「福島で放射線のせいで鼻血」に特商法6条運用指針を適用して評価しよう

 鼻血の原因を福島県の放射能のせいにする言説について、どうも、効果のない健康食品やダイエット食品の宣伝と同じに扱えばすっきりしそうだと気づいたので簡単にまとめておく。
 これまでにわかっていることとしては、放射能が原因の鼻血つまり出血傾向がみられるのは骨髄死を起こす3〜6Gy被曝した時の急性症状としてであり、急性症状を起こさないような低い線量では(現在の福島はこちら)鼻血のような出血傾向がみられるという効果は見つかっていない、ということがある。人為的に短寿命のRIを患者さんの体内に入れた場合(核医学検査)でも、患者さん本人が検査の前後で放射線が原因の鼻血で困っているという話は皆無である。

 考えるための参考資料は、特定商取引に関する法律第6条の2等の運用指針。景品表示法の4条2項の運用指針もこれと同じ内容である。

 まず、福島県に行った人が鼻血を出した事実があれば、これは別に否定しない。福島県に行く人など大勢いるのだから、その中でたまたま鼻血を出す人が居ても全く不思議ではないし、花粉症の季節には数が増えるかもしれない。
 鼻血の原因が「福島県の放射能」にあるとする主張は、放射能の「効果効能」を謳っている言説の一つであると考えることができる。本人だけがその「効果効能」があると思い込んでいるなら自由だが、他人にその主張を振りまくことによって他人の判断を誤らせたり、しなくていい心配をさせる可能性がある。

 個人の経験を語ることによって他人の判断を左右するケースの典型例は、根拠のない健康食品やダイエット食品を他人に売りつける時の体験談を利用した広告である。宣伝と、鼻血の原因を福島の放射能であるとする言説は、体験によって効果効能を他人に伝えるという共通点がある。「使った、治った、効いた」が健康食品の「3た論法」であるのに対し、「福島に行った、鼻血が出た、放射能が効いた」が使われている。効果効能が見つかっていない健康食品やダイエット食品に効果効能があると主張するのと同じように、鼻血を出すという効果効能が見つかっていない低線量の放射線について鼻血を出す効果があるという主張が行われている。
 したがって、宣伝に対して求められている根拠と同じものを求めていけば、それなりに確からしいかどうかがわかるのではないだろうか。つまり、経産省のガイドラインに従って「合理的な根拠」をそなえているかどうかを確認すればよい。

 ガイドラインの7ページには、「合理的な根拠」の判断基準として、企業(つまり効果効能を謳う側)が提出する資料について、

①提出資料が客観的に実証された内容のものであること
②勧誘に際して告げられた、又は広告において表示された性能、効果、利益等と提出資料によって実証された内容が適切に対応していること

が求められている。ここでいう「客観的に実証」とは、

① 試験・調査によって得られた結果
② 専門家、専門家団体若しくは専門機関の見解又は学術文献

である。
 放射能の効果効能については、商品販売ではないので、「合理的な根拠」の②はさしあたり考えなくても良い。①についてのみ考える。
 この基準によれば、体験談に基づく「鼻血の原因を福島の放射能に求める」主張は、全て却下するべきだということがわかる。
 試験・調査の方法についても制限があるので、詳しくは上記の参考資料を見ていただくとして、関連部分を抜粋すると、

①に関連する学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法によって実施する必要がある。
②学術界又は産業界において一般的に認められた方法又は関連分野の専門家多数が認める方法が存在しない場合には、当該試験・調査は、社会通念上及び経験則上妥当と認められる方法で実施する必要がある。
③…長期に亘る多数の人々の経験則によって性能、効果等の存在が一般的に認められているものがあるが、このような経験則を…根拠として提出する場合においても、専門家等の見解又は学術文献によってその存在が確認されている必要がある。

となっている。

 ダイエット食品やでも健康食品でも、使ってみて効果があったという人は存在する。そういう人が居るからといって、特定の「○○ダイエット」や健康食品に効果効能があるだろうということは言えない。なぜなら、比較すべき対照群がないために、本当にダイエット食品や健康食品が有効であったかどうかがわからないからである。
 鼻血も同じで、福島に行ったら鼻血が出たからといって、鼻血の原因が福島の放射能だということはいえない。鼻血を出す原因は他にもいろいろあるので、他の県との比較をしないとそもそも福島に原因があるかどうかもわからない。

 現状では、鼻血が出たことを福島の放射能に関連づける言説は、風評被害の原因になるなどという理由で強く批判されることがある。これは、純粋な科学の問題ではなく、言説が社会の中でどう位置付けられているかということによる。
 たとえば、「マイナスイオンは体に良い」という根拠のない言説が10年ほど前に大流行した。批判も相当あって、今では落ち着いてはいる。しかし、言説があまりに広がったため、もはや、体にいいとか、その他個別具体的な効果を言わなくても、ただ単に「マイナスイオン」と言うだけで「体に良い」イメージを相手に伝えることができてしまう。この状況が生じている時に、「マイナスイオン」を謳って商品を他人にすすめたら、騙す意図があるのだろうと疑われても仕方がない。
 特定のサプリメントについて上記の基準を満たす合理的な根拠無しに「がんに効く」という話が広まっている時に、「自分も癌だがこのサプリメントを使っていたら治った」という体験談を広めたら、それがその人にとって事実で、誰かに知らせることに何ら悪気が無かったとしても、「他人の判断を誤らせるようなことは言うな」と批判されることはあり得る。
 鼻血の原因を福島の放射能に求める言説もこれらと同じで、体験談によって他人の判断を誤らせることをさらに進めるから批判の対象となっている。

 引用した基準を満たす根拠が出てくるまでは、鼻血の原因を福島の放射能に求める言説は、臨床試験のない健康食品に効果効能があったと主張する体験談程度の話だとして扱うしかない。そういった体験談で商品を買ってしまう人も相当数居るので、鼻血の原因を福島の放射能に求める言説が無くなることはないだろう。ただ、その言説が体験談宣伝と同レベルだと指摘し続けることは、ついその気になってしまう人を減らすことには役立つはずである。

※運用指針は、心の準備ができていない消費者に不意打ちで販売する時の規制なのだけど、その内容の本質は「不確かなことを言って他人を惑わしてはいけない」というものなので、商品販売を伴わない言説の流通に対し、個々人がこの基準を流用して判断することは全くかまわないだろう。

わざとに行われた言い換えの例

 たとえば、私の発言について

牛乳☆たん@milktan2525 1:35
@Hideo_Ogura @apj apj氏に科学的態度を要求するのは無理です。その人は科学と疑似科学の区別もつかないと自分で言ってた人なので、おそらく健康食品のまっとうな商法と悪徳商法との区別もつかないでしょう。

といった主張がなされています。これ、私が主張したことではなく、他人の勝手な解釈によるものです。つまり私の発言ではないのです。実際に私がどう発言したかは、このあたりに記録が残っています
 もとは、「科学」と「非科学」の間に線は引けるかという問いに対し、「グレーゾーンが拡がっているため線引きはできない」と私が答えたものです。グレーゾーンがあるわけですから、1本の線は引けませんが、明らかに確からしいほぼまっ白から、明らかに科学ではない大体真っ黒なものまで幅があるわけで、真っ黒なものについては非科学と判定しても間違いではないわけです。既に白である内容に反するものであれば、科学非科学判定における黒、ではなくて、単なる間違いとする方が適切でしょう。
 まず、上記で引用した言説は、元々科学と非科学の話であったものが、科学と疑似科学についての発言であるとされています。この点で元の発言の趣旨とは違っています。私は、科学を装った言説については一貫して「ニセ科学」と呼んでおり、疑似科学とは区別しています。科学と疑似科学の線引きについて議論したことはありません。
 次に、程度の問題を無視するという種類のごまかしが行われています。グレーなところに1本の線を引けない、ということと、両端に近い黒と白の区別がつかないということは意味が全く違います。
 つまりこの言い換えは、「apj氏に科学的態度を要求するのは無理」と言うのに都合良く見せかけるために、私の本来の発言の趣旨をねじ曲げているものなのです。おそらく、本来の私の主張をそのまま書いたのでは、都合のよい主張つまり科学的な話の信用をわざとに落とすことができないからでしょう。
 勝手な解釈をもとに、言ってもいないことを本人が言ったように見せかけるというのは、不誠実です。
 なお、科学とそうでないものの間に線が引けるかというのは、科学哲学で以前から出されていた問いで、線引きできない、というのが一応のコンセンサスとなっています。このコンセンサスがあるからといって、科学的態度をとれないとか、科学的な態度や科学そのものがあてにならないかというとそんなことはありません。線引き問題については、科学の専門家に訊くよりも科学哲学の専門家に訊いた方が、現状の研究を踏まえた答えが得られるはずです。

