ミスの向こう側

 埼玉大の合格発表のミスについて。

埼玉大学は6日、同日行った入学試験(前期日程)の合格者発表で、ホームページ(HP)の合格者一覧に不合格だった受験生5人の受験番号を誤って掲載するなどのミスがあったと発表した。同大は午前10時の発表から30分後に正しい内容に差し替えた。

 大学には定員があるわけだが、きっちり定員だけ合格させると、辞退者が出た場合に定員が充足できずに問題となる。一般的な対策としては、数人多めにサバを読んで合格させるか、辞退者が出た場合の追加合格者を何人かあらかじめ決めたりすることになる。この記事を見て、埼玉大の5人というのは、実は追加合格者だったんじゃないかと思った。順位何番までを合格、何番までを追加合格とする、といった形で判定をして、ウェブ編集者への情報伝達の過程で合格者のラインと追加合格者のラインを間違えたのではないか。その日のうちに発表までこぎ着けてるということは、試験が終わったあと採点して判定会議やって教授会にかけて承認して事務方に発表作業を依頼して……を一気にやったということで、きっとすさまじい勢いで作業をやったんだなぁ、と。他大学のことながら修羅場が思いやられる。
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一体どういう分析してるんだか

 日経BP「応募者との関係、その1 ~「働く実感」を持ちえない新入社員たち~」より。

 とにかく「何でもかんでも聞く」のです。分からないことを聞くのは恥ずかしいことではありませんが、「自分で少し考えてから」でも遅くないはずです。

 ここ数年、毎年私が経験するのが、クライアントの新入社員研修の場面での同じ質問です。「ここはどう考えればいいのでしょうか?」「これでいいですか?」と答えをたずねてくるのです。このような場面では、いつも同じ返事を返します。「自分で考えてみて、その考えでよいかどうかを確かめたら」と。

 どうしてこういうことになるのでしょうか?

 いろいろな原因が考えられますが、「テレビやゲームの影響によるイマジネーション力の欠如」は否めないと思います。

 最近のテレビ番組は大変親切で、お笑い番組などでも、セリフが画面下にテロップで流され、それを読んで“予定調和”的に笑わされます。またドラマでも、以前であれば「この主人公の今の気持ちは……」と見る側が想像力を使っていたのが、丁寧に登場人物の「心理描写」までセリフとなっているものがあります。

 コンピュータゲームも、作られた世界観・枠組みの中を粛々とプレイするので、自分で「不足した世界(観)を埋めるイマジネーション」の必要がありません。

 働く実感のない学生たちは、「働くとしたら、自分はどんなことをしたいだろう?」「自分の興味ややりたいことを踏まえると、どんな企業と相性がいいんだろう?」という、そんなちょっとしたことをイマジネーションする、あるいは考える機会が少ないといえるのではないでしょうか。

 普通に考えて、限られた時間で最大限情報を引き出そうと思ったら、聞いた方が早いんじゃないか。下手の考え休むに似たりって言うし。
 テレビ番組のテロップは、あれは親切でやってるのか?単なる映像表現だったり、発音がはっきり聞き取れないから出してたりするものではなくて?
 コンピュータゲームをやって不足した世界観を埋める必要が無いって……ゲームの二次創作同人が大量に出てるのを知らんのか?世界観埋めまくりはみ出して暴走しまくりだと思うが。
 で、こういうことと「働く実感の有無」は何の関係もないだろうと。働くことに実感がもてるかどうかはこれまでどんな仕事をしてきたかで決まるわけで、テレビのテロップともゲームとも関係がない。
 
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