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横浜市水道局のNMRパイプテクターの試験結果を読み解く(2019/09/05)

パイプテクターのパンフレットの科学としては無意味な説明を担当者が見抜けず,2度に渡ってパイプテクターの試験を水道料金でする羽目になった(独立採算なので税金ではないそうです。修正しました)横浜市の皆さんにはお気の毒ですが,効果が無いという結果がしっかり出ました。貴重なデータですのでありがたく有効に使わせていただきます。横浜市で老朽化マンションにお住まいの方も,売り込みを受けた場合,水道局で効果が見られなかったものだ,ってことで断りやすくなるのではないでしょうか。

およその経緯

検証第一段階(平成24年〜平成26年)

  • 平成24年7月 横浜市水道局と株式会社アクアエンジ(水道局OBが作った会社)の間で「NMR広報による配水管における赤錆防止及び残留塩素低減防止効果等の検証に関する共同研究協定書」が取り交わされる。
  • 設置場所は,菅田配水池からつながっている先の老朽化した配管で,検証箇所の最初の採水地点を①,パイプテクターを取り付けた下流側でパイプテクターに近い場所を②,遠い場所を③と番号付けしている。採水地点の図は平成25年度全国会議の発表論文のプレゼン資料に出ている。測定は(平成24年?)の9月下旬から設置前データ取得,11月5日に設置し,その後3月下旬まで設置後データの取得が行われた。
  • 平成26年3月31日に横浜市水道局とアクアエンジとの協定が終了したため,この時までにNMRパイプテクターは撤去された。

検証第二段階(平成28年〜平成30年)

  • 第一段階の試験結果が一応はポジティブであったため,平成28年度予算で,パイプテクター2基の購入が行われた。この購入は,長期的な検証のためであった。
  • 長期的な検証では,どこで試験をするか,かなり詳細な検討が行われた(「平成28 年度 第1回 NMR 装置検証PJ 議事録」ファイルの後半の備忘録)。2カ所の設置場所を決めるのに,平成28年6月16日の会議から検討を開始し,平成29年2月27日までかかっている。この間,いろんな場所が候補に挙がったが,採水作業がしやすいかどうかや,鉄分量のばらつきが大きいといった理由で候補から外されている。できるだけ結果が見やすい場所を探していた様子がうかがえる。
  • 設置場所は寺前二丁目(アパート外水栓で採水)と,港南中央(公園)に決まった。装置検証に伴う採水の手順も決まった。採水口付近に滞留している水を流した後,配水管からの水を取るように手順が決められていることがわかる。
  • パイプテクターの設置は2カ所とも3月上旬(寺前二丁目が3月8日,港南中央が3月3日?)に行われ,設置前後の一定期間,装置の上流側と下流側で残留塩素と鉄分を測定した。寺前2丁目については設置前およそ4週間ほどの測定が,港南中央については設置前4週に加えて6,7,8月の測定結果があった。設置後は12月20日まで定期的に測定を行った。その結果,2カ所とも,残留塩素については上流側と下流側で変化が見られず,鉄分については測定限界以下しか出ていない様子だったが特に変化はなかった平成29年度水道局水道研究等報告会「核磁気共鳴(NMR)工法による口径50mm配水管における残留塩素減少防止効果の検証」報告書)。
  • 検証に用いた口径50mmのSGP-VB管は腐食箇所が主に継手部分のみであったので,効果が顕著ではなかったのではないかと考えられた。このため,設置場所の再選定を行うこととなった。
  • 平成30年度の当初のスケジュールは,5月にパイプテクターを撤去し錆のサンプリングを行い,6,7月に撤去管の検証を行い,8月移行に新たな設置場所を検討する,という予定であった。その後,スケジュールが変更されつつ,平成30年度を通じて,撤去・錆のサンプリング,管の検査などが行われた(研究調書の題1四半期第2四半期第3四半期第4四半期)。

 サンプリング等

 流れを1行で説明すると,パイプテクターで残留塩素の減少減ったっぽいよ→場所増やして精度上げて試験したよ→塩素の減少変わらないよ→錆が継手のところだけだからあんまり影響しなかったんじゃね?→装置は水和電子作って錆を減らすって言ってるんだから錆が変わってりゃ効果ありだよね→錆調べたけどちっとも変わらなくね?→終了,となる。