 参考までに、「科学哲学の冒険」(戸田山和久著、NHKブックス)の83ページより、線引き問題について書かれている部分を引用しておきます。

科学と科学でないものとを区別する基準を探そうというのも、科学哲学の古くからの問題で、「線引き問題(demarcation problem)」と呼ばれている。線引き問題の現在のところの結論は、科学と非科学をすっぱり区別するただ一つの基準はなさそうだ、というものだ。だからといって、科学と非科学は結局区別できないんだということにはならない。いくつもの基準があり、それの総合点というか合わせ技で、やはり、現在まともな科学とみなされているものとそうでないものとの間には大きな隔たりがあるということが示される。この点については伊勢田哲治さんの『科学と疑似科学の哲学』(名古屋大学出版会、285ページ参照)が詳しい。

 線引きできない、というのを絵で表すならば、白から黒までグラデーション塗りした帯を想像すると良い。白黒の境界線を1本引くことはできないが、白い方の端と黒い方の端の色の違いは誰が見ても明らかである。これが、まともな科学とそうでないものを分けるのは「大きな隔たり」でしかない、ということの意味である。

【追記2014/05/08】
 伊勢田さんの「疑似科学と科学の哲学」も確認したので追記。この本に285ページは無いので、戸田山さんの本に書かれた参照ページは誤記ではないかと思われる。線引き問題について、おそらくここではないかと思われるのは252ページの
「2)線引き問題は何を問題にしているのか?」という節と257ページの「4)線を引かずに線引き問題を解決する」という節である。ここに挙げられている線引きの基準として使えるかもしれないもの一覧は次の通りである。

(a)ルースの線引き基準
(b)枚挙的帰納法
(c)仮説演繹法
(d)ヒューム流懐疑主義(奇蹟論までふくめて)
(e)反証主義(仮説自体の反証可能性)
(f)方法論的反証主義(反証された仮説に固執しないこと)
(g)蓄積的進歩
(h)俗流パラダイム論
(i)クーンの「通常科学」による線引き
(j)クーンの五項目の合理性基準
(k)リサーチプログラム論
(l)リサーチトラディション論
(m)強制的な基準(学会誌、査読制度など)
(n)科学的理論の使用
(o)強い再現性・操作性
(p)機械論的世界観の使用
(q)マートンの科学の四つの規範
(r)ファイヤアーベントのアナーキズム(なんでもあり)
(s)科学知識社会学
(t)特定理由の要件
(u)統計的検定法
(v)ラングミュアの病的科学の徴候リスト
(w)ベイズ主義

さらに、伊勢田氏は、

 確かに、科学であることの必要十分条件を与えるのは無理そうだ。ということは科学も疑似科学も区別できないということになるのだろうか?それはちょっと気の早い結論である。わたしが提案したいのは、「科学と疑似科学は区別できる、しかしそれは線引きという形での区別ではない」という考え方である。第5章で確率論的な「程度」思考の重要性を強調したが、「程度」思考を取り入れるということは,科学と疑似科学の間の区別を線引き問題としてとらえることを止める、ということでもある。

が、グレイゾーンが存在するからといって明確に科学的な分野や明確に非科学的な分野が存在する可能性を排除することにはならない。

と述べている。
 結局、伊勢田氏も、科学とそうでないものの判定は合わせ技でやるしかないという考えを示している。列挙された基準のいくつかと、分野ごとのクリティカルな要件を満たしていないといったことの合わせ技でもって判定するしかないというのが現状である。

学生が教員の悪口をネットで書いた場合でもそれなりの賠償金が認められる

 Yahooニュースの記事より。

元准教授「ネットで中傷」 横浜地裁が教え子に賠償命令
カナロコ by 神奈川新聞 5月2日(金)7時3分配信
 インターネットの掲示板「2ちゃんねる」での書き込みで中傷を受けたとして、慶応大学湘南藤沢キャンパス(藤沢市)の元准教授が教え子の男性に約330万円の損害賠償などを求めた訴訟の判決が1日までに横浜地裁で言い渡され、志村由貴裁判官は「元准教授の社会的評価を低下させた」として、約180万円の支払いを命じた。判決は4月24日付。

 判決によると、在学中に元准教授のゼミに所属していた男性は2012年8~10月、元准教授について掲示板に「楽しそうにハラスメントしてんじゃねーよ」などと匿名で書き込んだ。

 男性側は、書き込んだ理由について「元准教授から不当な扱いを受けた」と説明する一方で、書き込みは一般的な表現で社会的評価は低下していないなどと主張。だが志村裁判官は、元准教授の名誉を毀損(きそん)したと認定。600近いサイトへの転載分も含めた慰謝料100万円のほか、書き込んだ人物の調査費用約70万円の支払いも命じた。

 元准教授側は、掲示板の管理会社やプロバイダー会社を相手に、書き込んだ人物の情報開示を求める仮処分や訴えを提起。東京地裁は昨年、プロバイダー会社に発信者情報の開示を命じ、男性の書き込みと判明した。
最終更新:5月2日(金)7時3分

 以前、弁護士と話した時に「学生が教員の悪口を言うのはありふれたことなので教員が学生に対して名誉毀損の民事訴訟を起こすハードルは高い」というのが弁護士の説明だったのだけど、この賠償額をみればそうでもないようだ。これは教員にとって朗報かも。私も以前、ハラスメント事件をでっちあげられた時に随分ひどいことを2ちゃんねるに書かれていたので、訴えてみれば裁判例を1つ積み重ねることができたのかも、と少し後悔。
 これを見る限り、ネットつまり学外でいろいろ書かれた場合には、学内のハラスメント処理の手続きを使うよりも直接訴えた方が手っ取り早いし、判断にブレもなさそうである。

 まあ、教員は学生から悪口言われることぐらいは予想の範囲だし、いちいち目くじら立てるつもりもないが、その悪口がそこそこ自由に言える程度に黙認されているのは学校の中だけだということだろう。学外でやれば社会のルールが直接適用されることになる。学内のルールの範囲で収めるかどうかは書く側に任されているのだから、そのことを教えるところまでは学校でやるとして、その後の行動は個人の責任でやればいい。

仮説の提示の仕方について

 STAP細胞の件。笹井さんの記者会見でいろいろわかったことのうち、笹井さんが「STAP現象を前提にしないと容易に説明できないデータがある」と主張した部分についてのみ、私なりのコメントをまとめてみます。
 他にも問題点がいろいろあって、そちらは思いつく都度twitterでつぶやいています。他の問題点については、ブログに書くかもしれないし書かないかもしれません。
 ただ、私は分子生物学も幹細胞もまるで専門外ですので、大隅典子の仙台通信のこのエントリーを参考にさせていただくことにします。

 笹井さんの主張によれば、実験で観察した(ただしご自身が全部やったのではなく結果を見せられたという意味)ものは、次の3つです。

1.ライブ・セル・イメージング(顕微鏡ムービー)
「未分化マーカーのOct4-GFPを発言しない分散したリンパ球から、Oct4-GFPを発現するSTAP細胞特有の細胞塊」が形成された証拠の動画像。
2.特徴ある細胞の性質
STAP細胞はリンパ球やES細胞より小さい。電顕で確認。
3.胚盤胞の細胞注入実験(キメラマウス実験)の結果

