医療機関に雑誌があっても信用ならない例

 毎日新聞の記事より。

薬事法違反容疑:「がんに効く」と無許可販売の社長逮捕
毎日新聞 2014年02月19日 18時38分

 ◇7万人に販売、28億7500万円を売り上げ

 医薬品販売業の許可を受けずに「がんに効く」と効能をうたって健康食品を販売したとして、神奈川県警生活経済課と南署は19日、東京都目黒区の健康食品メーカー「シャブロン」社長、荻野珠理(じゅり)容疑者(48)=東京都杉並区浜田山=を薬事法違反容疑で逮捕した。県警は、2005年10月〜13年12月末に全国の約7万人に販売し約28億7500万円を売り上げたとみている。

 逮捕容疑は許可を受けずに12年11月〜13年10月、横浜市や川崎市、東京都の38〜68歳の男女5人に「副作用なくがん細胞が自滅」などと効能・効果をうたい、健康食品「CBプロポリス粒」など4種類を医薬品として計26万9475円で販売したなどとしている。

 県警によると、「CBプロポリス粒」は1本(約300粒入り)1万5750円。購入者は60〜70代が中心で、多くが本人か家族ががん患者だった。健康被害は出ていないという。同社は、医療機関に置かれる無料健康雑誌に広告を出していた。【高木香奈】

 病院の待合室に行くと、病気や治療についてわかりやすく解説している冊子が置いてあったりしますが、今回は健康雑誌が狙われた例。病院に置いてある健康雑誌だから内容があてになるだろう、などと思っていると騙される。無料、ってことなので、病院側も気軽に置いてしまったのではないだろうか。

情報と知識が足りない時に安全側に振るには?

 朝日新聞デジタルの記事「(記者有論)エセ科学 見分けるための七つの基準 高橋真理子 2014年1月8日05時00分」への補足とコメント。

 「こうすれば放射能を除去できる」と、手軽な方法を売り込む人たちがいる。たとえ科学の常識からかけ離れた方法でも、「これまでの科学ではできなかったことです」と説明されれば、「新発見かも」と思うのが人情だろう。

 しかし、キュリー夫人をはじめ多くの先人の努力で積み上げられた知識からあまりにかけ離れた方法では、除去はほとんどできまい。お金や労力の無駄になるだけなのに、と心を痛めてきた。

 「人情だろう」という部分がキーポイント。これまでできなかったようなことが簡単にできる、すばらしい結果がすぐ手に入る、と、人の欲望を刺激する言説に注意、といったところか。楽をして結果を手に入れたいという感情を揺さぶられる話だと騙されやすくなる。

 売り込む人たちは、たいてい科学用語を使う。セシウムはもちろん、イオンやプラズマ、波動や光合成細菌などなど。発明者に立派な肩書がついていることも多い。

 たとえ科学用語を使おうと、たとえ立派な肩書を持つ人の発明だろうと、筋道の通らない主張は科学ではない。普通は「エセ科学」と呼ぶ。しかし、両者を見分けるのは案外難しい。エセ科学がなくならない理由である。

 十分な時間をかけて情報収集して判断できるなら間違えることを減らせるだろう。「十分な時間をかけて」には、知識が足りなければ教科書を読み直して……といったことまで含まれる。しかし大抵の人にとって、ある言説がエセ科学かどうかを判断するのにそんな手間はかけられない。不勉強のままでいることを肯定するつもりはないが、かといって、あまりにハードルが高い判断方法は実用的ではない。

 昨年11月下旬、アジアの科学報道の充実を目標に世界科学ジャーナリスト連盟が始めた事業「スクープアジア」の東京会合が開かれた。30人ほどが参加した会議で途上国の記者が「迷信をいかになくすかが課題だ」というのを聞き、「日本でも似た問題を抱えている」と思ったものだ。

 迷信やらエセ科学やらの種類は文化的背景によって違ってくるので、多分国ごとくらいの単位で考える必要がある。例えば創造論はキリスト教圏のUSAでは社会問題になっているが宗教的背景の異なる日本では問題になるほどの勢力ではない。

 解決策は簡単には見つからない。だが、インドネシアの環境ジャーナリストが帰国後に面白い表を送ってくれた。科学とエセ科学の対比表だ。

 「新しい証拠があれば喜んで考えを変える⇔考えを変えない」「同僚(同じ分野の研究者)同士で情け容赦のない評価をする⇔同僚同士の評価はなし」「すべての新発見を考慮に入れる⇔都合の良い発見だけ選ぶ」「批判を歓迎⇔批判を陰謀とみなす」「証明可能な結果⇔再現性がない」「限定された有用性を主張⇔幅広い有用性を主張」「正確な測定⇔おおよその測定」

 むろん、「科学」⇔「エセ科学」の順に書いてある。

 「科学とは何か」と専門家に問えば、「反証可能なもの」というような答えが返ってくる。これでは訳がわからない。対比表を使うと、科学の中身に詳しくなくても、目の前の主張がエセ科学かどうか判断できそうだ。

 たとえば「何にでも効く」は「幅広い有用性を主張」に当たる。項目のすべてについて判定できなくても、いくつか当てはまればエセ科学の可能性大だ。「だまされないための七つの判定基準」、使ってみていただけませんか。

 インドネシアのジャーナリストはそれなりに科学あるいは科学哲学に詳しいからこのような項目を取り上げたのだろう。高橋氏もエセ科学の問題に興味があるから、対比表を使うことを薦めているのだろう。この対比表は、高橋氏のように、エセ科学の問題に感度の高い人にとってはおそらく有効だ。

 実はこの対比表と同じような内容を私も基盤教育の講義で学生に教えている。だからいわんとすることは非常によくわかる。教えた結果はというと、(学生のコメントを読んだ限りでは)多分それなりに効果があって将来学生達が活用してくれそうではある。教えている相手は(いわゆる難関ではないけれど)山形大学には合格できる程度には知識を持っている人である。その人達に、半期15回かけて物質は原子から出来ているというあたりから話を始めて、正しい科学のトピックをまず教え、関連するニセ科学を提示し何がおかしいかといったことをいくつか例示し、ポリウォータ−、常温核融合、パンヴェニストの実験の顛末とホメオパシーの話までやった上で、最後のまとめとして教えている。ここまでやれば、それなりに実感を持って何に注意すべきかを理解してくれるだろうと思う。

 高橋氏も書いているとおり、この対比表は科学の定義でもエセ科学の定義でもなく「だまされないための判定基準」である。これで科学と科学でないものを定義するのは無理だし、科学哲学方面からクレームがくるだろう。しかし、科学や科学哲学の専門家でない人が必要としているのは、手軽にそこそこ使える判定基準である。ぶっちゃけ、科学とは何か、などという定義はどうでもいい。科学っぽい言説で優良誤認と不実告知のオンパレードのような商品を買わずに済めばそれで良いのである。元々知識は足りないのだから、100%の精度で判断できなくても仕方無いが、大部分のエセを却下できればかなり助かる。だから、この対比表に従って判断した場合に、それなりの精度でエセ科学を却下できるならニーズにも合っていて有用ということになる。

 しかし残念ながらこの対比表は科学を専門としない人にとっては難しすぎるだろう。ニセ科学の問題に直面している人は半期15回の講義を聴く余裕など無いのが普通だ。さらに、それそれの項目の確認の手順が具体的にどういうものになるかを考えれば、実はかなり手間がかかることがわかる。

