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謹賀新年、提訴しました

Posted on 1月 1st, 2008 in 倉庫 by apj

 大晦日の21:30頃、池袋に到着。適当に夜食を摂って、駅の喫茶店で1時間ほど特定商取引法の勉強をしながら時間を潰した。23: 30、地下鉄丸の内線で霞ヶ関に向かって移動。A1出口から東京地裁に向かう。
 東京は晴れ。近くでニューイヤーのイベントをやっているらしく、スピーカーからテンポの良い曲が流れ、5,6本のサーチライトがビルを突っ切って空に延びていた。
 裁判所南門のゲートのところには守衛が居て、前の道路には黒いリムジンらしい車が数台停まっていた。そのまま、夜中でも明かりがついて見えるようになっている公示送達の掲示板を見ながら待つ。イベントのスピーカーがカウントダウンして、新年の訪れを宣言するのを聞いてから、裁判所のゲートを入る。守衛に提出であることを言うと、夜間窓口の場所を教えてくれた。名前を聞かれたので名乗ってから、窓口に向かう。窓口は地下1階。周りには誰もいない。インターフォンのブザーを押すと、窓口が開いた。
「明けましておめでとうございます。提出です」
と挨拶したら、窓口の人にちょっとだけウケたっぽい。そのまま正本1部副本3部を提出。絵里タンの事務所でもらってきた収入印紙を確認して正本に貼り付けた。書類不備がないことの確認と、予納郵券の額の確認に5分ちょっとかかった。
「元日の日付で作ってもらいました。私が最初ですよね?」
と言ってみたら、
「4日に始まったときに、どういう順番になるかわからないから、1番になるとは限らないんだよね……」
と言われてしまった。まあ、最初に突っ込んだら何番になるかは運次第だよ、ということを絵里タンの事務所できいていたので、予想の範囲だが……。事件番号1をとれるかどうかは、ここから先は神頼みということか。絵里タンの話によれば、年末に郵送したものが年明けの8番だったことがあるそうで、一桁には入れると思うのだが……。
 訴状の内容は名誉毀損、原告は私、被告は吉岡英介。材料は「水は変わる」の自費出版本とウェブ版両方である。吉岡英介個人・有限会社健康と環境の神戸クラブ代表としての吉岡・マグローブ株式会社の代表としての吉岡をまとめて提訴したから、副本が3通になった。しかし、被告の中の人は一人なので、別々の宛先で3通同じ物が送られるという、ほとんど嫌がらせのような結果となった。単に紙の無駄のような気もするが、規則で被告の数だけ提出することになっているから仕方がない。
 今回、代理人に入ってもらった大木弁護士はエコな人(笑)で、吉岡氏の書いた大量の文章を見て「このエネルギーをもっと別のことに使えれば……」とつぶやいていた。そのそばから、結局は同じ人に送られる副本3通が積み上がっていたわけで、思わず「森林資源の保護という点からみるとエコな人が弁護士になるのは間違っているのでは?」とツッコミを入れた。
 平成20年1月1日付けの訴状を日が変わると同時に出したわけで、これ以上最適な年賀というか年始の挨拶は他には無いだろう。作ってる最中から「訴状に賀正ってスタンプ押した~い」と、弁護士事務所で代理人ともどもつぶやいていた(が、実行したら裁判官に補正を命じられるのが確実だからやらなかったけど)。
 世間のみんなが初詣に行ってる時に、私は裁判所詣でで新年を迎えたわけで、こんなことをしていたのでは今年1年がどうなるかもう推して知るべしというか……。