 STAP現象を仮定しないとこれらの結果を容易に説明できない、というのが笹井さんの現状での認識のようです。

 STAPに限らず、実験をしていてこのような状況になることはよくあります。ちょっと変わった実験結果を得てしまい、結果を簡単に説明するには新規な現象××を考える必要がある、というものです。このこと自体は、不正でも何でもありません。ただし、こういう状況の場合、論文には正直に「これらの結果を説明するには新規な××を仮定するとうまくいく」と書きます。この段階で「新規な××を発見した」と断言してはいけません。ここでいう「新規な××」のことを、作業仮説といいます。

 以前、九州大の白畑教授による「活性水素」説がBBRCに発表されたことがありました。このときの論文は、
(1)電解処理した水に抗酸化作用があることを実験で確認した。【珍しい現象を確認】
(2)原因物質として「活性水素」というものの存在を仮定すれば実験結果を説明できる。【作業仮説の提案】
という内容でした。これは、特に問題のある論文の書き方ではありませんし、この内容で論文は出版されました。
 ところが、電解水は商売と結びついていたために、この論文が通った後、水処理装置販売業者が、
(3)「活性水素」の存在を九州大白畑教授が実証【作業仮説を事実にすり替えて宣伝】
という宣伝を行い、消費者に装置を販売するということになりました。化学者は「活性水素」の存在を認めてないから決定的な証拠を化学系の学会で発表してほしいと頼んだら、特許を出しているからと断られました。1年後に頼んだら、膨大な実験結果なのでいろいろ論文を出すことで認めてもらうようにする、と言われ、結局、「活性水素」の存在を示す直接証拠は出されないままでした。その後、杏林大の平岡先生のグループが実験した結果
(4)抗酸化作用は「活性水素」の存在を仮定しなくても水中の水素分子ガスの効果等で説明できる。【既知の現象で説明可能】
ということになりました。

 笹井さんの説明をこれにあてはめてみると、
(1)【珍しい現象を確認】が上記の1.〜3.
(2)【作業仮説の提案】が「STAP現象があるのではないか」
となります。そうであるなら、「STAP細胞を作りました」という論文を出して大々的に宣伝したことは、いきなり(3)をやってしまったことになり、勇み足に過ぎます。「1.〜3.を観測しました。これを説明するためにSTAP現象であるということを作業仮説として提案します」という内容で論文を出すべきです。
 昨日の会見では、既に(3)をやってしまったけれど(1)の結果も要確認であることがわかったので、これからきちんと再確認した上で(2)をやります、という話になっています。
 そうなると、(2)の作業仮説を維持できるのかそれとも(4)なのか、ということが研究のテーマとなります。実は(4)ではないか、というのが、例えば大隅先生がブログで具体的に指摘(上記リンク先)しておられるような内容になります。

信用される文章の書き方

 ここしばらく話題になっている小保方さんのSTAP細胞について、4月9日の記者会見の後、4月14日付けで補充説明の文書が弁護団から出ました。毎日新聞のサイトが画像ファイルを公開し、文書ほぼ全文のテキストファイルがNHKのサイトで公開されました。
 ここでは、NHKのサイトに公開された文書本文の小保方氏のコメントを引用します。その方が楽なので。
 私の専門は化学物理・分光学で生物学は素人。理系文章作法については、卒業研究を指導し学生に卒論を書かせて添削する立場です。また、裁判所で使うための、裁判官が読むことを想定した意見書を書くといったことをしています。
 もし、こういった作文が学生から提出させられたとしたら、どう添削するかという視点で読んでみました。
 この文書が果たすべき目的は、ご本人の提出意図と推察される、理研が不当に捏造判定したということを示すこと、とします。科学の議論としてはプロトコルの完全公開で再現性の確認で済むので、この内容の文書があっても補強的な内容にしかならないでしょう。それでも確認可能な事実を入れていけばどんなふうになるかを考えてみました。

1 STAP細胞の存在について
(1)200回以上成功したと述べた点について
私は、STAP細胞の実験を毎日のように行い、しかも1日に複数回行うこともありました。
STAP細胞の作成手順は、1.マウスから細胞を取り出して、2.いろいろなストレスを与え(酸や物理的刺激など)、3.1週間程度培養します。
この作業のうち、1と2の作業は、それ自体にそれほどの時間はかからず、毎日のように行って、並行して培養をしていました。

 実際にどのような実験が行われたかについて疑義が持たれている時に、この説明では不十分です。生後間もないマウスの脾臓から細胞を取るのだから、1回の実験でマウス1匹は死ぬことになるのでしょう。そうであるなら、マウスの使用記録が残るはずです。この部分に信憑性を持たせるなら、提出してしまった実験ノートの方に書いてあって詳細が思い出せないにせよ、「何年何月頃から何年何月ころまで、毎日一匹マウスを使って実験1,2をしました。そのことは理研のマウスの使用記録に残っているはずです。」といったことを入れるべきです。
 「時間はかからず」という表現も曖昧です。マウスを切開するのに何分、細胞を取り出すのに何分、刺激で何分、合計何分程度、といったことを書けばわかりやすくなります。

培養後に、多能性マーカーが陽性であることを確認して、STAP細胞が作成できたことを確認していました。
このようにして作成されたSTAP細胞の幹細胞性については、培養系での分化実験、テラトーマ実験やキメラマウスへの寄与の実験などにより、複数回、再現性を確認しています。

 多能性マーカーの確認まではルーチンワークでできることのようです。毎日培養しているのなら、1週間前に仕込んだものが毎日出来上がってくるはずです。マーカーの陽性率、陽性になったもののうちおよそいくつをそれぞれ分化実験やテラトーマ実験やキメラマウスの実験に使ったのかを具体的に述べるべきです。実験ノートを出してしまっているのであれば、記憶している範囲でかまいません。少しぐらい回数が違っても仕方ありませんが、大幅に違うようなら話が怪しくなります。でも、自分でやった実験なら大体のことは言えるはずです。

STAP細胞の研究が開始されたのは5年ほど前のことですが、2011年4月には、論文に中心となる方法として記載した酸を用いてSTAP細胞ができることを確認していました。

 確認、の意味がぶれると話が混乱しますので、この文書で「確認」と書く時には、ぶれを無くすため、多能性マーカーで確認、分化実験で確認、といったふうに、冗長になってもいちいち確認の内容を特定すべきです。

その後、2011年6月から9月頃には、リンパ球のみならず、皮膚や筋肉や肺や脳や脂肪など、いろいろな細胞について、酸性溶液を含む様々なストレス条件を用いてSTAP細胞の作成を試みました。
この間だけで100回以上は作成していました。

 一匹のマウスから、皮膚、筋肉、肺、脂肪などの細胞を同時に得たということなら、そのようにはっきり書くべきです。組織が違うなら、培養の条件を変えたか変えなかったのか(これで準備含めて増えた手間が推定できる)、脾臓だけやっていた時と比べて細胞取り出しまでの時間がどの程度延び、ストレス条件を振ったことでさらにどれだけ時間がかかるようになったのかをきちんと書くべきところです。

そして、2011年9月以降は、脾臓由来のリンパ球細胞(CD45+)を酸性溶液で刺激を与えて、STAP細胞を作成する実験を繰り返していました。
このSTAP細胞を用いて、遺伝子の解析や分化実験やテラトーマの実験などを行うので、たくさんのSTAP細胞が必要になります。この方法で作ったものだけでも100回以上はSTAP細胞を作成しています。
また、今回発表した論文には合わせて80種類以上の図表が掲載されており、それぞれに複数回の予備実験が必要であったことから、STAP細胞は日々培養され解析されていました。
このことから、会見の場で200回と述べました。