○「新しい証拠があれば喜んで考えを変える⇔考えを変えない」
 「あなたは新しい証拠があれば喜んで考えを変えますか」とインタビューでもするのだろうか。「はい」という答えを信じて良いのか。
 「学校で勉強していたときはこんなことは不可能と思っていたが証拠が出たので考えを変えた」と、実は間違った実験に基づいてトンデモ説を主張しだした人は、喜んで考えを変える人になってしまう。一方、科学の本流は意外と保守的で、新しい証拠が少し出たくらいだと「現状の枠組みで説明できないかもうちょっと粘ってみるわ」という人など普通に居る。そういう粘り方をすることでより理解が深まることもあるから別にかまわないのだけれど、判定基準の適用をするとエセ科学に分類されそうだ。
○「同僚(同じ分野の研究者)同士で情け容赦のない評価をする⇔同僚同士の評価はなし」
 同僚同士の評価が行われていることをどこで確認するのだろう。論文を書くときに共著者が居る場合はおかしなことを言えばそこでまずツッコミが入るし、学会発表や論文投稿でも批判にさらされる。非専門家が科学者の同僚同士の批判を目の当たりにするには、学会の会場で話をきいていなければならなくなる。そして学会の会場に行っても、本当に筋のいい発表だと、質問は出るが批判が出ずに「面白い成果ですね」となったりする。情け容赦のない批判を目撃できるかどうかは運次第である。まあ、研究室内で師匠とガチバトルのことも珍しくはないけど、それが外部の人の目にふれるかというと、ねえ……。
 査読のある論文誌の場合は、査読者が容赦なく批判してくれるので、査読有りの論文誌に問題の主張が出ているかどうか、というのは1つのチェックポイントになる。題名と著者名と発表した雑誌と要約くらいはネットで無料で検索できる。しかし科学の成果は大抵英語で発表されるので、どんな用語で検索するかという部分で素人にとっては既にハードルが高い。その上、最近はオープンアクセスジャーナルの質の悪い論文誌まで入りみだれていて、どれが信用できるかは専門家にきかないとわからなかったりする。
○「すべての新発見を考慮に入れる⇔都合の良い発見だけ選ぶ」
 全ての新発見を考慮に入れているかどうかを判定するには、何が発見されているかを、全てとはいわないまでも広範囲に知っていなければならない。そうでなければ、相手の主張が、都合のよい発見だけ選んでいるのかどうかわからないだろう。
 困ったことに、科学の本流でも過渡期のテーマだと全ての新発見を考慮できる枠組みがまだ無い場合がある。とりあえず説明できるところまでやって後から拡張を考えよう、ということもある。
 ということでこの基準も予備知識と内容の理解を要求するものである。
○「批判を歓迎⇔批判を陰謀とみなす」
 これは予備知識無しに使えるかもしれない。自分の説が認められないのは権威の○○が邪魔してるからだとか、学会の陰謀だとか御用学者の工作だといった類のことを言い出す人は、エセ科学の側の人と判定して説を却下してもおそらく損はしない。
○「証明可能な結果⇔再現性がない」
 予備知識と同事に長いタイムスパンを要求する基準である。生命化学の実験で再現性が無いものがいろいろ見つかって論文撤回騒動になったり、臨床試験がごにょごにょな状態が話題になっている。疫学調査だと、再現性の確認が何年も後になって別グループがやったりする。長い時間が経てば再現性のない結果は捨てられていくのでこの基準は正しい。短い時間で再現性があるかどうかを知るには、即追試をするしかない。そんなことができるのは同じ分野の専門家だけである。素人には使えない基準である。
 なお、「水からの伝言」騒動の時、提唱者の江本氏は自著の中で言葉のイメージにあった結晶写真を選んでいると堂々と書いていたのに再現性のある実験だと勘違いした人が続出したのだから、再現性の判断を大勢が正しくするということは望み薄である。
○「限定された有用性を主張⇔幅広い有用性を主張」
 これも予備知識無しに使える。健康食品系のエセ科学はこれをチェックするだけで相当却下できる。
○「正確な測定⇔おおよその測定」
 測定が正確かどうかを判断するには、正確な測定がどういうものかを知ってなければならない。どれかの分野で測定の経験を積んだ人でないと判断が難しいだろう。素人向けではない。
 理科教育では演示実験という自然を理解するための実験をする。大抵の人が経験する実験だが、これは教育目的の実験で、精度をそんなに気にしなくてもわりとはっきり結果が出るように作られている。演示実験は未知のことがらを確定させる実験とは違う。しかし、大勢の人にとって「学校で習う正統派の実験」とは演示実験のことである。

 それなりの時間をかけて科学の知識のある人が科学とエセ科学の観察を積み重ねれば、科学とエセ科学の対比表にいきつくのはわかる。が、対比表をエセ科学の判断基準として誰でも使える手続きに落とし込もうとした途端にハードルが跳ね上がる。ある程度は英語で情報収集ができ、必要とあれば専門家に取材できるジャーナリストになら使いこなせるだろう。ある分野の技術者が隣接分野について調べることになった場合も何とかなるだろう。でも素人向けではない。
 もっと簡単にするならこんな感じかなあ。
○理科の教科書の範囲で起きることが禁止されている法則に反する主張(エネルギー保存則に反する、化学反応で元素転換など)は却下。
○効果の具体例が、関連のない数多くのものである場合に却下。
 例:糖尿病にもアトピーにもガンにも効く、など。
○提唱者が、誰かの工作や弾圧によって自説が認められないと主張しているなら却下。
○病気になるとか、危険だとか、このままだと大変損をする、といったことをことさら強調する場合は却下。
○うまく見える話はやってくるがうまい話は来ない。
○特許、学会発表、医者や大学教授の名前を出す、有名な施設や研究機関で使われていることを強調していたら却下。
など。
 これですり抜けるものはあるだろうし、まともなものを捨てることもたまにはあるだろうけど、テキはわかりやすくするため情報量を落として宣伝していて、細かい科学以外の部分でインパクトを狙って来ることが多いから、むしろそちらに注目して捨てた方が楽かもしれない。

高校までの理科って大事 その2

 東洋経済オンラインにこんな記事が出ていました。こちらは新年早々です。ツィッターでリンクが呟かれていたので気づきました。
 全体を見た方が良いと考えましたので、敢えて全文引用します。

福島原発から、トリチウム汚染水が消える日
安倍首相、A社の新技術で「水地獄」から抜け出せ!
原田 武夫 :原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)代表取締役 2014年01月07日

「原田さん、ついにやることになりました。2014年になりますが、1月14日にあの有名国立大学で我々の技術を試験してくれることが決まりました」

汚染水問題解決の可能性がある技術とは?

昨年12月半ば。神奈川県にあるヴェンチャー企業に勤める馴染みの副社長氏から、私のもとにメールが飛び込んで来た。その瞬間、私は感激の余り不覚にも独り涙ぐんでしまった。

「そうか、ついに『その日』がやって来たか・・・」

なぜ私が感極まったのか。―――その理由は、このヴェンチャー企業が長年にわたって開発してきた最新技術にある。非常に簡単に言うと、この技術が投入されることによって我が国、いや世界全体が苦しんでいる「福島第一原発から漏出し続けているトリチウム汚染水」という前代未聞の大問題がものの見事に解決してしまう可能性が急浮上するのである。

「まさか。そんなことができるわけがない。並み居る我が国屈指の公的研究機関や大学、あるいは国内外の有名メーカーたちが寄ってたかって取り組んでも、これまでのところ解決できていないではないか」

読者からはすぐにそんな声が聞こえてきそうだ。それもそのはず、大手メディアは「福島第一原発からまたトリチウム汚染水が大量漏出」といった報道を連日のように繰り返してきている。何も手の打ちようがないように思えてしまう。しかし、である。実は政界・官界のトップクラスだけがすでに知っている、究極の解決法があるのだ。それがこのA社の開発している技術なのである。

さて、そこでまず気になるのはこの技術の中身である。生まれたての技術、しかも我が国と世界の命運を握っている技術であるので十分に秘密を守りながら、あえてざっくりとその概要を書くとこうなる:

●特殊加工した炉の中に、オリジナルの溶媒を入れる。そしてその中に気体や液体を入れて、特定の温度で熱する。技術的にはこれだけ、である。無論、その運用には熟練した技が必要だ

●A社の実験施設においては、これまで繰り返し「重水(D2O)」をこの炉の中に入れ、試験を行ってきた。その結果、気体として水素などが出てくることが判明した

●さらにこの炉の中にトリチウム水(T2O)を入れると、水素ガスが出て来ることが判明している。すなわち完全無害化されることになるのだ

2011年3月11日に発生し、多くの人々の命を奪った東日本大震災。それによって被災した福島第一原子力発電所は放射性物質を飛散させ、世界中をパニックに陥れた。その後、事態は沈静化したかのように見えるが、実際には「ストロンチウム」「セシウム」そして「トリチウム」といった放射性物質が通称「フクイチ」からは毎日出続けている。

汚染水が、水素ガス化で完全に無害化される

それらのいずれもが重大な問題なのではあるが、原子力の専門家たちに言わせると「本当に問題なのはトリチウム」なのだという。なぜならばストロンチウムやセシウムについては、ほぼ100パーセント除去する技術が、我が国においてもあるからだ。