 とにかく、本年もどうぞ(裁判所で)よろしくお願いいたします。

【追記】
 訴訟ページを作った後で書くことになりそうな内容をまとめておく。
 まず、ネット上の言論による名誉毀損については、訴訟よりも、対抗言論で名誉の回復を図る方が健全だというのが私のポリシーである。だから、2年前に「水が変わる」が出たとき、即座に名誉毀損による提訴ができたにも関わらず、私は提訴しなかった。環境ホルモン欄訴事件のときにも、言論には言論で、と言い続けて被告の中西先生の応援団の事務局をやっていた。表現を制限するための訴訟を乱発すると、萎縮効果をもたらすだけで、あまり良いことはない。また、「言論の自由市場」に任せておけば、あまりにもひどい表現内容が広く受け入れられることはない(∵そういう言論は読んだ第三者が気分を悪くすることが多い)から、そうそうとんでもないことにはならないものである。
 しかし、今回、吉岡氏は、ほとんど言いがかりのような提訴をお茶の水大学のみに対して仕掛けた。これは、もっぱら、大学を訴訟で脅して言うことをきかせようということである。同時に、法による解決を望むという意思表示でもある。そうであるなら、私がこれまでのポリシーを維持して提訴をしないでおく理由はもはやどこにもない。
 先月は、マグローブ株式会社(代表者の一人が吉岡氏)からの削除要求に対して、債務不存在確認&損害賠償請求の訴訟を先に提起した。のんびり訴えられるのを待っていたらどうなるか、既にお茶の水大で経験済みである。二度同じ手を喰らうのはただのバカだろうし、私はバカになるつもりはないから、先手を取らせてもらった。
 本日の提訴もまた、法による解決を望む相手に対しては、そのように対応するというだけの話である。ただ、ありふれた名誉毀損訴訟なので、裁判としての面白みはあまり無いと思う。

 意味があるとしたら、むしろ、先月行った債務不存在確認の訴えの方である。
 名誉毀損だ業務妨害だと理屈を付けて提訴するのは、表現を萎縮させる方向に働く。私が提起した債務不存在確認の訴えは、削除要求があった段階で表現する側から起こせる防御の方法で、表現をそのまま維持する方向に働く。言論と表現の自由を守るために、債務不存在確認の訴えを積極的に使っていくという方法を、今後は実践によって確立していけないかと考えている。

【さらに追記】
 実際のところ、裁判所に話を持って行くよりは、双方がウェブサイトで批判しあっている方が、手間もかからないしコストも安い。裁判制度は国が提供している制度だし、訴えるのは国民の権利なのだけど、現実には有限のリソースをみんなで分け合って使っている状態だから、裁判所に行かなくても解決可能ならば、その方が望ましい。そう考えて、一種の寛容の精神で吉岡氏を提訴せずにおいたのだが、環境ホルモン濫訴事件といい、神戸の訴訟といい、一体何がどう名誉毀損なのかさっぱりわからない訴訟を連続して見てしまうと、今は過渡期なので多少多めに訴訟をやってネット上の表現がどの辺におちつくのか相場を作るしかないのかもしれないとも思う。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 酔うぞ at 2008-01-49 17:41:49
Re:謹賀新年、提訴しました

わはははは(^_^;)

1ゲットじゃないけど一番目ゲットなのね(^_^)


by apj at 2008-01-36 00:13:36
Re:謹賀新年、提訴しました

酔うぞさん、
 そうそう、この間の口頭弁論の帰りの新幹線の中で、絵里タンと話をしていて、どうすれば事件数最多の東京地裁で事件番号1桁が取れるか?というネタで盛り上がりまして……。何だかその勢いで、依頼人と代理人双方が「地裁で1ゲット」のノリで提訴の準備に走って御用納めに訴状製作になったという……。


by QР at 2008-01-52 00:36:52
Re:謹賀新年、提訴しました

あけましておめでとうございます。
いやはや、すばらしいお年玉ですね。[:かえる:]


by 温泉カワセミ at 2008-01-11 00:52:11
Re:謹賀新年、提訴しました

apj様、

新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い申し上げます。

まぁなんと言いますか年越しの報告がこのネタやというのが、apjさんらしくて素敵ですなぁ[:うれしい顔:]


by apj at 2008-01-21 07:56:21
Re:謹賀新年、提訴しました

 まあ、今回のヤツは、既に相手は逃げられない(∵神戸地裁の方に書証としてあれこれ出してしまった後だから今さらシラは切れない)わけで、提出自体は年明けの4日以降でも大して変わらなかったんだけど、どうせやるならネタでも仕込まないとばかばかしくてやってられんわ……ということで、本人も代理人(の事務所)もそれなりに楽しんだというか。
 ただ、相手の書いてた量が多かったんで代理人頼んで正解でした。どういう表現で絞り込んでいくかといったあたりが、話を聞いてて結構勉強になりました。