 1回にどのくらいできて、それぞれの実験に十分なのかどうかの情報がほしいところです。1回作った分を遺伝子解析に廻したらもう残っていないからさらにもう1回作ったもので分化実験をしている、という状態なのか、1回に沢山作ったものを分けて複数の実験に使っているのかがはっきりしません。実験している人にとって自明なことでも、誰かに説明するつもりがあるなら、はっきりかくべきです。

(2)第三者によって成功している点について
迷惑がかかってはいけないので、私の判断だけで、名前を公表することはできません。
成功した人の存在は、理研も認識しておられるはずです。

 名前を出すことが一存でできないにしても「成功」という表現は曖昧です。多能性マーカーまで確認したのか、分化実験に成功したのか、テラトーマやキメラマウスを作って確認したのかで意味が違ってきます。個人名が出せないならかまいませんが、「成功」の中身の方は具体的に書くべきです。

2 STAP細胞作製レシピの公表について
STAP細胞を作る各ステップに細かな技術的な注意事項があるので、一言でコツのようなものを表現することは難しいのですが、再現実験を試みて下さっている方が、失敗しているステップについて、具体的にポイントをお教えすることについては、私の体調が回復し環境さえ整えば、積極的に協力したいと考えております。
状況が許されるならば、他の方がどのステップで問題が生じているかの情報を整理して、現在発表されているプロトコールに具体的なポイントを順次加筆していくことにも積極的に取り組んでいきたいと考えております。
また、現在開発中の効率の良いSTAP細胞作製の酸処理溶液のレシピや実験手順につきましては、所属機関の知的財産であることや特許等の事情もあり、現時点では私個人からすべてを公表できないことをご理解いただきたく存じます。
今の私の置かれている立場では難しい状況ですが、状況が許されるならば実験を早く再開して、言葉では伝えにくいコツ等がわかりやすいように、映像や画像等を盛り込んだプロトコールとして出来るだけ近い将来に公開していくことに努力していきたいと考えております。

 Natureの場合、論文投稿の段階で、第三者が再現できるだけの情報を出すことが求められているので、他人が再現できないようにコツは隠しましたが論文は投稿します、というのは認められません。コツを隠して誰かにまねされないようにして商売をしたいというなら論文投稿はあきらめるべき、論文投稿するならコツも含めて手順を公開すべきです。ましてや、iPSより簡単、という触れ込みで論文を出したわけですから、今になって、こっそり隠していたコツ無しでは再現できません、というのは筋が通りません。

3 4月12日朝刊での新聞記事について
同日、一部新聞の朝刊において「STAP論文新疑惑」と題する記事が掲載されましたが、事実確認を怠った誤った記事であり、大きな誤解を招くものであって、許容できるものではありません。
この説明は同日中に代理人を通じて同新聞社にお伝えしています。(1)メスのSTAP幹細胞が作成されており、現在、理研に保存されております。
したがって、オスの幹細胞しかないというのは、事実と異なります。(2)STAP幹細胞は、少なくとも10株は現存しています。
それらはすでに理研に提出しており、理研で保管されています。
そのうち、若山先生がオスかメスかを確かめたのは8株だけです。それらは、すべてオスでした。
若山先生が調べなかったSTAP幹細胞について、第三者機関に解析を依頼し染色体を調べたところ、そこにはメスのSTAP幹細胞の株も含まれていました。
記事に書かれている実験は、このメスのSTAP幹細胞を使って行われたものです。

 この部分の記述は記事の訂正なので、まあ、こんなもんでしょう。もう一声、理研に対して、第三者機関に検証に出すべきだとプッシュすれば、アピール目的としてはなお良かったかと思います。

4 STAP幹細胞のマウス系統の記事について
2013年3月までは、私は、神戸理研の若山研究室に所属していました。
ですから、マウスの受け渡しというのも、隔地者間でやりとりをしたのではなく、一つの研究室内での話です。
この点、誤解のないようお願いします。
STAP幹細胞は、STAP細胞を長期培養した後に得られるものです。
長期培養を行ったのも保存を行ったのも若山先生ですので、その間に何が起こったのかは、私にはわかりません。
現在あるSTAP幹細胞は、すべて若山先生が樹立されたものです。若山先生のご理解と異なる結果を得たことの原因が、どうしてか、私の作為的な行為によるもののように報道されていることは残念でなりません。

 ということは、若山研のマウスの使用記録の方に実験の状況が残るということですよね。そうであるなら、前述の実験記録のありかを含め、若山研が管理している記録のどのあたりに残っているかを具体的に述べておくと良いです。本気で法廷で争うつもりなら、実験の実態も含めて説明が必要になるでしょうから、使用記録のうち小保方さん自身の名前が出ている部分について情報開示をかけておくのも手でしょう(他の人のところは墨塗で出てくるかもしれませんが)。それでも、日付がわかれば大体どれくらい実験していたかを裏付ける証拠になるでしょう。
 マウス受け渡しの手順も、もっと具体的に書くべきです。どのマウスを受け渡したかは実験ノートなどの記録から特定できるはずですから、若山氏の方で手違いが起きたという主張をするのなら、小保方さんの方の動きなり操作なりが、間違いが生じないようになっていたということがわかるだけの内容を盛り込まないとまずいですね。


4月9日の会見は「不服申し立て」に関する記者会見であり、準備期間も不十分で、しかも公開で時間も限られた場であったことから、STAP細胞の存在や科学的な意義についての説明を十分にすることができませんでした。
しかしこのような事情をご理解頂けず、説明がなかったとして批判をされる方がおられることを悲しく思っております。
理研や調査委員会のご指示や進行具合にもよりますし、私の体調の問題もあるので、確かなお約束はできませんが、真摯な姿勢で詳しく聞いて理解してくださる方がいらっしゃるなら、体調が戻り次第、できるだけ具体的なサンプルや写真などを提示しながらの科学的な説明や質問にじっくりお答えする機会があれば、ありがたく存じます。
(会見形式では到底無理ですので、たぶん数名限定での説明になると思いますが・・・。)

以上

 数人向けの説明会なら聴きたがる人は居るでしょうけど、説明資料のネット公開は必須です。これまでの図の使い回しや切り貼りの状況を見る限り、少人数向けの説明回を今更開催されても、出て来た図をその場で信用するわけにはいきません。ですから、資料についてはオープンな場で誰でも見られるようにすることが必須でしょう。

(追記)なお、この文書ともとになった会見は、小保方さんが主催し、小保方さんの弁護士が同席するという、小保方さんにとって最も自由に物が言える条件で行われています。不服申し立てをすることと、実際に何がどう行われた結果不正など無かったと言えるのかという主張は、ある程度不可分です。文書は弁護士が見ているでしょうから、主張に説得力を持たせるには何が必要かという検討は出す前に行っているはずです。この条件であるにも関わらず、情報の不足が目立つのです。このため、結果として「実は出せる情報は何もないのではないか」という疑いを呼び込む内容になっています。本来、不服申し立てに記者会見など必要ないのですが、わざわざ会見して補充説明までして、さらにあやしくしてしまっています。
 書かれている情報の不足の理由について、理研からの守秘義務が原因とする考え方もありますが、それならば、不完全な情報しか出せない記者会見などしない方がマシでしょう。記者会見に至った状況からいって、詳細を述べずに「実験したらできました」しか無ければ、疑われて当然ですから。
 この意味で、詳細を出せという批判をがっつりやっておくことには意味があると考えます。今後もし類似のケースがあったときに、詳細を出せないのに会見だけやると逆にダメージを受ける(特に専門家から)ということがはっきりしますので。

