対人スキルで生き延びるルートはある

 小保方さんの剽窃論文の件。博士論文にも大量の剽窃が見つかり、参考文献リストがコピペではないかという話が出てきて、挙げ句に結果の図が会社の製品説明の図からのパクリじゃないかという指摘まで出ている。
 博士の学位は、その分野で問題を見つけてそれを解決した結果がnewあるいはfirstなら取得できる。他にも投稿論文何報必要、といった条件がつくこともあるけど、やったことがnewかfirstなら論文は通るわけで、取得の条件は大体自動的に満たされることになる。博士論文のイントロでは、自分の研究の位置づけや方針について述べることになるので、剽窃つまり誰かが書いたのと全く同じ内容では用をなさない。結果の図が関係ない商品説明のパクリだということになると、研究の計画と実行どころか、実際に実験していたかどうかさえ疑わしくなる。イントロは重要でないとか、誰かの文章そのままでかまわないと思ってる人は、院生なら師匠を変えるか院を辞めるべきだし、すでにそういうやり方で学位を取得しているなら剥奪の対象になるだろう。「誰が書いたって同じ」になるようなイントロを書いてる時点で博論としてどうよ、って話なわけ。

 今回、本人が有能どころか、博論すらまともに書いてない、あるいは書く能力が無かったのではないかと疑われているわけで、じゃあそれがなんで理研のユニットリーダーにまでなれたのかということが疑問になる。

