仮説の提示の仕方について

 STAP細胞の件。笹井さんの記者会見でいろいろわかったことのうち、笹井さんが「STAP現象を前提にしないと容易に説明できないデータがある」と主張した部分についてのみ、私なりのコメントをまとめてみます。
 他にも問題点がいろいろあって、そちらは思いつく都度twitterでつぶやいています。他の問題点については、ブログに書くかもしれないし書かないかもしれません。
 ただ、私は分子生物学も幹細胞もまるで専門外ですので、大隅典子の仙台通信のこのエントリーを参考にさせていただくことにします。

 笹井さんの主張によれば、実験で観察した(ただしご自身が全部やったのではなく結果を見せられたという意味)ものは、次の3つです。

1.ライブ・セル・イメージング(顕微鏡ムービー)
「未分化マーカーのOct4-GFPを発言しない分散したリンパ球から、Oct4-GFPを発現するSTAP細胞特有の細胞塊」が形成された証拠の動画像。
2.特徴ある細胞の性質
STAP細胞はリンパ球やES細胞より小さい。電顕で確認。
3.胚盤胞の細胞注入実験(キメラマウス実験)の結果

 STAP現象を仮定しないとこれらの結果を容易に説明できない、というのが笹井さんの現状での認識のようです。

 STAPに限らず、実験をしていてこのような状況になることはよくあります。ちょっと変わった実験結果を得てしまい、結果を簡単に説明するには新規な現象××を考える必要がある、というものです。このこと自体は、不正でも何でもありません。ただし、こういう状況の場合、論文には正直に「これらの結果を説明するには新規な××を仮定するとうまくいく」と書きます。この段階で「新規な××を発見した」と断言してはいけません。ここでいう「新規な××」のことを、作業仮説といいます。

 以前、九州大の白畑教授による「活性水素」説がBBRCに発表されたことがありました。このときの論文は、
(1)電解処理した水に抗酸化作用があることを実験で確認した。【珍しい現象を確認】
(2)原因物質として「活性水素」というものの存在を仮定すれば実験結果を説明できる。【作業仮説の提案】
という内容でした。これは、特に問題のある論文の書き方ではありませんし、この内容で論文は出版されました。
 ところが、電解水は商売と結びついていたために、この論文が通った後、水処理装置販売業者が、
(3)「活性水素」の存在を九州大白畑教授が実証【作業仮説を事実にすり替えて宣伝】
という宣伝を行い、消費者に装置を販売するということになりました。化学者は「活性水素」の存在を認めてないから決定的な証拠を化学系の学会で発表してほしいと頼んだら、特許を出しているからと断られました。1年後に頼んだら、膨大な実験結果なのでいろいろ論文を出すことで認めてもらうようにする、と言われ、結局、「活性水素」の存在を示す直接証拠は出されないままでした。その後、杏林大の平岡先生のグループが実験した結果
(4)抗酸化作用は「活性水素」の存在を仮定しなくても水中の水素分子ガスの効果等で説明できる。【既知の現象で説明可能】
ということになりました。

 笹井さんの説明をこれにあてはめてみると、
(1)【珍しい現象を確認】が上記の1.〜3.
(2)【作業仮説の提案】が「STAP現象があるのではないか」
となります。そうであるなら、「STAP細胞を作りました」という論文を出して大々的に宣伝したことは、いきなり(3)をやってしまったことになり、勇み足に過ぎます。「1.〜3.を観測しました。これを説明するためにSTAP現象であるということを作業仮説として提案します」という内容で論文を出すべきです。
 昨日の会見では、既に(3)をやってしまったけれど(1)の結果も要確認であることがわかったので、これからきちんと再確認した上で(2)をやります、という話になっています。
 そうなると、(2)の作業仮説を維持できるのかそれとも(4)なのか、ということが研究のテーマとなります。実は(4)ではないか、というのが、例えば大隅先生がブログで具体的に指摘(上記リンク先)しておられるような内容になります。