きちんと測ると効果が出ない

検証第一段階の問題点

 検証第一段階の結果は,パイプテクターの上流側①と,下流側②,③の箇所で,残留塩素濃度と水温を継続的に測定し,設置前後の値から,設置後残留塩素濃度の減少がおさまって一定になったことをもって,大幅に改善したと主張していて,その結果を示したグラフが19ページにある。

fig-nmrp-04-01.png

 しかし,この結果をよく見ると,設置日近辺の下流側の塩素濃度,とりわけ③が異常に下がっているように見える。①は装置の上流側,②は装置の下流だが装置に近いところなので,①と距離が近いから,塩素濃度もだいたい同じように変化しているのだろう。①と②の10/1近辺の測定結果を見ると,設置後上昇して安定したとされる測定値と変動幅の範囲で変わっていない。どういう偶然なのかはわからないが,最初の試験では,塩素濃度が①でやや低く、②と特に③で短期間大きく低下している時にパイプテクターを設置したことになる。

 水道局が,塩素濃度が一定の範囲に収まるように調整していて,その範囲内で様々な要因で増減しているのであれば,偶然低下していたところから測定を始めれば,そのうち上昇するのはむしろ当たり前である。平成24年の試験は,偶然,最も塩素濃度が低く出ていた時期にパイプテクターを設置したため,見かけ上,塩素濃度の増加が起きたように見えてしまったのだろう。

 私なら,この結果が出たら,効果があったという判断はせず,結論を保留する。これで判断するのは,間違える可能性が高くてちょっと危なすぎるからだ。パイプテクター設置の結果でなかったとしても,こういうデータが出たら追加の実験をしてからでないと判断はしない。なぜなら,偶然,変動幅の底の部分を踏んでしまっている可能性が高いからである。

  協定期間の制限等のために十分な期間が取れなかったのかもしれないという面については同情するし,たまたま塩素濃度が低いところを踏んでしまったのが不運だったのだろう。

 こういう形で判断を間違える理由は,いわゆる健康食品などが慢性病に効くという触れ込みで販売され,効いたという体験談が出回るのと同じである。慢性病の場合は良くなったり悪くなったりするので,たまたま一番悪い時に健康食品を使い始めた人が,改善したという体験をすることになる。その人個人の体験は事実だが,効くかどうかとは無関係である。

 ただ、どうも変動の仕方に疑問があったので、全部開示された文書の(4)のExcelファイル(上の図の元データが入っている)を確認してみた。「【抽出済】維持課編集用」シートのカラムEの塩素濃度が現地測定の結果で、最もよく管内の状況を反映しているものらしい。10月10日までは①②③④と番号を振った4カ所で測定しているが、10月10日以降は、従来の③を廃止し④を③としてラベルを付け替えたという記載がある。このため、グラフ表示用のデータを、10月2日までは①②④、それ以降は①②③をそれぞれ同じものとみなして1つにまとめた。さらにその後、3カ所の測定に変えてやめたはずの旧③が「ゴミ置き場」の表記で復活している。12月27日については同日に時間を変えて2回測定されているが、他のデータはすべて4時前後に測定されている(一部測定時刻の記載のないものがある)ので、4時頃の測定結果を採用した。5月14日と6月25日については、「採水失敗により不採用」の記載があるので、取り消し線を描き入れた。6月11日の結果については「③はゴミ置き場を採用」とあるが、なぜこの日だけ違う場所の採水データを使うのかがわからないので、統一するため③の測定値の方を使った。なお、測定の最初の2点は採水時間が早朝ではなく午後である。全データを入れたグラフを示す。温度データはどれを使うべきかよくわからなかったので入れていない。

 fig-nmrp-04-02.png

 これを見ると、下流側ほどばらつきが大きく、やはり③が一番小さくなっているところでパイプテクターを設置しているように見える。また、設置前は頻繁に採水が行われていたのだが、設置後は頻度が減っていることが気になった。午前4時の採水が大変なのはわかるが、もう少し測定日を増やした方が良かったのではないか(9月から10月の測定日は多いので不可能ではないだろう)。全体としてばらついているけれども、設置の頃が濃度最小に近く、その後2月下旬にかけて緩やかに増加し、7月頃に向かって少し減少し、その後は上昇、という変化で、装置上流側の塩素濃度の値と下流側のが同じ傾向で変動している。プレゼン資料の図は、設置前の測定データを間引いてあるので、変化の様子の印象が違う。

