基準が現状に追いついただけ

 YOMIURI ONLINEより

“徒弟制”一掃、文科省が大学院を抜本改革へ

大学院教育の充実に向け、文部科学省は今年度から、大学院生や若手研究者が教授の労働力とみなされる“徒弟制度”の一掃を目指すなど、抜本的な改革に乗り出すことを決めた。

 近年、大学院に進む学生が増える一方、海外や財界からは「教育水準が低い」との批判が出ており、日本の国際競争力を高めるためにも、大学院教育の質向上が不可欠と判断した。文科省は今後5年間かけて、大学院による教育課程や教員組織の見直しを支援するなど、教育基盤の整備を進める。

 文科省は3月末、専攻分野ごとに講座を設け、教授を頂点に助教授、助手らを配置して教育研究を進める「講座制」の規定を大学設置基準から削除。この枠が外れることにより、今年度から各大学・大学院が自らの裁量で柔軟な教育研究体制作りを進めることが可能になる。

 07年度からは、教授の職務を助ける役割だった助教授が廃止され、新たに学生の教育や研究を主な職務とする「准教授」が新設される予定で、こうしたことを契機に教授と院生らの硬直的な徒弟関係の改善が図られることになる。

 日本の大学院はこれまで教育より研究を重視する傾向が強く、研究室では大学院生や若手研究者が教授の手伝いを通じ、自然に知識を身につけるという「徒弟修業」の考え方が根強く残っていた。

 また、講座制は大学院内の教育研究の責任体制を明確にすることなどを目的に導入されていたが、教授が研究室の人事を独占的に行うことなどへの批判も強かった。このため、院生らからは「教育内容が教授の能力に左右されすぎる」「教授の労働力として使われ、雑務に忙殺されている」などの不満の声が上がっていた。

 一方、産業界からは「応用が利かない」などと改善を求められており、今年度からは、教育の質を保証するため第三者による外部評価が導入される。若手研究者向けの研究費補助も拡充され、財政支援策でも、優れた研究を行う大学・大学院に国が補助金を出す「21世紀COEプログラム」に代わる新たな策を実施する見通しだ。文科省は3月、これら施策を盛り込んだ2010年度までの5か年計画「大学院教育振興施策要綱」をまとめており、要綱に沿って総合的な改革を進める。

 文科省によると、1988年に約8万7000人だった日本の大学院生数は、昨年は約25万4000人に増加している。

(2006年4月30日4時19分 読売新聞)

 今時、講座制のピラミッドを維持できているのは、旧帝大と一部マンモス私大だけではないか。規模の小さい大学では、1学科の教員定員が少ないため、講座制をまじめにやったら、カバーできる専門分野が少なくなりすぎて機能しない。だから、とっくに半講座制、つまり書類の上では講座制だが、実際には教授と助教授が独立に研究室を持って全く別のテーマで研究するという方法でやりくりしてきている。教員採用にもそれが反映されているから、教授が自分の講座維持のために人事を云々ということはない。制度を変えたところで、現状が半講座の大学はほとんど影響を受けないだろう。旧帝が変わるかというと、でかい大学の強みがまさに講座制にあったりするわけで、変わらないんじゃないか。

 「教育内容が教授の能力に左右されすぎる」という文句を真に受けるのはどうかしている。どこの大学院でも院生の方が指導教員指定で進学するわけで、選ぶ権利は院生にある。教員側は拒否できない……というかヘタに拒否したらアカデミックハラスメントじゃないかと言われるおそれがある。だから、その先生の指導が嫌なら別の大学の別の先生を選んで受験すればいいだけではないか。それに、院生が居なくなれば、手当や研究費が減るという形で教員にもフィードバックされる。