この点について詳細を聞いた私に対して、とある国立大学で研究を続ける、この分野の第一人者でもある教授は「除去のための費用は純粋に国産の技術でやる限り、全くかさまない。なぜならばそのために必要なのは例えて言うと『猫のトイレ用の砂』の様なものであり、10キロ数百円くらいの安さだからだ。それなのに、政府はわざわざそのための機材を米国から高いカネを払って購入し、四苦八苦している。専門家の目から見ると全くもって笑止としか言いようがない」と言い切った。

しかしこの有名教授の目から見ても、次々と出て来るトリチウム水は問題なのだという。なぜならば既存の技術ではそこからトリチウムを完全に取り除くことができないからだ。「それではどうすれば良いのですか」と私が聞いたのに対し、教授氏はこともなげにこうつぶやいた。―――「取れないものは仕方がないじゃないですか。薄めて海に流すだけです。早くやらないと福島、いや日本中が汚染水タンクだらけになってしまいますよ」

だが、繰り返しになるがA社の技術は質的に違うのである。なぜならばトリチウム汚染水を完全無害化し、水素ガス化してしまうからだ。無論、細かなことを言えば「水素ガスに酸素が交われば爆発するのではないか」といった難癖をつけることもできる。だが、そもそも水素ガスそのものは無害なのだ。豊かな漁業資源に恵まれる福島県の沖合に半永久的に垂れ流され、それらの漁業資源が失われてしまい、多くの人々が苦しむことになるように仕向けるのと、どちらが「正解」なのだろうか。

通常ならあり得ないことが、目の前で起こっていた

実のところ、私はこのA社のことを3年ほど前から知っている。当時、近しくしていた国土交通省OBからこんなことを言われたのだ。

「水を通すと炉で様々な物質ができてしまうと言っている、風変りなヴェンチャー企業がある。資金繰りに困っているようだ。何とか助けてもらえないだろうか」
「一体、どんな研究者たちが開発しているのだろうか」

そう思った私は急ぎ、神奈川南部にあるA社に向かった。すると何のことはない、(社長や副社長には大変失礼だが)「掘っ立て小屋」のような場所で、熱心に実験を繰り返す民間技術者たちの姿を目の当りにしたのである。「こんな方々がそんな技術を・・・」私は絶句した。

それ以上に現場で驚いたのが、この技術からこの世に生み出される物質の数々である。“我が子”である試験炉を愛おしそうに見つめる社長の方を向いて、右腕である副社長が「それでは入れますよ」と一声かけながらバルブを少しずつ開いていく。しばらくすると温めた炉を抜けて出て来る物質の性質を、傍らに設置された質量計で見ることができる。

「あ、これ見てください、原田さん。普通に考えると、地球上では存在し得ない物質が出て来ていますよ」

地球上では変わらないはずの元素が、明らかにそこでは「変性」していたのである。そして理論的には宇宙空間のどこかでしか存在し得ない物質が、私たちの目の前に出現していた。私は思わず「元素転換ですね、これは!」と叫んでしまった。

全てのイノヴェーションは「常識を打ち破ったところ」から始まる。A社のこの技術の場合は正しくそうである。だが、そのために実験を始めて10年近くの間、社長そして右腕である副社長が研究の傍ら、ありとあらゆる公的研究機関や有名大学の研究室でこの技術の有意さについて声を枯らしながら訴えても、権力とアカデミズムの住人たちは、これを一切無視してきたのだという。

「理論的にそんなことはあり得ません」

「実験している最中に別の物質が混入したのではないですか。確認しましたか?」

「まぁ、イギリスの有名雑誌『ネイチャー』にでも掲載されれば別ですけれどね。そうしたら本気で見てあげても良いですよ」

社長と副社長の付き添いで同行する私は、彼らが二人をこんな言葉で罵るのを何度となく目の当りにしてきた。何とかその場をとりなそうとする副社長の傍らで、社長は苦笑いをしながら深い憂いのある目を見せている。その眼差しはこんな風に言っているようだった。――「ブルータスよ、お前もか」

折しも、2008年のリーマン・ショック後、A社はたちまち資金繰りに窮することになる。何度となく繰り返し訪れる危機の中で、結果何も助けることのできない私と会った社長と副社長は、場末の居酒屋にて湯で割った芋焼酎で顔を赤らめながら、こういったものである。

「原田さん、私たちはね、金儲けがしたいわけじゃないんだよ。ただ、こんなすごい技術が他でもない我が国で生まれたっていうことを皆に知ってもらいたいだけなんだよ。俺たちはこのニッポンという国がたまらなく好きだから。これを使えば極めて安価に発電もできるし、レアメタルだってできる。『平成バブル不況』で20年も痛めつけられた我が国が起死回生の挽回をはかる絶好の道具にして欲しい、ただそれだけなんだ。何とかしたい、本当に何とかしたいんだ」

資金繰りがいよいよ「最後の危機」へと迫る中、降って湧いた実験結果が「重水の分解」だった。そしてトリチウム水を入れると水素ガスが出て来た。これを使えばあの「フクイチ」は解決に向けて大きな一歩を踏み出すことになるではないか。――そう考えた社長と副社長は再び「要路」(=重要な人々)の間を、駆けずり回ってきたというわけなのである。

14日の実験結果で、「日本」や「世界」が驚く

そしてついに「公的認証」の第一歩としての実験が今月14日に行われるのだ。実験室での生真面目な表情が戸外では崩れ、笑顔を絶やさない副社長は電子メールで私にこう言い切った。

「もちろん、自信はあります。14日の結果、楽しみに待っていて下さい」

我が国が本当に“成長戦略”を求めるのであれば、この技術を用いるしかない。その結果、砂上の楼閣のような仮説で象牙の塔を塗り固めてきたアカデミズムの住人たちが、何人も「討死」するのは間違いない。だが、そうした尊い犠牲の向こう側に我が国が「資源がないから従属外交をする国」から「資源がないなら創り出してしまうため、真に独立した国」へと脱皮する道のりがくっきりと見え始めるのである。安倍晋三総理大臣よ、これを決断しないで誰が「日本国総理大臣」を名乗ることができようか。

 私の研究所の公式メールマガジンでも取り上げてきているとおり、我が国には独立行政法人科学技術振興機構が推し進める「元素戦略」が国策としてはある。だがそこで中心に据えられている技術は「『元素』そのものを錬金するのではなく、『製品に必要な希少元素の特定の「機能」を別の元素で置き換える』という意味での錬金術」(中山智弘『元素戦略』(ダイヤモンド社))である。

アカデミズムに暮らす碩学たちを顧慮すれば、“政治的”に言うとこれが限界なのだろう。だが、どうやら「現実」は、明らかにその先をすでに示し始めているようなのだ。2014年1月14日。この日を境に「フクイチ」が変わり、東京電力、さらには我が国、そして世界が変わる。その歴史的な瞬間は、もう間もなくである。

1月18日(東京)、26日(大阪)に行う恒例の年頭講演会(「2014年 年頭記念講演会」、参加無料)のお申し込みはこちらまで。

 いやこれはどう見てもアカンやつだろう。

 まず、筆者の「水素」の書き方がえらく曖昧というか、重水素とトリチウムが水素の同位体だということを認識していないようである。水素H、重水素D、トリチウムTは全て水素の同位体で化学的性質は同じである。だから、これら3つを含んだ水(普通の水=軽水、重水、トリチウムの水)のどれを分解してもH2、D2、T2、あるいはHDとかHTとかDTのような気体が出ることになるが、これらはどれも「水素」だから、「水素が出てくる」と言っても(文脈からすると紛らわしいかもしれないが)正しい。もし、A社がそのように説明したのであれば、A社の装置は放射能除去とは何の関係もない。それを、トリチウムをHに変えると筆者が理解したのなら、筆者の壮大な誤解ということになる。しかし、「地球上では変わらないはずの元素が、明らかにそこでは「変性」していたのである。」とあるので、A社は実際にTをHに変える話を筆者にしたと思われる。この場合、そんな話を真に受けている時点で筆者とA社のインテリジェンスを疑うほかなくなる。