G@回転中氏による指摘

 この結果についてtwitterの方でコメントが出ていたのでまとめた。ただ,最近の日本システム企画株式会社のやり口は,都合の悪い情報は仮処分などの圧力で消させるというものなので,要約を書いておく。

  • 最初に行われた内部研究がこれではないか。
  • 設置前が気温が高く設置後は気温が低い季節なので,効果有りの結果は季節の違いで説明できる。
  • 元のデータが1/8までなのに後から3/22まで追加され,さらに9月までのデータと最初からの水温のデータが追加されている。
  • 元々欄があるのに記録されていなかった水温データが追加されているのはおかしい。他の場所のデータを後から埋め込んだ(上流のどこかの測定データ?)のではないか。
  • ③のデータは操作可能。直径100mm長さ10m分の動かない水なので80ほど,そのまま測ると残留塩素はほぼ0で,80L捨てて測ると②と変わらない値になるはず。
  • 水を流したまま3回測定していたら,後の方のデータは滞留した水のものではなくなるはず。
  • 本来欲しかったのは,流れていてなおかつ塩素が低下するということへの対策方法なので,滞留してるところで測って意味があるのか。
  • ③の分岐前は流れているが分岐後は何十日か滞留していることもあり得る。
  • ③については,1月8日までは滞留水の測定,その後は滞留水を捨てて測定していたのではないか。

 

実験の精度を上げると結果はネガティブ

 第一段階のデータの精度がいまいちだったからか,第一段階で得られたポジティブな結果は,さらに調査をしてみましょうという理由にはなったが,正式に採用してどんどん使いましょうという結論には至っていない。

 第二段階では,水道管の継ぎ手部分の腐食に注目して,設置も2カ所に増やし,測定の期間も延ばして調査した。その結果,設置前後の期間について平均すると,設置前後で塩素濃度に違いはなく,測定で検出できるような鉄の濃度の変化もみられなかった。

 塩素濃度は測定限界を十分に超えていて評価できる値が出たが,鉄については少なすぎて,差があるかどうかを議論できるだけの測定結果が得られていない。この理由として,試験をした管の腐食が主に継手の部分にしか無かったということが指摘されている。つまり,錆そのものの量が少ないために,仮に変化が起きたとしても水中の鉄濃度に及ぼす影響もわずかだと予想されたということである。

  この資料に添付されているパイプテクターのパンフレットに書かれている原理(科学としては全く無意味なのを承知の上で)を採用するならば,パイプテクターが変化させるのは水そのもので,普通の水から水和電子を取り囲んだ水に変え,その水が錆を変える、ということになる。この場合、赤錆の存在量が元々少なくても,その少ない赤錆と水和電子とやらが反応して黒錆になってくれていれば,効果があったといえることになる。横浜市水道局は,このストーリーにきっちり乗った上で,パイプテクターを設置して1年ほど経った後の配管を外して,上流側と下流側を目視で観察し,錆を採取して分析した。

 設置した二カ所とも,管を外して目視で確認した継手部分の錆は,パイプテクターの上流側と下流側で違いがみられず,錆の成分を確認しても上流側と下流側で違いがあるとはいえなかった。パイプテクターのパンフレットによると、水に触れる錆の表面から黒錆に変わっていくはずだ。しかし、実際には、見た目は全く変わっていなかったし、成分の方も、黒錆に変わっているということは起きていなかったのである。

 つまり,より長期間にわたって塩素濃度を測定したら,設置前後での変動が表れなくなった。その結果と,錆の状態にも変化が無かったということは矛盾していない結果であったということになる。変動する時系列の測定結果からなにがしかの変化の傾向を見いだそうとするとき,観測期間を増やせば消失する違いというのは,もともとそういう変化は無かったということを意味する。変化があるように見えたとしたら,変動幅の範囲で生じる揺らぎを途中から短期間観測したために,その期間内ではたまたま変わったように見えただけである。

