『電子レンジの仕組み・原理』に異議あり

科学情報誌の記事「『電子レンジの仕組み・原理』ーなぜ温まる?加熱ムラの原因は?」にちょっと異議があるのでいくつか指摘しておく。

 電子レンジがものを温める仕組み・原理は、
「マイクロ波という波が水分子を高速回転させて、摩擦熱を発生させるから」です。

とあるのだけど、これが実は、微妙にというかだいぶイメージが違う。

まず、液体の水の中の水分子は、そんなに高速「回転」はしていない。水分子の酸素側が負電荷、水素側が正電荷を持っているのはその通りなのだけど、これが原因で水分子は酸素側と水素側でお互いに引っ張り合っている。これを水素結合と呼ぶ。引っ張り合いは他の分子に比べれば強いが、強固なものではなく、しょっちゅう切れたりつながったりして、水分子は常に移動している。まわりの分子が邪魔しまくるものだから、分子を回そうとしても、そうそうくるくると回転はできない。

材料に電磁波のエネルギーが吸収されるかどうかは、誘電損をみればわかる。水のマイクロ波から遠赤外領域の誘電損は、およそこんな形をしている。

Watere

この誘電損に、角振動数ωを掛けたものが、電磁波の吸収係数に比例する。

Waterabs

マイクロ波の加熱周波数を図中に記しておいた。

電子レンジの電磁波の吸収を担っているものは、水の25GHzの誘電損のピークの裾野の部分ということになる。この誘電損のピークは、水分子1個の動きから出てくるものではない。水素結合した水分子が数十個くらい集まったのを均した時に、全体として出てくる分極の運動がもとになったものである。もし、水の中で、個別の水分子が回転したり、あるいは完全に回らなくても往復運動するような回り方をしていたら、誘電損のスペクトルはこんなに幅広いものにはならず、回転運動の量子準位の存在を反映した細く鋭いピークになる。

従って、電子レンジの電磁波を浴びせた場合、電磁波が個別の分子と直接吸収するのではなく、水分子数十個単位が作る分極と電磁波が相互作用する、と考える方が、より適切だろう。

エネルギー散逸があるという意味で「摩擦」と呼びたくなるのはわかるが、トライボロジーでいうところの摩擦と起きている現象が同じとも言い切れない。水分子1個が引っかかるから摩擦がおきる、としてしまうと、ちょっと違うものを想像してしまいそうである。

水分子がまとまって作る分極の運動が、外から与えられる電磁波の変化に遅れて追随するときに、電磁波のエネルギーの散逸が起きて、熱エネルギーになる、と考えた方がよい。やってきた電磁波のエネルギーを水分子が分担して受け取っているイメージの方が実態に合っているだろう。