 今回は作文技術的な観点からコメントを書いてみました。実のところ、卒業論文の添削はほとんどこんな感じです。テクニカルタームの使い方や日本語文法を直すと同時に、曖昧な表現、異なった解釈が可能な表現、具体的でない表現を片っ端からチェックして、実際の実験やデータ処理ではどうだったかというそのものずばりの内容に書き直させる作業を延々やっています。私が書いたような部分は専門家でなくてもチェックできることのはずなので、弁護士がスルーしてそのまま出させたのが不思議です。 
 自分ならどんな内容を追加させるか、考えながら読むと、学生さんにはいい教材になるかもしれません。

典型的なニセ科学の言い分

朝日新聞DIGITALより。

STAP論文「撤回すべきだと思わない」 米教授が反論
ワシントン=小林哲2014年4月2日10時21分

 STAP細胞の論文を不正と認定した理化学研究所の調査結果を受け、主要著者の1人、米ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授は1日、「(STAP細胞の)発見全体を否定するような決定的な証拠がない限り、撤回すべきだとは思わない」などとする声明を出し、改めて論文の撤回を否定した。

 バカンティ教授は米留学時代に指導した、理研発生・再生科学総合研究センター小保方(おぼかた)晴子ユニットリーダーの不正を認定した調査結果について、「論文作成において過ちと判断ミスがあったとしているが、科学的な内容や結論に影響するものとは思えない」と反論。「過ちを正すのは不可欠だ」としつつも、STAP細胞の存在自体を否定する決定的な証拠がない以上、論文撤回に応じるべきではないとの考えを示した。

 さらに、研究室のホームページで公開したSTAP細胞の詳細な作製法に従って、香港中文大のチームがSTAP細胞とみられる多能性幹細胞の培養に成功した可能性があるとし、「時間がたてばおのずから真実は明らかになる」などとしている。

 一方、論文を掲載した英科学誌ネイチャーの広報担当者は1日、同誌ウェブサイトのニュース欄で「理研の調査結果も考慮したうえで独自の評価を進めており、現段階で論文の訂正や撤回についてはコメントできない」とする談話を発表した。(ワシントン=小林哲)

 大事なところを青色で強調した。
 STAP細胞存在の証拠が改竄されたものであり、小保方さんの実験データの管理が極端に杜撰であったこともわかった以上、STAP細胞の存在を示した実験そのものが疑わしく、サイエンスとしては論文提出前の振り出しに戻った状態である。
 自分で新規な説を言いだしておいて、十分な証拠を示せないのに、(誰かが)否定するまで撤回しない、というのは、典型的なニセ科学の主張である。自然科学での立証責任は新規な説を提唱する側が全面的に負うのがルールである。ヴァカンティ教授がこのような考え方でこれまでも研究に取り組んでいたのなら、こんなスーパーバイザーのところに学生を派遣するのは教育上大きなマイナスでしかない。

週刊誌チェック

 例のSTAP細胞について、週刊誌の記事をチェックしてみた。小保方さんのプライベートについての下世話な話はどうでもいいので、それ以外で気になったところをいくつかメモしておく。
 まず、週刊文春平成26年3月26日号26ページ。

笹井氏・小保方氏とともに実験の一部を担当し、共著者にも名を連ねる丹羽仁史CDBプロジェクトリーダーは自宅前でこう答えた。「彼女はまともな初期教育を受けず、土台が出来ないうちに、ハーバード、若山さん、笹井さんと転々と渡り歩いた。こういうころとやっちゃダメということを誰も彼女に教えてこなかったのです」

 だったら何でそんな人を採用したのか説明してくれ、という話にしかならないのは当然として、この部分はこれから院進学を考える人にとっての注意事項として読んでほしい。
 一言で言えば、研究でやっていくつもりがあるなら博士号を取得するまでは研究分野を変えるな、ということである。世間では、大学(の学部)で勉強することは役立たないなどと言う人もいるが、大きな間違いで、学部4年間のカリキュラムで積み上げられるものは学生が想像している以上に大きい。その分野で当然知っていなければならない「常識」をたたき込まれる。
 卒業研究だけ指導教員と協力関係にある別の研究室でやることはあり得る。修士以降は別分野に進む、といったことは可能である(試験に受かれば)。それで修了できるのかというと、それなりにできてしまう。なぜなら、一旦修士課程に合格してしまえば、指導教員の指導の通りにやればそれなりに結果が出て修士論文もまとめられるからである。講義はあるが、文献講読が主で、行われている研究に近い内容を狭い範囲でマニアックな内容を知る機会はあっても、学部のカリキュラムのような幅広い知識を身に付ける機会はあまり無い。博士課程も同様で、主に論文を読んで参考にしながら進めていくことになる。そんなふうに過ごして、修士、博士、と実験もやって論文も書けたから自分に知識がある、と思うのは勘違いである。学位をとれたのは指導教員の力でありその力は借り物である。大学院以降で別の分野に進んだ場合は、よほどしっかり別分野の学部の内容を勉強しないと、知っているはずの常識を欠いたまま研究を進めることになり、思わぬところで大間違いをしでかすことになる。
 小保方さんの例だと、早稲田大学理工学部の応用化学科のカリキュラムはhttp://www.waseda-applchem.jp/jp/img/prospective/department/curriculum.jpgで、化学の知識は身につくが、生命化学についてはわずかに生化学があるだけである。これで、分子生物の知識が必要な研究に進むのであれば、生物系の学部のカリキュラムを独習してやっていくしかない。それを怠っていると、新しい実験をするときに、しなくていい失敗や間違ったデータの解釈をしてしまうことになる。
 別分野に飛びつきたくなる誘惑が高まるのは、境界領域の研究テーマが流行している時である。しかしそれは要注意信号でもある。学部からの積み上げを使ってどう切り込めるかという部分をおろそかにして飛びつくと、結局中途半端のままで終わってしまう。
 専門家の「常識」に反することをやって成功する物語は好まれる。しかし、現実はそんなに甘くない。「常識」を無視して進んだ挙げ句、とっくに知られていることを知らなかったために、やるべきチェックを怠ったり、データの解釈を間違えたりして、失敗に終わることの方が圧倒的に多い。

 週刊文春平成26年3月26日号27ページ。
科学部記者の話として、

理研側から『iPS以外の万能細胞の作り方を樹立したから会見をする』という話があり、

「会見後、記者団がグループごとに分かれて実験室で取材、撮影をする『割烹着セッション』が一時間以上あったのです」

 理研の広報か、あるいは広報を動かせる立場の人が仕組まなければ割烹着報道は無かったということになる。

 週刊新潮平成26年3月26日号30ページ。
 理研の関係者の証言として、

実は彼女、実験ノートもきちんと取っていないので、記録の多くがちゃんとした形で残っていないのです。実験ノートを開いても必要なものをすべては記述せず、さらには実験で使った細胞切片もすぐに捨ててしまうと言います。

小保方さんは、実験ノートをとったりとらなかったりで、きちんと整理していないから、生データと実験ノートを迅速に照合できず、調査に異様に時間がかかっているのでしょう

とある。装置や試薬の使用記録からある程度は何が行われていたか追跡できるだろうけど、検証にえらく手間がかかりそうではある。

問題点の切り分けなど

 小保方さんの剽窃やデータ加工疑惑はここにまとまっている。ミスや手違いにしては数が多すぎるし、結果を示す図がコピペで博論もSTAPもまともに実験が行われたかどうかが疑わしい状況ということだろう。

 小保方さん本人は、何が問題なのか未だに認識していないんじゃないかと思う。黒猫亭さんが書いていたように、目的は科学のシステムを欺くのではなく目の前の指導教員や上司さえ納得させればいい、というものなのだろう。もしかしたら、科学者に必要な能力とは何かという自覚すらなく、周囲の反応を見ながら(ex.ゼミで褒められるとか研究の話をしたときの応答とか)対人スキルでもって「科学者である私に期待されていること」を読み取って完璧に対応したのだとすると、杜撰すぎる剽窃や図の流用をしていた理由が理解できる。やはり、科学の手続きの審査を騙す意図は最初から無かったのだろう。もうちょっと広い範囲で名誉とか信用といったものが評価されるという想像力や、科学のシステムを騙してうまいことやろうという意図があれば、剽窃捏造をしておいて笑顔でマスコミの前には出て来くるような危険なことは避けるだろう(普通の神経では)。評価基準が対面評価しか存在せず、それより外につながっていることを認識しないまま今に至ったとしか思えない。