 測定値の変動幅について知っておくために,平成29年度の参考資料から,図を2枚引用する。上流側の塩素濃度は変動するので,下流側もそれに応じて変動する。もし,パイプテクターの効果があって,赤錆が減るなら,塩素の減少が抑えられる結果,下流側の塩素濃度が設置後徐々に上流側に近づいてくるはずなので,そうなっているかどうかを確認した,という測定である。

fig-nmrp-04-03.png

fig-nmrp-04-04.png

  水道局のデータから言えることは,水道水に残留している塩素濃度は日によって変動しているということ,錆が改善したかどうかを塩素濃度から見るには,パイプテクターの上流側と下流側で長期間繰り返し測定し,塩素の減少がどの程度抑えられていくかを見なければならないということである。もし,下流側でのみ塩素の変動を測定したら,上流側の揺らぎで生じる塩素濃度増加を装置の効果と誤認するかもしれない。上流側と下流側で測定しても,その差の方も変動があるので,揺らぎを効果と誤認する可能性はある。鉄分の量で評価できる状況であったとしても,それなりの期間測定し,もともとの変動幅がどの程度あるかを見てからでないと,設置後の評価は難しいだろう。この測定結果は,塩素濃度そのものが日によって変わったり長期的に変動したりしていること,上流と下流の塩素濃度の差も一定ではなく変動しているということを知っておくのに役立つ。

マンション等では「測定ガチャ」をやっている可能性

  日本システム企画株式会社のパンフレットに掲載された導入例では,設置後2〜3ヶ月以内に顕著な赤水減少効果があり,1年で錆による管の閉塞に目で見てはっきりわかるほどの違いが出ている。この結果と,横浜市水道局が測定して得られた結果は,全くかけ離れている。謎水氏のマンションでは,設置前後で配管の錆の内視鏡検査があり,撮影に際して事故が起きないようにずっと見守っていたところ,閉塞率の違いはほぼみられなかった。パンフレットで主張される劇的な効果と、丁寧に測定した結果得られたデータは全く釣り合っていない。

 今のところ,業者がサンプリングをして分析もした場合だけ,顕著な効果が出ているようである。JICAを経由してベトナムの施設に設置したケースでは,効果が無いというクレームが出ているという情報もある。

 試料の採取と分析を誰がやるかによって顕著な効果が出るかどうかが変わるようなので,マンション等の施設に導入するときは,試料採取も含めて,設置前後の検査は日本システム企画株式会社と無関係の会社に依頼する方が安全だろう。導入を進める側も、より客観的な証拠がある方が話を進めやすいはずだ。

 ただし,日本システム企画株式会社と関係のない分析会社に試験を依頼した場合でも,横浜市水道局の最初の試験のようなことは起こりうる。この場合、効果があるという間違った結論に至る可能性がある。塩素濃度も鉄分の濃度もある範囲で変動するので,測定ガチャで上昇を引くか下降を引くかは運次第だからである。一般住宅では,そうそう何回も検査をするのは難しいかもしれないが,専門の施設管理担当者がいる場合は,ある程度の期間にわたって繰り返し測定を行って,測定結果の変動幅に対して変化があると言えるかどうかまで確認するべきである。

 横浜市水道局の試験は、きっかけが水道局OBのコンサルティング会社との協定事業であり、続けておこなった試験ではパイプテクターの購入に予算をつけている。この試験は、税金を使った以上、パイプテクターに何らかの効果が出てくれないといろいろと困る人達が行ったものといえる。試験場所を選ぶのにも半年以上かけている。にもかかわらず、パイプテクターで赤錆の状態も塩素濃度も変わらなかったという結果となった。パイプテクターは、事前に試験条件を十分検討した場合でも、結果が出ないのである。どういう条件が整えば、パンフレットに出ているすばらしい効果が得られるのかは全く不明である。防錆効果が出ないと困る立場の人達(しかもプロの水道局の人達)がいろいろ検討して設置してもこの結果なのだから、一般の人が買ってパンフレット通りの効果が必ず得られる保証は無いと考えてよいだろう。

パイプテクターそのものについて

 磁気活水器の一種に過ぎない

  日本システム企画株式会社は、 NMRパイプテクターは磁気活水器ではないと言い張っている。しかし、パイプテクターの特許に書かれた構造からも、分解した結果からも、金属製のケースの中に永久磁石が配置されているだけであることがわかる。装置の構造としてはいわゆる磁気活水器と全く変わらない。磁気活水器を作っておいて磁気活水器でないと言い張るのは勝手だが、装置の構造以上の効果が現れるわけはないので、防錆効果は全く期待できない。

