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絵心

Posted on 1月 14th, 2006 in 倉庫 by apj

 TOSSヲチ掲示板の方では、描画指導の酒井式に対する批判が出ている。本当に描きたい子供にお仕着せのやり方を押しつけるのはまずいとか、言われたとおりに描いたのでは絵を描く力は身に付かないとか、そういった議論が出ている。
 じゃあ、普通の人に必用な(義務教育で身につけるべき)絵を描く能力ってどんなもんだろうと考えてみた。自分から進んでスケッチブックを持って出かけたり、好きな漫画やアニメの絵を描いたりする人たちについては、ご自由にどうぞ。その中で、上手くなりたいと思った人は、本を買ったり誰かに習ったりして腕を上げていくだろう。じゃあ、特に絵を描く趣味もない人にとって必用な絵画の能力って何だろう。
 実は同じようなことを国語についても考えていた。漢字の読み書きや日本語のてにをはの使い方を学ぶのは最低限必要なことであるとして、誰にでも必用なのは「文章で他人に何かを説明する程度の作文能力」ではないかと思う。詩や短歌や小説など、文学的なものを書くのは、それが好きな人に任せておけば良い。そういう趣味の無い人が日常生活で必用になる作文能力は「文章で自分の考えを伝える」「マニュアルとなるような文章を書く」ということだと思う。感情を伝える文章よりも情報を伝える文章の方が、実用という点では大事なのではないか。
 国語と同じに考えるなら、絵画の場合は「人に絵で何かを伝えることができる」というのが到達目標になるのではないかと思った。デザイナーが描いたようなきれいなものである必用はないが、最低限、図と簡単な文章で何かを説明できる程度に描ければいいのではないか。すると、絵画の場合、「漢字の読み書き」「てにをは」にあたるものをまず学ばないといけないが、それが何になるのか、美術には素人の私にはよくわからない。

 こんなことを考えているのは、ついこの間illustrator CS2を買ってしまい、テキスト片手に使い方の練習の真っ最中だからかもしれない。思い通りに動かせないベジエ曲線に悩んでみたり、下絵取り込んでトレースの練習をして肩が凝ったりしている^^;)。実際、説明用の図をイヤでも描かなければならないことは時々あるのだ。

 そういえば、広島大学で助手をやっていたある日、教授に呼び止められたのを思い出した。
「緊急事態なの。絵心はある?」
「え、絵心……ですか?」
 言われた側としては、「緊急事態」と「絵心」が一体どう結びつくのか状況がわからず、一瞬固まってしまったわけだが。大体、そんなことを急に言われても、助手募集の書類で求められた内容に「そこの教授と一緒にやっていけること」「学生実験の指導ができること」「主要な業績」なんてのはあったが「絵心」は無かったぞ……、と、とにかく事情をきいた。学会のポスターの原稿の発注を忘れていて、3日のうちにMacで作ったファイルで印刷所に入稿しないと間に合わないのだが、既にデザイナーを捜す余裕もなく、Mac使いは私以外にほとんど居ないという状態だということだった。何とかするしかないので、バイト君に頼んで記念講演をする予定のホールの写真をデジカメで撮ってきてもらい、ぼかして背景に埋め込み、適当にグラディエーションをかけて、会場やら会期やら特別講演やらの情報をテキストで打ち込んで、ポスター原稿をでっち上げた。会議でOKが出たので、そのまま印刷所に突っ込んで何とか間に合わせた。後でその原稿を出版社の人に見せたら「フォントを変えすぎてないのがいい」というコメントをもらった。素人がやると、ついついフォントをあれこれ使いすぎてデザインが崩れがちになることが多いらしい。私は自分のデザイン感覚に自信がなかったから余計なことをせずに、ヒラギノのみ、強調したい一部を角ゴシックで、残りは丸ゴシックで作ったのだが、それが逆に良かったということのようだ。
 こんなことがあったから、山形に移るとき、教授には「後任の助手募集の書類には条件として絵心も付け加えてくださいね」と言って出てきたのだった。
 私の美術の成績は正直言って普通レベルやや下。丁寧に描くとそれなりだが、写生はキライではないが特に上手くもない。好きな漫画やアニメ絵は、描いてもバランスがくずれてうまくいかない。どうもうまく線が決まらないし、そもそもデッサンの基礎がなってないらしい(汗)。
 それでも、上に書いたように、何かを作る羽目になることだってある。美術の時間に、芸術的な絵だけじゃなく、ポスターを描くといったことをさせられたのが、多少は役立っているように思う。学校の授業で身につけなければいけないことは、芸術的な作品は描けなくてもいいから、実用上最低限見苦しくないデザインができるようになることじゃないかと思ったりもするのだけど……。美術の先生の意見をうかがいたいところである。