 入学の時点で研究とは何かとか、剽窃はいけないことだといったことを充分に知らなかったとしても仕方がない。しかしそれをきちんと教育できないままに博士号まで与えたのは、学位審査の信頼性を揺るがす大問題である。

(1)博士論文をどうするか
 まずは、早稲田大学が調査するしかない。小保方さん個人が責任を負うとしても学位授与の取り消しのみ。
 審査が実際にどう行われたのかを調べることと、同じグループや研究科の論文で同様の剽窃や図の加工が見つかっていないか調べて結果を公表し、見つかるようなら何らかの措置をとることが必要。これほど見事に審査がザルであったことがばれた以上、他の論文の審査を手放しで信用するわけにはいかない。小保方さんにだけペナルティを与えて済む問題ではない。杜撰な審査がどこまで広まっているのかをはっきりさせた上で対策を講じないとまずい。
 特に、指導教員の小島氏(ヴァカンティグループ)の画像流用が見つかっているわけだから、小保方さんの画像流用は指導教員の指導に則って行われたとか、グループぐるみで流用が横行していた可能性もあるわけで、そのへんをはっきりさせないとまずい。
 あとの方に書いたのとも関連するけど、もしアイドル売り前提で理研に送り込むところまで関係者が了解済みだったとしたら、博論の提出延長はあり得ないわけで、期限内に出させるためにコピペを黙認した可能性も出てくる。
(2)理研の採用と広報の経緯
 リケジョで宣伝して「アイドル売り」を企画した張本人は一体誰か。割烹着だの部屋の色だのといったネタは、本人が話したとしても、広報の了解無しにはできないだろう。「アイドル売り」するなら本人についてまずいところがないかもっと調べないといけないはずだが……。
 理研という組織の性質上、論文についてはプレスリリースを出さざるを得ないとしても、通常の出し方をしていればここまでの騒動にはならなかった筈である。わざわざリケジョを全面に出して大ダメージなのは理研の自業自得だとしても、余計な宣伝までしてマスコミに売り込んだのは何故か。
 若いしまだ論文数も少ない小保方さんを、能力と可能性を評価して採用したのだとしても、博士論文に大量コピペの疑いでは、学位取得自体が怪しいことになる。そのあたりの調査や、採用時の面接の評価基準や方法に問題が無かったのか。きちんと説明しないと、最初から「アイドル枠」採用だったのでは?という疑問を残すことになる。
(3)STAPのNature論文
 手違いで別の図を載せたというのなら直ちに本来出すはずだった図を公表してNatureにも訂正をいれるべき、それができないなら一旦取り下げるしかない。論文の記述通りに実験をしたかどうかの確認は、関係者以外の外部の人を入れてチェックが必要。若山さんの手持ちのサンプルもあるので、いずれは専門家がSTAPの存在の有無について決着をつけるはず。STAPでなかったとしても何だったのかはそのうち結論が出るだろう。
(4)理研の管理体制
 2月のうちに、図の流用の指摘があったが副センター長は調査委員会にまともに説明していなかったというのがNHKの報道で出て来た。つまり、副センター長レベルで隠蔽をはかったと思われても仕方がない。本気で調査する気があるのかとか、小保方さん採用→広報通して宣伝、に副センター長がどんな役割を果たしたのかということも含めて明らかにすべき。あと、若山さんが図の流用や剽窃に気づいたのと、理研が気づいたのとではどちらが早かったのか。若山さんの方が後なら、理研は知っていて伝えなかったことになるが……。

 今回の問題に、リケジョは全く関係がない。理研が勝手にリケジョアイドル売りを試みて自爆しただけの話。もっとも、世間でいう理系博士女子のステロタイプ=女捨ててるタイプ、を勝手に仮定し「カワイイままでも理系博士できます」路線を強調したあたり、ジェンダー的には一周回ってねじれてる気はするが。もっともその仮定が、受験生の親についてはさほど外れているわけでもないから困る。「そんな理系のことしてると結婚できないよ」って言って子供育ててたの、私の同級生で、子供は今頃は受験生世代だし。

 しかしこの騒動で一体誰が得するんだろうな。早稲田の指導教員ははしゃいだ挙げ句今は恰好がつかない上に過去のずさんな指導体制を問題にされる展開になっているし。理研も自信を持って売り出したら大コケしたわけでかなりダメージだし。誰か仕組んだ奴が居るんじゃないかとも疑ったのだが、小保方さんの理研採用は2011年。その頃に人事を左右して、このタイミングで宣伝して注目を集めてネットで検証されまくることまでが既定路線だったとしても、そういう立場の人は理研でも上の方に居続ける必要があるだろうから、理研の評判を落とした分だけ自分も火の粉を被るし。第一、小保方さんの行動パターンを見切ってないとコントロールできないだろうし。剽窃その他のズルに気づいて小保方さん一人を潰すつもりにしては仕掛けが大がかり過ぎるし。展開を見てると何じゃこりゃな状態ではある。

対人スキルで生き延びるルートはある

 小保方さんの剽窃論文の件。博士論文にも大量の剽窃が見つかり、参考文献リストがコピペではないかという話が出てきて、挙げ句に結果の図が会社の製品説明の図からのパクリじゃないかという指摘まで出ている。
 博士の学位は、その分野で問題を見つけてそれを解決した結果がnewあるいはfirstなら取得できる。他にも投稿論文何報必要、といった条件がつくこともあるけど、やったことがnewかfirstなら論文は通るわけで、取得の条件は大体自動的に満たされることになる。博士論文のイントロでは、自分の研究の位置づけや方針について述べることになるので、剽窃つまり誰かが書いたのと全く同じ内容では用をなさない。結果の図が関係ない商品説明のパクリだということになると、研究の計画と実行どころか、実際に実験していたかどうかさえ疑わしくなる。イントロは重要でないとか、誰かの文章そのままでかまわないと思ってる人は、院生なら師匠を変えるか院を辞めるべきだし、すでにそういうやり方で学位を取得しているなら剥奪の対象になるだろう。「誰が書いたって同じ」になるようなイントロを書いてる時点で博論としてどうよ、って話なわけ。

 今回、本人が有能どころか、博論すらまともに書いてない、あるいは書く能力が無かったのではないかと疑われているわけで、じゃあそれがなんで理研のユニットリーダーにまでなれたのかということが疑問になる。

