamura at 2009-11-10 00:52:10
Re:この先どこに最適化されるか

うちのプロジェクト限定で考えると、自力解決が基本原則ですが、ただ学生からの新規社員には、すぐにはそこまでは求めません。

まずは、自分で解決する姿勢があるかどうか、くらいですが、あと、自分でちゃんと自分の説明や、他者の理解をすることができるか、ですが、こういうのはベースさえ良ければOK。

ただし、ベースがなければ、たとえ成績が高くてもダメなものはダメ。
以前、東大卒が来たことあるんだけど、顧客に対する姿勢がダメダメで、説明しても改善しなかったので、他に異動して、結局、たしか退職したんだっけかな。

要は、お金をもらう姿勢、あとは妥協しすぎない姿勢さえあればいいんだけど、説明がかなり難しい。項目で説明できることでもないので。(人物背景としては多様でもOKということです。)


by 通りすがり at 2009-11-50 06:29:50
2つパラメータがあるので

別に文部科学省の肩を持つわけではありませんが.

中退率と同時に,定員充足率および就職率も公表しないといけないことになっています.で,全部のパラメータを満足させるように最適化しようと思うと,「教員がきちんと指導できる適正規模まで定員を減少させて,ある程度敷居を高くしておいた上で,きめの細かい教育を行う」という解はありえると思います.と言うか,そういう解で攻めて欲しいと考えている提言だと思いたい.

我ながら希望的観測に過ぎるとは思いますし,それならそれで「そういう方向で攻めるように」明言すべきだし,他の指標も調整すべき.例えば,留年率で大学の努力を測るようなことは即刻撤廃して欲しい.


by まいまい at 2009-11-37 21:46:37
「私」はいやだ

>「教員がきちんと指導できる適正規模まで定員を減少させて,ある程度敷居を高くしておいた上で,きめの細かい教育を行う」という解はありえると思います

そうですね。しかし、大学の合併を行おうとしたときは、ほとんどの国立大学長さん達は自分の大学をつぶそうとしませんでしたね。小中学校の役割が、家庭教育・ケアや躾まで押しつけられている今、それを担う教員を増やす動きはほぼゼロのようです。

文科省の企図している方向は方向は、やはり「現状維持」なのでしょう。
これまでは自民党が国家ビジョンを示すことも、省庁枠予算を大胆に変更することなども無かったですから。


by 通りすがり at 2009-11-13 00:18:13
んー?

まいまいさん

>大学の合併を行おうとしたときは、ほとんどの国立大学長さん達は自分の大学をつぶそうとしませんでしたね

私の提案は,大学数は維持して大学規模はダウンサイジング,ですのでご指摘はあたらないかと.ちなみに,国立大学同士の合併も,医科大学と総合大学(医学部なし)のような合併しやすい組み合わせは,かなり進みました.近所で,かつ,合併しやすい組み合わせ,というのは殆ど残ってないと思います.

>文科省の企図している方向は方向は、やはり「現状維持」

それはどうかなあ.私の見聞の範囲内では,「選択と集中」じゃないかと思います.言い換えれば,(a)大学数の削減,(b)大学規模の拡大,(c)研究大学化,の3点セットではないでしょうか.

なお,私は,裾野の維持が必要だと思っているので,この3点セットにも反対で,上述の通り,定員削減+教育の質の改善,のコンボが良いと考えています.ただ,中の人の意見ではあるので,外からは違ったように見られているのだろうと思いますが….