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被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

Posted on 4月 21st, 2009 in 倉庫 by apj

 ニセ科学として言説を取り上げる時に、どういう基準でやっているのかについてのメモ。
こういう基準で取り上げるべき、という議論につながるかもしれないので列挙してみる。

【被害発生の態様による分類】
・(財産被害型、不当表示型)宣伝通りの効果のないインチキ商品を買わされる場合
例:健康グッズ、浄水器関連、節電器その他のエコグッズなど
  永久機関モドキの装置(投資詐欺御用達物品)
  ホメオパシー
・(権利侵害型)権利侵害が行われたり差別が行われたりする場合
例:血液型性格診断(血液型による就職差別をもたらした)※1
・(公益侵害型)ひろく不利益をもたらす場合
例:ホメオパシー(予防接種拒否を言い出したりすると社会にとってまずい)
  EM菌(宣伝通りの効果が無いことがわかっている上、ばらまくと環境負荷が増える)

 「水からの伝言」は、上記の分類では問題の種類としては理科を教える一方で非科学を教育現場に持ち込むという公益侵害型と、浄水器のインチキ評価法に使われるという不当表示型の両方に該当する。道徳教育・国語教育としても問題だけど、それは上記の分類には含まれてこない。

 複数の被害を同時にもたらす場合もある。

 インチキ治療法(ガンに効く、などといって効果のない薬モドキを売りつけるなど)は、それが原因で治療が遅れると、個人にとっては財産侵害型(命を金に換算するのでこの分類には抵抗があるかもしれないが、損害賠償請求の根拠になるかどうかということを意識した分類なのでここに入れる)、社会で広まりすぎて公衆衛生上問題になると公益侵害型になる。

 七田式教育は……教育内容に客観的根拠を伴わないニューエイジ系ネタが含まれているので、不当表示型に分類。波動やテレパシーといったものを価値判断の基準が確立していない子どもに教えるという部分が、子どもに対する権利侵害となる可能性がある。

 逆に、被害発生が軽微なケースとしては、本人だけが私財を投じて永久機関など怪しい装置の開発や理論にはまっているけど、それを他人に売ったり出資者を集めたりはしていない場合なんてのがある。問題にしなきゃいけない必要はそんなに無さそう。

 「相対性理論は間違っている」「量子力学熱・統計力学は間違っている」系は……其の手の本の値段以上の被害はない。それを信じると相対論の正しい理解はできなくなるだろうけど、相対論を理解していない人は世の中にいっぱいいるし、それが社会生活上の不利益をもたらすとも思えない。相対論を理解してなかったためにインチキ商品を買いましたとか、差別を受けましたという展開も想定しがたい。直接インチキ商品の購入を促す「バイブル本」とは違う。

 霊験あらたかと称する壷を高額で売りつけてぼったくる、といった霊感商法は、悪徳商法・詐欺的商法の一種であり、ニセ科学による被害発生分類には入らない(ネタがオカルトなので)が、非合理に対する対策とか消費者保護といった別の枠組みでの対処になる。

 神社に初詣、といったものは、長い間に社会での位置づけが定まっている。初詣して交通安全のお札を貰ってきた帰り道で交通事故に遭ったからといって神社を訴える人は居ない。賽銭は任意だし、お守りその他の値段や販売形態を考慮すれば、効果の如何を問わず被害発生の実体がないし、因果関係のはっきりした効果を求める人も居ないだろう。ニセ科学の判定基準にも引っ掛かってこないし、非合理として取り上げる対象にもならない。

 被害発生が予見できるものを取り上げる理由について。
 被害発生が具体的に予見できるものは、ニセ科学として取り上げた場合に、どういう被害を防ぐことになるのかの説明ができる。被害発生が具体的でなくなるほど、「価値判断の問題」の論争になってしまいがちである。
 被害発生がはっきりしないような非合理まで、ニセ科学をとりあげる枠組みでどうにかすべきということについては、合意を得られないだろう。
 リストの方には明文で書かなかったが、被害発生との因果関係の立証をしやすいもの、というのが基準に含まれているかもしれない。ちょっと間接的になるが、因果関係の立証ができるということは、ニセをはっきり指摘できるものであるということでもある。これは、取り上げる側の訴訟リスクを減らす。