 午前中につぶやいたことのまとめになるのだけど、今の大学・大学院のシステムは、対人能力の高いくそまじめな無能の排除がきわめて難しい、というかそういう人にとっての抜け道が用意されたシステムになっている。
 まず、大学入試。AO入試で学力試験無し、せいぜい小論文と面接で判断、という状態だと、対人スキルが高ければ学力がアレでも通ってしまうケースが出てくる。特に、定員を充足しなければならないという経営上の圧力があった場合は通りやすくなる。対人スキルの高い人は高校でも先生の覚えはめでたいから、調査書やら推薦書も割といい内容になりそうである。
 入学すると学部の講義をとらなければならない。理系の場合、特に要領が良ければ、レポートなどは他人の書いたものを写したり真似たりしてそこそこのものを書けてしまう。実際にそうやってレポートや課題をクリアしてきて、卒研になったとたん何もできず、問いただしてみたら「これまでは全部いろんな友達のを写していた。今回初めて自分一人でやることになってどうしていいかわからない」と言った学生は実在する。専門の講義については、さすがに全科目レポートというわけにはいかないだろうけど、出席が良くて授業態度も良い場合、なかなか落としづらいだろう。留年率が高いと文科省が横やりを入れるというのがあったり、どっかのNPOが留年を減らせと叫んだりするものだから、試験で落ちた場合も追加課題などで救済策が用意されることも考えられる。真面目に講義に出ていた場合、その分が考慮されて落ちづらくなる傾向にはなるのではないか。また、留年させるなという圧力の存在を学生側が知っていた場合、当然タカをくくった試験対応になるわけで、結果として学力が不十分なまま4年生の卒研突入、となる。
 卒研になったらむしろ対人スキルが効く場面が多い。真面目に出て来ているのに落としたりすると、アカデミックハラスメントで訴えられかねないから、研究への適性が多少アレでも教員はサポート側に回る。真面目な学生が卒研の単位を落とすということになると、責任を問われるのは指導教員だから、卒研については教員が大体のレールを敷く。
 次が博士前期課程の入試。内部推薦でも成績優秀者限定なら学力は問題ないし、ペーパー試験に受かるなら学力の水準はまあ満たされていると思って良い(試験がまともに行われているかをきちんと判定するには、試験問題と合格ラインの公表が必要)。面接だけとか、卒研内容の発表などで通す研究科もあって、要注意である。重要なことは、学力がアレでも面接とプレゼンのスキルが高ければ入学できる道があるということ。余談だけど、ウチのペーパー試験で落ちて旧帝大の院に合格するケースが実際にあったりした。
 無事に合格したとして、修士課程の研究でも、真面目にやってるのに不合格判定するとアカデミックハラスメントで揉めるから、やっぱり教員はサポート側になる。大学に真面目に出てきて態度もいい院生であれば、多少実力がアレでもやっぱり教員はサポート役をして、どうにか2年で学位がとれるように手助けするだろう。
 修士論文が書けたとして、博士課程の入学試験。ペーパー試験を課すところは減っているのが現状。大学院重点化のせいで、どこの大学院も定員を満たすのに必死だから入試はかなりゆるくなっている。特に、大学院改組をした後は、何年で何人以上在籍して博士号取得者が出ないと外部評価などでペナルティを与える、という文科省の圧力があるから、改組後ほど入りやすい。また、旧帝大でも、学部直結の研究科は人気が高いが、学部と関係のない付属研究施設などの大学院は定員割れしやすいから入りやすい。修士卒業同程度の学力を有すること、と言いつつ社会人向けと称して試験をゆるゆるにした結果、他大学から受けて合格したものの修士論文が書けなくて留年したため入学できなかったというケースもあった。
 つまり、ほぼ学力試験無しのまま対人スキルだけで博士区後期課程の入学まで辿り着く、ということがあり得る。
 大学側の事情としては、就職しない人が増えると就職率の数字が悪化するので、受験時に職がなくて院進学したい人をしたいというバイアスは常に存在すると考えて良いだろう。
 さらに、博士論文の指導になった場合、共同研究者が大学院関係者だったりすると、博士号を出さないといけないという圧力が常にかかることになるから、本人が困っていたらやっぱりサポート役をするはず。ここでもしこっそり捏造が紛れ込んだとしても、本人の普段の態度が真面目で熱心なら、あれだけやってるのだから出たんだ、というふうに判断が引きずられるということはあり得る。少なくとも、サボリ院生が同じことをやった場合に比べて、積極的に疑いを抱く可能性は減るだろう。
 普通だったら、指導教員が時々はデータをチェックするから、そのときにあるはずの写真が無かったり、見せられた写真と違うものがプレゼンで出て来たりしたら、ちょっと待てどうなってるんだ、ということになってバレるはずである。また、捏造をしているということは、案外同じグループの院生は察知してたりするので、指導教員にこっそり耳打ち→判明、となることもある。
 今回は、博論審査であるはずのチェック機能が全く働かずに学位論文の審査が通ってしまい、理研でも採用され、理研内部でもチェックがかからずリケジョ宣伝した挙げ句に騒動拡大、ということになった。
 学位論文の審査があまりにもザルなのであきれ果てているところなのだけど、もしかしたら、私立大学の問題として学生数に対して常勤教員の数が少なすぎるということが背後にあるかもしれない。大学改革圧力のせいで人的リソースを持って行かれ続けた結果、研究教育がその分だけおろそかになったり派遣先の先生に任せきりになったりということも大いにあり得る。また、博士課程の院生を何人指導したかとか学位を何人にとらせたか、といったことが教員の個人評価の指標になっていたりすると、要件さえ満たしていれば(投稿論文が通っていれば)後は通す方にバイアスがかかる。1つの原因だけで起きるとは思えないけど、いろんな要因が重なると、こういうザルな審査が起きる可能性はちょっとずつ高くなるのではないか。
 もし、英語が書けなくて剽窃したというのなら、学力試験をがっつりやっていれば試験で落ちるだろうから、ここまでの騒ぎの種を仕込むことにはならなかった筈である。