※やや専門的な話になるが、液体の水の中のHは交換している。H2OとD2Oをまぜると、液体の水の分子はH2OとD2OとHDOが元の濃度比を反映して一定割合でできる。T2Oが加わっても同様。電気分解すると出てくるガスもH,D,Tのうちから2つをえらんで作った水素分子となる。

 核反応のエネルギーは化学反応のエネルギーに比べておよそ6桁大きい。だから、化学反応のプロセスをどう工夫したとしても核反応には手出しできない。人為的な元素転換は、加速器を使うか、原子炉を利用する以外の方法で成功した例はない。
 実のところをいえば、人為的な元素転換はみんなやってみたかった。そこそこの技術でできれば応用も広がるのは誰だって思いつくことである。でもって、世界中で長い時間をかけていろんな挑戦してきた結果が全て討ち死にで、その屍累々の上に今の科学の枠組みが作られている。
 だから「砂上の楼閣のような仮説で象牙の塔を塗り固めてきた」という評価は完全に間違っている。専門家が元素転換の話を相手にしなかったのは、砂上の楼閣どころか、実現できないことを実現しようとして過去にどれだけの犠牲を払って核反応と化学反応の知識を積み重ねてきたのかをよく知っていたというだけのことである。数多くの観察事実によって支えられている場合は、科学の枠組みは強固なのである。まず確実にA社は屍を1つ増やすだけに終わる。
 ところで、科学の中でも強固な部分とそうでない部分がある。
 あんまり強固でない方の代表は分子生物学で、頻繁に定説が書き変わったり新しい発見が付け加わったりしている。強固な方の筆頭はエネルギー保存則とエントロピー増大の法則で、どうやってもこれを破れないことを散々失敗して確認する羽目になったというのが科学の歴史でもあった。都合の良いエネルギー取り出し装置を作ろうと夢見て失敗した積み重ねが、この2つの法則が正しいことを裏付けている。結局のところ、自然がエネルギーの取り出しについて制限をかけているということがはっきりしたのである。
 分子生物学の発見は生化学の反応の範囲内つまりは化学反応の範囲内で起きていて、かつ、自然が課している制限には抵触していない。起きてもかまわないことの範囲だから、いろんなことが起こりうるし実際見つかっている。一言で科学の法則といっても、起こりうる現象に制限をかけている部分と、制限の範囲内の話では、その強固さがかなり違うのである。
 強固さの順番でいうと、エネルギー保存則やエントロピー増大の法則、量子論の不確定性関係、光速度一定の法則(特殊相対論)あたりが最も強固で、化学反応で核反応に手出しできない(だから化学反応で元素転換は不可能)というのはこれらに次ぐ位置付けになる。
 そんなわけで、学生に講義するときは「絶対にできないことをやろうとして人生を棒に振らないために知識を身に付けろ」と言っている。専門家だってろくでもないアイデアを考えたりするが、その中で、強固な法則に反するものは真っ先に捨てる。起こりそうにないことをばっさり捨てる知識があるのが専門家で、どれも同じに見えるのは素人ということである。
 A社は純粋に世の中に役立つことを目指しているのかもしれない。しかし、これまでに、いろんな会社によって強固な方の法則のいくつかを破る画期的な発明という触れ込みで投資詐欺の商材が登場したことは何度もあった。強固な方の法則を破るような技術や商品を的確に見抜けなければ詐欺にひっかかることになるし、そういう技術をヨイショする記事を出したら、投資詐欺の被害者を増やす可能性がある。記事を書く側も載せる側も選別眼が必要である。

 ということで、大人になってから、明らかにおかしな会社の紹介記事を書いたり、それを載せたり、その記事を信じたりしないためにも、高校までの理科の知識は大人になってもちゃんと身に付けていてください。もうじきセンター試験で、大学入試も始まりますが、受験勉強で身に付けた知識は受験が終わったら用済みじゃないんですよ。

【追記】
 コメントしたつもりがうまく反映されないので、本文に追記しておく。

 REVIさんから、予想通りの典型的なコメントをいただいた。

「天動説というパラダイムはガリレオにより覆され、ニュートンのパラダイムはアインシュタインに覆された。同様にエネルギー保存や光速度一定というパラダイムも覆されないとも限らない」

 天動説と地動説の場合は、どちらを使った方が星の動きをより記述しやすいかという話であって、地動説によって天動説が示す運動が起きないといった制限をかけるものではなかった。観測した星の動きに対し、どちらのモデルで説明するかという問題だった。
 アインシュタインは光速度一定を提案したが、これは電磁気学とニュートン力学のすりあわせが必要になったため。アインシュタインの理論はニュートン力学の内容を覆したわけではなく、運動の速度が光速度に近い場合の拡張を正しく行っただけなので、運動が遅い場合はニュートン力学で今でも充分良い近似になっている。
 過去に覆った例としてとりあげられたものは、記述の枠組みの選択や元の理論の拡張に過ぎないので、例としては不適切ではないか。どちらも、多数の実験に支えられることによって見えてきた、自然が課している禁止事項らしきものに挑戦して覆したという話ではない。
 私が「強固な」と書いた理由は、あることが起きることを禁止する法則というのは、仮に破れていることが将来見つかるとしても、相当極端な条件で、かつ、今確立している内容を拡張する形になり、実験で支えられている部分は相変わらず良い近似になっていて変更されずに使われるだろうと予想しているからである。
 パラダイムという言葉でもって、禁止事項への挑戦とそうでないものの違いをわざとに曖昧にすることは、自分にも禁止事項を覆す発見をするチャンスがあると勘違いする犠牲者を増やすだけではないかと思う。

高校までの理科って大事

 東洋経済オンラインにこんな記事が出ていました。出てからだいぶ経っています。ツィッターでリンクが呟かれていたので気づきました。
 全体を見た方が良いと考えましたので、敢えて全文引用します。

シェール革命という高貴なウソを信じる日本
インテリジェンスのプロ、原田武夫氏が大胆分析
原田 武夫 :原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)代表取締役 2013年04月04日

先日、杜の都・仙台に出張したときの話だ。繁華街・国分町の片隅で設けた会食に出席された地元財界幹部の一人の方が、上気した面持ちで私に向かってこう語りかけてきた。

「原田さん、『シェール革命』ってやつはすごいね。何せこれからアメリカでは無尽蔵に採掘できて、しかも温暖化効果ガスの排出量が圧倒的に少ないっていうのだから、エネルギーの未来は、もうこれで決まりなのではないですか」

シェール革命に納得できず

同席していたわが国アカデミズムの重鎮の一人も、続いて口を開いた。「確かにそうですね。仮にアメリカがシェール革命を推し進めるとなると、今、東北大学を中心に取り組んでいる地域経済活性化のための次世代移動体研究プロジェクトがこのままでは失速してしまう危険性があるのです。なぜならばその柱のひとつである電気自動車(EV)は、現状では原子力発電が安定的に継続することを前提としていますから」

私からすれば、いずれも人生の大先輩である。普段ならば黙ってうなずくだけで、特に何も申し上げなかったはずだ。しかしこのときだけは違った。どうにもこうにも納得するわけにはいかなかったからである。「申し訳ありませんが、『シェール革命』は本当に起きるのでしょうか。私は正直言ってかなり懐疑的です」。居住まいを正して私はそう切り返した。

私の著書最新刊『「日本バブル」の正体~なぜ世界のマネーは日本に向かうのか』(4月4日刊行)でも詳しく書き、かつその新刊記念講演会(リンクはこちら)でもじっくりお話しすることなのであるが、「シェール革命」と聞くとどうしても納得がいかないことがいくつかあるのだ。思いつくままに書くならば次のとおりとなる。

◎鳴り物入りで始まった「シェール革命」だが、特にシェールガスはパイプラインがなければアメリカは輸出することができない。その肝心のパイプラインがまったく整っていないのが現状である以上、シェールガスがアメリカから世界、とりわけわが国に向かって噴き出してくるのは“今”ではなく、“将来”である。今から大騒ぎすべき話ではない。

◎つまり「シェール革命」が最盛期を迎えるまでにはまだ時間があるのだが、その間、ほかの国々が指をくわえて待っているとは考えづらい。ナイジェリアなどほかの産出国は温暖化効果ガスこそ大量に出るものの、従来型の天然ガスや原油のダンピング(廉売)を一斉に始めるはずだ。そうなった場合、採掘に費用がかかるため高めの価格設定しかできないシェールガス/シェールオイルにまで触手が伸ばされるのかは甚だ疑問である。