by apj at 2008-01-33 08:24:33
Re:謹賀新年、提訴しました

 この間のLINK総合法律事務所の忘年会で聞いた話なんだが、ちょっと別の粋な(?)出し方としては、12月28日の御用納めあたりをうまく見計らって提出するというのがあるそうで(27日だったかな)。この場合、訴状の日付は年内になるかわりに、年賀状と一緒に特別送達が届くようにすることが可能なんだそうな。


by cup at 2008-01-43 09:46:43
Re:謹賀新年、提訴しました

あけましておめでとうございます。まじめな話にちゃちゃを入れるようで恐縮なのですが、「web素行調査」というのがマイブームです(これでGoogleとすぐ出て来ます)。これはGoogleから拾ってきたキーワードを適当に組み合わせて、素行調査レポートを作るもので、一見、脳内イメージと似ていますが、一般の人は、Googleにかかりませんのでつまらない結果しか出ません。しかし、物理屋は、Googleに名前が知られている人が多いので、その結果に関係者は抱腹絶倒します。天羽さんについて勝手に調査してみました。
>>水商売ウォッチングについて一家言あるらしい。
>>マイクロ波について調べると、必ず天羽優子に行き当たる。
とか出てきましたが、
>>冨永靖徳は天羽優子の過去を知っている。
は、当たり前のことなんですが、つい笑ってしまいました。


by apj at 2008-01-54 10:12:54
Re:謹賀新年、提訴しました

cupさん、
何て言うか、いろんな意味で、謎な結果ですね。

>>水商売ウォッチングについて一家言あるらしい。
 執筆者ですが何か?としか言いようがないし。

>>マイクロ波について調べると、必ず天羽優子に行き当たる。
 こちらはもっと謎です。マイクロ波の専門家という点では私はひよっこレベルでして、私なんかよりずっと専門深くてレベル高くてプロパーでやっている人が他に大勢いるはずなのに……。検索した人が間違った結果に到達しかねないと思って、心配になりました。

>>冨永靖徳は天羽優子の過去を知っている。
 何て言うかもう20年近く一緒に実験したりとか……。


by 多分役立たず(HNです) at 2008-01-37 12:30:37
Re:謹賀新年、提訴しました

新年、おめでとうございます。

なんと言いましょうか...

「笑う門には福来る」という言葉が相応しいのでしょうか。

今年も良いお年でありますように。


by apj at 2008-01-10 06:16:10
Re:謹賀新年、提訴しました

多分役立たず(HNです)さん、

>「笑う門には福来る」という言葉が相応しいのでしょうか。

 っていうかどうせ同じコトをやるなら楽しくやった方がいいんじゃないかと。
 去年、独立当事者参加の仕事を頼みに絵里タンの事務所に行って、委任状やら契約書やらを取り交わしたんですが、その時に思ったことは、
「こんな値段払って楽しめないとしたら、何か間違ってる」
ってことでした。


by tamtam at 2008-01-57 19:25:57
Re:謹賀新年、提訴しました

新年おめでとうございます。

>>マイクロ波について調べると、必ず天羽優子に行き当たる。
こちらは、TDRを使用したことが影響しているんじゃないでしょうか。
マイクロ波といってもアナログ回路の設計ではタイムドメインではなく周波数ドメイン(ネットワークアナライザ)での検討のほうが主でした。
近頃はプリント基板の設計にTDRが使用されていたりしてエンジニアにとっても身近なものになっています。


by mimon at 2008-01-14 01:18:14
Re:謹賀新年、提訴しました

明けまして、おめでとうございます。
「水は変わる」の中で、私に対しては、「うす汚い連中」とか、「雑魚」呼ばわり程度でしたから、当人の品位の低さを晒しているだけと、看過していましたが、apjさんには、あそことか、あそことか、ひどい表現がたくさんありましたから、訴状に引用するだけでもかなりの分量になったことと思います。
勝訴なさることをお祈り申し上げます。


