取材があって驚く

 飛騨の中の人を訴えている件で、口頭弁論も始まってないのに、地元の新聞記者から電話取材があって驚いた。裁判所を定点観測していて気付いたらしい。私としては、法律的には何の目新しさもないきわめてありふれた名誉毀損訴訟のつもりでいたので、話題性は皆無だと考えていた。記者さんの話だと、山形地裁の損害賠償請求訴訟は年に二十件ほどあるが名誉毀損はかなり珍しいということだった。
 以前から書いているように、法的紛争は近代社会における個人の自立の証であるというのが私の考えである。つまり、紛争は普段の生活の延長線上にあるべきだと思っているので、芸能人や政治家でもない一般人同士の法的紛争が、地方限定とはいえマスコミのネタになるというのは、かなり違和感を持ってしまう。まして、先日、判決が確定した環境ホルモン濫訴事件で、原告が行きすぎたプレスリリースを出した(かなり見苦しい振る舞いを)見ているわけで……。
 でもまあ、ネットがらみの名誉毀損が珍しい、山形にはそんなに事件がない、ということを言っておられたので、もし記事にするなら、「ネットは怖い」という煽りはやめてほしい、「とんでもない人に関わった」という被告攻撃系の内容もやめてほしいと伝えた。その上で、
・ネットが社会に入って来たが、未だ過渡期で、昔なら法的紛争にならなかったものが紛争になるケースが出てきている。
・今回のも、限られた地方の中だけでの出来事だったならば、裁判所にまで話が行かなかったかもしれない。実際、被告との面識は全くない。
・個人と公人の区別、私信とは何かという区切りについてなかなか合意がとれず、トラブルの原因になっている。
・情報発信は、法的紛争まで含めて考えるべき時期にきている。
・「水商売ウォッチング」のような、理由無しに内容変更や削除ができない、脅したりごねたりする相手の言いなりになったが最後成立し得ないコンテンツを作っている場合には、特に紛争まで視野に入れる必要がある。
・名誉毀損訴訟の立証責任の配分は、「公然と」名誉毀損できるのが例えばマスコミなどの力のある団体、名誉毀損される側が政治家など、というパターンが続いた時代から変わっていない。個人対個人の名誉毀損が技術的に可能な時代になったのだから、少し変わる方がいいのかもしれないが、まだその動きは法曹にはない。
・プロバイダ責任制限法の考え方からすると、実際に情報を公開している人間が特定できたら直接当事者で解決すべきところ、今回は事実上「発信者情報開示済み」であるにも関わらず、大学(=お茶の水大)に対して削除要求が送られ続けた。大学を紛争から切り離すためには、民事の時効が来る前に私の方から提訴して、まずは相手の責任をはっきりさせる以外に方法が無かったという面がある。
・コミュニケーションのあり方について、従来は声が大きかったり単にしつこかったりする人の主張が通るという文化(?)があったが、ネットになってそれが変わった。紛争の原因として、一種の文化摩擦が(わりと広く)存在するのではないか。
 こんなことを話してみた。
 記事にするとき私の名前を匿名にしようかと言われたが断った。既にさんざん実名でネットで話題になったもめ事の、いわば最終処理なわけで、今更私の名前を匿名にしたって何の意味もない。紛争自体にニュースとしての価値があるとはとても思えないが、ネットの普及によって違う文化が共存せざるを得ない状態になったという視点から記事にしてもらえるのであれば、ネットとどう付き合っていくかという理解が深まるだろうとは思う。今更ネットのない時代に逆戻りはできない。記事にするかしないかも含め、あとは記者さんの判断にお任せするしかないですね。
(さらに…)