パンフレットの原理の説明は間違いだらけで、裏付けとなる測定がない

  • 「NMR(水素の原子核の共鳴)現象によって水分子の凝集が小さくなると、水の自由電子(水和電子)は凝集の外側に移動します。」まず、管内の水にラジオ波を照射する仕組みのないこの装置では、 NMRという現象は生じない(以前、これを指摘したら、当社の電磁波は金属を通過するとか黒体輻射だとか言い出したのだった)。 NMRを測定できるようなまともな装置を使った場合であっても、NMRが原因で水分子の凝集が小さくなるということは起きない。 そもそも,管の中を流れる水道水に磁場という条件では,水に自由電子は存在しない。存在しない自由電子が凝集の外側に移動することもない。たったの一文によくこれだけ科学として間違った内容を詰め込めたものだと感心する。
  • 「奇数の原子番号の物質,例えば水素の原子核は,原子核がN極とS極に分極(磁極化)しており,この原子核にある特定の電磁波を与えると,原子核が共鳴振動を起こします」例えば炭素は原子番号が6で偶数だが,炭素の同位体(原子番号は6)の13Cは核スピンを持っており NMR信号を観測できる。また,「特定の電磁波」でごまかしているが, NMRの起きる電磁波は波長(あるいは周波数)が決まっている。しかし,パイプテクターの宣伝では, NMRを謳っているのに必要な電磁波の波長や振動数の具体的な値は全く出てこない。また, NMRを起こさせる特定の電磁波が存在していることを,装置を取り付けた管の中で測定したという結果もどこにもない。なお,「原子核が共鳴振動」は間違いで,「核スピン」のあつまりに,ラジオ波程度の(=電子移動つまり化学反応を起こさせるには全く足りないエネルギー)を与えるのが本来の NMRでやっていることである。

 「水和電子」って?

 パイプテクターで水和電子ができるという根拠として,Scienceの論文(Science307(2005)93-96)が使われている。これに関する調査は少し面倒である。

 ScienceやNatureに載る論文というのは,その分野をよく知っていることが前提として書かれていて,実験の詳細や装置まわりの話は引用文献を探さないと出てこないことが多い。文献紹介をするときに,本文が短いから簡単に読めるだろうと思って選ぶと,読んだだけでは内容を説明できず,リファレンスをたどりまくる羽目になって泣くことが多いというのが大学院生の常識である。今回も例に漏れず,どうやって水和電子を作るのか?という情報にたどり着くまでが多少面倒である。

 論文中程に"These clusters were generated by means of a new pulsed valve(15)"とあるので,文献(15)をたどったら,U. Even, et al, J. Chem. Phys.112(2000)8068, "Cooling of large molecules below 1 K and He clusters formation"で,内容は,低温で高圧バルブをノズルに取り付けるという方法で1KのHeクラスターを作ったというものだった。ということは,同じ装置で水クラスターを作ったのだろう。でもって,Scienceの方には,"The gas mixture was crossed by high-energy electrons(〜500eV)"とあるので,ノズルで,水中ではなく気相中(しかもおそらくは低圧の条件)に作った水クラスターに,別途,電子ビームを当てることで水和電子を用意したことがわかる。なお,作ったクラスターにレーザーパルスを当てることで,電子を剥がすこともできると書いてあって面白い。水和電子の測定方法はまた別の論文に書いたとある。

 Scienceの論文では,真空中に高圧バルブ付きノズルで水を噴き出させて気相中に水クラスターを作って,別途電子ビームを当てて水和電子を作っている。日本システム企画株式会社の主張は,水和電子が磁石を取り付けた管の中を流れる水中でできるというものだから,条件が全く違う。Scienceの論文は,パイプテクターの効果で水和電子ができるということとは全く関係がない。

 「水和電子」というキーワードで検索して,引っかかった文献を,水和電子の作り方も確認せずに根拠だと言い張ってるだけにしか見えない。引用されている文献も含めて,きちんと内容を読んでいるとはとても思えない。まあ,内容が理解できたら,条件が違い過ぎる論文を持ってくるという見当外れな文献の示し方は最初からしないだろうが。

そもそも外部からエネルギー供給が無い

  NMRを起こすには,静磁場以外に外からラジオ波を照射する必要がある。そのための電源がパイプテクターには存在しないので,NMRが起きるはずがない。NMRの測定が難しいとしても,電波の測定はできそうなものだが,「特定の電磁波」と言っているだけで,電磁波が出ていることを測定した形跡も全くない。

 水和電子を作るには,圧力差を作ってノズルの先から水を噴き出させ,さらに別途エネルギーを与えた電子ビームを照射する必要がある。いずれも,エネルギー源=電源が必要である。パイプテクターにはそのようなメカニズムも電源も無いので,水和電子ができることはない。

