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博士課程に進学する前に読むべき本

Posted on 10月 16th, 2007 in 倉庫 by apj

 『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場としての大学院」』水月昭道著(光文社新書)978-4-334-03423-8
 大学院重点化後の博士取得者がどういう環境に置かれたかを正面から捉えて議論している本。
 ポスドクまで到達する人を一人育てるのに投入された税金は1億円で、研究者数と研究レベルの確保をするはずが、増えたのは博士号を持ったワーキングプアだった。大学は規模縮小に向かい、旧国研も人員削減、企業側は元々博士号取得者を採用するつもりが無かったという話。結局、18歳人口が減る分の埋め合わせを兼ねて、たまたまバブル崩壊後の不況で就職難になった世代を政策的に大学院に誘導したのだろうと著者は論じている。
 博士卒の失業率は、著者によると医歯薬系を除くと50%程度(分野による差はある)である。博士号取得の後、死亡・不明の者は9.2%、つまり10人に1人は社会との接点無くどこかに消えている。

 所属組織の利害には反することを承知の上で、私は、研究者になりたいという学生には、大学や独立行政法人の研究所に関する限り、当分の間はその見込みがほとんど無いことを正直に告げている。もしどうしても博士課程に行きたいならば止めはしないが、博士2年の春頃から修了見込みで就職活動して中途採用にならないようにフレッシュマンとして企業に就職すべきである。給料の上では、修士と同じ扱いの会社もあったりするが、それでもまともな生活をすることができるだろう。ポスドクは、その先がほとんど無いから、人生を棒に振る覚悟があるか、働かなくても食べていける収入源を確保している人でない限り薦めない。この間も若い人に「若い間は薄給で任期付きで仕事をしながらチャンスを待つという気分でいることができても、その状態では、結婚はまず無理(収入が不安定な上に勤務地が短期で変わる可能性あり)、社会保障からもはじき出される可能性が高いし、数年して同級生に妻子が居てマイホームでも持とうかという状態を横目で見ながら、それでも研究に打ち込む貧乏暮らし人生に自分が満足していられるかをよく考えてから進学を決めるように」と言ったばっかりだったりする。とにかく、博士取得後任期制でないポストを得たのが何割かを見ろ、任期付きになってる人達は全て失業者予備軍とカウントせよ、あと、就職していても人材派遣会社に就職した人は別扱いにすべきで、そうやって出した失業率を見て、それでもあなたはその道を選ぶか?というのが、これから進路を決めていく若い人に真面目に考えて欲しいことである。
 但し、博士前期課程までなら企業もキャリアとして見てくれるので、就職のチャンスを拡げたいという目的があるなら博士前期課程を終えた段階で企業に就職するとよい。うまく従業員を育ててくれる大手に就職してきちんと仕事をすれば、入社数年後に社会人大学院生として博士課程に入り、博士号を取得後また企業の研究開発の現場で働くこともできる。そういう優秀な人を私は何人も知っている……というか博士課程を過ごした研究室に何人もいて、いろいろ助けていただいた。
 既に公務員として働いている卒業生が博士前期進学について相談に来た時は、休職にするか職場の研修の制度を使うなどして、必ずもとの職場に戻れる状態での在学を薦め、その場合は卒業した学科ではなく他の学部を使うことも考えてはどうかとアドバイスした。再チャレンジというのは掛け声だけで(ってか掛け声かけてた張本人が総理を途中で投げ出したという皮肉な状態だが)、実際にはレールを外れると戻ることが著しく困難なので、敢えて負け組転落の可能性が高い道を薦めることはできなかった。相談者の期待には反したかもしれないが……。
 勤めている会社を辞めての博士進学は、本人がいつでも起業できるだけのノウハウと営業能力を持っている場合に限り、やっても大丈夫だろう。そうでないなら博士取得後に苦労するのが目に見えているので、やめておいた方がよい。

 なお、大学教員のうち、大学院重点化前に博士号を取得して就職した人の意見は、博士進学の是非に関することについては考慮するべきではない。その人達が進学した頃と今とでは状況が様変わりしている。昔なら、コネや力のある研究室に入れば、何とか就職先を世話してもらえたかもしれないが、今は人員削減で、人を紹介できる先もほとんどなくなっている。昔は博士課程進学の段階で選別がかかっていたから、ほとんどの人が数年のポスドクの後で常勤のポストを得ることができた(一部の分野でオーバードクターが問題になっていた、それにも関わらず重点化をやった人の正気を疑う)。そんなのどかな頃の感覚で進学を薦められても、それを受け入れたら、今の若い人達には破滅への道が待っているだけである。

 博士号の文化的価値、学問的価値は昔から変わらずにあると思うが、経済的価値とあまりにも乖離してしまっているのが現状なので、手放しに一方の価値だけを重視するのは危険である。

【追記】
 本の中では、工学系はそんなに就職難でもないようなことが出ていたが、実際は工学系も(そしてもちろん理学系も)屍累々である。
 また、講義のある日だけ短時間出勤してくるのが大学教員の勤務実態のようなことが書かれていたが、少なくとも理工系の教員にそんな人は居ない。民間より多少フレックスだが残業の嵐なのは同じだし、年休をじゅうぶん取っている人も見かけないし、代休の取得も定められた期間内に済ませるのは困難だったりする。