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学会発表は「権利」だけど論文掲載は違うだろう

Posted on 5月 27th, 2009 in 倉庫 by apj

 産経msnの記事より。

論文掲載拒否で苦痛 元大学教授が気象学会を提訴
2009.5.27 20:01

 「二酸化炭素(CO2)の増加が地球温暖化の原因」との通説をめぐり、因果関係が逆と唱えた論文の機関誌掲載を拒否され、精神的苦痛を受けたとして、槌田敦・元名城大教授が27日、発行元の日本気象学会(東京)に慰謝料100万円を求める訴えを東京地裁に起こした。
 槌田元教授は熱物理学と環境経済論が専門。
 訴状によると、学会員の元教授は昨年4月、「地球温暖化が原因でCO2が増加する」との論文の掲載を申請したが、「説得力のある論拠が示されていない」と拒否された。今年2月には、学会主催の定期大会での講演を申し込んだが「学術的な発表ではない」と拒まれたとしている。
 元教授は「会員には機関誌への論文掲載や定期大会での研究発表をする権利が定款で認められている」と主張している。学会側は「訴状が届いておらず、コメントできない」としている。

 常識的に考えて、どこの学会でも定期大会は普通は会員であれば誰でも発表できる、というか会員は発表する権利がある(登壇者1名につき演題1つ、定められた時間内、といった制約ならあるかもしれないが)と思うのだけど、論文の掲載は編集委員会の専決事項だから、権利とは言えないんじゃないか。
 気象学会の細則によると、

第11条 本会は、次の学術的会合を開く。
1.大 会 毎年1回以上、会員の研究発表、諸種の講演会を行う。
2.例 会 原則として毎月1回、会員の研究発表、総合報告発表、講演等を行う。
3.その他 常任理事会で認められた会合。
(平13.5.10 旧第10条を11条とし、本条から第29条まで1条ずつ繰り下げ)
第12条 例会については、理事を主任とする講演企画委員会をもうけ、大会の折には大会委員会をもうける。
第13条 講演企画委員会または大会委員会が承認した場合は、会員でない者も、学術的会合において講演を行うことができる。
第14条 学術的会合で講演しようとする者は、予めその題目、要旨及び所要時間を記して申し込むこと。
第15条 理事会は、本会の催す会合を予め会員に通知する。

とあり、事前審査で却下することは書かれていない。

 裁判の行方について。
 論文不掲載については法律上の争訟でないといった判断で却下されそう。
 定期大会のいわゆる一般講演の登壇拒否ならば、権利侵害が認められるかもしれない。事前審査有りということになっていたのなら別だけど、そうではないのに槌田氏だけ内容を審査して却下したのだとすると、この部分については気象学会の責任を問われそうに思う。もし、定期大会で自分だけ時間をたくさんよこせとか、参加できない別セッションでコメントを読み上げろ(物理学会では槌田氏はこれを要求しようとしたことがある)といった無理筋の要求をしていた場合は、拒否されても権利侵害とはされないんじゃないかな。訴状を見たい。

【追記】
 ところで、マッドサイエンティストが満たすべき条件に「学会を追放される」というのがある。いつからそうなったのかはわからないが、まあそういうお約束になっているらしい。ところが、これを実現するのがなかなかに難しい。学会に入会した後、会費を払わないといったことをやっても、単に除名されるだけで追放まではしてくれない。どこの学会も忙しいので、出入り禁止にするようなことはしてくれない。
 もし、事前審査なしの一般講演を拒否されたのだとしたら、槌田氏はそれだけでもかなりの「成果」をあげたことになる。追放一歩手前というか。で、今度は学会を提訴したわけで、これで槌田氏が「学会を追放される」という歴史に残る(?)快挙を成し遂げることができるかどうか、興味津々ではある。

中島梓(栗本薫)さんの訃報

Posted on 5月 27th, 2009 in 倉庫 by apj

 昼休みにニュースを見て知った。asahi.comの記事より。

評論家の中島梓さん死去 作家「栗本薫」でも活躍

2009年5月27日11時45分
 作家栗本薫としても活躍した評論家の中島梓(なかじま・あずさ、本名今岡純代=いまおか・すみよ)さんが26日死去した。56歳だった。膵臓(すいぞう)がんを公表、闘病エッセーも出していた。

 77年に中島名の「文学の輪郭」で群像新人文学賞(評論部門)を受賞。栗本薫名では78年に「ぼくらの時代」で江戸川乱歩賞を受賞、81年に「絃の聖域」で吉川英治文学新人賞を受賞した。

 栗本名でのファンタジーの大河小説「グイン・サーガ」は、計150巻近いベストセラーシリーズ。4月に最新刊を出したばかりだった。SF、ミステリー、ホラー、時代小説と幅広く多作だった。

 中島名では「コミュニケーション不全症候群」などの評論のほか、作曲やピアノ演奏の音楽活動、ミュージカルの脚本や演出も手がけた。79年からテレビ朝日系列のクイズ番組「ヒントでピント」のレギュラー解答者となり女性軍のキャプテンもつとめた。93年4月から3年間、朝日新聞の書評委員。

 90年に乳がんで手術、闘病記「アマゾネスのように」を刊行。07年の膵臓がんの手術後も、創作活動や演奏活動などを続けた。

 「ぼくらの時代」を、高校生時代に図書館で借りて読んだ。私は、グイン・サーガはフォローしていなかったけど、ミステリーは好きで何冊か買って読んだ。伊集院大介シリーズが好きだった。もう新作が読めないと思うと悲しい。
 楽しい時間をありがとうございました。