バッキンガム宮殿の真実

 パイプテクターの宣伝では、しきりに、バッキンガム宮殿で使われているという事が強調される。バッキンガム宮殿があちこち老朽化していることは事実である。「老朽化進むバッキンガム宮殿、英政府は改修費505億円を承認」という、2016年11月21日付けのロイターの記事によると、

[ロンドン 18日 ロイター] - 老朽化が進む英バッキンガム宮殿改修のため、英政府は、緊急に必要な費用として今後10年で3億6900万ポンド(約505億円)を承認した。第二次世界大戦後に設置された電気系統や水道管、暖房設備などの交換を優先させるという。

エリザベス女王の家計維持費を賄うための政府支出である「ソブリン・グラント」を一時的に引き上げて拠出する。2017年4月から重要部分の工事が始まるが、改修工事中も宮殿は引き続き使用され、稼働する。

バッキンガム宮殿には毎年、数百万人の観光客が訪れ、特に衛兵交代式や夏の一般公開などが人気を集めている。

とある(強調部分は筆者)。 NMRパイプテクターを導入した筈なのに、水道管は交換することになっている。パイプテクターでは効果が無かった証拠ではないだろうか。

霞ヶ関方面の人々へ

 平成25年の,検証第一段階の内容が宣伝に使われたため,厚生労働省が横浜市に質問を送っていて,その回答も開示された文書の中にあった。

「厚生労働省健康局水道課が国会議員から NMR に関する同省の見解を求められ、それに 対する回答の参考とするため」とあるので,国会議員でこの問題に興味を持って下さった方がいるという事らしい。どなただろうか。是非知りたいところである。実際のやりとりはこんな感じである。

質問1) 当該実験は赤錆防止効果による残塩消費の抑制を期待して行ったものと認識しています。実際に残塩消費が抑制された結果を受けて、当該装置の装着効果について具体的にどのように評価していますか。
 また残塩消費を抑制する原理・メカニズム等について、わかる範囲で教えていただけますか。
回答1)今回の検証は、NMR の赤錆防止効果により、塩素消費を抑えることも可能ではないかと考え実施したものです。今回の検証結果では残塩の減少が改善されたことを確認しました。
NMR の原理については、メーカー資料に記載されている内容以上のものは把握しておりませんので、詳細はメーカーにご確認ください。

 つまり,日本システム企画株式会社が出してきたパンフレットや資料の内容について,科学として内容がおかしいのではないかということはあまり考えず,とりあえず試してみたということらしい。横浜市なら,横浜国大も横浜市立大も近くにあって,化学の専門家も大勢居るのだから,まずそちらに相談していれば,引っかかることは無かったはずである。もっとも,横浜市が試験をしてくれたおかげで,きちんと測定すると効果が無かったという結果を手に入れることができたので,ありがたい話ではある。

質問2) 本装置について、横浜市が残塩減少防止効果について論文で発表したことを積極的に商品の宣伝に使っているように見受けられます。
このことは横浜市の了解事項なのでしょうか。問題視はしていないのでしょうか。
回答2)今回の共同研究は、販売代理店の(株)アクアエンジと協定を結び、実施したものであり、NMR を開発した日本システム企画(株)とは直接契約等は行っておりません。
横浜市水道局が発表した論文は、本装置を用いた残塩減少防止についての検証結果の事実を報告したものです。

 学会や研究会などで発表したものが他で利用されてもそれは仕方が無い,というのが横浜市のスタンスのようである。まあ,発表しておいて内容を使うなというのもおかしな話ではある。なので私も積極的に使わせていただくことにする。残りの質問と回答についてはリンク先を見てほしい。

  もう一つ,興味深い照会の記録があった。

 外務省大臣官房在外公館課の営繕管理官から,『平成25年度水道研究発表における「特定の電磁波を応用した防錆装置による配水管における残留塩素減少防止効果の検証」論文の提供方依頼について』というのがあって,平成29年10月5日付けで回答している。

 JICAがらみでフィリピンの施設に設置したが効果が無かったというクレームが出た件があったので,その調査なのかな,と思わないでもない。

 照会のタイミングが,平成29年度の研究結果報告が出る前だったので,効果があるように見えている平成25年の結果が回答として出されたらしい。

 今であれば,効果が無かった方の平成29年と30年の報告書も参考資料もまとまっているので,照会すれば入手可能である。平成25年の結果を根拠とするのではなく,2回目の調査の方も入手していただきたいところである。