 こういった抜け道は塞がないといけないのだけど、それを邪魔しているのが文科省や留年を問題視するNPO法人や私学の経営上の事情である。AOは油断するとペーパーテストで受からない生徒の受け入れ窓口と化すし、面接試験では対人能力の高い人を主に合格させるというのは仕方のないことでもある。
 ペーパー試験の点数がいいからといって研究能力が高いとは限らないという話はちらほらきくけれど、ペーパー試験の成績が相当お粗末でも研究能力は高い、とう話はまずきかない。研究をするには、あるレベル以上の学力は必要である。理系の場合、知識は積み上げで効いてくるので、AO入試が積み上げのない人を選択的に合格させているのだとしたら、研究者向きの人はむしろ少ない可能性がある。物理オリンピックや化学オリンピックで何位以内、といった基準を課せばAOで研究者向きの人を採れるかもしれないが。
 ともかく、現状では学力チェックをすり抜ける道が制度として用意されている。
 なお、指導の途中でこの院生は研究向きではない、と思っても、今時の指導教員はまず何も言わない。「あなた研究に向いてないから別の道を探せ」などと言うと、アカデミックハラスメントで訴えられるのが関の山だからである。自分で悟って辞めるか、悟れず途中で潰れるかしかないが、鈍感かつ対人スキルが高い人だとそのまま学位取得まで到達するかもしれない。

 こんなわけで、対人スキルだけで学位取得まで辿り着くルートは存在しないわけではない。全部のチェックをすり抜けるには(悪)運もあるだろうけれど。

 その結果がどうなったか。j-cast.comの記事(1/30)

「万能細胞」小保方晴子さんは早稲田大理工卒 出身者は「私大初のノーベル賞だ」「慶応に一矢報いた」大はしゃぎ
2014/1/30 19:21

マウスの実験で世界初の万能細胞「STAP細胞」の作製に成功したとして、研究ユニットリーダーの小保方晴子さん(30)が脚光を浴びている。
小保方さんは早稲田大学理工学部の卒業生とあり、インターネット上では同大の関連掲示板が盛り上がりをみせている。また、何かと批判されがちな「AO入試組」であることから、「宝石を発見した」として早稲田の見る目を評価する声もある。

恩師祝福「非常に驚いてもおりますし、喜んでおります」
研究成果の発表があった翌日の2014年1月30日、早稲田大学はさっそくプレスリリースを発表し、卒業生である小保方さんの経歴を紹介した。小保方さんは02年にAO入試の1期生として早稲田大学理工学部に入学し、応用化学専攻に進学。微生物培養の研究に取り組む傍ら、ラクロス部のレギュラーメンバーとして文武両道の学生生活を送っていた。同大大学院に進学後は「再生医療」の分野に飛び込み、東京女子医科大学との医工融合研究教育拠点「TWIns」で新たな教授につき、熱心に研究に取り組んだという。また、博士課程1年の夏から2年の冬にかけ、米ハーバード大医学部に留学し、今回の「万能細胞」開発のきっかけをつかんだ。
大学時代の指導教員だった常田聡教授も同日に記者会見に臨み、「こうした輝かしい成果を彼女が卒業してたった3年という短い期間で挙げられたという事は我々としても非常に驚いてもおりますし、喜んでおります」とコメントした。普段は明るい性格でおしゃれにも気を遣う女性らしい学生でありながら、ユニークな考え方や行動は目を見張るものがあり、研究に決して妥協しない努力家な一面、そして著名な化学者にも積極的に質問しにいくような行動力を持っていたという。
実際、今回の研究も努力の結晶だ。開始当初は周囲の研究者から「間違いだろう」と言われ、昨年には米ネイチャー誌に酷評されるなど散々だったが、それでも諦めずに5年がかりで成果を出した。学生時代から周囲からの評価も高かったようで、ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授からは「素晴らしい研究者になりつつあるので共同研究を続けたい」として、留学期間の延長を求められたそうだ。