◎ さらには「シェール革命」と言いつつ、アメリカ自身が次世代移動体として電気自動車や水素燃料電池車の開発を加速させているのが大いに気になる。実際、オバマ政権はこの方向に具体的な形で歩み出しており、3月15日にイリノイ州で行った演説で同大統領はこれら「ガソリンを使わない自動車」の実用化のため、今後10年間で20億ドルほどを拠出すると表明したばかりなのである。「シェール革命一本であくまでも行く」という気合いは微塵も感じられないのだ。

「高貴な嘘(noble lie)」という言葉がある。「リーダーたるもの、全体利益の実現のためには時にウソをつかなくてはならないこともある」といった意味合いだ。アメリカはこれまで何度となく「高貴な嘘」でわが国、そして国際社会を翻弄してきた。2003年に行われたイラクに対する武力行使の際、「イラクで大量破壊兵器を見つけた」と国連安保理の場で生真面目な軍人・パウエル国務長官(当時)を使って一大プレゼンテーションを行わせたのがその典型例だろう(その内容はその後、同国務長官自身が吐露したように「真っ赤なウソ」であったことが明らかとなる)

よもや「あのアメリカがここまで正々堂々とウソをつくとは」と思うかもしれないが、それが国際場裏における現実なのだ。そして現状を見るかぎり、誰でも気づくことのできる上記のような「疑問」を踏まえれば、私には「シェール革命」が手の込んだ「高貴な嘘」に思えて仕方がないのである。

アメリカの深謀遠慮とは?

「なぜそこまで手の込んだことをアメリカはするのか。シェール革命でいちばん儲けられるのは自分なのであるから、ウソなどつく必要ないのではないか」。読者からそんな反論が聞こえてきそうだ。しかし大変失礼ながら、そう思われた読者の方は人気漫画「北斗の拳」ではないが、“お前はもう死んでいる”のである。なぜならばまさにここにこそ、アメリカの深謀遠慮が潜んでいるからである。考えられるシナリオはいくつかある。

まずいちばん単純に「シェール革命」が本当に推し進められる場合を想定しよう。実のところシェールガス/シェールオイルの鉱床は確認されているだけでもアメリカ以外の世界各地に存在している。中国や中南米などであるが、問題は現状の天然ガスや原油の価格では低すぎて採算がとれない点にある。したがってこのシナリオにおいて関係各国はいずれも、石油・天然ガスが最も産出されている中東地域が「有事」となり、そこでの生産が不可能となることを強く期待することになる。イスラエルによる対シリア攻撃をきっかけとしたイランとの本格的な戦闘開始、そして「中東大戦争」への発展がその先には見えてくる。

現状では今年秋にもありうる展開であるが、そうなった場合、世界中の株式マーケットは全面安だ。マネーは逃げ場所を求めて日本円に殺到、強烈な「円高」となるわけである。オイルショックに見舞われた世界は、アメリカに「シェール革命」の推進を要請するはずだ。一方、サウジアラビアやイスラエルは戦乱で勝ち残るため、アメリカ製兵器を続々と購入し続けるに違いない。アメリカにとっては一挙両得というわけなのである。

だがここで困るのが中東地域以外の産油国、特にロシアである。通常の天然ガスや石油をめぐる最大のプレーヤーであるロシアは「シェール革命」に反対すべく、中東開戦を阻止し続けようとする可能性が高い。その結果、このシナリオは頓挫してしまう危険性をはらむ。

問題はアメリカにとっても、「そんなことは先刻お見通し」であるはずだという点なのだ。つまりこのとき、アメリカの真意は「シェール」にはない。そしてそうであるとき、アメリカは実のところ周囲をアッと驚かせる次世代エネルギー技術をすでに開発しているはずでもあるのだ。しかしそれをあえて出さずに「シェール革命」なる用語を“捏造”し、しかも天然ガスを今や世界中で買い漁っているわが国にこうささやきかけているのである。

「パイプライン設置のために投資をしてくれたらば、最優先でシェールガス/シェールオイルを特別に分けてあげてもいい。福島第一原発事故の余波で貴国は大変でしょう」

これに“日米同盟”という美辞麗句がつけられれば、わが国要人たちがこれに抗することはまずない。進んで資金提供し、巨大プロジェクトの完成を今や遅しと待つことになるはずだ。むろん、アメリカも日本側協力者に鼻薬をかがせることを忘れないはずだ。たとえば時代はさかのぼって第2次世界大戦後の1950年代、アメリカ国防総省の支援により設立された「日本開発会社」は、いくつかの復興のための巨大インフラプロジェクトに関与していたことが史料から明らかになっている。

しかしそのための資金としてアメリカ国防総省から捻出された資金は、戦後最大の政治プロデューサー「児玉誉士夫」を経由して、わが国政財界の闇へと消えて行ったのである(有馬哲夫『児玉誉士夫 巨魁の昭和史』(文春新書)参照)。「インフラ開発に日本を絡ませたときには駄賃がいる」。そうアメリカ側は伝統的に認識しているはずなのであって、わが国からパイプライン建設にマネーが流れれば流れるほど、その一部がわが国へと還流され、再びわが国政財界の闇に消えることは大いにありうる、と歴史家ならば断言するはずだ。むろん、私や読者の皆さんのような庶民の知らないところで。

それでは私たち日本人は、ただひたすら手をこまぬいて見ていなければならないのか。またそもそもアメリカはこの場合、いわば「捨て駒」となるシェール革命ではなく、実際のところ何を追求しているというのであろうか。

次世代の「本命」はシェールではなく、水素

簡単に書くならば、まず前者についてひとつの「光」を先日、わが国の神奈川県・寒川にあるとあるヴェンチャー企業Q社で私は目の当たりにした。シェールガスといっても炭酸ガスは出てくる。ところがこの企業が開発した技術ではこれを「炭酸化ナトリウム」と「水素ガス」へと分離できるのである。つまり「排ガスから燃料ができる」わけで、驚愕の技術なのだ。アメリカがシェール革命を推し進めれば進めるほど、その後ろについてこれを売ることで、わが国は巨利を得ることができる代物なのである。こうした革新的な技術を私たちは大切に育て、全面開花させなければならない。

一方、後者について言うならば、アメリカにとっては実のところ宿敵であるイギリスの態度を見れば答えはすぐ出てくる。上記の拙著でも書いたことだが、イギリスは2015年までに水素エネルギーによる燃料電池車の完全商用化を公的に宣言している。そう、時代は「水素」なのであって、シェールであろうが何であろうが、化石燃料ではもはやないのである。

しかしそれを真正面から追求すると、アメリカはイギリスから何をされるかわからない。それをアメリカが最も恐れているであろうことは、中東の石油利権を争ってきたのが、ほかならぬ米英両大国であったことを思い起こせばすぐわかるのである。だからこそ「シェール革命だ」とアメリカは騒ぎ、「高貴な嘘」をついていると考えると合点が行く。

わが国にとって今必要なのはバカの壁に入ることなく、老練な米欧各国が国際場裏で公然とつく「高貴な嘘」をあらかじめ見破り、私利私欲を捨てて人知れず備えるべく全国民を指導するリーダーなのである。今夏行われる参議院選挙の本当の争点は、実のところ「この一点」なのである。そのことを私たち有権者は忘れてはならない。*5月(奈良)と6月(東京)に、原田氏の新刊記念講演会を行う予定です。くわしくはぜひ、こちらをご覧下さい。