 教育のうち、基礎的な力を付けるという部分に限って言えば、内容を左右している原因は「教授の能力」ではなく、その専攻のカリキュラムに対する取り組みや、専攻に所属している教員の研究テーマになるのではないか。
 学部の教育では、例えば、理学部の「化学科」であれば、日本全国どこの学部であっても、カリキュラム内容にそう大きな違いはない。ウチの学科では、生物系を強くしてみました、という特徴を出しているが、それでも普通の理学部化学科でやる内容はカリキュラムに組み込まれている。また、学部ではこんな教科書を使う、という相場も大体決まっている。大学に指導要領はないが、ある学科のスタンダードな教育内容については、教員の共通認識となるものがあると言ってよい(文学部はよく知らないが、文系でも法学部では決まってそうだし、理工系は決まってない所の方が少ないだろう)。教え方の上手下手はあるとしても、スタンダードが決まっている場合は、その差が出にくい。
 これが、修士以上になると、スタンダードなカリキュラムや教科書が今のところはほとんど無い。すると、各教員の専門に特化した内容が講義の内容になりがちである。また、修士課程で、講義によってとらなければならない単位は少ない。院の講義を隔年開講にして、見かけよりも教員の講義負担を減らしている場合もある。まあ、こういった要因で、相対的に講義内容の一般的な部分の比率が下がるので、「教授の能力」に左右されるように見えることになる。
 海外で出版されている教科書を見ると、大学院向けというものがいくつかあるし、国内でもそういう教科書が出始めている。ただ、ある分野の院のスタンダードなカリキュラムがどうあるべきかということについては、確かにあまり整備されていないと思う。

 ところで、私が修士向けの講義で何をやっているかというと、複素積分の簡単な使い方、フーリエ変換を使って時間領域と周波数領域の変換、空間座標と波数空間の変換、ブラウン運動の扱い、といったあたりである。これを、分光測定の基礎を説明するという形で説明している。物理の話題のうち、化学でもよく使いそうなものに絞ったつもりである。学部でやるにはちょっと物理っぽ過ぎるのだけど、機器分析から一歩踏み込んで何かしようとすると、もはや物理と化学の差が無くなっているもので……。

 博士課程在学中は、講義による単位はとることになっていたが、時間割が存在しなかった。受講届けだけ出しておけば、単位が出るとのことだった。それでは面白くないし、野次馬根性もおさまらないから、講義があるというタテマエの方をうまく利用して「普段やってる講義かゼミのどれかに入れてください」と先生と交渉して、学部の人類学でやってる講義とか、研究室で毎週やってるゼミとかを見せてもらった。キャンパスが離れているから、本郷に出向くのも気分が変わって良かったし、知り合いを増やしたり情報をもらったりするきっかけにもなった(外部から他分野に潜り込むと、本当に隣は何をする人ぞ状態になるもので)。

 雑用については、軽部研の頃は多かった。が、60人前後居る研究室の切り盛りで発生する雑用だから、みんな仕方がないと思っていた。一番割を食ったのは助手で、雑用のみで一日が終わる状態だった。ただ、それも、潤沢な研究費を維持するためには必要だというのが了解事項だった。
 今は……どうしても人手が要るとき以外は雑用は回していない。人手が要る、というのは、例えば、棚を廃棄処分にする時や、でかい実験用機材が届いた時に、運ぶの手伝ってという場合である。
#教員だけでやると腰を痛める人が続出するのが関の山^^;)。
 お茶大も半講座だったが、教授が助手に雑用を回したら、助手が学生を使ってやろうとしたので、「給料もらってる人がやらんかいゴルァ!」と、教授が助手を叱ったって話ならあったりする。これも、研究室のカラーによるのかもしれない。
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準ひきこもり、ってのが居るのか……