 こういう基準を出しておくことの意味。
 ネット等で議論するときの取り上げ方が恣意的だとか、一方的で不公平という言いがかりをつけられることを防ぐ。金に換算できる被害は積算可能である。不公平云々の議論は、被害金額に見合った取り上げ方かという議論に落とし込める。だから、不公平云々の裏側に「情緒」を隠しておくことができなくなる。

【追記】
 「ゲーム脳」は、公益侵害型かな。デマを振りまくことで他人の行動を変えよう、ということをしているので。

【追記】
※1 血液型性格診断は2つの問題を含んでいる。内容が間違っているにもかかわらず広く受け入れられて差別の原因となる、あるいは差別を助長しているということ。
 もう1つは、仮に内容が正しくても、遺伝的要因(だけでなく、本人の努力では対応できない要因)を理由として社会的差別をしてはいけないという別の規範があり、そちらにも抵触すること。こちらは、倫理や法学の方から論じなければならなないので、ニセ科学としての対策というよりは、より広い社会的差別対策の枠組みで捉える必要がある。


ここからは旧ブログのコメントです。


by TaKu at 2009-04-03 14:24:03
Re:「相対性理論は間違っている」「量子力学は間違っている」系

ニセ科学(疑似科学)関連でたまに見かけますが、結局何をしたいのか分からず不気味に感じます。
ただのトンデモさんなのでしょうか。
めぐりめぐって、今の科学は信用ならない->ニセ科学商品の販売に貢献をする事だったらある意味すごいです。


by PseuDoctor at 2009-04-35 07:14:35
Re:被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

こんばんは。

個人的には、この基準の利点として「ニセ科学対策」の議論と「科学教育の拡充を目指す」議論とを分離できる、というのがあるのかな、と思いました。
勿論「科学教育の拡充」そのものは重要な論点だし、議論されるべきです。しかもニセ科学批判と絡めて論じられる事も多いし、実際に理想的な科学教育が行われる様な社会が到来(道程は遥かに遠いですが)すれば、ニセ科学の被害は激減するでしょう。

以上の全てを考慮に入れても、なお。
「科学教育の拡充を目指す」のは「ニセ科学対策」そのものではない。
これは別に優劣とか優先順位の問題ではなくて、単に別の論点だというだけの事です。ですから論点の整理には役立つでしょう。その意味で、有用な基準だと思いました。

例えるなら「オカルト批判やスピリチュアル批判はニセ科学対策ではない」というのに似てるかと。これらはしばしば同一の人によって極めて近い文脈で語られたりするけれど、同じものではない。そして、勿論その事は必ずしも優先順位の差異を意味しないし、増してやどちらかを批判しなくても良いなんて事には全くならない訳です。


by apj at 2009-04-24 08:01:24
Re:被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

TaKuさん、

 昔からその手の間違いにはまり込む人はいますけど、そういう人達は現実の被害を発生させようとは全く思ってないだろうと……。
「今の科学は間違っているから正さなければならない」
「正当派の科学者が間違っているのはけしからんのだから自分の説を認めろ」
といった、一種の使命感なり自己主張なりがあるのでしょうけど、彼等は彼等なりに科学を支持してるんですよね。
 彼等は、「自分のやっていることが正しい科学」と思っているだけなので、積極的に非科学の方を支持しようとは思わないんじゃないでしょうか。

 あと、トンデモさんには「発明系」というのも居ますけど。こっちは、今の科学技術が成し遂げられていないものすごいものを自分は発明した、と主張する人達ですが。


by apj at 2009-04-50 08:15:50
Re:被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

PseuDoctorさん、

・ニセ科学に該当するかどうか
・対策の必要性があるか
は別の議論ですから。

 また、列挙した被害が発生するようなものは、「カルト」「ニューエイジ」から単なる詐欺まで、何らかの対策をしなければならない対象です。ただ、それらへの対策は、ニセ科学への対処という括りからは外れるだろうということです。