 この著者、炭酸ガスCO2を分解して、炭酸化ナトリウム(って何?)と水素(H)ができるという話を疑わずに信じた上に、革新的な技術だと評価している。つまり、COしか無いところからNaHができるという話を信じている。化学反応をやっている限り元素が生成することは無いというのが化学の基本原理で、これを覆す実験事実は無い。そりゃ革新的だろうね、触れ込みだけは(棒)。
 「高貴な嘘」を疑うのはいいが、ただの間違いや妄想を真に受けてどうするんだと。
 エネルギー問題というが、使える形でエネルギーを取り出すには化学反応に頼る(バイオマスなども生化学の反応を利用するから化学反応の範疇)か、原子力に頼る以外の方法はない。そのエネルギーだってとどのつまりはインフレーションとビッグバンの後の残り物をちまちまかき集めているだけであって(太陽の核融合はその前の超新星爆発の残り物、その前の星形成やら核融合やらは宇宙創生の時のエネルギーの残り物)、有史以来、エネルギーが新たに作り出されたことなどない。
 原子力が逆風のまっただ中だし技術的にも未解決問題が多いから化学反応のシェールやら水素やらを推すというのはわかるが、肝心の化学反応で、元素が勝手に生成するという話を疑いもせず受け入れる人の言うことは全く信用できない。元素が勝手に生成するという前提でエネルギー問題を論じれば、どんな楽観的な結論だって出てくる。ただし全ては夢物語で終わるだろうが。この著者に限ったことではないが、エネルギー問題を議論する前に、高校の化学を復習すべきだろう。

 試験が終わったら理科は忘れてもいいなどと思っているとこういうアホな話に引っかかることになる。大人になってからこういう恥ずかしい内容を書いて満天下に晒さないためにも、「革新的な技術」を主張する変な会社に騙されないためにも、高校までの理科の内容はしっかり身に付けておくべきなんですよ。
 
 

子どもと情緒

 教育現場(学校での道徳教育等)を汚染する大型トンデモ「江戸しぐさ」につけたこのコメント

むしろ、いい話なら出典や根拠はデタラメでもOK、とする情緒と感情優先の考え方が教育現場で猛威をふるっていることが本当の問題では。教員に有意にそういう人が多いかどうかは知らないのですが、教育学部でそういう考え方を否とする教育が行われていないとか、教員採用でそういう人をはねられないといったことがあるのではないかと勘ぐりたくなります。文科相だけの問題ではなさそうにも思います。

がたくさん「いいね!」されてるわけだが、これに関連して気付いたことを1つ。
 基盤教育の科学リテラシーの講義で、科学を道徳の根拠にするな、ということも教えていて、その例として文部科学省の「心のノート」を挙げている。花が折れていたのでティッシュで包帯を巻いた、という作文が掲載されている部分を使っているのだが、これを話した回の出席カード裏の学生のコメントの中に「子どもについては情緒的でよい」という立場からの反論が出てくる。講義の流れとしては、小学生がこういう作文を書くことに批判的なのではなく(心のノートの編集者である大人が)こういう作文を例に選ぶことを問題にしている。つまり大人の考え方の問題として話をしているのだが、大人数を相手にしての講義なので、毎年何人かは勘違いする。勘違いの方向はどういうわけかいつも「こどもらしい感性」に突っ込むのはやぼだというもので、特に教育学部の人が主張しているというわけではない。「子どもにも小さいうちから合理的な考え方をどんどん教えるべき」という主張はウケが悪い。
 つまり、良い話なら合理性も根拠も捨てて良い、というのは、教員だけの問題ではなさそうで、普通に義務教育から高校まで上がってきた生徒の中に既にできあがっている価値観のように見える。
 感情に配慮するなというつもりはないが、「子どもは情緒優先でいい」ということがどういう経緯で前提とされるようになったのか、ずっと引っかかっている。教育学の方で何か確立した話はあるのだろうか。

まともな研究者の対応の例

 名古屋大学の川瀬研究室のページより。「最近出回っている「テラヘルツ鉱石などの健康グッズ」に関して

科学的根拠の希薄な様々なテラヘルツ健康グッズを販売している会社が 近年多数見受けられます。ひどい会社になると、勝手に『名古屋大学川 瀬教授が発明したテラヘルツ波動に基づき、水晶を高温で焼き上げたテ ラヘルツ波を発生する鉱石が癌や脳梗塞を治す』などとして高価な値段 でネックレスなどをご病気の高齢者相手に私の写真などを見せながら 販売していると一般の方から苦情を頂きました。

これらのことは非常に腹立たしく、我々と何の関係もないばかりか、科 学的な根拠が希薄な詐欺紛いの商法です。 私は20年以上、テラヘルツ 波の生体への影響を研究してきましたが、もしもそれらの会社のうたう 効能に(学会が認めるような)科学的根拠が見つかったら、それだけで ノーベル賞ものですが、まだ世界の誰もそのような確たる根拠を発見し ていません。

過去において、同様に科学的根拠の希薄な遠赤外線グッズで長年儲けた 輩がテラヘルツと名前を変えて二匹目のドジョウを狙っているようで、 テラヘルツ波を研究する者としては実に嘆かわしいことです。 さらに 最近では、一部の業者が研究会を名乗って「本物のテラヘルツジュエリー を認証します」などと活動してますが、本物も贋物も普通のセラミクス も岩石も、かつての遠赤外線グッズも、放射原理は常温の黒体輻射にす ぎず、黒体輻射を浴びたら難病が治る、などという話は私の知る限りの 学会では全く認められていません。

これまでは怪しいテラヘルツ商法も苦々しく思いつつも看過してきましたが、 私の名前を使って売っている、という苦情が寄せられた以上、ここに反論 させて頂くに至りました。 今後、もし私の名前を使って売るような会社を 見かけましたら、何卒ご一報下さい。

 まともな研究者であれば、根拠のあやふやな健康グッズの販売に名前が使われることを避けるのは当然ですし、通報があれば、関係ないことを明らかにするのも当然です。この川瀬研究室の反論掲載はもっともなことです。できれば、名前が使われる前に、アレはインチキだと表明していただきたかったところですが……。
 なお、企業が大学と共同研究する時は大学に対して守秘義務を課すのが普通で、一緒に研究した大学側の研究者を宣伝に登場させるようなことはしません。「我が社のすばらしい技術」を前面に出して宣伝するならともかく、大学の先生に手柄譲ってる時点で会社としてはいろいろとダメでしょう。この手の健康グッズが疑わしいかどうかの判断基準の一つとして「大学の先生の名前が使われていると信用ならない」といっても、そう間違いではありません。

ドメイン限定検索を普及させよう

ラジオ出演「疑似科学を科学する」」を読んで。

となるとどうすればいいのか――ということが問われましたが、とりあえず我々にできることは、信頼できる情報の絶対量を増やしていくことかなと思います。たとえば以前に書いた通り、最近「酵素」というキーワードを含んだよくわからない健康法が流行っており、これは疑似科学の要素を多分に含んだものです。しかし「酵素」という言葉で検索しても、まともに生化学的な意味での酵素について解説したページは、上位30位までに2~3件に過ぎません。要するに、業者の発信する情報に、正確な知識が押し流されてしまっている状態です。

 これは以前から指摘していることです。ニセ科学で商売をしている人達は、情報を吟味する気も自分のところでまともな消費開発をする気も(おそらくは能力も)無く、同業他社の宣伝文句をコピペしてきて多少編集して自社製品の宣伝に使っているようです。ですから、数は多いがヴァリエーションに乏しい間違った情報が出回るという結果になります。
 サーチエンジンの検索結果に正しい情報が登場する割合を増やす努力は大事ですが、それと同時に「ドメイン限定検索」を普及させることで、情報がおかしいと気づくきっかけも増やせるのではないかと思います。
 「酵素」を検索するのなら、.ac.jpや.go.jpドメイン限定で検索した時と、そうでない時の検索結果を比べるのです。限定なし検索で謳われている内容が、ドメイン限定検索で出てこないなら、それは宣伝用に歪められた科学とは関係のない言説ということになります。
 もちろん、教育機関でもおかしな言説を信じて情報発信してしまう人がゼロではありませんから、ドメインを限定してもニセ科学言説を完全に遮断することはできません。しかし、出てくる言説の数の分布が大幅に違うということから、ある程度判断はつくはずです。

レポートを読み書きする能力は必須

 ウチの学科は実験を伴う必修の講義が1年次後期から始まるし、卒業研究は必修、卒業論文もほぼ全ての研究室で書くことを課している。学生実験であるので、テキストもあり、やる内容も決まっている。レポートには使った実験器具や実験手順も書くように指導しているが、メニューが決まっているので、書くとなるとほとんどテキストの一部分を丸写しする結果になる。
 わかりきっていることを何故書かなければならないかというと、レポートとしての形式を満たすための訓練である。これをおろそかにして社会に出ると何が起きるかを最近実感した。