 午前中につぶやいたことのまとめになるのだけど、今の大学・大学院のシステムは、対人能力の高いくそまじめな無能の排除がきわめて難しい、というかそういう人にとっての抜け道が用意されたシステムになっている。
 まず、大学入試。AO入試で学力試験無し、せいぜい小論文と面接で判断、という状態だと、対人スキルが高ければ学力がアレでも通ってしまうケースが出てくる。特に、定員を充足しなければならないという経営上の圧力があった場合は通りやすくなる。対人スキルの高い人は高校でも先生の覚えはめでたいから、調査書やら推薦書も割といい内容になりそうである。
 入学すると学部の講義をとらなければならない。理系の場合、特に要領が良ければ、レポートなどは他人の書いたものを写したり真似たりしてそこそこのものを書けてしまう。実際にそうやってレポートや課題をクリアしてきて、卒研になったとたん何もできず、問いただしてみたら「これまでは全部いろんな友達のを写していた。今回初めて自分一人でやることになってどうしていいかわからない」と言った学生は実在する。専門の講義については、さすがに全科目レポートというわけにはいかないだろうけど、出席が良くて授業態度も良い場合、なかなか落としづらいだろう。留年率が高いと文科省が横やりを入れるというのがあったり、どっかのNPOが留年を減らせと叫んだりするものだから、試験で落ちた場合も追加課題などで救済策が用意されることも考えられる。真面目に講義に出ていた場合、その分が考慮されて落ちづらくなる傾向にはなるのではないか。また、留年させるなという圧力の存在を学生側が知っていた場合、当然タカをくくった試験対応になるわけで、結果として学力が不十分なまま4年生の卒研突入、となる。
 卒研になったらむしろ対人スキルが効く場面が多い。真面目に出て来ているのに落としたりすると、アカデミックハラスメントで訴えられかねないから、研究への適性が多少アレでも教員はサポート側に回る。真面目な学生が卒研の単位を落とすということになると、責任を問われるのは指導教員だから、卒研については教員が大体のレールを敷く。
 次が博士前期課程の入試。内部推薦でも成績優秀者限定なら学力は問題ないし、ペーパー試験に受かるなら学力の水準はまあ満たされていると思って良い(試験がまともに行われているかをきちんと判定するには、試験問題と合格ラインの公表が必要)。面接だけとか、卒研内容の発表などで通す研究科もあって、要注意である。重要なことは、学力がアレでも面接とプレゼンのスキルが高ければ入学できる道があるということ。余談だけど、ウチのペーパー試験で落ちて旧帝大の院に合格するケースが実際にあったりした。
 無事に合格したとして、修士課程の研究でも、真面目にやってるのに不合格判定するとアカデミックハラスメントで揉めるから、やっぱり教員はサポート側になる。大学に真面目に出てきて態度もいい院生であれば、多少実力がアレでもやっぱり教員はサポート役をして、どうにか2年で学位がとれるように手助けするだろう。
 修士論文が書けたとして、博士課程の入学試験。ペーパー試験を課すところは減っているのが現状。大学院重点化のせいで、どこの大学院も定員を満たすのに必死だから入試はかなりゆるくなっている。特に、大学院改組をした後は、何年で何人以上在籍して博士号取得者が出ないと外部評価などでペナルティを与える、という文科省の圧力があるから、改組後ほど入りやすい。また、旧帝大でも、学部直結の研究科は人気が高いが、学部と関係のない付属研究施設などの大学院は定員割れしやすいから入りやすい。修士卒業同程度の学力を有すること、と言いつつ社会人向けと称して試験をゆるゆるにした結果、他大学から受けて合格したものの修士論文が書けなくて留年したため入学できなかったというケースもあった。
 つまり、ほぼ学力試験無しのまま対人スキルだけで博士区後期課程の入学まで辿り着く、ということがあり得る。
 大学側の事情としては、就職しない人が増えると就職率の数字が悪化するので、受験時に職がなくて院進学したい人をしたいというバイアスは常に存在すると考えて良いだろう。
 さらに、博士論文の指導になった場合、共同研究者が大学院関係者だったりすると、博士号を出さないといけないという圧力が常にかかることになるから、本人が困っていたらやっぱりサポート役をするはず。ここでもしこっそり捏造が紛れ込んだとしても、本人の普段の態度が真面目で熱心なら、あれだけやってるのだから出たんだ、というふうに判断が引きずられるということはあり得る。少なくとも、サボリ院生が同じことをやった場合に比べて、積極的に疑いを抱く可能性は減るだろう。
 普通だったら、指導教員が時々はデータをチェックするから、そのときにあるはずの写真が無かったり、見せられた写真と違うものがプレゼンで出て来たりしたら、ちょっと待てどうなってるんだ、ということになってバレるはずである。また、捏造をしているということは、案外同じグループの院生は察知してたりするので、指導教員にこっそり耳打ち→判明、となることもある。
 今回は、博論審査であるはずのチェック機能が全く働かずに学位論文の審査が通ってしまい、理研でも採用され、理研内部でもチェックがかからずリケジョ宣伝した挙げ句に騒動拡大、ということになった。
 学位論文の審査があまりにもザルなのであきれ果てているところなのだけど、もしかしたら、私立大学の問題として学生数に対して常勤教員の数が少なすぎるということが背後にあるかもしれない。大学改革圧力のせいで人的リソースを持って行かれ続けた結果、研究教育がその分だけおろそかになったり派遣先の先生に任せきりになったりということも大いにあり得る。また、博士課程の院生を何人指導したかとか学位を何人にとらせたか、といったことが教員の個人評価の指標になっていたりすると、要件さえ満たしていれば(投稿論文が通っていれば)後は通す方にバイアスがかかる。1つの原因だけで起きるとは思えないけど、いろんな要因が重なると、こういうザルな審査が起きる可能性はちょっとずつ高くなるのではないか。
 もし、英語が書けなくて剽窃したというのなら、学力試験をがっつりやっていれば試験で落ちるだろうから、ここまでの騒ぎの種を仕込むことにはならなかった筈である。

 こういった抜け道は塞がないといけないのだけど、それを邪魔しているのが文科省や留年を問題視するNPO法人や私学の経営上の事情である。AOは油断するとペーパーテストで受からない生徒の受け入れ窓口と化すし、面接試験では対人能力の高い人を主に合格させるというのは仕方のないことでもある。
 ペーパー試験の点数がいいからといって研究能力が高いとは限らないという話はちらほらきくけれど、ペーパー試験の成績が相当お粗末でも研究能力は高い、とう話はまずきかない。研究をするには、あるレベル以上の学力は必要である。理系の場合、知識は積み上げで効いてくるので、AO入試が積み上げのない人を選択的に合格させているのだとしたら、研究者向きの人はむしろ少ない可能性がある。物理オリンピックや化学オリンピックで何位以内、といった基準を課せばAOで研究者向きの人を採れるかもしれないが。
 ともかく、現状では学力チェックをすり抜ける道が制度として用意されている。
 なお、指導の途中でこの院生は研究向きではない、と思っても、今時の指導教員はまず何も言わない。「あなた研究に向いてないから別の道を探せ」などと言うと、アカデミックハラスメントで訴えられるのが関の山だからである。自分で悟って辞めるか、悟れず途中で潰れるかしかないが、鈍感かつ対人スキルが高い人だとそのまま学位取得まで到達するかもしれない。

 こんなわけで、対人スキルだけで学位取得まで辿り着くルートは存在しないわけではない。全部のチェックをすり抜けるには(悪)運もあるだろうけれど。

 その結果がどうなったか。j-cast.comの記事(1/30)

「万能細胞」小保方晴子さんは早稲田大理工卒 出身者は「私大初のノーベル賞だ」「慶応に一矢報いた」大はしゃぎ
2014/1/30 19:21

マウスの実験で世界初の万能細胞「STAP細胞」の作製に成功したとして、研究ユニットリーダーの小保方晴子さん(30)が脚光を浴びている。
小保方さんは早稲田大学理工学部の卒業生とあり、インターネット上では同大の関連掲示板が盛り上がりをみせている。また、何かと批判されがちな「AO入試組」であることから、「宝石を発見した」として早稲田の見る目を評価する声もある。

恩師祝福「非常に驚いてもおりますし、喜んでおります」
研究成果の発表があった翌日の2014年1月30日、早稲田大学はさっそくプレスリリースを発表し、卒業生である小保方さんの経歴を紹介した。小保方さんは02年にAO入試の1期生として早稲田大学理工学部に入学し、応用化学専攻に進学。微生物培養の研究に取り組む傍ら、ラクロス部のレギュラーメンバーとして文武両道の学生生活を送っていた。同大大学院に進学後は「再生医療」の分野に飛び込み、東京女子医科大学との医工融合研究教育拠点「TWIns」で新たな教授につき、熱心に研究に取り組んだという。また、博士課程1年の夏から2年の冬にかけ、米ハーバード大医学部に留学し、今回の「万能細胞」開発のきっかけをつかんだ。
大学時代の指導教員だった常田聡教授も同日に記者会見に臨み、「こうした輝かしい成果を彼女が卒業してたった3年という短い期間で挙げられたという事は我々としても非常に驚いてもおりますし、喜んでおります」とコメントした。普段は明るい性格でおしゃれにも気を遣う女性らしい学生でありながら、ユニークな考え方や行動は目を見張るものがあり、研究に決して妥協しない努力家な一面、そして著名な化学者にも積極的に質問しにいくような行動力を持っていたという。
実際、今回の研究も努力の結晶だ。開始当初は周囲の研究者から「間違いだろう」と言われ、昨年には米ネイチャー誌に酷評されるなど散々だったが、それでも諦めずに5年がかりで成果を出した。学生時代から周囲からの評価も高かったようで、ハーバード大のチャールズ・バカンティ教授からは「素晴らしい研究者になりつつあるので共同研究を続けたい」として、留学期間の延長を求められたそうだ。