by apj at 2008-01-18 10:19:18
Re:謹賀新年、提訴しました

tamtamさん、
 信号の速度が速くなると全て伝送線として扱い、インピーダンスのミスマッチの部分がどうなるかなども見ないといけなくなるんですよね。するとTDRの出番になりますよね。
 でも、私は誘電率測定だけで、本来の使い方(=回路の設計のための計測)はやったことがないんですが^^;)。

mimonさん、
 絵里タンによると、吉岡氏は「水は変わる」の自費出版本を絵里タンに一部贈呈したそうです。お茶の水大には出版とほぼ同時に本人が届けにきたそうなので、結局、実物を持ってないのは冨永教授と私ということになります。
 会員価格が1000円で会員外が2500円(だったと思う、ちょっとうろ覚え)の定価をつけておきながら、会員外には無料贈呈するなんて、気前がいいです。
 訴状では、絵里タンがかなり絞り込んでくれました。出したところは全部認められることを狙った模様です。素人がやるともっといろいろ入れてしまいそうになるのですが、プロの目から見て確実に通るところというのはやはり区別できるようです。
 訴状はそれなりの長さですが、書証として「水は変わる」のコピーを添付しなければならなかったので、その分で全体の枚数が増えました。副本にも添付したので、吉岡氏は、実質的に、ご自分の自費出版本のコピーを3部受け取ることになります。


by 技術開発者 at 2008-01-05 02:56:05
Re:謹賀新年、提訴しました

apjさん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

> 実際のところ、裁判所に話を持って行くよりは、双方がウェブサイトで批判しあっている方が、手間もかからないしコストも安い。裁判制度は国が提供している制度だし、訴えるのは国民の権利なのだけど、現実には有限のリソースをみんなで分け合って使っている状態だから、裁判所に行かなくても解決可能ならば、その方が望ましい。

前に、掲示板の方に「法の裁決規範・行為規範性」ということを書いたと思います。法律は基本的に裁決規範であり、裁判官宛に、「この状態に当てはまる場合はこのように裁決せよ」と命じているものであって、直接に一般人に行為を命じる物ではない訳です。しかし、裁判における裁決の実績が積み重なる事により、「裁判になったら、こういう判決になる」という予測が立つ様になることで、人の行為を或る程度裁決規範の方向に従わせる力を持つようになります。これが法の重層性による行為規範化です。そういう意味では、時折はきちんと裁判を行い裁決規範としての法が実際に適用される事例を世に出す事で、行為規範化を推し進める必要がある訳ですね。

実のところ「名誉毀損問題」においては、この裁決の積み重なりにより行為規範性を帯びる部分がうまく行っていない面があります。つまり過去の裁決の法理が普及していない感じを受けている訳です。過去の名誉毀損訴訟では、多くの場合公共性を帯びたジャーナリズムが被告と成ったことにより、「公共性」に関してはあまり争点とならず、「真実(相当)性」が問題になってきた経緯があります。そのため、あたかも真実(相当)性にしか争点が無いかの様な認識が普及していますが、実は真実性以前に前提となる「公共性」の判断があるという認識が不足している感じをうけています。

私の知っている事例では、あるマルチ商法に対して「同種の商品を扱う会社の経営者」が掲示板に批判的書き込みをしたのが信用毀損・業務妨害罪に問われた例があります。この場合、書き込み内容の真実(相当)性以前に、公共性の段階でアウトであったと考えています。

本件の訴訟を、この「公共性」の視点から整理してみると、apjさんが、相手方の問題点を指摘し批判する部分に関しては「公共性」は充分に成り立つ訳ですが、相手方がapjさんの問題点(と相手側が思っている事項)を指摘して批判する事に「公共性」が成り立つかどうかは、極めて鬼門であるわけです。

真実(相当)性という争点以前に「公共性」に関する部分でも充分に勝てる訴訟では無いかと考えています。


by 酔うぞ at 2008-01-24 10:34:24
Re:謹賀新年、提訴しました

技術開発者さん

わたしは法律専門家ではないのですが、だいぶ長く複数の名誉毀損裁判に関わってきた門前の小僧という感じになっています。

技術開発者さんのご意見が、真実性(相当性)と公共性をORで比較してみるように受け取れますが、基本的にはANDで考えるべきだと思います。

まぁごく普通に考えても、真実であれば公共性を無視しても良いとはとうてい言えないし、その逆に公共性が確かであれば真実と信じていないにもかかわらず相手を傷つけるような発言が許されるとうのも無理でしょう。

