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演示実験の問題点と自由研究

Posted on 8月 20th, 2005 in 倉庫 by apj

 昨日、冨永教授と話をしていたら、中学だか高校だかの先生の研修で理科教育の話をしたという話題になった。「騙されないために理科教育が必要」というのはすんなり受け入れられたらしい。元々理科に興味があったり、それがこうじて職業にしようとするような人はむしろ少数で、世の中の大部分は「英会話と理科と、どっちをがんばった方が得か?」という部分を説得しないと、理科が必要だとは思ってくれないだろう。
 で、その何日か後、受講した教員から相談があったとのこと。内容は「生徒が自由研究でカビの生え方をテーマにした。ご飯を用意して、片方には毎日『ありがとう』もう一方には『ばかやろう』と言い続けたところ、わずかに『ありがとう』と言った方がカビの生え方が少なかったという結果を出してきた。非常に真面目な生徒だが、どう取り扱ったものか苦慮している」。誤差の範囲で変わらんという話をしてはどうかと言ったらしいが……。

 で、ちょっと自分を振り返ると、理科は好きだったが自由研究は嫌いだった。なのに、今は研究を生業の一部としている。自由研究で校内で表彰されたりした友人で、その後科学の道を進んだ人はどういうわけか見あたらない。何だか不思議である。
 その時は意識しなかったのだが、普通に理科の授業を受けていただけでは調べるための方法論を身につけるのが難しいということにあるのではないか。理科の授業でやる実験は、科学としてはすでに十分確立したことをわかりやすく見せるための演示実験(demonstration)である。典型的なのは、何かと何かを混ぜたらこうなったとか、こんな条件で植物を育てて観察したらこうなった、という、定性的な範囲ではっきり差が出るものが用意される。初学者向け教育だから、データがばらついて統計処理してもシロかクロかはっきりしないような材料は最初からとりあげられない。しかし、何か新しいことを確認しようとするときは、少なからず研究用の実験(experiment)を伴うことになる。普段、先生に教わっている演示実験のような実験をするのが自由研究だと思ってしまうと、どうやってわからないことを確定させればいいかということや、実験の精度といった部分が完全に抜けてしまうだろう。中学までの教員の多くは教育学部出身であり、自然科学の研究の方法論に熟達しているかというと、必ずしもそうではない。また、限られた授業時間(最近は特に減らされて大変)で指導要領の中身を習得させなければならないとなると、方法論の話をじっくりするのが難しいのかもしれない。問題の生徒は、真面目に先生の話を受け止めていたが故に、「ありがとう実験」をやることになったようにも見える。


ここからは旧ブログのコメントです。


by 温泉カワセミ at 2005-08-01 06:06:01
Re:演示実験の問題点と自由研究

そうですね。私も高校まででは演次実験の記憶しかないですねぇ。最近、この手のデモンストレーションに偏った教育は、良くないのではないかと思っています。私、大学で卒研してるときなんか、周囲の人間によぉ言われましたもん。
「実験って、あらかじめ答えはわかってんの?」
答えわかってる実験なんぞに、わざわざ時間使うかい!判らんこと調べるために実験しとるんや!とは思うんですけどね。一般のヒトの認識って、そんなモンなんでしょうねぇ

あと、他でも書いたことあるんですが、科学関連の逸話で有名な「ピサの斜塔のガリレオの落体実験」みたいなウソ話も、教育現場で否定してくれないのは、こういうデモンストレーションに騙される素地を作ってるような気がします。


by ながぴい at 2005-08-46 01:51:46
Re:演示実験の問題点と自由研究

わしゃ、中学の時、夏休みの自由研究で「目撃されたUFOと宇宙人の種類について」みたいなレポートを提出した前科がありやす。レポート用紙何枚にも渡って、UFOと宇宙人の絵をいっぱい描いて提出しましたが、特に怒られはしなかったな~。
さらに大学生になってからも、地人書館発行の「さびしい宇宙人」という本を読んだ影響で、この銀河に存在する地球外文明の数をドレイクの式から計算するという研究発表をしたことがありやす。
自由研究の才能はなかったのかな?
いや、単にトンデモ好きだったんだろう。


by mimon at 2005-08-29 07:42:29
Re:演示実験の問題点と自由研究

以前、製造業の商品開発現場を受け持っていました。
商品の開発では、最終的には、実験の結果に基づき、最良の形状を導くようなことがよくありました。
部下の新入社員の中に、その実験を「演技実験」と勘違いしているものがいて、本人が実験したのに、その結果に関し、上司の私に伺いを立てていたものがいました。
何度も説明したのですが、結局理解できなかったようでしたので、三年ほどで配置転換してもらいました。
配置転換先は、検査部門で、「作業標準」通りの実験に基づく検査をして、「合格基準」通りの結果かを判断すればいいので、まったく創造的な仕事ではないのですが、本人は満足していたようです。
私の経験の中でも、特異な例ですので、「最近の若い者は・・・。」などと言うつもりはありませんが、考えてみたら、小学校から大学の教養課程あたりまで、検査業務のような実験ばかりしているのですね。それを研究室に配属になり、最短では、一年だけで考えを改めるのは、難しいかもしれません。