「この天才をAOで発見した早稲田のスタッフは立派だ」
常田教授は「後輩の学生たちにとっても非常に励みになる」と話し、女性研究者の少ない中で小保方さんの活躍は理系の女子学生が勇気をもって研究の成果に入っていけるきっかけになるのでは、と期待を寄せた。ネット上でも、さっそく同学部出身者から「これはうちの学科の評価もうなぎのぼりや」という声があがったほか、早くも「私大初のノーベル賞とれそうだね」「日本の私立大学から、初のノーベル賞受賞となれば早稲田大学の評価は、大きくアップすると思う」として「iPS細胞」の山中伸弥京都大学教授に続くノーベル賞受賞を期待する声も数多くある。また、ライバルの慶應義塾大学と比較して「医学部持つ慶応はショックだろよ」「なんとなく慶応に一矢報いた感じがしてすごい嬉しい」と書き込む人もいる。
小保方さんが「AO入試組」という点も多くの関心を集めている。小保方さんは当時行われていた人物的に優れている生徒を入学させる「創生入試」というAO入試の一種を受験。応用化学科では、レポートや質疑応答で合否を決めていたという。実際に試験監督をした常田教授は小保方さんが手際よく実験をしていた姿や、近くにいた先生に「大学院の博士課程に行ったらどうなるんですか」と口にしていたことなどが印象に残っているという。
多様な人材を入学させる機会として各大学が採用している「AO入試」だが、一芸に秀でてはいるものの授業についていく学力のない人物が「もぐりこむ」仕組みだとして批判的な見方もある。実際に小保方さんのような数少ない「とがった人材」を見抜くのは難しく、常田教授も制度が十分に成果を出しているかについては疑問が残ると慎重だ。
それでも小保方さんの「合格」が創生入試の成果であることには変わりなく、早稲田のネット掲示板では「この天才をAOで発見した早稲田のスタッフは立派だ」「早稲田のAOは宝探しだ。光り輝く宝石を発見した早稲田、おめでとう」「受験マシーンが無双する受験方式の弊害役が証明された」と評価する声が上がる。

 既に学位論文のイントロに大量剽窃が見つかり、引用文献リストはコピペ(本文中に引用文献を特定しておらずどの部分がどの文献によるかもわからない、というお作法の初歩もできていなかったことも判明)、図の一部にメーカーサイトからのパクリの疑いも出ている。
 どこからコピペしたのかをすぐに見つけるのは難しいから、図がおかしいことには気づかなかったとしても、引用が杜撰だったり、イントロの英文の一部だけが随分雰囲気が違うといったことはちゃんと読めばわかったはずである。「わかってない」院生に対してダメ出しをして書き直させるのが指導教員の仕事。常田教授が学位審査の時に学位論文をまともに読んでいたかどうかも疑わしい。

 日刊工業新聞の記事(1/31)

「STAP」開発の小保方氏、「積極的で努力家」-恩師の常田早大教授
掲載日 2014年01月31日
 新たな万能細胞「STAP細胞(刺激惹起(じゃっき)性多能性獲得細胞)」の開発に成功した理化学研究所の小保方晴子研究ユニットリーダーについて、学生時代の指導教員である早稲田大学の常田(つねだ)聡教授が30日、報道陣の質問に答え、「積極性が高く、非常に努力家。そうした姿勢が大きな成果につながったのではないか」と教え子の業績をたたえた。

 小保方氏は早大理工学部の4年生だった2005年に常田教授の研究室に所属。11年に大学院博士課程を修了するまで早大に籍を置いた。
 もともと細胞生物学は専門ではなかったが、「分からないことがあると、どんな著名な研究者に対しても臆せずに質問し、突破口を開く力をもっていた」。努力家としても周囲に認知されており、「とても明るい性格。陰で努力や苦労をしていたが、その姿を人には見せなかった」という。
 早大に在籍しながら、再生医療分野で最先端の国内外の研究所へ武者修行に送り出した。「若手を育てるには大学内に閉じ込めるのではなく、優秀な学生でも送り出す勇気が必要だと思う」と話した。

 研究のスキルで突破するところを、対人スキルで得た情報の切り貼りで突破したんじゃないかと理解すれば、質問に熱心だったということとはつながる。ただ、熱心に質問し(教師の目から見て)努力家で明るい人物には、なかなかネガティブ評価を下しにくいし、疑うきっかけも掴みにくいだろうとは思う。

 いずれにしても、論文での剽窃や図の改ざんは一発アウトで退場を求めるしかない行為なので、本人の態度や対人能力とは無関係に、擁護の余地はない。

腑に落ちた……けど

 例の細胞の件について、日々の研究より。

某細胞の件。日曜日には、意図的な捏造の可能性が高くなって呆然とした。しかし、そうする理由が全く理解できなかった。今日の学位論文のイントロには驚いたが、落ち着いてくると何となく分かってきた。要するに、O氏の周りには研究環境がなかったのだ。結果を出さないといけないプレッシャー云々とか、そういうのに駆動された捏造ならもっとうまくやるだろう。おそらく、そうでなくて、O氏にとっての「研究」とは、最初の最初から、切り貼りするようなものだったと想像する。夢の世界の住人のような感じだろうか。

 本人がどういうつもりだったかはわからないから、あくまでも推測に過ぎないのだけれど、一番しっくりくる説明。
 コピペやら図の改変やらを全く隠そうとしていない上に、堂々とマスコミの取材を受けているあたり、本人は悪いことをしているとは全く思ってないだろう、ということを昨日つぶやいた。計画的に結果を誤魔化すつもりなら、写真は通常視野を変えて撮影するはずだから、見た目の違う写真をそれぞれ使うことにして、単純な使い回しはしないだろう。違う写真が使われていれば、これほど早く使い回しや別実験の写真だという疑いが出てくることもなかっただろう。最初から、研究とはどういうものかを全く理解していなくて、切り貼りするものだ(お作法として多少の見た目は変えるが)と思っていたとしたら、杜撰すぎるコピペや図の使い回しも納得できる。もしこの推測が正しければ、今、ネットで検証サイトができているけれど、なぜそんなことをいちいち確認するのか本人にとっては今もって理解不能かもしれない。
 最初、マスコミの取材を受けて、誰だったかが「非常に熱心に何でもいろんな人に質問する」っていう内容を話してたのだけど、最初から「研究」とは切り貼りで組み立てるものだと理解していたのではなかろうかという推測とぴったり嵌まる。

 切り貼りで課題をこなす人は、普通なら卒研で、遅くても修士で指導教員にばれていろいろ教育されるはずなのだけど、それがなぜ博士論文でもチェックされず理研の採用も通ったのかが謎。ちょっと恐いのは、博士課程の指導者グループの教育が軒並み切り貼りを容認するもので、他にも同様の方法で「研究」する人が養成されているのではないか、そういう人達が若い人を指導し始めているのではないかということ。佐々さんの言う通りに、審査した側が何をしていたかとか、同じ審査委員や研究グループで学位を取った他の人の博士論文がどうかについて、第三者機関の調査が必要な状況だろう。