「この天才をAOで発見した早稲田のスタッフは立派だ」
常田教授は「後輩の学生たちにとっても非常に励みになる」と話し、女性研究者の少ない中で小保方さんの活躍は理系の女子学生が勇気をもって研究の成果に入っていけるきっかけになるのでは、と期待を寄せた。ネット上でも、さっそく同学部出身者から「これはうちの学科の評価もうなぎのぼりや」という声があがったほか、早くも「私大初のノーベル賞とれそうだね」「日本の私立大学から、初のノーベル賞受賞となれば早稲田大学の評価は、大きくアップすると思う」として「iPS細胞」の山中伸弥京都大学教授に続くノーベル賞受賞を期待する声も数多くある。また、ライバルの慶應義塾大学と比較して「医学部持つ慶応はショックだろよ」「なんとなく慶応に一矢報いた感じがしてすごい嬉しい」と書き込む人もいる。
小保方さんが「AO入試組」という点も多くの関心を集めている。小保方さんは当時行われていた人物的に優れている生徒を入学させる「創生入試」というAO入試の一種を受験。応用化学科では、レポートや質疑応答で合否を決めていたという。実際に試験監督をした常田教授は小保方さんが手際よく実験をしていた姿や、近くにいた先生に「大学院の博士課程に行ったらどうなるんですか」と口にしていたことなどが印象に残っているという。
多様な人材を入学させる機会として各大学が採用している「AO入試」だが、一芸に秀でてはいるものの授業についていく学力のない人物が「もぐりこむ」仕組みだとして批判的な見方もある。実際に小保方さんのような数少ない「とがった人材」を見抜くのは難しく、常田教授も制度が十分に成果を出しているかについては疑問が残ると慎重だ。
それでも小保方さんの「合格」が創生入試の成果であることには変わりなく、早稲田のネット掲示板では「この天才をAOで発見した早稲田のスタッフは立派だ」「早稲田のAOは宝探しだ。光り輝く宝石を発見した早稲田、おめでとう」「受験マシーンが無双する受験方式の弊害役が証明された」と評価する声が上がる。

 既に学位論文のイントロに大量剽窃が見つかり、引用文献リストはコピペ(本文中に引用文献を特定しておらずどの部分がどの文献によるかもわからない、というお作法の初歩もできていなかったことも判明)、図の一部にメーカーサイトからのパクリの疑いも出ている。
 どこからコピペしたのかをすぐに見つけるのは難しいから、図がおかしいことには気づかなかったとしても、引用が杜撰だったり、イントロの英文の一部だけが随分雰囲気が違うといったことはちゃんと読めばわかったはずである。「わかってない」院生に対してダメ出しをして書き直させるのが指導教員の仕事。常田教授が学位審査の時に学位論文をまともに読んでいたかどうかも疑わしい。

 日刊工業新聞の記事(1/31)

「STAP」開発の小保方氏、「積極的で努力家」-恩師の常田早大教授
掲載日 2014年01月31日
 新たな万能細胞「STAP細胞(刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞)」の開発に成功した理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーについて、学生時代の指導教員である早稲田大学の常田(つねだ)聡教授が30日、報道陣の質問に答え、「積極性が高く、非常に努力家。そうした姿勢が大きな成果につながったのではないか」と教え子の業績をたたえた。

 小保方氏は早大理工学部の4年生だった2005年に常田教授の研究室に所属。11年に大学院博士課程を修了するまで早大に籍を置いた。
 もともと細胞生物学は専門ではなかったが、「分からないことがあると、どんな著名な研究者に対しても臆せずに質問し、突破口を開く力をもっていた」。努力家としても周囲に認知されており、「とても明るい性格。陰で努力や苦労をしていたが、その姿を人には見せなかった」という。
 早大に在籍しながら、再生医療分野で最先端の国内外の研究所へ武者修行に送り出した。「若手を育てるには大学内に閉じ込めるのではなく、優秀な学生でも送り出す勇気が必要だと思う」と話した。

 研究のスキルで突破するところを、対人スキルで得た情報の切り貼りで突破したんじゃないかと理解すれば、質問に熱心だったということとはつながる。ただ、熱心に質問し(教師の目から見て)努力家で明るい人物には、なかなかネガティブ評価を下しにくいし、疑うきっかけも掴みにくいだろうとは思う。

 いずれにしても、論文での剽窃や図の改ざんは一発アウトで退場を求めるしかない行為なので、本人の態度や対人能力とは無関係に、擁護の余地はない。