 掲示板経由、はてなダイアリーのエントリより。
 大学では、クラスで何かするといったことを強制されないので、他人と積極的に関わらなくても過ごしていけるから、一見適応してるように見えてその実ライフスタイルが引きこもりである、という話。
 元ネタは「大学生における準ひきこもり行動に関する考察 ―キャンパスの孤立者について―」「かぐや姫症候群に関する考察 ―準ひきこもり行動との関連から―」という、富山国際大学の大学紀要に掲載された論文である。
 まあ、こういう論文を書きたくなる気持ちもわからないでもない。定量的な調査をしたわけではなさそうなので、問題提起のためのものだろう。
 「準」ではなく本当に引きこもり状態になって学校に来なくなる学生への対応をする羽目になっているのが大学教員の現実で、だからといって大学教員はカウンセラーじゃないから何をどこまでアドバイスすればいいかもわからず、学内じゃ教員に対する説明会まで行われている。ところが、それだけじゃ済まなくて、一見問題なさそうな学生も実は……というのが大学紀要の内容だろうけど、問題提起されても教員の側から対応するのは難しいだろうなぁ。
 「地方私大教員が就職率の悪さを学生に転嫁するために考え出した新しいレッテル」などという見当外れを堂々と書いている自称院生も居るが、認識不足だろう。責任を学生に転嫁したって、就職率の数字は改善しないわけで、誰の得にもならない。
 ただ、この問題が事実であったとして、かつ広く認識されるならば、「準ひきこもり」の状態でも大学に出てきているのだから、仲間と一緒にやらないとできない課題を準備するといった対策は可能だろう。誰にでも有効ではないだろうが、人付き合いの練習のきっかけ程度にはなるかもしれない。あるいは、医学部のように、仲間の輪に入って試験対策をしない限り脱落するカリキュラムを用意して選別することで、見かけの就職率を上げるという手もある。この場合は、就職率が改善するかわりに、留年と退学の率が上がるかもしれないが。

 
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カップが届いた

 コーヒーカップが不良品だらけな件について。若干割高だが国産品のカップを通販で注文したのが、本日届いた。見た感じでは、材料のムラもないし、これなら大丈夫そうで、ちょっとほっとしている。
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三貴商事って……

 事務から「三貴商事株式会社の社員が研究室を回って営業活動をしている」という情報が回ってきたわけだが。事務では既に、「本学部では,教育・研究活動に支障を来すため,研究室等に立ち入っての営業活動はお断りしている」のに、まだしつこく営業しているということだ。ネットで調べたら先物取引の三貴商事株式会社が引っかかった。来てるのはこの会社の営業なのか?勧誘方針のページを見ると、

2.勧誘姿勢
当社では、お客様が迷惑となるような時間帯での勧誘行為、あるいは執拗な勧誘行為は致しません。お客様への投資勧誘は法令・諸規則を遵守し、お客様ご自身の投資判断と責任において取引ができるように、十分な説明の上でお客様本位の投資勧誘を行うように努めます。
なお、オンライン事業においては、ホームページ・メールマガジン・新聞・雑誌等の媒体を通してのご案内を行い、お客様に対し、金融商品の推奨、売買の推奨等を目的とした電話や戸別訪問による勧誘行為は一切行いません。

と明記してある。私のところにはまだ来てないのでよくわからないのだが、同名の別会社なのか?
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日経サイエンス6月号

 日経サイエンス6月号24ページに、茂木健一郎氏が『「わかりやすさ」の病』という短いコラムを書いておられる。

 昨今の日本人は、「わかりやすさ」の病にかかっているように見える。科学的知見を解説する場合でも、あたかもそれが絶対的な真理であるかのように「断言」することが求められることが多い。

とある。そのあと、科学的真実は仮説であるという説明があり、

 科学することの中核には、現状に対する批判精神がある。ポピュラーサイエンスの文化において、日本人が「わかりやすさ」の病にかかっているとすれば、その批評精神の欠如はより広い社会的文脈においても害をなしているはずである。

と指摘している。
 この話と多少関係するが、以前にこんなことを書いた。そのあと、「わからなさに対する耐性が減っていることが問題なのではないか?」という話を周りの人たちとしていた。本当はわかってないことに、わかりやすい説明を無理矢理くっつけるとインチキが入り込むことになる。また、「科学で説明できないこともある」からといって、別の何か、たとえば「効果があるかもしれない」という「可能性」を積極的に「信じる」のは明らかな嘘である。「科学で説明できないこと」で、科学の枠組みに入る話なら、科学で説明が付くまで棚上げにして放置するのが正しい(その問題の研究者は別だが)。
 どうも、既に解決済みのことばっかり教育されて、解決してないことをどう扱うかという部分が抜けているんじゃないかと思う。
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アメリカの水伝批判

水伝批判がアメリカでも始まった模様なので貼っておく。雪結晶の研究のプロが始めたということは、よほど見かねるものがあったのだろう。
カリフォルニア工科大学のKenneth G. Libbrecht教授のページ。
http://www.its.caltech.edu/~atomic/snowcrystals/myths/myths.htm

My opinion, you ask? The short answer is that I think Mr. Emoto’s work is nothing more than the usual New-Age nonsense — popular gibberish.