つまりは、両方が必要でありますが、さらに実際の裁判では個々に事情が違うから、以前の裁判(判例)と全く同じ論理で同じ結論になる、ということもありそうもないです。

というわけで「油断大敵」といった感じになりますねぇ。


by kei-2 at 2008-01-24 09:15:24
Re:謹賀新年、提訴しました

こんばんは。横レス失礼。

> 技術開発者さんのご意見が、真実性(相当性)と公共性をORで比較してみるように受け取れますが、基本的にはANDで考えるべきだと思います。

要するにこれは、どちらから見るかの違いでしょう。

被告側から見れば、公共性と真実(相当)性の両方を立証しなければならない AND 条件になっています。
でも、今回の apj さんのように、原告側から見れば公共性と真実(相当)性のどちらか一方を否定すれば足りる OR 条件になります。

 ¬(公共性 ∧ 真実性) ⇔ ¬公共性 ∨ ¬真実性

ド・モルガンの法則ですね。


by 技術開発者 at 2008-01-29 17:17:29
Re:謹賀新年、提訴しました

こんにちは、酔うぞさん。

>技術開発者さんのご意見が、真実性(相当性)と公共性をORで比較してみるように受け取れますが、基本的にはANDで考えるべきだと思います。

私としては、AND論を前提として書いているつもりで、いますが、OR論と受け取られたとしたら、私の書き方に至らない部分があるせいだろうと思います。参考のために、どのような書きぶりの部分がOR論というイメージを与えたのかをご指摘いただけると今後の参考にしたいと思いますのでお教えください。

>つまりは、両方が必要でありますが、さらに実際の裁判では個々に事情が違うから、以前の裁判(判例)と全く同じ論理で同じ結論になる、ということもありそうもないです。

酔うぞさんはたしか会社を経営されていたと思うので、そういうたとえ話をしますと、経営者として「背任罪」に問われる様な事はしておられないだろうし、またされたくもないだろうと思います。では、そのような事態を避けるためになにをされているかと考えると、過去に背任とされたことのある様な事例を、それなりにいろいろと聞かれたりして、自分の中に「こういうことはしてはいかんのだな」というイメージをお持ちになっているのではないかと思います。刑法や商法に記された「背任」という罪に関しては、基本的に裁判官に対して「この要件を満たす事柄に関しては背任として罪とせよ」と命じている裁決規範であるわけです。しかし、裁判官を名宛人とする裁決規範であるけれども、現実にそれによって「背任」という判決が積み重なっていることによって、酔うぞさんのような経営者に「これをやってはならない、やるし背任である」という行為規範として働いているわけです。これが法の重層性と言われる部分です。

現実に、裁決規範が行為規範として働くためには、個々の裁決(判決)における要素をきちんと把握して、自らが為すかも知れない行為に対して要素としての比較が必要であるわけです。その要素化した比較がなされないと、「個々に事情が違うから」と同一要素を持つ行為においても事情の違いのみが認識されて、行為規範として働かないという状態に陥ってしまうわけです。

名誉毀損の特例、つまり刑法第230条の2に関しては要素は2つです。1つは「公共の利益」でありもう一つが「事実の摘示」です。この2つは当然ANDであり、一方のみが成り立っても特例は成立しません。

私はこりことを説明するために次のようなたとえ話を良く用います。昔はグレていて警察のやっかいにもなったけど今は立派に更正している太郎君がいたとします。太郎君と花子さんの縁談話が出たときに、花子さんに横恋慕している次郎君が縁談を壊す目的で太郎君の過去の行状を広く町内に言いふらしたりすると名誉毀損罪は成立します。たとえ言いふらした過去の行状が事実であってもです。しかし、太郎君が市会議員に立候補した時に、対立候補である次郎君が選挙戦で太郎君の過去の実際にあった(事実の)行状に言及しても名誉毀損罪の成立は難しくなります、なぜなら、有権者に対して候補者の品性等を判断するための情報提供という公共性を帯びるためです。