 事件は、某水処理装置会社が某管理会社にトルマリンを利用した水処理装置を売ったが宣伝文句が科学としては間違った内容を含んでおり、後から事業を引き継いだ某管理会社2がそのことに気づいてメンテナンス料の支払いを拒んだところ提訴されたというものである。現在進行中の他人の訴訟であるし、議論の本筋と関係がないので、固有名詞への言及は差し控える。
 さて、訴訟が始まり、原告の某処理装置会社は、製品には科学的根拠もあるし大学で測定もしてもらっている、と、製品開発の参考にした日本語の報文(ここで取り上げたもの)や、自社製品を某大学某研究室に依頼して測定してもらったレポートを証拠として裁判所に提出した。被告から、原告提出の証拠について科学的見地から意見書を出して欲しいと頼まれたので、私の出番となった。
 まずは大学で行った実験について検討するか、と、原告が某大学某研究室に依頼して測定してもらったと称するレポートを見たら、これが、主に次のような理由で大変ひどい出来であった。出されたレポートが後から改竄されていないという確証が得られないので、具体的な研究室名は伏せる。

(1)測定に使用した装置の製造元と型番が充分に記載されていない
 レポートには試料の電顕写真やX線回折の結果、元素分析の結果が掲載されていた。しかし、元素分析をどのような方法でやったのかについては、装置も手法も書かれていないため、推測するしかない状態だった。このため、一体どの程度信頼できるデータなのか、信頼性の相場はどれくらいなのかの評価が困難だった。
(2)図のキャプションと、レポートの後の方で出てくる説明が食い違っている
 試料の加熱処理の温度を変えて同じ測定をしたグラフが1ページにまとめて掲載されていた。ところが図番号を示して書かれたレポートの結論を読むと、その中に別の測定法を用いたものが混じっていると読める内容になっていた。キャプションが正しいのかまとめの説明が正しいのか、推測で判断するしかない状態だった。具体的には、元素分析のグラフなのかX線回折のグラフなのかが曖昧という状態だった。
(3)結果について何も言及していないグラフが掲載されている
 部材と錆びた金属片を水に投入し、撹拌しながらpHがどのように変わっていくかを測定したグラフが載っていた。この商品を使うと水道配管の防錆効果があると宣伝されており、錆びた金属片を加えた実験は、セールスポイントである防錆効果を直接確認するものであった。しかし、錆の状態がどうなったかについてはレポート中に記載が無かった。その上、その図の番号を示して結論部分に書かれた説明は「熱分布曲線の測定」となっていた。なお、レポート中のグラフに熱分布曲線を測ったらしきものは存在せず、単純な図番号の付け間違いとも思えない状態だった。
(4)図の縦軸と横軸の判読が難しいものが多数ある
 図のキャプションと説明が食い違うという状態だったので、図の縦軸と横軸がわかれば少しは推測もしやすいところ、判読できないものが多かった。
(5)説明が不十分かつ不親切
 この商品は、上記報文の久保氏の説によるトルマリンの焦電性を利用した水処理を原理として採用していた(この内容自体の是非はともかく)。ところが、大学が出したX線回折の結果は、商品の部材にトルマリンの結晶構造が存在しないというもので、レポートにも文章で明記されていた。トルマリンの焦電性は特定の結晶構造によって維持されているので、結晶構造が壊れれば焦電性もなくなる。トルマリンの結晶構造が無いという測定結果を得たのであれば、焦電性が消失している可能性に言及するのが当然であるべきところ、何も書いていなかった。依頼された方法で測定を行い結果の解釈は依頼者に任せるという立場があることを否定はしないが、こうして裁判所にまで証拠書類として出された挙げ句、宣伝の前提を否定する実験結果であることを晒すくらいなら、説明を書いておくのが依頼者に対して親切だったのではないか。

 こんな具合に、測定を引き受けた教授の印鑑(コピーで見た限りシャチハタっぽかったけど)が表紙に押されていたレポートが、レポートべからず集のオンパレードであった。変なことを言いだす水処理装置会社がいるのはよくあることなので別に驚かなかったが、大学の名前でこんなレポートが民間企業に出されていたことの方にショックを受けた。さすがに、大学の研究室がこんなものを出したとはすぐには信じられず、誰かが途中で改竄あるいは編集したのではないかと疑っている。
 私は、測定法に馴染みがないであろう裁判官のために、用語集や教科書などから引用したものを資料として添付し、それぞれの測定法がどんなもので何がわかるかを解説した上で、問題点を指摘した意見書を書いて被告代理人に託した。
 意見書の中で「もしこの書き方のレポートを学生実験の結果として学生が提出したら,私は間違いなく書き直しを命じて再提出させるか,不合格の判定を出す」と書かずにはいられなかった。読んだ裁判官は苦笑したにちがいない。原告から次回の反論のため某研究室に私のコメントが回されたら、私は研究室を2つばかり完全に敵に回したことになる。

 当学科の卒業生なら、学生実験をこなし指示通りに実験レポートを書く習慣を身に付け、社会に出てからもその基本を忠実に守っていれば、(1)〜(5)にあてはまるようなレポートは書かないはずである。

 ここからは学生向け。
 実験のレポートは個人の成績評価に使われるものだと思っているかもしれないが、社会に出たらそうではない。書く側の心構えとしては、出る所に出される可能性を考えて、評価に耐えられる程度に必要事項を記載しなければいけない。それができなければ批判に晒され信用を落とすし、今回のように、依頼者を裁判所で不利にする材料を提供することにもなり得る。
 逆に、企業等に就職し自社製品に関わる測定を依頼する場合、受け取ったレポートが最低限の形式を満たしているかということや、内容に矛盾が無いかといったことのチェックをしなければいけない。不明なところがあれば問い合わせてはっきりさせるといったこともしなければいけない。チェックのポイントは、これまでに正しいレポートの書き方として指導された項目全てである。
 大学では、全員同じようにトレーニングされるので、まともなレポートが書けて読めることが強みだとは意識しないかもしれないが、最低限満たすべき基準を超えていないと信用されないし身を守ることもできない。今受けている面倒なトレーニングには意味があるということを認識してもらいたい。

ナノバブル水素水フコイダンへのコメント

ナノバブル水素水フコイダンに近しい人が嵌まりつつあって下手すると必要な治療が遅れかねないという悲鳴が聞こえてきたのでコメントしておく。

製品例としては、http://www.ecotex-j.co.jp/productinfo.htmlのアスミーテという商品がある。フコイダンを薦めているところは例えば「代替医療を考える会」のこのあたり

まず、水の方から見てみよう。

ナノバブル水素水フコイダン50000の組成は、

フコイダン:50,000 mg
ビタミンC:10,000 mg
溶存水素水量:1ppm(製造時)

とある。

水素を強調しているが、室温1気圧の水素の溶解度は、ppmで表すと1.6ppm。他社の水素水も、高濃度と称しているものが1.2ppmだったりするから、つまりは飽和もしていない水素濃度のものが水素水と称して市販されているということになる。

トップページには、メチレンブルーを水素水に加えた場合の、他社製品との比較写真が出ている。青くなったものは「還元力」が失われているという話で、「還元剤としての水素が最初から入っていないか、抜けてしまう事が分かります」と主張している。しかし、この実験は水素が抜けたかどうかを反映していないのではないか。メチレンブルーの発色がみられなかったナノバブル水素水フコイダン50000にはビタミンCが含まれている。ビタミンCは抗酸化作用を持つことで知られているし、水素のように時間が経つと抜けていったりはしない。この実験では、ビタミンCがメチレンブルーの発色を妨げた可能性が高い。もしこの実験で水素が抜けたかどうかを確認するなら、他社の水にも同じ濃度になるようにビタミンCを加えた上で試験をしないと、水素の量の違いについて結論は出せない。

水素が超微細気泡化することにより水の中から抜けにくくなり、また、イオン化することによって気泡同士が反発し合い結びつかなくなるため、その大きさを維持するイオン化ナノバブル製法を採用しています。

とあるが、気泡の内部は水素ガスのはずである。水素分子イオンというものは放電管の中などには存在するが、通常の環境では安定に存在することはない。一体何をイオン化しているのかが謎である。