とまあ一刀両断^^;)。情報ありがとうございました>ながぴいさん。

道はなかなか遠そうだ

 この間、ポスドクの問題について少し書いた。で、コメントでのやりとりをするうちに、ユニオンを作ってはどうかという話を出したのだが、「柳田充弘の休憩時間」で「博士ユニオン【組合】を結成したら」という記事を見かけた。同じ事を考える人がいるものだ。
 ただ、博士ユニオンの問題点は、
・博士号取得者のうち、ユニオンを作って政策的にどうにかしようという視点をもてる人は、とっくに別の分野で活躍しているだろう。
・現実にユニオンを作るという調整型の実務の出来る人材であれば、既にどこかに職を得ているだろう。
・「ユニオンを作ることに労力を使うくらいなら自分の研究をしていたい。そんなことをするのは研究者の本分ではない」と考えるポスドクの方がずっと多いのではないか。ポスト争いが激しければなおさらである。
・ポスドクの指導者(現在のスーパーバイザーや、元の博士論文指導教員など)は、「ユニオンなど作る時間があったら研究をして成果を出しなさい」と言うだろうし、それに対して逆らうのは身分が不安定なだけに難しいだろう。業績があった方が有利だから、本当にそのポスドクのためを思って言っているとしても、結果として連帯することからは遠ざかることになる。
 といったあたりにあるのではないか。調査をしたわけではないが、周りを見て目に付いた傾向は、こんなところである。

また企業もいくらいろいろ言っても、博士達を本気で採用する気がほとんど無いことも統計上明らかです。

とある。
 大学院重点化の時の文部大臣は東大の有馬さんだが、核物理出身だから、ちょっと前までのオーバードクター問題を十分知っていた人のはずなのだ。その人が、どうして博士の定員を大幅に増やす計画を進めたのか?というのがよくわからない。
 企業のニーズが実は無かったことがはっきりしてきたわけだが、どうして博士を増やすという結論になったのかもよくわからない。どうも、企業にアンケートをして、高度な技術や知識を持った人材が必要か?などという質問に対する答えがyesだったから始めたという話は時々きくが、一体どこまで本当なのか。もっとも、企業のニーズを知るには「御社では学位取得者をこれまでどれだけ採用し、今後どれだけ採用しますか?」という採用計画を聞くべきなのだが、これをきちんとやって政策を決めたのだろうか。まともな調査に基づいたものであれば、景気の変動という要素があったとしても、企業の採用実績はもうすこしマシなものになるのではないかと思うのだが……。
 「博士が余ってるなら大学院定員を減らせばいいじゃないか」に書かれていることは正しい。

大学にとって不利益だから意図的に避けているのか、それとも何か意味があるのか、「大学院定員を大幅削減する」という手段には一切言及していなくて、非常にもどかしい。

とあるが、実際、大学にとっても個々の教員にとっても金銭上の不利益がある。院生をどれだけみているかで、配分される研究費も違うし給料の手当も違ってくる。おそらく、定員を絞るという考えは大学からは出てこないだろう。
 もし、博士号取得者の何割がパーマネントな職を得たかで大学を評価するようになれば、変わってくるかもしれない。正規雇用される任期無しの職(大学、企業問わず)に何人ついたかを評価の対象にすればよい。例えば、学位取得者の8割程度が任期無しの職を得られるようになるまで自動的に博士の定員を減らし、逆に8割以上が任期なしの職を得るようになれば(ニーズがあるということだから)定員を徐々に増やすといったルールを導入するのが、需要と供給をマッチさせる方法だと思う。前年度の就職実績で次年度の募集定員を決める方式である。徒弟制度では無理ということがはっきりして、キャリア教育に本気を出すとか、企業への就職支援についてもっと力を入れるようになるのではないか。一方で、全員が就職しなくてもいい程度の多少の余裕をもたせることにしておけば、意図的にはみ出してハイリスク・ハイリターンを狙う人が居る余地もある。ただし、これは「人材流動化」とは真っ向から対立することになってしまう。
 「理科教育に博士を充てるのは?(政策と自己責任)」のような自己責任論は、問題を矮小化するだけではないか。進学した人間が、自費で教育にかかるコストの全てをまかなっているのであれば、自己責任論で良いのだけれど、博士の養成には税金が使われている。長期にわたって活躍するのが難しい人材(プロジェクトが終わったら失業の危機)と分かり切っているものを税金で養成することの是非や、需要を読み違えた責任は、自己責任論からは出てこない。なお、社会保障という点からは、ポスドクは社会的弱者なので、もうすこしセイフティーネットの整備があっても良さそうである。