 具体的な被害を想定しての対策は、それなりに直接的なものに限られます。ですから、おっしゃる通り、理科教育の拡充の問題とは分離されることになるでしょう。

 もう一つ、被害発生の予見、というのは、「ただ単に非科学言説が気にくわないから叩く」「科学的じゃないものが許せないから叩く」といったことを排除する、あるいは歯止めをかける機能もあると考えています。こういう、科学原理主義みたいなのが紛れ込むと、論争になった場合に「価値観の問題でしょ」という話になってしまって、収拾が付かなくなるだけだと思うんですよ。そういう論争は科学哲学の方でやっていただければと。

 いずれにしても、被害発生の予見性というのは、優先順位問題とは関係がありません。列挙した被害を発生させるもののうち、先に手を打たなければならないものを決めるためのルールは含まれていませんので。


by zorori at 2009-04-02 05:41:02
量子論は間違っている系の具体例

まったくもって、つまらない疑問です。量子論は間違っている系ってあまり見かけないというか私は見たことがありません。具体例をご存知なら教えて頂けると幸いです。


by apj at 2009-04-26 07:42:26
うわ、これは私の勘違いかも

zororiさん、
 こりゃ私の勘違いかも。
もう一度記憶を探ったら、たしか、熱力学だか統計力学は間違っている、だったような……。
 本文の方、訂正しておきます。


by PseuDoctor at 2009-04-36 07:23:36
Re:被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

こんばんは。
概ね理解出来たと思うのですが、2点だけ質問というか、確認させてください。

1)ニセ科学認定と対策の必要性とは別の議論であるという点について。
>・ニセ科学に該当するかどうか
>・対策の必要性があるか
>は別の議論ですから。
これらはそれぞれ別々の基準で独立に判定されるべき、という事ですね。了解です。
いや、実はちょっと「ニセ科学という用語自体がネガティブな価値判断を含んでいるので、ニセ科学認定はネガティブな価値観を付与する行為であるから、広い意味では対策に含まれるのではないか」なんて考えてしまったのです。しかしapjさん仰るところの「対策」とは、それなりに直接的なものに限られるという事ですから、例えばこれを「積極的に活動を展開する事」という風に解すれば納得できます。
少なくとも、ニセ科学「だから」叩いても良い、みたいな風潮が広まるのはあまり好ましく無い様に思えます。

2)被害発生の予見性と優先順位問題の関係について。
>被害発生の予見性というのは、優先順位問題とは関係がありません。列挙した被害を発生させるもののうち、先に手を打たなければならないものを決めるためのルールは含まれていませんので。
最初、私には「予見性があれば対策し、予見性が無ければ対策しなくても良い」というのは「対策すべきニセ科学」と「対策を要しないニセ科学」とを弁別しているという点において、まさしく優先順位問題に対する(少なくとも部分的な)解答である様に思えたのです。
しかしこれはおそらく、私の優先順位問題の捉え方がapjさんとは違っているのですね。優先「順位」問題ですから「対策するかしないか」ではなく「対策すべきものに対してどう順番を付けるか」という問題なのであり、対策する必要が無いものはそもそも優先順位問題の対象にはならない、と言われればその通りなのかもしれません。


by apj at 2009-04-35 08:02:35
Re:被害発生が予見できる場合に対策が必要ということなのか

PseuDoctor

>いや、実はちょっと「ニセ科学という用語自体がネガティブな価値判断を含んでいるので、ニセ科学認定はネガティブな価値観を付与する行為であるから、広い意味では対策に含まれるのではないか」なんて考えてしまったのです。

 相当広い意味では対策に含まれるでしょうけど、その人個人だけが満足してやってて、他に宣伝することもなければ被害が広まりそうにもないようなものまで、わざわざ探し出してきて何かしなきゃいけないか、というとそんなことはないでしょう、という話です。

 また、被害発生が予見できるということを基準にすると、「わかりやすいものだけ批判している」「批判しやすいものだけ批判している」といった、よくわからない意見についての反論にもなりますし。

>「対策すべきものに対してどう順番を付けるか」
 はい、私は優先順位問題について、まさにこのように考えました。