ナノバブル技術により、ナノバブル水素水フコイダン50000(通称:フコイダン水素水)は、他社水素水製品と比べ、たっぷりと水素が溶け込んでいます。

既に書いたが、他社の水素水で水素濃度が1ppmを越えるものが普通に販売されているので、他社製品に比べて水素が多いとはいえないのではないか。

また、溶存した水素が長時間持つ事の証拠として、ORP値のグラフが示されている。しかし、この製品には抗酸化作用を持つビタミンCが含まれているので、ORPの値はビタミンCの影響で下がっている可能性がある。同じ濃度のビタミンC水溶液のORPも一緒に掲載しておくべきだろう。また、ビタミンCを含んでいるのに、「科学的な添加物などを全く含まず」(化学的、の間違いと思われるが原文ママ)とはどういう意味なのか、わけがわからない。

抽出されたフコイダンを大量に含んだ独自製法のナノバブル水素水フコイダン50000であれば、容易に摂取することができます。

とある。フコイダンが体内に吸収されたことはどうやって測定したのだろうか。

もう少し詳しい説明を見てみる。

水素は、活性酸素を除去する働きがあると言われています。

普段私たちの体は、ストレスに晒されたり有害なミネラルなどの物質が体内に入ってくると活性酸素が発生します。この活性酸素は体の老化、サビの原因であり、様々な病気、体調不良の原因とも言われ、この活性酸素を減らす事が老化予防、病気予防になると言われているのです。

水素は抗酸化作用物質であり、酸化された細胞等を還元(元の状態にする)させる、つまり、体内の病気の元である活性酸素と結びついて安全で無害な水に変化し体内から放出させてくれると言われています。

見て分かるとおり、全て「言われています」と伝聞ばかりである。つまり、この水素水の効果については、自社で確認をしていないし、する気も無いし、効果があるとはっきり述べられるだけの証拠も持っていないにもかかわらず販売しているということになる。

フコイダンの説明は、多糖類であることや発見の経緯を書いている。しかし、効果がある、という根拠に結びつきそうなのは

2002年にはフランスの科学者による研究で、F-フコイダンがウサギの細胞の過形成を抑制することが明らかとなり 、また、2005年に慶應義塾大学教授・木崎昌弘博士らの研究により、フコイダンが人間の悪性リンパ腫の細胞にアポトーシスを起こさせることが発見され、注目されました。

の部分である。この部分を注意深く読むと、どこにも、実際のヒトの悪性リンパ腫に対して治療効果があったとか、臨床試験の結果が出たとは書かれていない。もし、臨床試験で認められた治療効果があれば、それは、企業にとってもっとも売り文句になるはずである。それが無いのだから、ここに書かれた効果は細胞培養の実験でのみ確認されたものだと読み取るべきである。そうすると、「簡単な練習問題」で紹介したフローチャートを適用するなら、フコイダンはステップ2で右側に分岐する。つまり、フコイダンの抗がん作用というのは、「人間にあてはまるとは限らないので、話半分に聞いておく」程度の扱いをすれば十分なのであって、とても、病院での治療の代わりに使えるようなものではない。

なお、この会社のフコイダンを紹介している資料の中にはまともな論文は1つも無く、いわゆる健康本のみである。これらの資料は何冊出ていても効果の証明には何の意味もない。すべて、フローチャートのステップ1を通過できず、「それ以上考慮しない」情報である。もちろん、医薬品でもないフコイダンについて、癌に効果があると誤認させるような、効果効能を謳った販売は違法である。

毎日キレイ、の水の記事

 毎日キレイ、に2013年1月16日付けで水の記事が出た。現在はサイトからも削除されているので、魚拓でしか読めない。キレイナビの、Health&Beautyに出たものである。1月27日現在、この水はキレイランキングの1位になっていた。

13年に注目したい水3種
内山真李
2013年1月16日

 日本では蛇口をひねれば清潔な水が出るのが当たり前。生水でおなかをこわすこともなければ、水不足になることもあまりありません。比べて隣の中国は、およそ3億人もの人がまともな飲み水を入手できない状態。そう、日本の水事情は世界でもトップクラスなのです。日本は美しい水の国。いのちを育む水は豊かさの象徴でもあるのです。

 さて、その水。じつにさまざまなタイプがありますが、13年に注目すべき水を3種、挙げましょう。

 ◇ミネラル炭酸水
 12年は自宅用の炭酸水メーカーも人気でしたよね。炭酸水は胃腸の調子をととのえ、ダイエット効果も期待できるほか、血行を促進するといわれています。個人的なおすすめは天然炭酸水(ガス入りミネラルウオーター)。私はそのおかげでお通じも快調、ダイエットもできました。

 ◇水素水
 活性水素を水に溶かしたものでエージングケア効果に着目されています。体内で活性酸素と結びつき体外へと排出するので、活性酸素が遠因となるさまざまな病気についても改善が認められるそう。購入の際は含まれる水素の量を確認して。水素が多いほどいいとされます。

 ◇純銀イオン水
 食品添加物として認められている銀が微量溶け出した水のこと。消臭・除菌効果があり、しかも飲んで安全。家電メーカーから純銀イオン水生成器が販売されているほか、専用ペレットで水道水から安定した純銀イオン水を作るタイプもあります。昨年バリ島で会った現地の日本人は、自宅で純銀イオン水を作っていました。「日本ではまだ浸透していないけど私たちはふつうに純銀イオン水を飲むわよ。インフルエンザの予防なんかにもいいの」とのこと。帰国後さっそく私も、1日にコップ1杯程度飲んでいます。

 書籍「水からの伝言」(江本勝著)やドキュメンタリー映画「WATER ウォーター」(ロシア)で話題になりましたが、最近の研究では「水は情報を伝える」ことが明らかになっています。愛や感謝を伝えた水を瞬間冷凍すると、たいへん美しい結晶となるのです。ですから、水を飲むときに「ありがとう」と感謝してみましょう。“体が喜ぶ水”を飲みながら、水資源に心から感謝する。これが13年の正しい水との“おつきあい”です。

 炭酸水自体は、口当たりがすっきりするのを楽しめるでしょうし、シロップを加えると自宅で簡単に炭酸飲料を作れたりするので、好きなだけ使えばいいと思います。私も、ペットボトルの炭酸水とストロベリーシロップや青リンゴシロップをおうちに常備しています。でも、ミネラルを補給したいのなら、水から摂るよりも食物から摂った方がずっと効率良く摂れます。水はあくまでも水なので、そこから何か別のものを補給しようとするのは、積極的に何かを溶かしでもしない限り意味が無いことです。
 活性水素水って一体何でしょうか。売ってるのは単に水素ガスを溶かした水にとどまります。食品加工の際に水中の水素ガス濃度を上げて酸化防止効果を狙うのは有りだろうと思いますが、水素はそんなに水には溶けませんし、水素を溶かした水を飲んだからといって、人体に効果があるほど水素濃度が上がるとは考えられません。また、「活性水素」なる物質の存在自体、宣伝用語で、そう呼ばなければならない水素は今のところ見つかっていません。
 銀イオン水を飲み続けていると、顔が青く(写真で見た感じでは青っぽい灰色)になるんですが、これのどこがいいんでしょうかね。まあ、美しさというのは多分に主観の問題ですから、銀が沈着してこの顔色になったのを美しいとか素敵だとか思う人が居ることを否定はしませんが、今の日本では、望まない人の方が圧倒的多数ではないかと思います。こんな水、日本ではまだ浸透していなくて幸いです。これからも持ち込まないでいただきたいですね。
 「水からの伝言」も「WATER」も、最近の水の研究とは何の関係もありません。「水は情報を伝える」なんてことは出てきていませんね。なお、「水からの伝言」は、江本氏自身がポエムだと言ってました。「愛や感謝を伝えた水を瞬間冷凍すると、たいへん美しい結晶となる」は記述そのものがポエムについてのものだし、江本氏の写真集は(瞬間冷凍ではなく)普通にシャーレで凍らせた水を顕微鏡撮影する時に、氷の表面に水蒸気から結晶成長したものを撮影しているので、この記述とは違うことをしています。

 水を飲むときに「ありがとう」と感謝することについては反対はしません。でもその感謝は、安全な水を供給している日本の社会インフラに対して行うべきです。蛇口をひねるだけで感染症や中毒の危険のない水が手に入るのは、本当にありがたいことです。世界中を見渡せば、安全な水が手に入らないために感染症が蔓延して病気になったり死んだりする人がまだたくさんいますので。