 それにしても楓さんのところの更新はストップしたままである。元気にしておられるならいいのだけれど……。
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使い捨てのコーヒーカップが不良品だらけ

 ホルダーに差し込んで使う、使い捨てのコーヒーカップを買ってあるのだが、今使っているロットはやたらと不良品率が高い。つまり、入れると水漏れする。よく観察したら、差し込んだ時に底の方をひっかけるためのわずかな出っ張りの部分に穴が空いているということのようだ。
 今日、学生とゼミをやって4個つかって1個不良品、先週のゼミでも4個つかって1個不良品。そのまえに職場の先生にだした時も1個目が不良品。とにかくこの不良品率は異常に高い。その前に買った一袋は、不良品など無かったことを考えると、製造工程に何か問題が発生したとしか思えない。
 まあ、100個400円などという安い品で、仙台駅のコーヒー&輸入食料品の店で1年以上前に買ったものだから、使い始めたのが最近だといっても、今更返品にもいけないし、クレームを……といっても仙台までの往復のバス代で何袋か新品が買えてしまう。
 とりあえず、ネット通販でもうちょっとましなものが入手できないか、探してみよう。

戦闘妖精雪風

 戦闘妖精雪風のDVDの中古がセットで安かったので買ってきて鑑賞。空戦のシーンの見応えがある。本来の目的と違う意味で楽しめたのは、1巻の特典映像の方で、製作スタッフが空自の小松基地を取材したときのビデオがよかった。説明している自衛官が待機中なのか待機中と同じ格好の、耐Gスーツ着用で出てきていた。(あやふやな書き方だったので修正&追加。2006/04/25。のんびりムードだったんで、本当の待機中ではなくて宣伝のためでしょう。普段はこんなカッコでやってますよ、という……。ただ、下半身締め付けるスーツは空気を送り込んでなくたって十分窮屈だと思うので、ああいうものを来て毎日コトに備えているのはきっと大変だろうなぁ)
 その昔、航空高専で航空電子工学の座学やら学生実験やらを非常勤でやっていたことがあり、私が教えて良いのかホントにという不安は棚に上げておくとしても……結果として私がアビオニクス関係に興味を持つようになってしまった。少なくともそっち方面の本を読むのが楽しくなった。その結果、家に帰るとレーダーやら航空機の制御やらの本が転がってたりする。
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コンパでした……

 新しく配属になった4年生歓迎&お花見コンパを夕方から開催。天気が良くて暖かければ外で……という話もあったが、昨日から気温が下がってしかも曇り空のため、「花見」の部分が省略されてしまった(それでも団子は配置されたが)。野菜サラダやビールを買ってきて簡単に始まったのだが、途中から学生が「たこ焼きを作る」と言いだして、買い出しに行った。あまり意識してなかったのだが、卒業生が置いていった電熱式のたこ焼き器が研究室にあることがわかった。で、小麦粉を溶いたものを流し込んで焼いていたのだが、上手な学生がいて、うまく丸く焼けていた。なぜかたこ以外にチーズを入れたりしていたので、溶けて粘くなってしまい、たこ焼きの材料というよりは、チーズフォンデュを焼いているのに近い状態になってしまった。味はよかったけど。
 いろいろ話をしていて、お開きになったのが日が変わる頃だった。
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