mixiで書いたこと

mixiのホメオパシー検証スレで書いた内容の一部。
例によって、科学が全てを解明したわけじゃないから、ホメオパシーに科学的根拠がなくてもかまわない、という流れで書き込んだ人が何人か居たので、それに対するコメントをした。内容を引用したいという連絡をもらったので、改めてこちらにも引用しておく。
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ありがちなな論理展開について説明しておきます。
1:○○は今の科学では説明できない。←事実
2:科学ではわからないことがたくさんある、あるいは万能ではない。←事実
3:だから、○○は本当かもしれない。←推論
 1が事実であったとしても、いろんな可能性があります。○○がそもそも科学の対象ではなかった場合には、永久に科学で説明されることなどないでしょう。また、ゆくゆくは科学になるけど今はまだその時期ではないから説明できていないだけかもしれません。1だけからは何とも言えないわけです。すると、2が成り立っていても、3は出てきません。1と2は独立の話ですから、3は導けない。結局、この三段論法っぽいものは、何も言ってないのと同じ事です。
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 今回は、ホメオパシーに「科学をくっつけよう」とする部分について、それは違うというコメントをした。議論に加わった人の中には、「科学で説明する必要はない」とはっきり主張した人もいたので、まあ、わかっている人はわかっているということだろう。問題は、中途半端に科学を持ち込んで説明しようとする人が後を絶たないことで、混乱の原因になっている。
 元々の検証トピックの問いは「ホメオパシーはインチキか?」というものだったが、これは主張の仕方による。
「ホメオパシーは科学ではないが、私は信じる」というのなら個人の価値観あるいは人生観の問題だから、インチキでも何でもない。そのかわり、効果や原理の説明に「科学(っぽいもの)を持ち出す」のは反則である。
 だから、「ホメオパシーに効果があるのは水に情報を記憶する力があるから」「ホメオパシーの原理は波動が(以下略)」などと、科学でないものに対して科学をくっつけた主張をすると、その主張についてはインチキということになる。また、「ホメオパシーがあれば○○(普通に使われている治療法)は必要ない、すべきではない」などと、既に裏付けのある治療方法を否定することもインチキになる。否定するだけの証拠をホメオパシーの側が(科学的手続きに沿って)提出してないからである。
 つまり「個人の信念として信じる、実行する」のであればインチキではないが、ホメオパシーが効いたことを理由として、既にわかっている科学や医学の一部を否定する主張をすれば、その部分はインチキと判断することになる。

 なお、「代替医療は医療費を削減したい人にとって都合がよい場合がある」ということを改めて書いておく。政府側が「医療費削減のため貧乏人は代替医療で我慢しろ」と主張したとしたら、「医療サービスは国民に等しく与えるべき」と非難囂々になるだろう。ところが、代替医療を黙認する政策を目立たないようにとれば、非難無しに医療費を削減することが可能になる。「患者のニーズ・選択の自由」という(客観的に内容が間違いであったとしても)大義名分が常にあるので、問題にならない。医者の良心の呵責という問題はあるが、「医学も科学もどうでもよく、自分が治ったことが全て」な「患者様」が相手なのだから、政策的に「代替医療を好む人には通常の治療はせず可能な限り代替医療の方を使うように勧める」ということにすればよい。患者の満足度を高めたままで、切り捨てられていることを本人には全く気付かせないまま、医療サービスを抑制するという解が可能になる。余裕が出来た医療リソースは、「医学の価値」 のわかっている人達に振り向ければよい。切り捨ての対象は、「貧乏人」も含むかもしれないが、いわゆる「情報弱者」、特に迷信を受け入れやすい人達の集合ということになるだろう。理科教育を骨抜きにして論理的に物を考えるとか事実を受け入れるといった態度を養う機会を減らす一方で、「希望や夢を持つのは大事」を強調する教育を行い、仕上げに「あるある」のような健康バラエティ番組を極力規制しないような社会を作っておけば、準備としては実に申し分ない。
 選択の自由は確かにある。しかし、不完全な知識や迷信に基づいて不合理な選択を続けた場合は、自分から進んでそれを選んだつもりでいても、誰かの意図によって踊らされる結果になるということを考えに入れておいてもらいたい。相手が騙されたことに気付かず満足している場合が、騙す側にとっては成功ということになる。
(さらに…)